神童の言葉により、天馬と悠那は再び元気を取り戻し、朝一番早く部活に来ていた。その事に先輩達は驚いていたもののどこか安心したように二人を見守った。二人の復活を一番良かったと感じていたのが意外にも倉間であり、二人の顔を見た瞬間いつもの捻くれ口調で話しかけていた。何はともあれ、これでまた対新雲戦に練習が専念される。
そして、今は外のグラウンドでサッカーの練習をしていた。
皆がみんなボールでパスをしている中、一人だけ練習に取り組めないでいた人物が居た。彼を見るなり、天馬と悠那は顔を見合わせて、うんと頷いて彼に近寄って行った。

「信助っ」
「あ…天馬、悠那…」

ボールを持って思いつめた顔をする信助に声をかければ、その表情をしたまま二人に振り返る。彼が何故そんな表情になっているのか、分かっていた天馬と悠那は彼に変わらない笑顔を見せた。

「葵から聞いたよ。もしかしてキーパーの事?」
「…僕に出来るのかな、雷門のゴールキーパーが」
「出来るよ!三国先輩だって言ってたじゃないか!」
「うん…」

これでも天馬は元気付けているつもりだ。言葉だってちゃんと慎重に選んでいる。それでも信助は浮かない顔をして、手に持っているボールをじっと見ている。
すっかり天馬も笑っていられなくなり、再び天馬と悠那は顔を見合わせる。

『キーパー、やりたくない?』
「分かんない。嫌って訳じゃないんだ。何ていうか、僕がゴールを守ってるなんて不思議な感じ…」
「でも、試合の時の信助すごかったよ。安心してゴールを任せられたもん」
『うん。それに信助止めた時すっごく輝いてたよ』

ね?と天馬に振れば、天馬もまたうんと頷いた。決してDFの時よりキーパーの方が輝いていたという訳ではない。もちろんDFの時の彼も輝いていた。キーパーの時も、それくらい輝いて見えただけ。
二人の言葉を聞いた信助は、少しだけ笑みを浮かべて見せる。少しぐらいは彼の不安を取り除けただろうか。と信助の方を見れば、信助は再び視線をボールに戻した。

「本当は言うと怖かったんだ。ゴールを守りきれなかったらどうしようって」

そこで信助はボールから目を離してゴールの前で体を解している三国へとやった。中学校三年間ゴールを守ってきたであろう三国の姿が、信助にとってはかなり大きい存在であり、その存在からキーパーの才能があると言われた。たった一度、試合の時でキーパーをやった自分に。

「改めて三国先輩のすごさが分かったよ」
「うん…あ、円堂監督もゴールキーパーだったんだよね!」
「あ、うん!イナズマジャパンの時の監督、かっこよかったよね!」
「うん!」

話題転換なのか、天馬が円堂の事を話題に出す。円堂もまた雷門のキーパーを三年間続けており、今も尚、ゴールを守り続けている。ここでお互いに盛り上がった所で、天馬が言葉を続けた。

「じゃあ、円堂監督を目指すってのはどう?」
「ええ!?」
『ちょ、天馬…』

この子は一体何を言っているんだ、と信助だけではなく悠那も驚きの表情を見せる。確かに円堂を目標にして目指している少年達は溢れているけど、今の信助にとってはプレッシャーをかけてしまうもの。それに気付いていた悠那は天馬に声をかけたが、その天馬は満面の笑みを浮かべている。
悠那が天馬のユニフォームの裾をぐいっと軽く引っ張れば、天馬もさすがに気付いたのか、笑みを戻して再び表情を曇らせてしまった。
それを見て、信助もまた視線を落とした。

「遠いよ…円堂監督なんて…」
「…そうだね、」
『遠すぎちゃったね…』

そんな一年三人組みの会話を、土手の上から聞いていた春奈。
信助にキーパーの才能があると知ったのは鬼道に言われてから。そして、信助が悩んでいる事も分かっていた。だらこそ、信助が気になってしまい春奈は難しそうな顔をするなり、自分のポケットから携帯を取り出した。
カチカチと探っていれば、随分と会っていない自分と同い年であり、彼もまた信助みたいに悩んでいた時期があったあのキーパー。
きっと、彼なら…そう思考が過った。

朝の部活も終わり、午後の練習も終わる頃。辺りもすっかり夕焼け色になっていた。
天馬と悠那の悩みが解決と思われたが、次には信助。もちろん、午後の練習も集中出来なかったのか、信助はボーっとしていた。
天馬が言うには授業中も集中していないみたいで、お昼もあまり食べていなかったという。
あの食べるのが天城並みに好きそうな彼をあそこまで悩ませるなんて、やはりポジションを変えるという事はそこまで期待されていると思わされるのだろう。

「今日の練習はここまでとする。十分に休養を取って新雲学園戦に備えるように」
「「「「はいっ」」」」

鬼道の指示により、午後の練習も終わった。返事をすると、皆はそれぞれ喋りだし、更衣室に戻ろうと動き出した。
天馬と悠那もまた、更衣室に戻ろうと、土手の階段を上がって行く。だが、自分達の傍にもう一人居ない事に気付いて振り返ってみれば、そこには一向に動こうとしない信助の姿が見えた。
様子からしてまだ気にかけているのだろう。そんな彼に気を使って天馬は彼に向けて手を振った。

「信助!一緒に帰ろー!」
『ラーメン一緒に食べに行こうよ!』
「…ごめん、先に帰っててっ」
「信助…」

実はこの後、悩んでいる信助の為に雷門商店街にある雷雷軒へと行こうと誘おうとしていた。だが、その信助は苦笑の笑みを浮かべるだけで、一緒に行く事はなかった。あの信助が雷雷軒の誘いを断るなんて、余程悩んでいるのだと思わされた。

「放っといてやれ」
「キャプテン」
「一人で向き合わせてやるんだ」
『はい…行こう、天馬』
「うん…」

自分達より下に居た神童が、天馬と悠那に声をかける。神童もまた信助が悩んでいる事を分かっていたが故に彼に考える時間を与えていた。誰だってポジションを変えてみたらどうだと聞かれたらこれくらい悩むだろう。あの錦だってそうだ。
自分のポジションから離れる事がどれだけ悩む事か。
きっと、天馬と悠那が考えているより重い事なのだろう。
悠那は天馬の肩に手を置いて信助を一人にしてあげようと、その場から離れた。

…………
………

場所は変わり、雷門総合病院。
そこにはサッカーボールを手にしながら真剣に何かを考え込む少年が居た。オレンジ色の髪はまるで夕日の色をそのまま映したような色。髪型も空で光を与えてくれる太陽みたいだった。
雨宮太陽。それが彼の名前だった。

―ガラッ

ふと、太陽が何やら考え事をしていれば、病室の扉が開いた。
誰だろうと視線をそちらにやれば、そこには小さく笑みを浮かべたイシドシュウジ。太陽もまた難しそうな顔を戻し、笑みを浮かべた。

「イシドさん!」
「元気そうだな」
「はい!もちろんですっ」
「検査の結果は良好だ。退院の許可が出た」

ずっと気にかかっていた事。それを医師からでも、ナースである冬花からでも、自分のチームの監督やコーチからでもない聖帝イシドの口から聞けた。退院がいつなのか、そもそも退院は出来るのかと不安になっていた時にイシドから退院の許可が出てきた。それがつまりどういう事なのか、理解出来た太陽は直ぐにまた笑みを浮かべた。

「やった!じゃあ今度の試合、出場出来るんですね!」
「…その事で、担当院と話した。残念だが、次の試合は見送ろう」
「そんな…」

退院が出来るという事は次に控えている試合に出れるという事。それを期待しながらイシドに聞いてみるが、イシドは気まずそうにそう口にした。次の試合には天馬と悠那が居る雷門との試合。他の試合を今まで見送ってきて我慢していたというのに、また我慢しなければならなくなってしまった。
それならば、退院しても嬉しくない。太陽は肩を落として手に持っているサッカーボールをじっと見下ろした。

「治療に専念するんだ。病気は必ず良くなる」
「病気とは長い付き合いだし、僕絶対に無理しませんから…!」
「今回は諦めろ」

せっかく退院出来るのに、ベンチで大人しく彼等のサッカーを見るなんて。いや、ベンチにすら入れてくれないかもしれない。きっと、監督やコーチに頼んでもベンチに入れてはくれない。
イシドの今回は諦めろという言葉に、太陽は鈍器で殴られたような感覚に陥られてしまい、再び肩を落とす。
だけど…

「嫌です」

諦められない。諦めたくない。ボールを持っていた手に力が入る。
その言葉はイシドの心を揺らぎ、太陽を見据える。

「サッカーだけなんです!僕が夢中になれる事…辛くても不安でも、グラウンドに居る間は全部忘れられる。サッカーが僕の命を繋いできたんです!」

イシドの目を見て言う自分の気持ち。太陽にとってサッカーは命の恩人でもあるのだ。そして、自分に友達や仲間を作らせてもらった。天馬と悠那。そして、今も次の試合に向けて練習に励んでいるチームの仲間達。自分を待っているんだ。仲間達が、合わせ鏡である天馬と悠那が。

「…試合に出られないなら僕、死んだと同じです…」

それは選手としての死か、一人の人間としての死か。
いや、それとも両方なのか。いずれにせよ、彼にとってサッカーというのはそこまで偉大な存在であり、あってはならなくてはいけない存在だった。

ガラッ…

イシドは太陽の病室から出て、踵を返そうとすれば、イシドが出てくるのを待っていたであろう二人の人影が見えた。一人は真剣な表情をしており、もう一人はイシドではなく太陽の病室を心配そうに表情を曇らせる女性。
直ぐに誰だか分かったイシドは二人の名前を呼んだ。

「虎丸、逢坂…」

二人は10年前イシドと世界一になった仲間。
10年前、虎丸は小学生ながらに響木に認められ、ジャパンのメンバーに任命された。当時中学生の時だった自分達に匹敵する程の実力を持っている。
その隣に居る女性もまた、ジャパンのメンバーだった人。10年前は女子ながらサッカーが出来る事や、どこのポジションでもやりこなすというテクニックを持っていた。円堂達と日本一になり、ヒロト達を助けたり、世界一になったりしていた。昔と変わり、彼女も女らしさを持って、短かった髪も肘の所まで長くなっている。
宇都宮虎丸と逢坂由良。
名前を呼ばれた二人はイシドの方を見ると、更に真剣な声で彼に語りかけた。

「まさか、雨宮を試合に出すつもりではないですよね。雨宮の才能は本物です。そしてサッカーに対する気持ちも。しかし、今彼の体が試合に耐えられるとは思えない」
「練習の時だって、楽しそうにしているのにどこか辛そうにしているのを何度か見ました。今回の退院だって、本当はもう少し先になるって…」
「可哀想ですが、やはりホーリーロードは彼には無理です」

太陽の容体を知っていた二人だからこそ、イシドにそう説得した。いくら太陽がやりたいと言っても、彼の体がそれを許さないのだ。太陽は、才能を貰った代わりにこの病気をも授かってしまった。彼がどれだけその事で苦しんでるのか、彼の所属しているチームの監督である由良が一番それを分かっていた。
イシドもまた、彼女の気持ちは理解しているつもりだ。何せ、彼女を太陽の所属するチームの監督にしたのは、紛れもない彼なのだから。

「雨宮を見ていると思い出すんだ。あいつの事を…」

イシドの脳内に鮮明に思い出される記憶。それは世界との戦いで、アメリカと当たった時の事。足を負傷していた一之瀬が必死に自分の精一杯のプレイを円堂達にぶつけようとボールを蹴っていた。
イシドの言いたい事が分かった由良は再び太陽の病室を見た。

「あいつと同じだ。サッカーへの気持ち、そして、思うようにサッカーが出来ない事への苛立ち」

試合をする度に一之瀬のプレイは乱れていき、ついに監督からも交代を要求されてしまった。何を言っても無駄だと一之瀬の体が言っているみたいで、一之瀬は肩を落としながら試合を最後までやる事なくフィールドを出てしまった。きっと誰よりも悔しいと感じていた筈だ。

「逢坂、頼んでもいいか」

イシドの苦笑にも似たその笑みを見て、太陽の病室を見ていた由良は、困ったように笑みを浮かべた。
それを見て、虎丸は何かを察したのか目を見開かせながら二人を見比べた。



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