『……』
走らせてたペンを置いてふと、時計を見上げる。もう既に八時を示そうと長い針がカチッと鳴った。宿題も早めに終わり、今彼女の手元にあるのは天馬の為のキャプテン対策ノート。今日も今日で失敗続きだったが故に作戦を考えるつもりだったが、その天馬はまだ帰ってきていない。もうそろそろ帰ってきてもいい頃なのに、まだ連絡も来ない。
秋はどこかでサッカーやってるのかもよっと言っていたからあまり気にしていないけど、夕飯も食べないでサッカーしているとなるとかなり心配になってくる。
『やっぱり、一緒に行くべきだったかな…』
いや、それは絶対ダメだ。天馬が一人になりたがっていると分かっていた付いて行くとなるとそれは天馬にとってあまり良くない。天馬だって、私だって、一人になりたい時だってある。それが今の天馬の状況なのだ。だから余計な口出しはあまりしたくない。
『それにしても、遅い――…』
「――ただいまあ…」
帰ってきた。悠那は、天馬の声が聞こえると、直ぐにペンを机の上に置き、自分の部屋から飛び出した。こんな遅くまで練習なんて珍しい事じゃないと思う。ただ今日は何となく不安になっただけ。
おかえり、と一言言おうと部屋を飛び出してみれば、玄関の方にはほぼ泥だらけの状態で立ってるのもやっとそうな天馬の姿があった。そんな天馬に秋は心配そうに天馬に何かを言っている。
何であんなに泥だらけになってるの?そんなにサッカーやってたの?
それだけ、私は天馬の為になれてなかった…?
『おかえり天馬』
「あ、ただいまユナっ」
『何、してたの…?』
「え?あ…えっと、サッカーの練習だよ!かなり遅くなっちゃったけど…」
と、ここで天馬は悠那から目線を外して今までサッカーやってきたと言うが、その天馬の言動を見て直ぐに何か隠していると分かった。だけど、それを聞くつもりはない。何故ならあまり天馬は隠し事はしないからだ。そんな彼が今隠し事をしているとなると、本当に隠したい事があるものである。なら、話してくれる日が来るまで待たなければならない。
ちらちらとこちらの様子を伺う天馬。そこまで警戒しなくてももう詮索しないのに。悠那は小さく笑みを浮かべると天馬のぼさぼさの髪に手を伸ばして頭を撫でた。
『早くお風呂入って、夕飯食べて、寝なよ?』
「う、うん。分かってるよ」
天馬にそう言うと、悠那は直ぐに部屋に戻って行った。詳しくは聞いてこなかった彼女に天馬は茫然とするが、とりあえずと秋と悠那に言われ汗や泥で汚れてしまったその体を洗い流そうとお風呂場へと向かった。
…………
………
次の日の午後練習。今日もまた天馬のキャプテン特訓が行われていた。
天馬がボールを持っていて、錦が自分にパスをくれとアピール。天馬はすかさず錦にパスをして、錦に輝が自分にパスをくれと言う。錦は少し上がると輝へとパスを回した。
「うっぎー!!」
輝の気合いの入ったシュート。信助は止める事が出来なく、ゴールを許してしまった。
天馬がキャプテンになってこれが初めての一点だろう。嬉しそうに顔を緩ませた。
「いいぞ輝!」
「うんっ!」
「(今の連携は上手くいったぞ。皆動きがよくなってきてる!)」
自分のキャプテン力はまだまだだとは思うが、少なくとも皆の動きが前より見えるようになったのは気のせいではないと信じたい。この調子なら次の試合までに間に合いそうにも思える。
今日の練習は天馬にとってかなり為になったであろう。
時間は刻一刻と過ぎていき、気付けば空の色は茜色と変わっていた。
「はーい、今日の練習はここまでよ!」
そこで春奈の掛け声が聞こえ、練習はそこで終わった。額やら首やらに流れてくる汗をマネージャーが用意してくれいたタオルで拭い取り、冷たいドリンクで喉を潤す。十分に喉が潤った所で視線をふと、天馬の方に向けてみれば、天馬はドリンクをごくごくと飲んでいる。今日は順調だった。この調子で明日の練習も上手くいけば決勝戦もいける。悠那がそんな事を思いながらもう一度ドリンクを飲もうと口に付けた時、天馬に近寄っていく剣城の姿が見えた。そんなに離れている訳じゃないのに、二人の会話が聞こえない。もしかして、二人して何か隠している…?そんな事が頭に過った時、どこかズキンと痛む気がした。
胸の痛みを感じながら、悠那は輝とマサキに近付いて会話に混じった。
その放課後も、天馬と悠那は一緒には帰らなかった。思えば、今日はあまり話しをしていない気もする。だから、他の人達はかなり心配だったのか、二人共喧嘩したのかと聞いてきた。もちろん、喧嘩なんかしていない。大事な試合の前に喧嘩なんかしていられない。だけど、妙な距離感は感じているのも事実。
いつも一緒とは限らないと、聞いてきた人達に言ったけど、それではますます誤解されてしまうかもしれない。
次の日の練習も、天馬は調子が良かった。段々とキャプテンらしい指示が出来るようになっており、錦にボールを渡す事も出来、一乃からボールを奪えたり、倉間にボールを渡してそのままシュートを決める事が出来た。
「よし、チームがまとまってきた!これなら何とかなるかもしれない」
本当に、まとまってきた。最初の頃と比べてかなり天馬もキャプテンとして自覚も出てきて、指示も神童と比べたらまだまだだと思われるが、それでも悩まず直ぐに出来るようになってきていた。皆が天馬を盛り上げている。
「明日はいよいよ、決勝戦だな。試合で最高の力を発揮出来るように、コンディションを整えてくれ」
「「「「はいっ」」」」
決勝戦が明日に迫ってきていた。今のチームの様子を見て、雷門は十分に戦えると思える。円堂の話しを聞きながら、悠那が天馬と剣城の方を見てみれば、二人はまた何やら話している。何を話しているんだろう、何を隠しているんだろう。そんな事が頭を過っていく。と、同時に二人は自分が隠している事をこんなモヤモヤとしながら言うまで待ってくれていたのだと気付く事が出来た。
天馬が嬉しそうに気合いを入れて、剣城もふっと小さく笑みを見せる。
何を隠しているか分からないけど、二人が話してくれる事を信じて自分は明日の為に、準備しよう。
『(裕弥さん…)』
いよいよ明日で私達の大好きなサッカーで革命が成功するか失敗するかが分かる。
ずっと前から顔も知らない兄に護られてきた。円堂監督達に護られてきた。逸仁さんに護られきた。皆に、護られてきた。
私は、明日。その護られてきた分を、明日返すんだ。
悠那が自分の意志を固く決意した時、彼女の鞄の中に入っていた携帯に一件のメールが受信された。
…………
………
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