悩んでいる信助の役に立てず、すっかり食べる気を失せてしまった天馬。そんな彼に気付かって悠那は輝達と雷雷軒に行くのを止めて天馬と一緒に帰宅していた。
狩屋には悠那は天馬君に甘いんじゃない?と言われたが、それでも天馬を放って置く訳にもいかず、彼と一緒に居た。
お互いに会話がないまま、木枯れ荘へと歩いていく。天馬の一歩後ろを歩いて、ひたすら天馬に何て話しかけようか、と悩んでいた悠那は視線をキョロキョロとさせる。傍から見たら怪しい人に違いないが、それでも彼女にとってこの空気は苦痛だった。

その時、どこからか子供達の笑う声とポーンという何やら跳ねる音が聞こえてきた。
何だろう、と音と笑い声の聞こえてきた方を見てみれば、そこには公園でサッカーボールを蹴り合っている少年少女達と、白いスーツを着た大人の人が居た。
あの人が保護者かな、なんて考えながらふと降りてきた思考。
そのまま通り過ぎようとする天馬の腕を掴み、ぐっと歩くのを止めさせた。

「え、ユナ?」
『あ…えと…み、見てよ天馬!あの子達サッカーしてるよ!』
「え?」

急に止めたはいいものの、何を言えばいいか分からず、不思議そうにこちらを見る天馬の視線を受け流す。落ち込んでいる天馬だってあの子達のサッカーしてる姿を見れば、きっと元気になる筈だ。そう思ってどもりながら公園で遊んでいる少年達に指を差せば、天馬は小さく声を漏らしてその少年達の姿を見やる。

『私達もあれくらいの年で結構サッカーしてたんだよね』

天馬はこっちに来てサッカーをして、悠那も8歳までイタリアでサッカーをしていた。天馬と悠那がここまで似ていると言われるようになったのは、サッカーをしていたおかげでもある。
悠那は天馬から腕を離して、傍にあったベンチに腰をかける。そして、楽しそうにしなんがら目の前でサッカーをしている少年達を見ていた。
それを見た天馬は少しだけ考え込むようにすると、続いてベンチに座った。

「信助が悩むのは本気でサッカーに向き合ってるから、だよね」
『え?あ、まあ…そうだね』
「え…俺、声に出してた?」
『う、うん』

というかそれ心の声だったの、と苦笑しながら聞けば天馬は若干照れたようにはにかむ笑みを見せてきた。あ、やっと天馬笑ってくれた。ようやく笑ってくれた天馬を見て、悠那もまた笑みを浮かばせる。
すると、天馬は立ち上がりだし、いつもの笑顔を浮かべた。

「よーっし!帰ったら練習だ!」
『あー…活き込む事は悪くないけど…天馬…』
「え?」
『目の前をご覧下さい』
「へ?」

よく分かっていない天馬に、彼に目の前を見るよう誘導した。そこにはさっきまで公園でボールを蹴り合っていた少年達が困ったように立ち上がった天馬を見上げている。それを見た天馬は更に疑問符を浮かべており、一人の少年が恐る恐ると天馬の足元を指差した。

「ボール…」
「え?」

天馬の足元には少年達が使っていたであろうボールがあり、それを天馬は自然と踏みつけていたのだ。悠那も転がってきていた事に気付いていたが、天馬が拾うだろうと思い何もしなかった。
ようやく自分の足元にボールがあった事に気付いた天馬は、慌ててボールを返した。

「あ、ご、ごめんね!はいっ」
「「ありがとうございます!」」

少年達に返せば、嬉しそうに転がってきたボールを持ってお礼を言ってきた。うん、良い子達だな、と若干和んでいれば、次に彼等の背後に立った白いスーツの男性が声をかけてきた。

「良かったらキミ達も入らないかね?」
「え、良いんですか?」
「お兄ちゃんもおいでよ!」
「お姉ちゃんも一緒にやろうよ!」

いきなりのお誘いに、天馬と悠那は顔を見合わせる。更に少年と少女に誘われてしまい、断れない空気になっていく。だが断る理由もなかった。いくら部活帰りとはいえ体力は有り余っているし、何より天馬はさっきまで帰ったら練習すると断言していた。もちろん悠那は天馬と一緒に練習するつもりだったので、こちらを振り返った天馬に向けて笑みを浮かべた。

「よーっし、いくぞ!」
『まっけないぞ〜!』

天馬と一緒に駆け出して、少年達とボールの奪い合いをしていた。
ボールを通して天馬と悠那は少年達に懐かれたのか、少年達は天馬や悠那に飛びついたりしていた。突然の事でビックリはしたが、ちゃんと受け止めて笑い合う。楽しい、と感じた。

「お兄ちゃん、あのお姉ちゃんと恋人なの?」
「ええ!?」
「違うの?」
「ち、違うよ…!」

サッカーボールを蹴り合いながら話しかけてきた一人の少年。というかこの年でもう恋人やら何やらが分かるのかと、天馬は顔を赤くしながら悠那の方を見る。悠那は少女に飛びつかれており、体勢を崩しながらも少女を抱きとめている。
良かった、今のやり取りは聞かれていない。安堵の息を吐きながら少年の言葉を否定すれば、少年は首を傾げた。

「だって一緒に居たじゃん」
「あ、あれは…帰る方向が同じなだけだよ。あのお姉さんとは幼馴染みなんだ」
「ふーん…じゃあ僕達と同じだねっ!あの子も僕達と幼馴染みなんだってお母さんが言ってたから」
「へえ、そうなんだあ…」

どこか、この少年達と自分達が似ているな、と天馬は思った。小さい頃から一緒にサッカーをやって、仲良くなっていく。天馬と悠那は実際小学三年生からの幼馴染みであり、ずっと一緒だ。住んでる所が一緒ってだけかもしれないが、それでも自分と悠那はお互いに近い存在であると言えるだろう。

『天馬ー!』

ふと、名前を呼ばれてそちらを見れば、悠那が天馬の方を見て手を軽く振っている。その傍には先程彼女に飛びついていた少女と白いスーツの男性の姿。どうやら話していたらしい。そして、今自分は呼ばれたのだと、気付いて直ぐに彼女と白スーツの男性の所へと近寄った。
場所は変わって、先程座っていたベンチに三人で座り、目の前で遊んでいる少年達を見ていた。

「サッカーはいい。初めて会った者同士の心も直ぐに繋いでくれる」
「そうですね、初めて会った人でも一度グラウンドに立って、一緒にボールを追い駆けてると直ぐに友達になれます」
『私達もそうだったもんね』
「ああ!」

思い出すのは、天馬と悠那が初めて出会った頃の事。そして雷門イレブンとの出会い、狩屋や輝との出会い、太陽との出会い。思えばサッカーをやっていたおかげでこんなに友達や仲間が増えたのだ。
そして、あの少年達との出会いもまた、サッカーだった。これから先、あの少年達にもそんな出会いがあるのだ。そう考えると、どこか楽しみがある。

「…逆に言えば、サッカーにはそれだけの力があるという事だ」
「力…ですか?」
「うん。しかし、その力も時として人に残酷な事を誣いる」
『それってどういう事ですか?』

急に白いスーツの男性は真剣な顔で語り出す。その人が何を言いたいのか分からず、悠那がそう尋ねた。

「どんなに頑張っても、勝てない者も居る。彼等はやがて、サッカーに絶望し、サッカーに背を向けるだろう。
いいかね、人と人を繋ぐ力は、同時に人と人を切り離す力であるのだ」

語られる、サッカーが好きな人達の裏話。
悠那は否定出来なかった。小さい頃、男の子達に混じってサッカーをやっていたけど、女だからと言ってパスもあまり貰えず、実力も皆より少し劣っていた。だからかなり浮いていたし、自分からサッカーをやる事を否定した。
サッカーも、こんな私を受け入れてくれる筈がないと――…
白いスーツの男性はそこまで言うと、ベンチから立ちあがりだし、こちらを向いてきた。

「キミ達の名前は?」
「松風天馬です…」
『谷宮悠那です…』
「雷門中学の松風君と谷宮さん、か」
「はい…」

天馬と悠那は若干困ったように自分の名前を名乗りどうやら天馬の鞄のマークでどこの中学か分かったのか、そう男性は聞いてきたので、天馬は返事を返す。その傍で悠那は静かに頷いてみせる。公園で遊ぶ少年達の声が、こんなにも恋しいと思うのは気のせいだろうか。この男が、若干怖いとも、寂しそうにも見えてしまう。悠那は天馬の影に若干隠れて男の様子を伺う。
だが、そこへ少年がパスされたボールを取り外して、こちらへ来るのが見えた。それはどんどんこちらに転がってきて、白スーツの男性の足に当たって止まった。
それを見ると、白スーツの男性はボールを拾い上げた。

「キミ達はサッカーが好きか?好きならば、想像してみるがいい。サッカーが出来なくなる辛さを」

――次の試合、勝ってくれよ。応援する。じゃあねっ天馬に悠那!

『(あれ…)』

何で、今…太陽の事を思い出したんだ…私…
今の言葉を聞いて頭の中に過ったのは病院で出会ったあの太陽みたいな少年である雨宮太陽。かなり明るい様子で検査入院で雷門総合病院に居る少年だ。何で自分は今そんな彼の事を思い出したのか分からない。
確かに彼は入院してるけど、検査だし、もう少ししたらサッカーだって一緒に出来る。
そう、頭では分かっているのに、動悸が激しくなっていく。苦しくて、不安が募っていく。自分が自分で分からなくなっていく。
そんな彼女の様子を知ってか知らずか、男性はボールを少年達に返す。少年達はありがとうございます!と丁寧にお礼を言って再びサッカーの練習をする。

「それ程にサッカーの存在は大きい。サッカーが出来る喜びを噛み締めたまえ。
キミ達の活躍、楽しみにしているよ」

そう言うと、男性は二人に背を向けて、黒いスーツの人の元へと歩み寄って行く。連れの人だろうか。黒スーツの後ろには黒い車があり、どこかあの白スーツの人を偉い人に魅せている。
天馬と悠那は表情を曇らせたまま、男の背中を見送った。



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