「負けたのか…僕達は…」

ホイッスルも鳴り終わり、決勝へと進出する事になった雷門は自分達の勝利に大喜び。そんな中、全ての力を出し切った太陽は茫然としながら目の前で喜ぶ雷門を見据える。改めて突きつけられる現実に、太陽はフラッと崩れるように後ろから倒れ込んだ。

「!…た、太陽!!」
『!』

フィールドの上に仰向けになって倒れた太陽に、さすがに心配になった天馬に佐田と根淵が駆け寄っていく。その姿を悠那もまた見ていた訳であり、顔を青くしながら遅れて駆け寄った。もし、今の試合で太陽が取り返しのつかない事になっていたらと思うと気が気でないのだ。

「太陽!大丈夫!?」
『太陽…!』
「ふふっ…ふふふふ!」

太陽の元へと駆け寄ってみれば、太陽からは苦しそうな声ではなく可笑しく笑ってみせる声。改めて太陽へと目をやれば表情は清々しそうにしており、見た限りでは病気の悪化ではなさそうだ。だが、いきなり倒れて中々立ち上がろうとしないので、太陽の体力はもう殆ど残っていないのだろう。
笑っている太陽を見るなり、安堵の息と呆れるような息が混じって出てきたが、良かったと笑みを浮かべる事が出来た。

「……知らなかった。こんなに気持ちのいい試合があるなんて……あなたや監督が僕に教えようとしてくれたのはこれだったんですね…ありがとうございました」

聖帝が居るであろう所を見た後、太陽は新雲のベンチで狩部と話し合っている逢坂の方を見る。VIP席でずっとこの試合を見ていただろう聖帝はこちらを黙って見守っている。悠那は次に逢坂の方を見やった。逢坂とは従姉同士であり、ずっと彼女に懐いていた。ずっと好きだった。女の子でもサッカーは出来るんだと教えてくれた恩人でもある。
ユナという愛称は、あの逢坂由良がくれたものでもある。悠那はぼうっと、逢坂の方を見ていた。
今、駆け寄ってどういう事かを聞けるだろうか。いや、聞かなくていい。いずれ、自分も分かる時が来る。今はこの喜びを噛み締めていよう。

「本当にありがとう、みんな」
「太陽…」

仰向けになりながら、太陽は自分に付いて来てここまでの試合をしてくれた新雲のメンバーにお礼を言う。負けたにも関わらず、清々しそうにそう言ってみせる太陽は暮れる事のない新雲の光。佐田達もまた、そんな太陽だからこそ付いてきたのだ。
次に太陽は天馬と悠那の方へ顔を動かし、真っ直ぐ見上げてきた。

「…最高の試合だったよ、天馬に悠那。キミ達と戦えて本当に良かった……もう思い残す事はないよ」
「太陽…」

いつまでも暮れる事はない太陽。空を見上げてみればそこには小さくてよく見えないが、鳥が高く飛んでいる。天馬と太陽はあの鳥みたいに飛べたのだろうか。そんな事を思いながら、太陽へともう一度目線を戻してみれば、そこには先程まで照っていた表情が曇っていくのが分かった。

「思い残す事はない筈なのに、天馬…悠那…どうしよう…僕はまだ、サッカーがやりたいよ。サッカーがやりたいんだ!」

太陽の表情はどんどんと曇っていく。彼のお腹に乗せられた彼の手はいつのまにか握り締められた拳があり、太陽は二人にサッカーがやりたいと必死に訴えかける。
ああ、この表情知っている。やっぱり似ているんだ、あの時の自分と太陽は。覚悟した筈なのにやっぱり諦めきれずにこうして少しでも足掻こうとしているのだ。
悠那は、静かにその震える太陽の手に自分の手を重ねて、優しく握った。

『だったら、やればいい』
「ユナ…?」
「無理だよ…僕にはもう…」
『無理じゃない!大丈夫!!』
「え?」

握ってもこちらを向かなかった太陽が、悠那が声を上げた瞬間に驚いたようにこちらを向いてきた。その事に天馬も新雲の選手達も驚いたようにしている。どうして根拠もないのに大丈夫だとこの少女は言えるのだろうか、と疑問が過りながらも彼女の方を向けば、彼女の表情は真剣そのものとなっていた。

『太陽は言った。“病気だってなんだって跳ね返してみせる”って、“病気にも負けないって”』
「それは、そうだけど…」
『私は太陽とのサッカー好きだ。一緒にサッカーやりたい。だから、病気なんて…

跳ね返してみせてよ!!』
「悠那…」
『太陽なら絶対に大丈夫!大丈夫だよ!』

ひたすら大丈夫だと言ってみせる悠那に、太陽は目を見開かせる。彼女は自分とサッカーをもう一度やりたいと言ってくれている。握ってくれている手も小さく震えているけど、ちゃんと握っててくれる。そして、彼女の表情は、まるで自分の中のモヤモヤした物を消してっているようにも思えた。
ふと、悠那に握られていた自分の手にまた、何かが乗った。

「全力を尽くしてあれだけ戦えたんだ!きっと元気になってもう一度フィールドに戻れるよ!全力を尽くせばどんな困難だって飛び越えていける。それを教えてくれたのは太陽じゃないか!」
「天馬…」
「そしてまた一緒にサッカーしようよ!俺…いや、俺達は太陽が戻ってくるのをずっと待ってるから」

自分の手と悠那の手を握ったのは紛れもない天馬。そして悠那に便乗するかのように自分の気持ちをありのまま太陽に訴えかける。
一度は諦めかけた自分の病気。だけど、こうしてまた諦めずに病気と向き合う事を勧めてくれた二人の言葉。やっぱり似ているんだ、この二人は。そう実感した時、自分の手は二人に引っ張られて、三人して地面に尻をついて座っていた。

「分かった、二人とも。病気になんか負けない。練習を積んで僕は必ず戻ってくるよ!」

太陽の表情が再び光を取り戻した時、天馬と悠那は顔を見合わせるなり笑みを浮かべると、握っていた太陽の手を引っ張り今度は三人して立ち上がる。立ち上がった太陽は、次に悪戯をするような笑みを浮かべて悠那の方を向き、口を開く。

「悠那にも告白されちゃったし、これは病気跳ね返さないとね」
「!?」
『こ、告白…!?』

不意打ちと言わんばかりに言われたその言葉に天馬も悠那も動揺を隠せない。自分はいつ彼に告白をしただろうか、と少し考えてみれば思い当たる節があった。
確かに自分は太陽とのサッカーが好きだと言ったが、もちろんそのつもりはないし、太陽も分かっている筈。頭の中が混乱していく中、太陽は可笑しそうにぷっと吹いていた。そこでああ、自分はからかわれていると分かり、一気に太陽を睨み付けた。

『太陽!』
「でも、二人とサッカーやりたいって気持ち、僕も同じだから。必ず戻ってくる」
「…うん、約束だよ、太陽!」
「ああ!」

二人のやり取りを見て、悠那は太陽の言う冗談を忘れるように微笑み、太陽の腕を自分の肩へと回した。また太陽が倒れてしまわないように、背丈が違う所為かあまりなくても変わらないが、太陽は悠那の気持ちを受け止めて少しだけ体重をかけた。そして天馬もまた不安定な支えで太陽も悠那も倒れないよう、反対側へと回り太陽の腕を自分の肩へと回した。
わああっと会場が盛り上がった。

《激闘を戦い抜いた両チームのイレブンに会場から惜しみない拍手が送られます!素晴らしい試合でした!新雲イレブン!そして、雷門イレブン!》

なんて清々しいのだろうか、と会場を見渡す三人。観客席の方を見渡してみれば、一人ひとりが拍手を送ってきてくれている。清々しい、そう思った時観客席の方で、こちらに向かって手を振っている環の姿が見えた。

「悠那―――!!」
『環!』
「おめでとう!!」
『ありがとう!!』

そういえば、彼女も応援してくれていたんだ。ずっと、あの席で。
その彼女の祝いの言葉が嬉しくて彼女に向けて太陽の腕を肩に乗せながら振れば、そんな彼女を微笑ましく見守る太陽と天馬。
しばらく、手を振っていればどこかでドサッという音が聞こえてきた。それと同時に手を振っていた環の表情が徐々に曇っていき顔は青ざめていく。そして、それを合図に周りもざわざわとしていく。

「ユナ!キャプテンが…!」
『え…?』

振り向けば、フィールドの上でうつ伏せになりながら倒れている神童の姿があり、悠那の思考は嬉しさという歯痒い感情が一気に消えさり、顔の血の気が引いた気がした。


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