「残っているのがこれだけ…?」
「はい、ファーストの9人。これで全員です」

あの後、春奈と久遠がこの部屋に来て、あまりの人数の少なさに思わず言葉を零した。神童の懸命な判断により残ったのが一桁の数の人数。これでどうやってサッカーをするのだろうか。自分達は野球をする為に来たのだろうか?久遠は神童の言葉に「そうか…」と呟き、再びこの部屋に居る部員達を見渡した。

「俺の力不足です…」
「沈みかかった船に鼠は残らんちゅー事っスかねえ…」
「じゃあ!俺達は何だよ!」
「サッカー部員だド!」

と言う天城に、天馬も同意する所があったのか、頷いていた。それを横目で見ていた葵と悠那と信助はただ呆れるように渇いた笑いを出すしかなかった。

「皆、不満があるのは分かる。だから辞めると言うなら仕方ない」

神童の言葉に部室内は今朝の保健室の時と同じように空気が重くなった。ただ一つだけ今の言葉で不満だった所があった。
彼等の気持ちも大事だが、キャプテンの気持ちはどうなのだろう?自分で言うにもアレだが、ここは「残って欲しいが」とか入れれば良いのに、と感じた。自分の気持ちを押し込んで相手の気持ちを優先にするのは良いが、これではきっと素が出るに決まってる。まあ、そこがここのキャプテンの良い所なんだな、とは感じた。

そんな事を思っていれば、所々から先輩達の話す声が聞こえてきた。内申書がなんだの、今のサッカーだの。二つ目にとってあまり理解出来なかったが、今言える事は10年前のサッカーと今のサッカーが変わってしまった、という事。

『どうしちゃったんだろうね…』

守兄さん達が私に教えてくれたあのサッカーの楽しさは…どこに行ってしまったのだろうか、この10年の間に。サッカーも、京介も。

「松風天馬に谷宮悠那だったな」
「はい!」

神童に呼ばれた天馬は元気良く返事をして神童に振り返る。その返事に吊られ、信助、葵、悠那も姿勢を整えて、神童へと向けた。神童の方を見れば、先程とは違いどこか穏やかな表情をして自分達を見ていた。それを見た途端に自分も表情が緩んだ気がした。

「今朝はありがとう。折角頑張ってくれたが、これが今の雷門サッカー部だ」
「それでも良いです!俺、サッカー部に入ります!」
『“はい、そうですか”なんて言う気もありませんしっ』

悠那がそう言えば、天馬もまた「うん!」と頷いた。神童にそう言われたが、やはり自分達の意思は通り抜けた。入りたい想いはお互い違うけど、自分達はずっとここのサッカー部に入りたかったのだ。どんな状態であれ、その想いは変わりない。自分達の発言の時に一瞬だけ先輩達が驚いた気がしたが、気にしないでおく事にしよう。すると、天馬の横に居た随分と小さい体付きをした少年が一歩前に出て来た。確かこの少年は理事長の話しを遮った勇者だ。

「僕もサッカー部に入ります!お願いします!」

どうやら彼は天馬が連れて来たお友達らしい。彼もまたサッカーが大好きな少年なのだろう。
サッカー好きが三人。それを見た神童達は彼等は本当にサッカーが大好きなんだ、と改めて感じた。だけど、それ以上に罪悪感のようなものも感じた。

「…お前も、一年なんだな」
「はい!西園信助と言います!」

どうやらあの時の小さな勇者の名前は西園信助という名前だったらしい。信助が名乗った所を見て、ゴーグルを付けた浜野が机から身を乗り出して嬉しそうに自分達を見てきた。

「沈みかかった船に乗ってくる奴が居るとはなー!」

その例え止めてくれませんかね;

「…何も分かって無いと思いますよ、」

別に誰にも言った訳でも自分に言った訳でもないそのデカい白縁眼鏡を掛けた速水の一言で、神童は思い出したかのようにハッと我に帰った。そして、何かを考えるように目を閉じて、再び自分達を見た。だがその瞳は先程の自分達を見るお兄さんみたいなものでは無く、何かを訴えかけるような目だった。その瞳にサッカー部入部希望と名乗った三人が疑問符を浮かばせた時だった。

「…お前達はもう来るな」
『「「えっ」」』

その一言で三人の動きはカチッと固まってしまった。先程こんなサッカー部だけど良いのか?みたいな質問をされたと思いきや、突然告げられた来るなの一言。自分達の一言は何の為に吐かれたのだろう、と言葉も出なかった。
しかし、その神童の言葉に春奈がフォローをして、神童と三人の間に割って入って来た。

「そんな事言わないの。天馬君、悠那ちゃん、今朝のあれは特別。本当は入部テストがあるのよ」
「「ええ――!?」」
『入部テスト?』

What?と手をお手上げと言わんばかりに片眉を下げて天馬の方を向いた。それを見た天馬は自分もお手上げと言うように両手を上げた。
どうやら天馬にも入部テストがあった事は知らなかったらしい。

「入部テスト…俺、もう入部したつもりでした…」
「いきなりテストかあ…」
『世の中上手くいかないってコレの事だね』

と、残念そうに肩を落とす天馬を見て、呆れているにも関わらずニヤニヤと他人事のように天馬の肩に手を置き、ポンポンッと軽く叩く悠那。その光景を見ていた葵と春奈は顔を見合わせながらはははっと苦笑する。
天馬に「人の事言えない立場だろー!」と悠那の肩を両手をガシッと掴み、激しく揺らされながら言われたが、勿論それは悠那自体分かっていた事実だったので揺らされていた悠那はただただ顔を青くしていった。

そんな事を繰り返していれば、天馬は何かを閃いたらしく、悠那を揺さぶるのを止め、頭の上に電球を光らせる。いきなり揺らされたのを止められた悠那は気持ち悪そうに口に手を当て、床に膝を付いた。

「それじゃ今から!」
「待って!」

揺するのを止めたと思った途端に春奈の目の前まできて、目を輝かせながら言えば、春奈からの制止符。天馬の目には良い事考えた!と言わんばかりの目だったが、春奈の制止符により輝かせるのを止めた。
悠那はというと、葵に背中をさすって貰っていた。何も吐いていない所を見て大丈夫だという事が分かった。春奈は傍に居る久遠の方を向き、どうするかを決めて貰おうとした。

「…久遠監督、今日はこんな状態だし、どうしましょうか…?」
「そうだな。明日、放課後ここに来てくれ」
「…はい」

久遠が出した結論は意外にも早く、天馬は明日という言葉に少し残念そうに肩を落とした。傍に居た信助は何故だか安心したように安堵の息を吐いていた。悠那もまた気持ち悪さが治ってきたのか普通に立っていた。

『んじゃ、天馬帰ろうよ…』
「あ、うん…そうだね」

と、悠那の言葉を合図に天馬が返事をすれば、葵と信助も一緒に帰る事になった。話しを聞けば今日はもう部活動が無いだとか。
周りの人間が帰る準備をして直ぐに帰れそうになった時だった。悠那が改めて自分の鞄の中を確かめていれば、何かが無い事に気付いた。
別に明日も学校あるから普通の人は明日でも良いや、となるが悠那にとってそれはどうでも良いという物ではない。寧ろ大切な物の部類になるが、誰かがあれを見たらきっとそうでもないだろってなるに違いない。

『っあ』
「どうしたの?」
『あ、いや…忘れ物…』

まあ、そんな大切な物を忘れるなんて自分もバカだなって思った。葵にそう言えば、「明日あるんだから〜」とかやはり言われた。だけど、明日じゃダメなのだ。
悠那は鞄のチャックを閉めて、急いで学校へ向かおうとする。だが、それを何も知らない天馬と信助が止めてきた。

「あ、どうしたの?ユナー!」
『忘れ物ー!先に帰っててー!』

と、天馬達に有無を言わせずに悠那は走って行ってしまった。天馬は納得のいかない顔をしながらも葵の説得により渋々先に帰る事にした。


prevnext


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -