剣城もあのイシドシュウジの所へと行ってしまい、天馬もアパートに戻ったのかもう河川敷にはいない。完全に一人になってしまった悠那はただ黙って河川敷の階段を下りて行く。
恐らく天馬が置いて行ったであろうボールがベンチ近くに転がっており、それを拾い上げる。見慣れているボールの模様も、この硬さも、この重さも、今の悠那にとっては苦痛を与えてきてならない。そういえば、今日自分はボールに触れていない。部活も結局サボる形となってしまい、次々と今のサッカー界の事を理解し始めていく。
もう頭の中がいっぱいでこれ以上の情報を拒絶している。もし、これ以上情報を習得してしまったらどうなってしまうのだろうか。発狂してしまうだろうか。
自分はやっぱり逃げていた。それは現実と向き合う事を否定している事になる。それでいい。今はまだそれで――…

――また逃げるのか
――お前は今の位置から一斎進もうとしないじゃないか

『……』

ああ、今日も厄日だなんて

溜めた息を吐けば、逃げていく幸せの数と自分の心の弱さを感じてしまう。ボールをジッと見下げ下れば自分がこのボールに嘲笑われている気分だ。
そういえば、入学式の時もこうしてボールを持った覚えがある。あの時とはまた違った感じだが、ボールはボール。

『ねえ、サッカー…私は、どうすればいいんだろう』
「いっぱい悩めばいいんじゃないか?」
『――え?』

ふと、自分の問いかけに答える者が居た。もちろんボールに問いかけた訳だが、相手は物なので答えが返ってくる訳じゃない。それはそれで面白い事だが、明らかにこのボールからではない。そして、今の声は後ろから聞えたし、何より聞き覚えのある声だ。思わず肩をビクつかせながら後ろをそっと振り向けば、そこには制服姿の神童拓人が立っていた。

『た…くと先輩…』
「お前は、ここに居たな」
『どうして…』

というか、今自分はサッカーボールに話しかけていた。つまり、とても恥ずかしい場面を見られていたのだ。それを理解した瞬間、悠那の顔には徐々に熱が上がっていき恥ずかしさ故に神童から目線を外す。

「秋さんが、悠那なら河川敷に居ると言っててな」
『秋姉さんが?』

という事は神童は木枯れ荘に一度行った事になる。そして、神童はその帰りだ。天馬にも会ったのだろう。僅かに天馬の部屋の匂いがする。そんな彼がどうしてまた河川敷にわざわざ来たのだろうか。

「本当は天馬もそこに居るだろうと言っていたが、天馬は先にアパートに戻ってきてな。お前は天馬と一緒じゃなかったんだな」
『あ…はい…いつも一緒とは限りませんから…』
「それもそうだな。剣城はどうしたんだ?」
『あ……、…先に帰りましたよ』

私が河川敷でサッカーの練習したいからって言って先に帰らせました。

そう告げた後に笑って見せれば、神童は微笑んでいた顔を元に戻して、真剣な顔になった。

「俺も結構成長したと思わないか?」
『え?』
「お前の嘘が、見破れるようになった」

真剣な顔をしたと思ったら優しそうに微笑む神童の表情。だが、告げられた言葉に悠那は目を見開かずにはいられなかった。確かに自分は嘘をついたが、作り笑顔は自分で言うのも自画自賛みたいになってしまうが、完璧だった筈。
それなのに、神童は見破ってしまった。

「さっき木枯れ荘に寄っててさ、天馬の話し聞いたんだよ」

聖帝が昔、天馬の憧れていた人物だったり、その聖帝が天馬に言った言葉が実は励ます言葉なんじゃないかと推測したり。
だが、悠那の嘘を見破る要素が全くと言っていいほどない。悠那は黙って神童の話しを聞いているも内心は焦りばかりでドクドクと心拍は上がっていく。
剣城も、神童もどうして自分の周りには敏感な人しかいないんだ。

「お前も、見たんじゃないか?聖帝のボールを打ち込む姿を」
『やめてくれませんか』
「恐らく、剣城も」
『やめてください!!』

思わず張り上げた自分の声に驚くも、悠那は目の前に居る神童へと目線を上げた。神童はいつの間にか微笑んでいなく、こちらを真剣な眼差しで見ている。それがまた悠那を怯ませる。
生意気な後輩だと思っただろうか、先輩に向かって何口答えしてんだろ思っただろうか。
だけど、これ以上見透かすような事を言われたくない。

『私は本当に、河川敷でサッカーを…!』
「悠那、もうやめないか」
『え…』
「俺達に嘘をつくのは」

お前も辛いんだろ、嘘をつくのが

その言葉に悠那は思い切り目を見開かせた。何故なら神童の表情が切なそうな、どこか寂しそうな表情で自分を見ているのだから。どうやら自分は他人をこんな顔にしかさせる事が出来ないのだろう。剣城とのやり取りの時もそうだった。剣城は困ったように表情を曇らせて自分を軽く抱きしめた。
こんな不器用な伝え方だと、もっと皆が悲しそうな表情をしてしまう。

嘘をつくのが辛いかと聞かれたらもちろん辛いに決まっている。辛いし、疲れる。何故自分はこうも伝えるという事が不器用で分かりにくいのだろう。
悠那は何か言おうと口を開くが、それを言ってしまったらまた神童に嘘をつくか傷つけてしまうだろう。
何も言えず、神童から目線を下げて顔を俯かせる。下に視線を写せば写る持っていたボール。思わず手に力が入り、指が触れている部分がへこむ。

「サッカーやらないか?」
『…?』
「今日、天馬もお前もボールに触ってないだろう?」

とは言ってもユニフォームに着替えないと意味ないけどな、と小さく笑う神童。確かに自分は部活を途中で抜け出してしまい、ボールをまともに蹴れていない。

『先輩…私、』
「俺はお前とサッカーをする時が好きだ」
『え…』
「俺はお前と本当のサッカーをしたい。革命とか関係なしに。これは、お前が前俺に言ってくれた言葉だ」
『私が…』

そうだ、確かに言った。神童がサッカー部を辞めようとしていた頃、自分の素直な意見を神童にそのまま伝えていた。先輩と一緒にやりたいと、その気持ちは天馬に負けないくらいあると。確かに神童に伝えた事がある。
でも、

『「でも、やっぱり自分がどうしたいかという気持ちが大切だ」』

消極的だが、それが一番だという事。どうやら考えていた事は同じだったらしく、少し低い声とソプラノの声が交じり合った。その時、悠那の中にあったモヤモヤしたものが軽くなっていくのが感じられた。
たったこれだけの言葉なのに、神童は自分の中にあったモヤモヤを軽くさせてくれた。

『先輩、練習付き合って貰ってもいいですか?』
「ああ、もちろんだ。その代わり、もう一人追加だけどな」
『もう一人?』

「――キャプテン!!」

「やっぱりきたな」
『天馬…』

一人追加という所で何となく気付いていた悠那。でも、まさか天馬が本当に河川敷に来るとは思ってもみなかった。彼もまた自分と同じように悩んでいたから。これもキャプテンである神童のおかげなのだろうか。
河川敷の方を見上げてみればそこには息を荒げながらこちらを見下げている天馬の姿。だが、学ランではなく、ちゃんとしたユニフォーム姿。そんな彼の姿を見て、悩みは解決したと考えた。

「俺、サッカーをやりたいです!雷門の皆と!!」
『天馬…』
「もう迷いません、思い切り楽しみたい。俺、サッカーが大好きですから!」
「よし」

清々しい程、彼の表情は晴れていた。確かにフィフスのした事は応えたけど、自分達はこうして現実と向き合って、真実をどんどん知らなくてはならない。
それは難しくて辛くて疲れるかもしれないけど、向き合わなければならない一つの壁なのだ。階段を勢いよく降りて、こちらに向かって走ってくる天馬を見て、悠那は小さく笑みを浮かべた。

『サッカーの事はサッカーが教えてくれるか…』
「?どうしたの、ユナ」
『ううん、何でもない』

その通りかもしれないな…

『準決勝、勝ちましょうね。先輩、天馬』
「うん、そうだね!」
「ああ、ホーリーロードを勝ち抜いて聖帝の言う答えを見ようじゃないか」
「はいっ!」

また今回みたいに試練が訪れようとも、きっと大丈夫


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