「あの…俺達が戦いを続ければ、また他の学校が潰されるんじゃないでしょうか…?」

彼らしくないと言えば彼らしくないのだろう。いつもフィフスに対しては積極的に意見を言う彼。だが今の台詞はどうだろうか?彼らしくない消極的な意見に、思わず皆は意外そうな表情を浮かべるなり立ち上がった天馬を見やる。傍に座っている悠那ですら目を若干見開くが、直ぐに元の表情に戻し膝の上で無意識に作られていた拳を更に強く握りしめた。

「きっと、たくさんの中学生が今、学校がなくなって困っています…なんか俺、そういう人達の事考えたら…ちょっと怖くなっちゃって…」

その天馬の台詞に神童は僅かに目を潜める。いや、正確には神童だけじゃない。霧野や倉間達もまた黙って天馬の方を見ている。その視線が痛い事も、自分が何を言っているのかも全て理解している訳で、天馬は更に顔を上げにくくなっていた。

「だから…ごめんなさいっ」

そう言って先輩達に頭を下げて言う天馬。次にはこの場から逃げるように足を動かし、一乃と青山の間を通りこの部室から出て行く。
さっきまで倉間の言葉に対して目を輝かせていた彼が今では自身すらなくしており、この場から逃げてしまう始末。それを横目で見送るも、寂しさを覚えたのはどこかで天馬だけは前向きに挑んでいてほしかったのだろう。
信助や葵、輝が天馬を追いかけようとしているものの、悠那はベンチから立とうともせずに震えだしてきた拳を抑え込んだ。

「天馬!」
「天馬!」
「待ってよ!」
「放っとけよ」

ふと、追いかけようとしていた葵達を止めたのは剣城。その声を聞いて三人は足を止めて剣城の方を見る。彼が自分達に制止符をかけるのは珍しい。珍しいからこそ、葵達は止まった。そちらに目をやればそこには普段の剣城の表情があったが、普段よりかはどこか表情が柔らかくなっている。一度ドアの方を見ていた剣城だが、直ぐに視線を自分達にやり、ベンチに座っている悠那に目を移した。

「今は、それが一番いいんだ」
「……悠那?どうしたん?」

ふと、浜野が剣城の目線を辿って行けばそこには一向に今までの会話に入って来なかった悠那の姿。俯かせた顔からは一向に表情は読めない。だが、少なくとも彼女の小刻みに震える手やら肩を見て普通じゃないと分かった。だからこそ声をかけれずにはいられなかった浜野がそう声をかけた。
その浜野の声で葵達も神童達も悠那の方を見る。声をかけられた悠那は一度肩を震わせる。

「そうだ!鏡の片割れである悠那なら天馬を追っても!」
『ごめん、私も…』

天馬と同じ意見かな…
静かにそう告げれば誰かの声が漏れた。それがまた怖くて悠那は顔を上げられない。見損なっただろうか?それでもいい。まだ自分の気持ちを告げられないよりかはまだマシだ。おかげで声は震えたものの若干の震えは収まってきている。
すると、葵が悠那の方へと歩み寄ってきて彼女の肩にそっと手を置いて彼女の目線が合うようにしゃがみ込む。

「どうしたのユナ?天馬もユナもおかしいわよ?」
『ごめんね、葵…私も、怖いんだ』
「…!」

やっと、顔を上げて自分を見たというのに、悠那の表情は天馬みたいに不安そうな表情をしている。動揺を隠しきれていないのが彼女の様子からして聞かなくても分かる。だからこそそんな彼女に対して何も言う事が出来なくなってしまい、葵も彼女の肩から手を離してしまった。
大丈夫とか、怖くないとか、そんな言葉をかけても彼女をより一層追い込む事になるだろう。上げられた顔は再び床の方に向いてしまい、何も言わなくなる彼女。
彼女がここまで弱味を見せたのは天馬の影響なのか。こんなに震えている彼女は初めてだ。

「……」

刹那、ガタッという音を立て次にカツカツとこちらに誰かが歩み寄ってくる音が聞こえた。その音は葵の後ろで止まり、葵もまたその人物を見るなりその場所から退いて悠那の目の前に立たせた。
誰だか、顔を上げなくても分かる。紫色のズボンを履いてこの学校に来る生徒は彼しかいない。

『…何、』
「立て」
『は…?っちょ!』

と言った傍から彼女の腕を掴んでぐいっと引っ張った剣城。いきなりの事で足に力を入れていなかった悠那は立たされてもふらっと体勢を崩す。だが、直ぐに足に力を入れて改めて立ち上がって剣城を睨みつける。

『危ないじゃんか!』
「うるせえ」

と、腕から手を離した剣城は次に自分の腕を悠那の首へと入れそのまま引きずるように歩き出す。葵を抜き、信助と輝を抜いても歩みを止めない剣城を見てさすがの神童も気になったのか、彼に声をかけた。

「どこに行くんだ剣城?」
「…ちょっと、こいつの頭冷やしてきます」
『は?!何言ってんの京介!これから練習…』
「その状態のお前が真面目に練習出来んのかよ」
『そ、それは…』

出来ないかもしんないけど…
ぼそぼそと言いながら剣城の腕の中で小さく肯定する悠那。それを聞いて更に剣城は飽きれるような表情をした後、再び歩き出す。それを見た一乃と青山は再び二人が通る為にドアから退いて見送った。扉が閉まっても尚、ギャーギャーと言う悠那の声が聞こえていたが、彼女の事は剣城に任せようと神童は決めた。

「大丈夫かな、悠那も天馬も…」
「……」

えらく消極的だった二人の姿。
そんな二人を自分は止める事も励ます事もかける言葉も無かった葵。そんな自分が情けなくなってしまったのか、葵は信助の言葉に何も言う事が出来ずに拳を作った。

「一体どうしたの?」

その数分後、春奈と鬼道が部室に入ってきた。もう練習が始まるというのに天馬は走ってどこかへ行ってしまう所や剣城が悠那を引き摺っている所を目撃した二人にとっては様子だけでは分からなかった。部室で何かあったのだろうと春奈が神童達を集めてそう聞いた。
そこで、神童達は一乃と青山から聞いた話をそのまま春奈と鬼道に話して何故天馬と悠那と剣城が部室から出て行ったのかを話した。

「廃校とは思い切った手段に出たな」
「だからって、天馬君と悠那ちゃんが責任を感じる事は無いわ…」

一通り聞いた春奈と鬼道はまだ廃校の話しは聞いていなかったのか、少しだけ驚いたような表情を浮かべる。だが、そろそろフィフスが動いても良い頃だと感じていた鬼道は冷静を保ちつつ恐らく動揺したであろう二つの風の事を密かに頭の中に入れる。

「このままじゃ雷門も潰されちゃいますよ…」
「…今、少年サッカー界において雷門は自由なサッカーの象徴だ。誰もが注目している。だからこそホーリーロードという大観衆の前でその象徴を打ち負かそうとしているんだ」

雷門を破る事でフィフスセクターの思想が正しいと主張する為にな。
鬼道の尤もな意見に、雷門のメンバー達は余計に不安そうな表情を浮かべる。革命の風を吹き始めさせたのは先程出て行ってしまった天馬と悠那の起こしたもの。それが今さっき、一乃と青山が持ってきた情報の影響の所為か、天馬と悠那は責任を感じてしまい、消極的になってしまった。このままあの状態で次の試合に影響するとなるとそれこそフィフスの思惑通り。

「(だったら、尚更俺達も負ける訳にはいかない)」

ふと、神童は視線を鬼道から外し部室内に円堂が随分前に貼ってくれたホーリーロードのポスターに目をやる。円堂や鬼道、春奈がこのポスターを見て悲しそうな切なそうにしているのを覚えている。そして、10年前と随分雰囲気も変わったと教えてくれた。
自分もまた覚えている。自分の部屋にまだあるくらいだ。少し古くなっているが、10年前のあのポスターを。いや、10年前のものから今までのポスターまで。確かに雰囲気も呼び方もいつの間にか変わっていた。
また、あの少年に夢を与えるような大会を取り戻したい。
神童は密かにそう胸に秘めながら意を決した。

…………
………



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