一方、悠那はサッカー棟から出て、走って学校の中を目指していた。

「ん?あれってさっきの一年じゃね?」
「あ?」
「本当ですね…かなり急いでますけど…」

サッカー棟を出て少し離れた所で歩いていた三人組の影。それは先程ミーティングルームで話していた浜野、倉間、速水の姿だった。
悠那の姿に気付いた浜野がそう口を開けば、倉間が不機嫌そうな声を出し、速水は眼鏡をクイッと上げてその様子を見ていた。
浜野が「おーいっ」と声を掛けたが、悠那は気付いていなかったのか、それをスルーし三人の間を普通に通り過ぎて行ってしまった。

「何だったんだ…?」
「知るかよ」
「ていうか、あの子学校の方に行きましたよ?」

忘れ物でしょうか?と速水が少しだけ心配そうに言えば、倉間に再び「知るか」と言われたのでこれ以上は何も言わないようにした。
そして、三人は悠那とは逆の方向を歩いて行ったが、その光景を見ていた二つの影があった。

「神童…?」
「……」

神童と霧野。霧野は特に何も気にせずにその光景を見ていたが、神童はどこか深刻そうな表情をしていた。その表情は今朝のあの事件が終わってから変わらないままだ。
神童の目は悠那が視界から消えても尚、そこを見ていた。そんな神童を霧野は不思議そうに声を掛けたが、反応無しときた。

最近の神童はいつもこんな感じだ。いや、サッカー部全体がと言った方が良いのだろうか。恐らく自分の顔だって今朝のようにも笑えない気がする。これで今のサッカー部は大丈夫なのだろうか…?と若干今の状況とは違った事を考えていれば、向こう側から足音が聞こえてきた。音的に男子の履く靴ではないローファーの音だった。そちらを向けば、先程浜野達を通り越したあの一年生の姿が。

『あ、あの!』
「「…?」」

…………
………

場所は移り、学校の中。
何故自分達がこんな所に居るかと言うと、一年の谷宮悠那という子が忘れ物を取りに来たけど遅くなりそうだからという事で公衆電話がどこかを探してたとか。携帯で使えば良いだろうとか言えば「そんな物あったらわざわざ探しませんよ」と言われた。この言い草だと携帯はまだ持っていないらしい。

「忘れ物って何だったんだよ?」
『え?!あ、えっと…ふ、筆箱!筆箱です!』
「…普通筆箱忘れる奴が居るかよ…」

ですよね〜と、頭を掻きながら苦笑する姿は今朝とはあまり変わらない姿に見えた。まあ、あの時は俺が警戒しながら話してたってのもあったからぎこちなかった気もするが、今ではもうそんな事が無かったかのように話していた。
神童も一緒に居るが、何故かさっきら喋らない。顔を俯かせてるだけだ。

「ほら、ここだよ公衆電話」
『いやー、ありがとうございました。先輩方、グッジョブ』

とか思っていたら、いつの間にか職員室の前。ウチの学校は公衆電話が職員室前しか無く、あまり使われない。今時の中学生は殆どが携帯を持っているからってだろうが、まだ使う人も居るので公衆電話は一応置いてある。コイツみたいに携帯を持っていない奴が使うからだ。

俺が公衆電話の方を指差せば、谷宮は棒読みながらお礼を言って親指を立てる。「棒読みだな」とかつっこめば「んなまっさかー」と言われた。その言い方に若干イラッとしながらカードを取り出す谷宮を見ていれば、いきなりこちらを向いた。その時に一瞬だけドキッと心拍が上がったが、きっと気のせいだろう。

『あ、もう良いですよ?先輩達帰る途中でしたよね?』
「そうだな…帰るか神童」
「あ、ああ…」
「神童?」

そんなやり取りの中、悠那はテレフォンカードを公衆電話の中に入れ、ボタンを押していく。二、三回コールが鳴り、ガチャッという音と共にそれは止み、誰か女の人が出た。

《はい、木枯らし荘の管理人、木野です》
『あ、秋姉さん?私ー』
《あ、悠那ちゃん?忘れ物あった?》
『今から取りに行くの。取りに行ったら直ぐに帰るから』
《分かったわ。気を付けて帰って来るのよ?》

その女の人の言葉に悠那は「はーい」と返事をして、受話器を収めた。それと同時にテレフォンカードが出てきて、それを取り再び財布に入れて鞄にしまった。そして悠那が忘れ物を取りに行こうと踵を返した時に目の前に居た人物が視界に入って来た。そちらを向けば、帰った筈の霧野と神童の姿。

『あれ、帰ったんじゃないんですか?』
「神童が聞きたい事があるって」
『聞きたい事?』

と悠那が疑問符を浮かべて、霧野の後ろに居る神童の方へと目をやれば、相変わらず顔を伏せていた。出会った時と比べれば、何ともまあどこか違う人を相手にしているみたいだ。なんて思いつつ、悠那は神童に近付き、前に立った。

『えと…聞きたい事って何ですか?』
「お前は…何故サッカー部に入るんだ?」

あんなに怪我をしたのに、そう付け足して悠那をやっと真っ直ぐに見た。悠那はその事に一瞬だけ戸惑ったが、神童の真剣そうな顔を見て、だらしなく少しだけ開けていた口を一度閉じ、再び口を開いた。

『小さい頃、血も繋がってない兄さん達に教えて貰って、初めて楽しいと思えたスポーツがサッカーでした』

勿論、他のスポーツもやれば楽しかったが、やはり世界をも救ってしまったサッカーが一番楽しいと思った。だからサッカー部に入りたいと思った。ただそれだけだった。だが、その理由を言えば神童は再び顔を床に向ける。

「気持ちだけじゃ、ダメなんだぞ…」
『だからこそ、私は強くなりたいって』

兄さん達に鍛えられていても未だに必殺技とかも持っていない。周りが周りだったから出来なかったかもしれないが、こう見えたってサッカーは出来る方だと自信を持って言える。今朝のはきっと自分の実力の無さが結果に出てきたとは思ったが、それをそのままにする程、自分の力に満足なんてしてない。


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