「はあ…」

目の前で溜め息を吐く天馬。そんな彼を後ろで見守っていた悠那、葵、信助。天馬の口から出た溜め息を聞いて信助は自分の両手の指を広げて片方の親指だけ折ると悠那と葵にアイコンタクトを送る。
これで9回目だと二人に黙って訴えれば、再び前から溜め息が聞こえる。それを聞いて葵が苦笑しながら右手の人差し指を立てて左手を拳にすると、10回目だと訴えた。
そこで天馬の歩みが止まってしまい、自然と後ろに居た3人の歩みも止まった。
彼の溜め息の事なんて聞かなくても今日の練習試合の事だと分かっている。いや、それ以外の事も含まれているのだろう。何はともあれ彼がこうもテンションが低いとこちらもどうすればいいのか分からない。

「全然ダメだった…やっぱりキャプテンなんて無理なのかな…」
「何言ってんの、まだまだ初日じゃない。ちょっと上手くいかなかったくらいで落ち込むなんて天馬らしくないぞ?」
「だって…このままチームをまとめられないと…」
「大丈夫だよ、天馬なら。明日は上手くいくって」
「でも、キャプテンだよ?不安だよ…」

葵と信助が頑張って天馬いフォローを入れるが、今の天馬はキャプテンと任命された時と同じく無理だ、ダメだ、不安しかないと言わんばかりのマイナス思考しかない。肩だけではなく頭まで下げてしまった天馬を見て、二人は顔を見合わせる。と同時に悠那へと振り返った。それも勢いが結構あったので、振り向かれた悠那は若干びびりながら二人の視線を受け止める。

『な、何…』
「ユナからも何か言いなさいよっ」
「天馬を元気付けてよ、一番近かったんだし…!」
『そ、そんな事言われても…』

何度かへこんでいる所を見た事があるが、それは悠那事態共感出来るものであり、今回みたいに一人の選手である悠那とキャプテンになった天馬とは見ている世界が少し変わってしまったのだ。つまり何が言いたいかと言うと、彼の背負った物が重すぎてしまい、悠那自身彼をどうやって励ましたらいいか分からないのだ。
容易く頑張れとも、大丈夫とも言えない状態なのだ。二人の言葉ですらここまで否定に入ってきている。言葉というのは、難しいな。
うーむ、と顎に手を当てて考え始める悠那を見て葵と信助は困ったように顔を見合わせた。
そして、

「…はあ、」

再び天馬から溜め息が聞こえてきて、こちらまで溜め息が出そうになってしまった。だが今ので時11回目。今度は悠那が苦笑しながら両方の人差し指を立てて訴えた。それを見て信助と葵もまた苦笑しながら人差し指を立てる。
そこで、悠那が思い付いたように、ニヒルを浮かばせて二人の間を通り、天馬に後ろから近寄った。
そして自分の立てた人差し指を天馬の脇腹に軽くつついた。

「うわあっ!」

天馬は脇腹などを擽ると過剰に反応してくれる。だからこそそこを狙いやってみれば案の定反応を見せてくれた。その大袈裟な反応に悠那はニヤニヤとしながら、葵と信助に振り返る。何を思ったのか、二人は最初こそ分かっていないように首を捻っていたが、悠那が何をしたいかを理解すると、二人もまた悪戯をしようと企んでいる子供のように口角を上げた。

「ちょっとユナ!何すんだよ!」

ちょんっ、ちょんっ

「ちょ!葵!信助!」

悠那を見習ってか、天馬の視線が悠那に行ってる間に次には葵と信助のつつきが始まる。あっちに行ったりこっち行ったり、避けている天馬。さすがに笑いはしなかったものの、擽ったのだろうか、三人から若干離れた。

「元気だせ!」
「え?」
「元気だせ、元気だせっ」
『元気だせだせっ』

信助に続き葵と悠那が人差し指をくるくると回しながら面白そうに言ってみせる。
そんな三人の様子に、天馬は茫然としながら見比べる。だけど、三人は天馬にそんな余裕を与える訳もなく、次の瞬間には三人して立てた人差し指を天馬に向けてつつきだした。

「ちょっ、止めて!止めてってば…!」

ついに擽ったさから逃げようと走り出した天馬。そこでようやく天馬も笑っており、調子に乗った三人は逃げていく天馬の背中を人差し指を出したまま追って行った。

…………
………

「あの話し…本当…?」
『どうしたの?急に』
「あ、いや…」

木枯らし荘に戻ってきた二人は、夕飯を食べ終わると直ぐに天馬の部屋で明日の練習試合の事について話し合っていた。今日の天馬の失敗を片っ端から言ってそれをノートに綴っていく。そして、それを明日どうするかという話題に入ろうとした時、天馬がそう尋ねてきた。思わず走らせていたペンを止めて天馬の方を向けば、彼の目線はずっと下を向いたまま。ペンは動いていないが、ちゃんと書いた後は残っている。
ぶっつけでノートに書いていたから疲れたのだろう。悠那もペンを置き、先程秋から貰った紅茶を一口飲んだ。

『本当、らしいよ。私が実際に調べた訳じゃないからまだ半信半疑』
「そっか…」
『聞いた時、ああ私って何て無知でのうのうと生きてきたんだろうって思えた。裕弥さんや逸仁さん、環があんな苦しい思いをしてきてたのに、私は…』
「で、でも…!ユナは知らなかったんだから仕方ないよ!」
『…うん、』

本当は仕方ないで済ましたくなかった。それは天馬も痛い程分かっている。だからこそどんな言葉をかけたらいいのか分からずに、思わず口走っていた。
悠那の方を見てみれば、彼女は自分の口につけた紅茶を黙って見つめている。ああ、自分は余計な事を言ってしまった。今日、改めて彼女の兄という人物を知り、逸仁の今までの事もやっと理解出来た。
正直、荷が重すぎた。彼女の事も、彼女の兄の事も、逸仁さんの事も、そして悠那の親友である環の事も。悲しい。一番悲しいのは彼女だって事も、上村裕弥さんだって事も、逸仁さんって事も分かっている。だけど、今天馬の感じている物もまた悲しいという感情だ。

『天馬、優勝しようね』
「え?」
『革命を終わらせて、皆と楽しいサッカーしようね。今も勝つ為に練習したりチーム一丸になってるから楽しいよ。でも、今まで戦ってきたチームとも、楽しいサッカーがしたい。まだ知らないチームとも楽しいサッカーがしたい』
「あ…もちろんだよ!絶対にこの革命は成し遂げてみせるさ!俺もっと皆と…悠那とサッカーしたい!」
『!…天馬、呼び方…』

気付けば、天馬は悠那の事を愛称ではなく普通に名前で呼んでいた。その事は天馬も気付いていなかったらしく、一瞬首を傾げていたが、直ぐに自分の呼び方を思い出してあれ?と再び首を傾げてみせた。
一瞬だけ、過去の自分達を思い出した。まだその時は出会って間もない頃で天馬はまだ悠那の事を名前で呼んでいた。呼び方を変えてもいいと聞いたのも悠那の事をユナと呼び始めたのも天馬。
久し振りにその呼び方を聞いて、ドキッと脈を打ち出した悠那の心臓。
それがどこか心地よくって、目の前で慌てる天馬を見て、思わずぷっと吹いた。

『そうだね、私も天馬とサッカーしてたい。だから、キャプテン頑張ってよ』
「!あ、う、うん…!そうだよね、俺責任重大だなあ…」
『天馬なら大丈夫。私、天馬がキャプテンなら背中じゃなくって一緒に隣で走っていられる気がする』
「え〜…それってキャプテンらしくない…」
『そうかな?』
「そうだよ〜…」

っま、雑談はここまでにして明日の為の会議始めるよ!と机の上で項垂れる天馬の頭に手を伸ばしてポンポンと軽く叩いてみれば、渋々顔を上げて再びノートと睨めっこ。
少しの休憩を入れた所為か、天馬のやる気は先程より上がっていた。……かもしれない。

…………
………



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