――シャッ

『…うん、いい天気だ』

閉めきったカーテンを開けて、今日の天気の様子を見てみれば、見事な快晴に一瞬眩しくて目を細めた。今日の試合も好調かもしれない。
今日はいよいよ雷門が待ち望んでいた決勝戦。この試合で、今後のサッカー好きの運命が決まるのだ。成功すれば、サッカーは自由になり、失敗すればまた皆が苦しむ事になる。そんな事になってしまえば、円堂達や逸仁、裕弥、環、先輩達がどれだけ苦しんできたか分からない。どれだけ自分達に尽くしてきてくれたか分からない。そんな努力を無駄にしない為にも、今日自分達は勝たなくてはならない。自分達のサッカーで。
悠那は、外を見るのを止めて、自分の机の上に置いたままになっていた折り鶴へと目を移した。
剣城との約束をこれからも守り続ける為にも、イシドシュウジ…いや、豪炎寺修也のやっている事を阻止しなければならない。
悠那は折り鶴を手に取ると、自分の首にかけてジャージに着替え始めた。

『「行ってきまーす!」』
「天馬!バック忘れてる!」
「あ…え?いっけね!」
『はあ…』

朝食も食べていざ出発という所で、天馬がユニフォームやスパイクや大切な物を入れているバックを持つのを忘れてしまい、秋に呼ばれる。その事で悠那自身すっかり緊張という物が冷めてしまい、溜め息を吐きながら再び玄関に戻る。
ちゃんとしてよ、と天馬の方を見てみれば、天馬の表情は今までに見た事がないくらいに汗と頬を紅潮させている。よく見れば肩を上げているではないか。そこでようやく天馬もかなり緊張しているんだと分かった。そんな天馬を見て、秋と悠那は苦笑交じりに目を合わせるなりップと噴き出した。

「今から緊張してどうするの?」
『そうだよ天馬、しっかりして』

ポンと軽く天馬の背中を叩いてみれば、ビクッと跳ね上がる天馬の体。どれだけこのキャプテンは緊張しているんだと苦笑した。秋から改めてバッグを受け取ると肩にかける。

「じゃあ行ってきます!」
『行ってきます!』

苦笑の笑みを浮かべる秋に背を向けて玄関を飛び出した二人。玄関を出ると直ぐ傍にあったサスケの家。サスケはいつもと変わらずそこで眠っており、そのいつもと変わらないサスケの様子を見て、天馬はその場で足踏みをしながら彼にも言葉をかけた。

「絶対勝つからさ!サスケも応援してくれよな!」

天馬の声に反応したものの、サスケは犬らしく鳴く事もなく、欠伸で返事をした。その様子がサスケらしくて思わず笑みを浮かべる。すると、玄関の方から「こらっ」という声が聞こえ、そちらを振り向けば秋がこちらに歩み寄ってきていた。

「急がないと遅れるわよっ」
「うん、秋姉も応援に来てよね!」
「もちろんよっ」

その言葉を聞きながら、天馬と悠那は駆け足で雷門中へと向かって行った。その小さくも逞しい二つの背中を見送った秋の記憶には、10年前の円堂と由良の背中に見えて小さく笑みを浮かばせた。

「頑張ってね、天馬、悠那ちゃん」

秋のその声は二人には届かなかったものの、応援されているという事は二人には十分に分かっていた。

…………
………

ついにこの日がやってきた。中学サッカー日本一を決めるホーリーロード全国大会決勝戦。雷門中対聖堂山中の試合。場所はアマノミカドスタジアムという今までのフィールドとはまた違った感じであり、仕掛けらしいものがない。これこそ決勝戦。観客席には両チームの応援の人達ももちろん沢山居るが、今まで戦ってきた選手や関わってきた人達も居た。
そして、この試合でもう一つ注目されている事は、聖帝選挙。つまり、この試合で雷門が勝てば響木が聖帝になって、サッカーが自由になるのだ。
今の時点での選挙は全くの同点。つまり、この決勝戦でこの選挙も雷門の起こす革命も決まるのだ。

実況の声を聞きながら、今の聖帝であるイシドシュウジは聖堂山の控室に来てこれから試合をする選手達の顔を一人ずつ見ていくと、虎丸と由良、もう一人の男の真ん中に立った。

「聖堂山イレブンの諸君。キミ達はフィフスセクターの全てを注ぎ込んだ最高のチームだ。今日は全力を尽くしてほしい」
「はい、聖帝」
「全員コンディションは完璧です」

聖堂山のキャプテンである黒裂が聖帝の言葉に、頷いてみせれば、近くに居たコーチである砂木沼治がイシドに声をかける。その言葉にイシドは小さく頷いてみせ、「時間だ。行くぞ」と彼等に告げた。決勝戦がいよいよ始まる。イシドの言葉に、少年達は返事をすると、直ぐに控室から出て行こうとする。それを見て砂木沼がイシドに向けて一礼をすると、彼等に付いて行くように出て行った。
残る控室にはイシドシュウジと虎丸、由良の三人だけ。イシドの隣に二人が近寄り、誰も居なくなった控室を見渡した。

「雷門の強さは本物です。聖堂山にとってかつてない最強の敵となるでしょう」
「フィフスセクターの全てを注ぎ込んだチームでなければ、その勝利に意味はない。最強の管理サッカーと最強の自由なサッカーの対立。そこにこそ、真のサッカーの姿が見えるのだ」
「はい」

そこまで聞くと、虎丸は返事をしイシドに一礼する。それを見て由良もまた、小さく笑みを浮かばせながら、一礼をした。そして、虎丸と一緒にこの場から出ようとすれば、イシドが二人の名を呼んだ。

「虎丸。今までの事、感謝してる」
「…ありがとうございます、聖帝」
「逢坂も、ありがとう」
「どういたしまして、聖帝。私の役目はここまでですから、後は任せましたよ。虎丸、聖帝」

ふふっと小さく笑みを浮かばせて、虎丸より先に出ようとする彼女を見て、イシドも虎丸も苦笑の笑みを浮かばせていた。
虎丸も控室から出た後、イシドは笑みを戻し、小さく「聖帝か…」と呟いてみせると直ぐに自分も控室から出たのだった。

…………
………

雷門の控室ではユニフォームに着替えた人達から軽く体を解したりとしていた。その中で、天馬は椅子に座りながら自分の靴ひもを結んでいる。その姿をただ黙ってじっと見ているのは紛れもない悠那。無表情の中、彼女が何を思っているのか、誰も分からないだろう。何せ、彼女すら今自分が天馬に対しどうしたいのかすら分かっていないのだから。
どう声をかければいいのか、どういう態度をしていればいいのか。ただ分かる事は、気まずいという気持ちがあるという事。朝は結局あの時しか話せていない。今もし、下手に天馬を刺激してしまう言葉をかけて試合に集中出来なくなってしまったら、と思うばかりだった。
そんな時、彼女の肩を軽く叩いてきた者が居た。そちらを振り返ってみれば、そこには苦笑の笑みを浮かべた葵が居た。

「どうしたの、ユナ。ボーっとしちゃって」
『…別に、ボーっとなんて』
「してたでしょ。まだ天馬とちゃんと話せてないんじゃない?」
『……』
「やっぱりね」

全てを見透かしたように葵に悩んでいた事を当てられてしまった悠那は、葵から視線を外す。その様子に葵はまた苦笑の笑みを浮かばせて、持っていたカバンの中から赤い何かを取り出した。それを視界の隅で捉えた時、葵がその赤い何かを悠那に突き出した。

「これ、天馬に渡してきてくれる?キャプテンマーク」
『…葵が渡せばいいじゃん』
「私はまだやらなきゃいけない事があるから、ユナに頼んでるの」

そのついでに何か声かけてきなさいよ。と、葵がウインクをしながら無理矢理にも悠那にキャプテンマークを押し付ける。そして、彼女の背中を天馬の方へ向けて押してみれば、悠那はよろけながら葵を軽く睨み付け、とぼとぼと天馬の方に向かった。

「頑張れ、ユナ」

少し寂しさを感じるも、葵は直ぐにそんな気持ちを振り切るように自分の仕事を探しに向かった。

葵に背中を押され、仕方なく天馬の方へ向かう悠那。天馬はまだスパイクを履いている。だが、近くに誰か来たと分かった瞬間、一旦手を止めて、顔を上げだした。顔を上げてみれば、そこには困ったような表情をしながらこちらを見ていた悠那と目が合った。

「どうしたの?ユナ…」
『あの…これ、』
「?…あ、キャプテンマーク!ありがとうユナっ」
『うん…あの、天馬…?』
「ん?」

京介と今まで何してたの?その言葉を出そうとしても、中々喉に詰まって全く声に出せなくなってしまっていた。もし、今聞いて天馬の集中力が切れたらどうしよう、と。キャプテンマークを手にした天馬のあの表情はこの試合に向けての表情。真剣そうにキャプテンらしい顔をしていた。
一気に、自分の知らない天馬になってしまったみたいだった。

『…天馬は、天馬らしいサッカーをしてれば良いんじゃないかな。私、天馬とサッカーしてる時が一番好きだよ』
「!……うん、ありがとう」

そう小さく微笑んだ天馬の表情を見て、悠那はどこか心が軽くなれたように思えた。
決勝戦まであともう少し。



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