ひったくりの男は警察が来た事により自転車で逃げて行った。ひったくり犯に鞄が盗られなかった事に安堵出来ず、天馬はずっと河川敷の土手の下に居る人物を見た。
女性にも心配されながらもお礼を言われても、呆然としている所為か本当は無事で良かったですと言いたいのに、その言葉すら出なく女性もまた何かを悟ったのか、天馬にお礼をもう一度だけ言いそのまま立ち去った。

「(まさか…あなたは…)」

自分の目の前に転がっているボールを持ち上げて、再びこの河川敷の階段を下りて行く。その際、イシドシュウジの目は離さず、天馬は手に力を入れながら必死に自分の心拍数を収まらせようとしていた。だが、それはイシドシュウジに一歩ずつ近づく度に収まるどころか上がっていく一方。

「あなたなんですね…

俺を、あの海辺の資材置き場で助けてくれたのは…」

自分がまだ3歳でまだ危ない場所と安全な場所の区別が出来ていない頃、今よりかなり小さいサスケを助けようと資材置き場へと歩み寄っていた。だが助けた後、天馬より大きい木の板が崩れ、天馬の方へ倒れていた。今の天馬だったら運動神経もそこそこあるから逃げられるだろうし、もし当たっても捻挫か骨折くらいで済むだろう。だが、僅か三歳の天馬がその板の雪崩に巻き込まれたらどうなっていただろう。
もしかしたら命に関わる怪我を負っていたかもしれない。だが、それを助けたのはどこからか飛んできた青いペンで書かれた稲妻マークを付けたサッカーボール。
飛んできた方を見てみれば、そこには深くフードを被った少年がこちらを見て微笑んでいたのだ。
先程の天馬と、全く同じ光景に見えたのはきっと気のせいじゃない筈。

「あれから俺、サッカー始めたんです!あなたが残したボールを見て、雷門中でサッカーするのが夢でした!
何でサッカーをこんな風に…!あなたは誰よりもサッカーが好きなんですよね?俺には分かります!」
「だからこそ私はサッカーを管理すると決めた。サッカーを守る為に管理しているのだ」
「管理する事が、どうして守る事になるんですか?あの時のボールだって、今のボールだって、サッカーが好きな人じゃなきゃ打てない筈です!それなのに何で…」
「答えを知りたければ、」

――ホーリーロードを勝ち抜いていく事だ

そうイシドシュウジは言った。だがその意味を理解出来なかった天馬はどういう事かを尋ねるも、イシドシュウジはそれ以上を語らずに、天馬の横を通り過ぎる。天馬もまた何も言ってくれなかったイシドシュウジを見て、これ以上何も言えずに彼から視線を外しどういう事なのかとボールにでも尋ねるように見下げた。

『…修也、兄さん…』
「…?」

そう、自分が見たのは間違いなく昔円堂と共に日本一になり、ヒロト達を助け、世界一に輝いた豪炎寺修也だった。開いた口が閉じない程、自分は唖然としており、目もまた現実を叩き付けようと脳にその姿を焼き付けた。だからだろうか、先程のやり取りを見ていた悠那の体を震えており、傍に居た剣城も不思議そうに彼女を見やる。
何か声をかけた方が良いのだろうか、そう迷っていた時だった。

『ごめん…私、帰る…』
「!」

彼女がこう言う時は大抵一人で泣く証拠だ。その癖を思い出したのはつい最近だったが、彼女はまた自分達に意地を張って心配かけまいと逃げる。彼女からしたら放って欲しい事なんだろう。彼女は少し変わってきたのだろうが、少なくとも剣城と天馬と葵は気付いているだろう。彼女がまた自分達に壁を作ろうとしているのを。
剣城は今すぐ立ち去ろうとしてしまう彼女の腕を掴んだ。

「待て」
『なに、京介…』
「また逃げるのか」
『……』

振り返った彼女の目は剣城に対して睨みをきかせており、鬱陶しそうにしている。だが、それで剣城は怯む筈もなく、直球に彼女に聞いた。その言葉を聞いた悠那は目を見開かせた後、何かを言いたげに口を開ける。だが、言葉が出ないのか再び口を閉じて顔を俯かせる。
すると、彼女は観念したように口角を少しだけ上げた。

『結構直球に聞いてくるんだね、京介ってそんなに大胆だったっけ』
「誤魔化すな」
『うん、ごめん。そうだね、また逃げようとしてたかな』

多分、剣城と悠那があの姿を見て思い浮かべた人物は同じだろう。だからこそ、悠那は逃げようとしていた。剣城もそれが気に食わなく、彼女を止めた。諦めたように笑う彼女を見た剣城は、ああやっぱりこいつは脆いんだと感じた。
彼女を支えたい。だけど自分じゃダメなんだ。そう思考が過ってくる。

「俺は…真実を確かめる為に、聖帝の元に行く。お前は…」
『京介、私はね。真実とかもう知りたくないよ』

真実の裏に隠されていた悲しい出来事。それは逸仁の話してくれた上村裕弥という人物の過去と逸仁の今までの行動。だからこそ怖い。
そして、今日聞いた一乃と青山の情報。フィフスのする事だ。予想出来た筈なのに、動揺して揺らいでいる。自分は体力でも精神でも弱いのか、と自嘲出来る。そんな弱々しい彼女を見た剣城は、掴んでいた手の力を更に強まらせ、彼女の方を真っ直ぐに見た。

「俺の知ってるユナはどんな事があろうが“大丈夫”と言って前を向く」
『だったら分かって、私もいっぱいいっぱいって』
「だからこそ一人で抱え込むな。お前は今の位置から一斎進もうとしないじゃないか」
『…ッ!!』

バッ!!

剣城の言葉に、悠那は思わず彼の手を振りほどいた。それはもう全力の力で。そうでもしないと彼の手を振りほどく事は難しいだろう。だからこそ剣城は驚愕の表情を浮かべており、振りほどかれた自分の手は宙を切る。
位置、それはきっと自分がこれ以上を進む事に躊躇がある。進もうという努力はしようと思っている。それだけ、自分は、自分達は不器用なのだ。

『分かんないんだよ!!どう自分の事を説明すれば良いのか、どう頼ればいいのか!!』
「……」
『でも、これでも皆に頼ろうとしてるの!ただ、どうしても上手く伝える事が出来なくて…どんどん私の中に溜まってって…自分じゃもうどうにもならない位、苦しい…っ』
「……」

ああ、そうか。
コイツは、これでも抑えてるつもりだ。言いたい事が上手く言えないただの不器用な少女なのだ。マイペースな彼女でも、自分が一番伝えたい事はちゃんと考えてから言う。ただ、それが少しだけ空回ってしまってしまうだけ。
目に涙を若干溜めている彼女を見て、剣城は奥歯を噛み締めた後、やはり自分では天馬のようにはいかないと感じながら彼女の腕をもう一度引っ張り自分の胸板に悠那の頭を押し付けた。

『きょ…』
「もういい、分かったから。悪いな」

剣城はそれだけ言うと、ポンポンっと悠那の頭を軽く叩いてから、ゆっくりと悠那から離れた。呆然としながら離れていく剣城の顔を伺えば彼の表情は切なげに微笑んでいた。それを見た瞬間、悠那は剣城を無意識にも関わらず傷つけてしまった事に気付いた。
だが、悠那が目を見開かせて剣城を見上げている隙に剣城は彼女に背を向けて今にも車に乗って行ってしまいそうな聖帝と女子高生の方へと行ってしまった。

『京介…』

ごめんね、ごめんね京介…

悠那はただそれだけしか言えなく、その場に膝から崩れ落ちて静かに溜めていた涙を零した。

…………
………



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