ある日、平山家に一人の男子中学生が遊びに来た。それは私の兄の友達であり、私のもう一人のお兄さん。
よく話はするし、一緒に兄である逸仁兄さんをよくからかっていた。その度に怒鳴られていたけど、暗かった兄があそこまで笑うようになったのはきっと、あの上村裕弥さんのおかげ。
重い病気を持っている事は知っていたけど、そんな事を忘れさせるみたいに明るく振る舞っていて、私達兄妹を楽しませてくれた。サッカーだって、上村さんが教えてくれたから多少は出来る。
兄だって、口ではめんどくさそうにしてても楽しそうにサッカーやってて、私は嬉しかった。
ああ、このままこの幸せが続けばいいな、なんて思いもした。
――だけど、

「裕弥君、亡くなったそうなの…」

ずしりとした重い物が私の上に落ちてきたみたいな衝撃を受けた。あの木漏れ日みたいな光の人が私達兄妹の前から消えてしまった。兄もその事は知っていたらしくて、私の隣で黙って顔を俯かせていた。
どうしてあの上村さんが死んだ?まさか、病に倒れてしまったのでは…そんな事が頭の中でぐるぐると渦巻いていき、ついに私の視界は霞んでいき、顔も歪んでいった。
もう上村さんに会えない。もうあの楽しい日々を送れない。もう、兄さんは笑ってくれない。
それを理解した時、耐えられずに溢れ出した自分の涙は零れて行き、床を濡らしていく。

「裕弥が、お世話になりました」

葬式の日、上村さんのおばあちゃんが私達家族にそう言ってきた。
上村さんは自分のおばあちゃんの家で住んでいるのは聞いていた。家族がおばあちゃんしか居ないと聞いていたけど、本当に葬式の日はおばあちゃんしか居なくて、上村さんの両親はなんて最低な人達なんだと思った。離れた所で暮らしているとはいえ、葬式の日ぐらい顔を出したら良いのに。
棺桶はない。遺影の写真はいつも私達兄妹に見せてくれたあの笑顔。
最後まで、顔は見れなかった。

「兄さん、これ兄さん宛てに来てたよ」
「何それ」
「さあね」

ある日、兄さん充てにとある荷物が届いた。中身は知らないけど、兄さんはそれを見た瞬間、目を見開かせてのを覚えてる。何が届いていたのかを聞いたけど、兄さんは何も答えようとしないでその次の日、兄さんは家族の誰にも何も言わず出て行ってしまった。

****

「それしか考えられないもの…」
『環…』

環が自分の過去を語る時、悠那は酷く後悔した。自分が何も知らずに過ごしてきた事を。自分は環にも逸仁にも、そしてその裕弥や彼のおばあちゃんに恨まれても仕方なかった筈なのに。逸仁は自分を恨む所か、たくさん助けてくれた。
ちらりと、逸仁の方を見れば、彼はまだ顔を俯かせている。逸仁にとっても環にとっても辛い過去。悠那は、ただ黙っているしかない。そんな状態がとても彼女にとって居た堪れなかった。

「そんな、私も今では中学に上がって、悠那に出会った」
『環?』
「初めて悠那を見た時、一瞬だけ裕弥さんを思い出したわ。ううん、見ただけじゃない。性格も雰囲気も似てたもの」
『……』

それは、自分がその裕弥という人物と血の繋がりのある兄妹だからだろう。だが、それを悠那は何故か言えなかった。きっと言ってしまったら環は自分を軽蔑して離れてしまうかもしれない、と。
話しの内容を聞いてみれば、彼女は裕弥の両親を軽蔑している。つまり悠那の両親は環にとってあまり良い感じにとられてはいない。
すると、悠那の目の前で語っていた環がいきなり悠那に振り返ってきて彼女の腕を掴んで立ち上がらせた。

「似てるからこそ、私はもう失いたくない。兄さん、あんた一体何やってるの?何を隠してるの?もう、

笑ってくれないの…?」
『……っ、』

悠那の腕に絡みつきながら環はただ黙り続けている逸仁に訴えかける。その訴える彼女の表情がかなり不安そうで、今にも泣きそうにしており、いつもの彼女らしくなくて、悠那は一気に心臓を何かに貫かれたような感覚がして、苦しくなってしまう。
逸仁が心から笑ったのはいつなんだろうか。少なくともあの造られた笑みは見た事がある。
どうしてこんな事になってしまったんだろうか。
自分はサッカーが好きで、ここまでやり続けたというのにいつの間にやら今の時代はサッカーが好きな人達にとって生きずらくなってきていて、今だってこうして、フィフスの所為かは分からないけどここまで悲しい人達が増えてきている。
何が、どこで、間違ってしまったんだ。

「――いつか、」
『「!」』
「この、雷門の革命が終わったら…話してやるから

泣くなよ…」

気付けば、環の目からは涙が溢れ出しており、いつの間にか悠那の腕も離されている。そんな彼女を逸仁は自分の胸板に押し付けてぽんぽんっと彼女の後頭部を軽く撫でる。
ああ、逸仁さんも辛いんだと思えた。環を抱きしめる逸仁の表情はさっきみたいな意地悪そうな表情でも、動揺して困っている表情でもない。
妹の涙を止めようとしている、お兄さんの表情。

『……』

そんな二人を見て、悠那は何かを決めたかのように、力強い目をさせていた。

…………
………

「っさ、今日も張り切って練習よ!」

次の日の朝練習。あの後、環を逸仁が送っていき悠那も何も言わず帰った。今日はまだお互いに朝練習があり、まだ環と話していないが、彼女はまだきっと逸仁の事で悩んでいるに違いない。
そんな彼女の為にも、逸仁を早く楽にさせて、この雷門の革命を終わらせるんだ。大丈夫、皆が居てくれるんだし、自分も昨日決めたんだ。
自分の事を、天馬達に話そうと。

そんな時、ボールを蹴っていた悠那の視界に一個のボールが入ってきて……

ドゴッ!

『はぐあっ』

ボールを顔面から受け止めてしまった。ボールを蹴っていただけで周りに目がいってなかった所為か、ボールが来ていた事に気付くのが遅くなってしまい悠那は妙な声を上げながら派手に転んでしまった。ぴくぴくと顔面で一番出っぱっている鼻を軽く抑え目に涙を浮かばせながら二つになったボールを見やる。

「ご、ごめんユナ!大丈夫!?」
『天馬…う、うん。私もちょっとボーっとしてて…はい、ボール』
「あ、ありがとう…」

どうやら天馬の蹴ったボールに顔面から食らったらしく、必死に謝ってくる天馬。よく天馬からボールをぶつけられるな、なんて虚しくも彼はわざとやっている訳ではないし何より自分もボーっとしていてボールを避ける事をしなかったのでおあいこだろう。悠那は目の前で転がっているボールを手に取り、天馬に差し出す。それを天馬が手に取ろうとした時、悠那はボールを引っ込めた。

「え、ユナ?」
『あ、あのね…天馬…私、私ね…やっと、決心したんだ…』
「ユナ…?」
『私…私には――…!』

「――お前達!何だそのプレーは!!」

自分の事を今言おうとした瞬間、ベンチでずっとグラウンドでプレーしていた選手達に声を上げた。
珍しく声を荒げた鬼道だが、彼が荒げるのも無理はなかった。今日は皆が皆グラウンドに立ってから、プレーに真剣さを感じられなかった。今の天馬みたいに人にボールをぶつけてしまったり、パスを出そうにも他の所へと飛ばしてしまったりと、明らかに練習しきれていなかった。

「それがお前達のサッカーか!そんなサッカーで決勝に臨む気か!」

鬼道の言葉により、誰もが気付く。
神童が、キャプテンが居ない事で皆動揺が隠しきれていないのだ。いくら日常で平常を保っていようと、プレーには必ず現れてしまう。図星を突かれてしまい、誰も何も言えなくなってしまう。
そんな時、もうサッカーはしなくていいと言わんばかりに学校は教室に戻れと言わんばかりに時刻を告げた。



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