あの後、制服に着替えて教室に戻った悠那達。結局悠那はあのまま天馬にも剣城にも言えなくなってしまい、肩を落としながら自分の教室の前へと立った。
この扉を開ければクラスの人達がいつも通りに挨拶してくれる。してくれる、筈なのに何故か教室に入るのを躊躇してしまう自分が居た。昨日の公園での逸仁と環の話し。全ての点と点が繋がったみたいに話しの内容を嫌でも理解してしまった。そして、逸仁の想いと環の涙。
正直環と顔を合わせずらい。もし、彼女の顔を見てしまったら、自分には罪悪感しかない。
もし、目が合ったらどうしようか。もし、彼女が近付いてきたらどうしようか。もし、彼女が…

「おはよう、悠那」

声をかけてきたらどうしようか。
そんな事を考えようとしていた傍から、後ろから自分が正に悩んでいるであろう人物の声が聞こえてきた。反射的に肩を揺らしながら振り返ってみれば、そこにはやはり環が立っていた。いつもと変わらぬの笑顔に、いつもと違う若干腫れた瞼。
それを見て、一気に悠那自身の体が重くなった気がした。きっと環は昨日沢山泣いたんだ。声も若干鼻声にも聞こえる。思わず、環から視線を外した悠那は顔を俯かせながらも「おはよう」と返した。

『あの…環、大丈夫…?』
「何が?」
『何がって…昨日の、事…』

そして、思い切って昨日あった事を聞いた。だが、深刻そうな表情を浮かべる悠那に対して環は笑みを崩していないどころか、あっさりと何の事と言わんばかりに首を傾げる。もちろん悠那が言いたかった事は昨日公園で話した事。
そこで、空気が若干重くなったようにも感じられた。やはり聞かなければ良かったかもしれない。これでは彼女にまた泣けと言っているみたいだ。やっぱりこちらも何事もなかったかのようにいつも通りにこの日常を過ごせば良かった。そう、後悔し始めた時、環が悠那の手を掴んだ。

『え、環?』
「悠那、ちょっと来て!」
『え?!』

どこに?!と環に聞く前に、環は彼女に有無を言わせず悠那を引っ張り一気に走り出した。彼女の足は階段を上がっていき、二年生の階を超えて、三年生の階を超えて、辿り着いた場所は屋上へと出入り出来る扉の前だった。そこへ着いた瞬間、環は悠那の手を離し屋上の扉をぐっと開けてみせた。
開ける事により、風が中に入ってきて二人のスカートを小さく揺らす。だけど、そんなのも気にしないように環は屋上へと足を運ばせてこちらを振り返った。

『環?もう直ぐ授業始まるよ?』
「いーのいーの、どうせ一時間目国語でしょ?さぼっちゃおうよ」
『さぼっちゃおって…』

確かに私国語苦手だけどさ…と呟きながらもせっかく環が誘ってくれたんだし、と悠那は自分もまた足を運んだ。一度、この屋上に来た事がある。それは神童がキャプテンを辞めると言って天馬と一緒に止めに来た。その時まだ自分は屋上に足を運んだ事はないが、この扉の向こうに広がる青空は忘れた事がない。
悠那が足を運んだのを見ると、環は彼女から視線を外して大空へと目を移した。

「昨日ね、兄さんから少しだけ聞いた事があるんだ」
『え、逸仁さんが?なんて?』
「――…悠那が、上村裕弥さんのたった一人の妹だって事」
『え…』

一瞬、環の言っている事の意味が分からなかった。それだけじゃなく、今吹いている風もその時だけ、その言葉を消さないよう吹くのを止めたようにも感じられた。空を見ていた筈の環の目はいつの間にか悠那の方に戻っており、目が合った悠那は目を逸らす事が出来ずに、ただ動揺してしまう。
どうして、どうして逸仁は言ってしまったんだ。これは唯一の肉親である悠那が伝えるべきではないのか?動揺している所為か、上手く頭も回らない。
何て返そうか、違うって?それともそうだと、受け止めてしまおうか?環は今、何を思っている?

「本当なの?」
『あ…あの…そ、の…』
「……」

逃げられない。環の目から逃げられなくなってしまった悠那はただひたすら言葉を紡ごうとする。心拍数も上がり、息をするのも難易な物になってしまった。肯定の言葉でも否定の言葉でもない曖昧な言葉だけしか出ない。これでは逆に環を怪しませてしまう。あまりにももたもたしていると
早く、早く何か言わなくちゃ…早く――!!

「そうなんだね」
『ッ!!環、私…!!』
「無理しなくていいよ、別に裕弥さんの両親やあんたを恨んでる訳じゃないからさっ」
『環…』

一瞬だけ、違うという否定の言葉が出そうになった悠那。それがどういう意味をするのか、十分に分かっていた筈なのに、違うと否定しようとしていた。それを環が遮った事により、何とか悠那は救われた。そして、次に言ってきた言葉は、環の気にしていないと言わんばかりの言葉。環の視線は再び真上の大空に向けられており、いつの間にか悠那の心拍数も、安堵に変わっていき、改めて環の横顔を眺めた。

「そりゃ最初、何でお葬式の時来なかったんだって思った。だけど、昨日兄さんが言ってたんだ」

――裕弥は、最後まで妹の事を忘れた事はなかった。顔も声も知らない妹を思って死んだんだ

『(逸仁さん…)』
「だから私、そんな裕弥さんが大切に思っている妹を恨める訳ないって!」

そうでしょ?と首を傾げさせながら聞いてくる環に悠那は安心したように自分もまた笑みを浮かばせて、静かに環に抱き着いた。
逸仁や環がどれだけ苦しくて辛い思いをしてきたかなんて、きっと想像出来ないだろう。どれだけ悲しくて悔しい思いをしてきたかなんて分からないだろう。それでも、悠那は今理解し始めようとしていた。きっと自分の両親だって悲しいに違いない。兄である裕弥をおばあちゃんに渡して、そして自分達の知らない間に親よりも先に死んでしまった事を。自分達の愛を十分に注げなかった事を…

『必ず、決勝戦で勝ってみせるから…だから、環待ってて』
「応援してるわ、勝てるよう精一杯応援する!」
『うん、ありがとうっ』

キーンコーンカーンコーンッ

ようやくいつも通りの二人になってきた頃、学校のチャイムが鳴りだした。だけども、元々サボる為だけに屋上に来た二人はそのまま先生に怒られる覚悟で、屋上に残った。

…………
………

『「行ってきまーす!」』

次の日。木枯らし荘から、天馬と悠那の声が響き、玄関から飛び出す。今日も部活はある。だけどもまだ自分達の気持ちは一日や二日で収まる筈はなく、天馬も朝からどこか思いつめた表情をしている。その傍ら、悠那もまた天馬とは違った事で思いつめた表情をしていた。

『(今日こそ、天馬に言うんだ…自分で決めたんだから…)』

結局昨日は休み時間も、お昼の時も、放課後も、木枯らし荘に帰って余計言いやすくなった筈なのに、打ち明けられずに居た。どれだけ自分はここまでヘタレになってしまったのだろうか。少し前ならハッキリと物を言えた筈なのに。
こんなにも、臆病になっていたなんて。視線を天馬にズラせば、彼は彼なりに思いつめている。今、神童が入院してしまい、動揺しており、かなり動揺しているに違いない。そんな彼に追い討ちをかけるつもりはないが、やはり、こちらも早く伝えたいという気持ちが焦りが募っていった。

『天馬!』
「え?な、何ユナ…いきなり…」
『あ、あの…天馬に、い、言わなくちゃいけない事が…』
「う、うん…何?」
『あの…その』

不意に、声を張り上げて天馬を呼んだ悠那。さすがの天馬もいきなり名前を呼ばれた事に驚きながらも、彼女に振り返る。再び悠那に話すチャンスが出来た。首を傾げてきた天馬も、先程の思いつめた顔ではなくちゃんと悠那を見て小さく笑みを浮かべる。
傍から見たらきっと、この状態は悠那が天馬に告白をしようとしているように見えるだろう。だが、悠那にとってはそれぐらい勇気の居る状態だった。

『あのね――!』
「おはよう天馬に悠那!!」
『(ガクッ)』

意を決して天馬に話そうとした時、ふとどこからか自分達に声をかけてくる人物が居た。その声に悠那の声は遮られてしまい、悠那は肩を落とす。そして、天馬と共に声のした方を振り返って見れば、そこには信助が立っていた。

「おはよ、信助っ」
『おはよ…』
「?どうしたの、悠那?」
『い、いや…別に…』

天馬は悠那から信助に視線をやって挨拶を返し、悠那もまた肩を落としながらも挨拶を返す。そんな彼女を不思議に思ったのか、首を傾げるが悠那は何でもないと言い、一人歩き始めたのだった。



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