天馬がキャプテンになって初めての練習試合は何とか終わり、今は休憩となった。悠那も途中入れ替わってフィールドに立ってセカンドと試合をやってみたが、やはりいつもと何か違っていた。
天馬が悪いとは言わないが、いつもより雷門のプレイではなかった。ちらりと天馬の方を横目で見てみれば、案の定と言った所か、かなり落ち込んでいた。周りの皆もそんな天馬に気を使ってか、無理に元気出せとは言わず、個人個人で天馬の為にも動きやすいプレイにしていこうと話していた。もちろんそんな気遣いをしていれば、天馬の為にならないかもしれない。だが、慣れていかなければならないのも事実。
決勝戦も近くなるというのに、大丈夫なのだろうか、とドリンクを口に含みながら考える悠那。

「ユナ」
『!何ですか?監督』
「…慣れないな、その呼び方」
『…私もそうですけど、』

その為に呼んだんですか?とじと目で自分の傍に寄ってきた円堂を見上げる。もちろん用件があって声をかけた故に彼は苦笑気味に違うと否定した。

「俺がフィフスの事を調べてた事は知ってるよな?」
『あ、はい。ゴッドエデンの時ですよね?』
「ああ。それで、気になった事があってな」

その言葉に、悠那は首を傾げる。何故その気になった事を鬼道ではなく、自分にその事で声をかけてきたのだろうか。鬼道の方を困ったように見てみれば、鬼道は黙ってこちらを見ている。それはまるで自分が様子を伺われているようで、決して良い気はしない。
気付けば、周りもそんな円堂の様子を見て首を傾げている。もう一度、円堂を見上げて困ったように表情を曇らせていれば、円堂もまた困ったように笑って見せた。

「場所、移すか?」
『何でですか?』
「……上村裕弥の事について、だ」
『!』

まさかのだった。あの円堂の口から逸仁とフィフスの人達しか知らない人物の名前が出てきた。何故その名前を知っている?どくどくと、円堂の言葉に悠那の心臓は強く脈打っていく。何故円堂がここを移動しようか、と聞いてきたのかが分かった。もし、上村裕弥の事を円堂が調べたとしたら、まず自分に来るだろう。鬼道にこの事を言ったって、何も進歩しない事は分かっている。
どこまで知っている?どこから話せばいい?
ごくりと唾を飲み込んだ。
いや、そんな事関係ない。場所を移動しなくても、天馬や剣城には聞いて貰おうと考えていたのだ。まさか、こんな早くチャンスが来ようと思っていなかった。
こちらの様子を伺う円堂に、悠那は笑みを浮かばせた後首を左右に振った。

『いつか、話そうと考えてました。ここで大丈夫です』

人はこれを公開処刑と言うだろう。それでも、こんな今だからこそ、言わなきゃと思えたのだ。
そんな意志を持った悠那を見て、円堂は目を見開かせた。あくまで円堂がこれから話す事は悠那個人の話しであり、天馬達は関係ない。これを聞いて、皆が動揺するのは間違いないのに、彼女はそれでも良いと言うのだろうか。真っ直ぐとこちらを見据える悠那の目は真剣そのもの。揺るぎはない。
今度は円堂がごくりと唾を飲み込んだ。そして口角を上げた。

「分かった」

そこで、円堂は一息を吐くと、改めて悠那を真っ直ぐに見た。

「フィフスの事を調べていたら、とある人物の事が書かれた資料をあのゴッドエデンで見つけた」
「とある人物?」

場所は変わって、ミーティングルームに集まっていた。何でも、円堂がフィフスについて分かった事を一通り説明するという事。円堂が真剣な顔で語り始める“とある人物”の事。もちろん何も知らない部員達は首を傾げる。そこで円堂が一息を吐きながら再び口を開いた。

「上村裕弥。悠那の兄貴だ」
「「「「ええ!?」」」」
「兄貴って…お前兄妹居たのかよ!?」

円堂の言葉に部員達は騒然。あの剣城までもが目を見開かせており、皆を代表するように車田が声を上げる。一気に皆の視線を浴びる事になってしまった悠那は、こうなる事が分かっていてもやはり怯んでしまう。隣に座っている葵や信助もまたどうなのかと、言わんばかりに視線を送ってくる。
そこで、悠那は目線を直ぐに葵達とは反対側に座る天馬の方を見た。
天馬は悠那に兄が居るという事は何となくで分かっていた。そちらを見れば、予想通りと言うべきか、天馬が不安そうにこちらを見ていた。
ああ、この表情は何回も見た。自分に何かがあると必ず天馬はこの表情をしていた。その視線を受け止めた悠那は今度こそ柔らかく笑みを浮かばせて円堂の方を見た。

『私に兄が居るって事…私自身も実は知らなかったんです。この前までは…』
「この前まで…?」
「その裕弥という人物もまた、シードとして動いていた。だけど、上村裕弥の記録はたった数個しかなかったんだ」

それは、上村裕弥が悠那の兄貴だという情報と、自殺してしまった情報。
その情報を聞いて雷門イレブンは驚愕の表情を浮かばせるばかり。以前、自分達がゴッドエデンに連れてかれて、逸仁と出会ってシードの事を聞いた事がある。
あそこの特訓で耐えられなくなってしまった人物がおり、その人物は自殺を計ったと。それを思い出したメンバーは直ぐにどういう意味なのかを理解し始めた。

――自殺をしたのが、悠那の実の兄なのだと。

記録も消され、存在自体も消されてしまった上村裕弥。
それを彼女は“この前”知ったのだろう。円堂が何故今この話しを聞きたいのかは分からないが、自分達が聞いていてもいい話でもないのは確か。にも関わらず、悠那はどこかスッキリとした表情をしていた。

『私は…逸仁さんから聞いた話だったから、まだ信じられてない所もあるんです』

逸仁が実は裕弥の親友であり、裕弥が重い病気を持ちながらたった一人である妹の為に、シードになって動いていた事を。化身も使えて、妹の為にライセンスカードを造り、ずっと妹の事を思ってきた兄。妹想いの優しい兄。
だけど、そんな彼の人生は逸仁や妹の知らない間に、日々崩れていた。厳しすぎるフィフスの特訓に耐え切れなかった精神と体は徐々に裕弥を苦しませ、追い込んだ。
屋上からの飛び降り自殺。

『裕弥さんが亡くなった後に、逸仁さんの所に裕弥さんの物だと思われる遺品が届いたらしいんです』

裕弥さんのライセンスカード。一体誰がそのカードを何のために送ってきたのか、何故自分の所に送ってきたのか分からない。だけど、逸仁はそのカードを使ってシードになった。
何故裕弥がこれで何をしてきたのか、何がしたかったのか、必死になって探った。

『そこで、私聞いたんです。裕弥さんの、過去を…
私が生まれる前、裕弥さんがまだ三歳の内に私の両親と別れて暮らしておばあちゃんと暮らしてたらしいんです。病が酷かったらしくって、その状態の裕弥さんを引き取ったのが、今の聖帝、イシドシュウジでした』

病気は一時的にフィフスの手により治された。体も楽になってシードになる事を決意。裕弥の恩返しが、シードになる事だった。最初こそなんの抵抗なしに、やり続けられたシードの仕事。だけど、体の事もあった所為か、シードをやる事に抵抗する事になった。
実力も才能もあった裕弥をそう簡単に解放する筈もなかったシードは、必ずこの言葉を言った。

『“妹がどうなってもいいのか”って…』

そこで、悠那は自分の唇を噛み締めて、更には自分の拳も強く握りしめた。裕弥のたった一人の妹。まだ、顔もお互いに知らないのに、裕弥は自分の人生よりも妹の人生を優先したのだ。

『最初聞いた時、信じられなくって、私自身混乱してたけど…全てを受け止めようかなって』

この上村裕弥という人物がフィフスにとってどういう人物だったのか。フィフスの裏と、その人物の儚くも強い想いがあった人生に、円堂は自分の無知さを恨んだ。もっと、早くフィフスについて知っててもっと早く行動していれば、悠那もその兄裕弥はこんな苦しい人生を送らなくても良かった筈だ。そして、もちろんあの逸仁もだ。
これでようやく逸仁がフィフスが嫌いで、何故フィフスの元に居るのかも分かった。

『そして、私は、裕弥さんの分まで大好きなサッカーを守ろうと、決心しました』

もちろん、私自身も…自分の事をもう少し大切にしようと。
ずっと守ってきてくれたのだから、今度は裕弥さんの大好きだというサッカーを次に待つ決勝で優勝して、自由なサッカーを取り戻す。裕弥さんの為に、次の決勝戦に勝ちたい。

「お前はそれでいいのか?」
『無責任な事言ってごめんなさい…でも、私…こんなに誰かの為に勝ちたいって思ったの初めてなんです』

円堂がそう聞けば苦笑の笑みを浮かばせながら頷いた。傍からしらきっと彼女の発現は無責任に近いだろう。今まで皆と頑張って決勝まで行こうとしていたのに、決勝目の前まで来ていきなりこんな事を言われても、困ってしまう。
京介の気持ち分かったかもしれないねっ、と悠那が円堂から視線を逸らして剣城の方を見ながらそう言えば、剣城はどこか戸惑うような表情を浮かべて静かに彼女から視線を逸らした。



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