ー保健室ー

『痛い!痛いよ春奈姉さん!!』
「今は“春奈先生”!!仕方ないでしょ!?」

保健室にある椅子に座るなり、春奈に顔やら膝やら肘やらに出来ている傷に皆の天敵であろう消毒液で手当てをされている悠那。あまりの強引さと消毒液の容赦ない攻撃に悠那は痛さのあまり目に涙が浮かんでくる。春奈も生徒に無理矢理こんな事をするのは嫌だが、こうでもしないとまた無茶をしてしまう、という心配が込められていた。
暫く痛さのあまり暴れていた悠那だが、急に大人しくなり暴れなくなった。その様子を見た春奈は不思議に思ったのか、手当てをしていた手を一旦止める。

『だって…あんな事になるなんて思ってなくって…』
「…無茶しすぎよ、…何だか由良さんを思い出すわ」
『由良姉さんを…?』

まさかここで自分の従姉である由良が出て来るとは驚きだ。不意に自分の頬が緩みだした。春奈と言えば、視線を自分の怪我した所から外し、保健室の天井を見上げていた。きっと春奈の脳裏には10年前の事が流れているに違いない。
逢坂由良、その人物は円堂達と一緒に世界に行った唯一の女選手だった。しかもその人は自分の従姉。その人もまた自分の事を「ユナ」と呼んでいた。

「ええ、こうやってよく手当てをしてたな…」
『へえ…』
「…嬉しそうにしないの!」
『Σいったあ―――!?』

悠那の嬉しそうな顔を見て、春奈は少しだけ眉間に皺を寄せながら消毒の付いた綿を思い切り悠那の顔に近付けた。それがかなり効いたのか目に涙を浮かばせながら叫ぶ悠那。
昔からよく怪我をして、師匠や両親などにかなり怒られていたのは覚えている。だが、それも今では慣れた事だが、やはり消毒は苦手だ。あの消毒独特の匂いに傷に染みる程の痛さ。昔から苦手だった。

『春奈ね…じゃなかった、先生!もう大丈夫ですから!入学式に遅れちゃう!!』
「ふっふーん…さっきの事件があって今は入学式遅らせて貰ってるの♪だから…」
『ひぃっ…!?』

ギャ―――ッ!!

悠那のその叫びが静かだった保健室中に響いた。

…………
………

「やかましい新入生だな…」

隣で寝ている患者が居る事を忘れているんじゃないか?と眠る神童の近くでパイプ椅子に座っていた霧野は不機嫌そうにカーテン越しにも新入生が居るであろう方向を向いた。そして霧野は呆れながら椅子から立ち上がりカーテンを開け、春奈と悠那の元へと向かう。
様子を見てみれば、春奈は消毒液を掛けようと必死に避け続ける悠那と戦っていた。それを見た霧野は更に深い溜め息を吐き、両手を腰に当てた。

「音無先生、ちょっと煩いですよ」

本当はちょっとじゃないが、春奈だってわざとしている訳じゃないので、そこは霧野の思いやりという事か、動きを止めた春奈と悠那。
先生の名字って実は“音無”じゃなくて“やかまし”の間違いじゃないのか、不意に思った霧野だったが決して口に出さなかった。
一方霧野に注意された春奈は罰が悪そうに苦笑をし、「ごめんなさいね、霧野君;」と謝ってきた。

『春奈せんせーが思いっ切り消毒液付けるから〜』
「谷宮、お前が一番煩いんだ」
『っう…』

小さくなった春奈を見てニヤニヤと笑っていれば、霧野からの図星の言葉。悠那はグサッと自分の体に何かが刺さったようにその場に転けた。そして、霧野に下げてすみません…と一言そう言い、春奈と同じく大人しくした。霧野は「もう良い」と一言返し、春奈へと目を向けた。

「保健室の先生は?」
「セカンドチーム達の子達の様子見よ」
「そうですか…」
『……』

春奈の言葉に静まり返る保健室の中。強いて音がすると言えば、神童の寝息と外から聞こえる風が木々を揺らす音。その隙間からは慌てる人の声。そういえば、セカンドチーム達の人達の怪我は大丈夫なのだろうか、なんて考えてきた。きっとセカンドチームの人達も自分達みたいに怪我をしたに違いない。霧野の方をチラッと見ればあの時の神童みたいに顔を歪ませていた。

「あら?湿布が無いわね…ちょっと貰って来るから待っててね悠那ちゃん」
『え、でも「待っててね?」…ワカリマシタ』

大丈夫ですよ、と言う前に春奈は念を押す為に強調しながら言った。悠那はその言葉と春奈の黒笑みに何も言えなくなり、片言になりながら小さく頷いた。(ヤバい、怖いよ…)それに逃げたら逃げたで後で酷い目に合うに違いない。
そして、春奈が保健室を出ると再び静まり返った保健室。別に手当ては良い。(本当は嫌だけど…)だけどこの先輩と二人きり(神童も居ます)は絶対嫌だった。

『……』
「…はあ、」
『(溜め息吐かれた…)』

霧野は溜め息を吐きながら神童の眠るベッドへと戻った。悠那はそれを見て、自分もキャプテンの体が心配になってきたので、静かに気付かれないように付いて行った。だが、それは霧野にもう気付かれていたらしく、霧野ははあ…と再び溜め息を吐いた。
そして再び腰に手を当てた。振り向く訳でもなく、霧野は口を開いた。

「隠れて見ないでこっちに来て見たらどうだ?」
『あ…気付いてました…?』
「当たり前だ」
『すみません…』

別に自分が悪いからこの先輩にとやかく言える立場じゃないが、言い方とかを見て苦手だ。悠那は顔を引きつらせながらも、霧野の言われた通り、近くまで来た。初対面の時に女だと思ったが、チラッと横目で霧野を見れば、真剣そうな顔をする霧野の顔。不覚にもかっこよく見えてしまった。改めて男の子なんだ…と感じた悠那だった。この人に自分はさっきまで支えて貰ってた事を実感すると熱が上がってくる。人の顔をジロジロ見るのも失礼なので、悠那は若干顔を染めながら神童へと視線を落とした。

『神童先輩、大丈夫なんですか…?』
「ああ、対した怪我もしていない」
『そうですか…』
「……」
『……』
「……」

会話終わっちゃったよ…!!早く春奈姉さん来ないかな…これなら様子見ない方が良かったかな…いや、でも気になったし…と、共に思い出されるのはあの時の化身。剣城の化身によって呼び覚まされたとあの黒木は言っていたが、それは本当にそうなのだろうか?個人的な解釈をしてみればあの神童から現れた化身は神童の気持ちと共鳴するように現れたように見える。
まあ、そこは別にどうでも良くって、問題は神童が化身を戻した時の倒れ方。もしかしたら化身は自分の体力を削って出て来るのでは?
とまた自己解釈をしてみたが、やはり分からなかった。

うーん、と顔を傾けて考えていれば、さっきまで喋らなかった霧野が百面相をする悠那を見て苦笑しながらも、気まずそうに口を開いた。

「…お前は、剣城って奴と知り合いなのか…?」
『え…?』

いきなり声を掛けられ、悠那は神童から霧野に目を向けた。霧野はこちらを見ておらず、横顔で二度は言わないと訴えかけるように悠那の言葉を黙って待っていた。悠那はそれを見て、再び視線を神童に戻し、自分もまた苦笑した。

『…小さい頃の、幼馴染み…です、』
「…そうか」

何故それを聞いてきたのか、それは自分達をボロボロにした男をこの新入生が知っているのがあまりにもおかしかったから。つまり霧野は少しだけ彼女がフィフスセクターの人間だと思ったから。だが、その疑いはあの時の試合と、今の言葉で解けた。
いや、演技かもれないとも思ったが、彼女へと目をやった時に見えた表情と、強く握り締められた拳を見て、霧野はそれ以上何も聞かず、神童に目をやったまま目を覚ますまで待った。

彼女はきっと幼馴染みがあんな状態だと知らなかった。なら、それで良いじゃないか。

「お前はフィフスセクターの人間じゃないんだな?」
『フフスセクター?えと、よく分かんないですけど…はい』
「フィフスセクター。そっか、それで良いんだ」
『?』

と、悠那は神童からもう一度霧野の方を見れば、優しく、それでいて切なそうに笑う霧野の表情を見て、悠那は目を見開いて頬を少しだけ染めた。それと同時に霧野の手が悠那の頭に来て、ぐしゃぐしゃっと不器用ながら撫でられた。いきなりの事で悠那は大声を出しそうになったが、神童が寝ている為、「うわっ!」で済んだ。

暫くして開放され、霧野はぐしゃぐしゃになった悠那の髪を見て笑っていた。先程、悠那に冷たかったのはさっきの誤解の所為だ、と自分で言い聞かせた。
一方、いきなり笑った霧野を見て唖然としていたが、霧野の笑顔を見て、何故か安心したように自分の顔も緩んできた。

意外と優しいのかもしれないな、この先輩。

悠那がそう思って一人でニヤけていると、霧野に「何笑ってんだよ」と笑いながら言われた。
正直言って先輩の方も笑ってるから人の事は言えない。二人して神童を起こさない程度に笑っていると、保健室のドアが開いた音がした。

「お待たせ悠那ちゃんっ」

一気に自分の顔が引きつってくるのが分かった。そう、ここでタイミング良く(悠那にとってはかなり悪いが…)春奈が戻ってきたのだ。
カーテンからそっと覗くようにドアの方を見ようとすれば、もう既に自分の目の前に春奈が黒い笑みを浮かばせながら仁王立ちしていた。
ちょっとしたホラーだ。

叫ぶまでいかなかった自分に心の中で拍手を送りながら、カーテンをそっと閉め、霧野の方を向いた。
霧野とは言うと、少しだけ冷や汗を掻きながら悠那を見ていた。悠那の表情を見れば、余程春奈の表情が怖かったのか、ショックを受けたように顔を青くしながら霧野を見ていた。そして、片手を自分のおでこに当ててきた。そして…

『逝ってきます…』
「念の為突っ込むけど字が違うよな…?」

あっちは口で言ったけど、きっと「逝く」←こっちの漢字を使ったに違いない。霧野がそうつっこめば、悠那は「よく分かりましたね…」と逆に尊敬された。その言葉に霧野は呆れたゆうな顔をして、黙って春奈の元へ向かう悠那の背中を見送った。
そしてその後も悠那の叫び声がデジャヴり、霧野にまた注意された悠那と春奈だった。いや、主には悠那だったが。霧野の注意もいつの間にか厳しいものではなくなっていた。

「(今年の一年は意外と頼もしくなるかもな…)」

カーテン越しから見える悠那であろう影を見ながら霧野は微笑んだ。

…………
………


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