「っ!逃げるのか!?」

手に力が入ったのを感じた天馬は悠那を見上げて顔を覗き込もうとするが、悠那の表情は見えなかった。すると、一番納得のしていなかった神童が、天馬の言葉を遮り血相を変えながら立ち去ろうとしていく騎士団に叫んだ。逃げる、という言葉に反応したのは紛れも無いあの監督。黒木は歩むのを止め、神童へて振り返った。

「“逃げる”?“見逃す”と言って貰いたいですねえ」

そう逃げるというのは実に彼等にとっはおかしな言葉だった。周りを見ればボロボロになって倒れている部員達。圧倒的な点数差。ボロボロのフィールド。全てが全て、彼等がやって来た事の跡だった。それを逃げる?黒木は見逃すという所を強調しながら、神童を嘲笑うかのように見た。

「…しかし、結果としては、アナタの存在が雷門を守ったと言いますかな?神童君」

そう言い、再び踵を返し立ち去ろうとする騎士団達。自分達に背を向けているのに後ろにも目があるように自分達を嘲笑っているように見えた。今にも立ち去ってしまいそうな彼等の背中、悠那は一人の人物の背中を見つけた途端、天馬から離れその人物の元へと痛みがまだ残っていたのか、フラフラしながらも走って行った。

『…、…京介!』
「……」

悠那が剣城の名前を大きな声で叫べば、剣城は何も言わず立ち止まった。大きな声を出した所為か、騎士団の人達や雷門の人達も自然とこちらに視線を送ってきた。だが、今の悠那にとってそれはどうでも良かった。ただ剣城が自分の声に立ち止まってくれた事に一瞬だけ悠那は戸惑ってしまった。剣城は背中を向けたままこちらを向かなかったが、やはり悠那はそれでも良いと言わんばかりに言葉を続けた。

『私、京介と楽しかったサッカーを忘れない!!…何があったか分からないけど、私は…』
「俺は今のサッカーを潰す。そして、」

悠那の言葉のその先を言わせないと言うように自分の声で遮った。そして、剣城は言葉を区切り悠那に振り返った。剣城から来た視線はまるで獲物を狙うかのような獣の目。だが、それでいて剣士のような落ち着き振り。その瞳に、悠那は思わず冷や汗を垂らしながらゴクリと唾を飲んだ。

あれ…京介ってこんなに…

「お前を潰す」
『…!』

怖かったっけ…?

初めて剣城が悠那に見せた表情(顔)。それを見た悠那は黒目を小さくし、更に目を見開いた。剣城のその瞳には光りなど無い。ただ見下すしかないその黄色い瞳には暗い、闇しかないのだ。まるで蛇に睨まれている蛙の気分だ。

『…あ、きょ…すけ…』

悠那がそれにワンテンポ遅れて手を伸ばすが、その手は剣城には届く事も無く、宙を切った。宙を切った悠那の手は何も掴む事もなく、静かに元の位置に戻っていき、拳を作った。

『京介…っ、』

拳を作った後にもう一度前を向いてみたが、いつの間にかそこには黒の騎士団は居ず、やけに目の前が殺風景になった気がした。騎士団が居なくなったこのフィールドは随分と広くなり、改めてここの広さを実感した。悠那の小さな肩が僅かに震えているのが、少し離れていた天馬でも分かった。だけど、泣いてはいない。何故なら悠那は人前では絶対泣かない女の子だから。泣く事は滅多に無い。いや、自分の記憶が正しければ泣いた所自体見た事が無い。

「ユナ…」

天馬は悠那に駆け付けようとするが、何と声を掛けたら良いか分からず、天馬はただ見守る事しか出来なかった。実際の所、あの剣城と悠那の関係が一番気になる所だが、無理に聞くのも嫌だった。周りがコソコソと話しているのを小耳に挟みながら起き上がれば、どこからか鈍い音がフィールドに響いた。
すっかり静かになったそのフィールドからはその音はよく響き、悠那も音のした方を驚くように見た。
振り返って見てみれば、そこには恐らく意識を無くしたであろう神童が倒れていた。

『神童先輩…?』

その悠那の言葉と共に神童に駆け寄って行くチームメイト達。神童が倒れた事に驚くがあまり、どうすれば良いか分からなくなってきた部員達。だが、直ぐに久遠が来て倒れた神童を抱えた。保健室に連れて行くと言い、そのままこの場から出ようとする。
そして、ギャラリーからも観客席から人がどんどん動き出し、この場を後にしていく。それを横目に見ながら自分も戻ろうと、固く結んでいた拳を解き、足を進めれば、自分の目の前から春奈が慌てるようにこちらに来た。

「悠那ちゃん!アナタも行くのよ!!」
『え…?私は大丈夫ですよ…?』

急に声を荒げた春奈に若干驚きながらも言葉を返した。きっと春奈が言っているのは自分も保健室に行けという意味。だが、それを踏まえて自分は大丈夫と返した。確かに肘とかに痣とかあるが、天馬に比べたらそんなに酷い傷では無いのだ。だが、それを聞いた瞬間春奈の表情が険しいものになり、悠那の肩を強く掴んだ。指が食い込んでるよ春奈姉さん。

「男の子と女の子の怪我を比べちゃダメ!!」

どうやら悠那の考えていた事をズバリと当てられてしまったらしく、肩を掴まれた後に直ぐ腕をガシッと掴まれ、グイッと引っ張られた。
その春奈の様子を見て、悠那は苦笑して渋々保健室へと向かう事になってしまった。

「あ、ユナ!俺先に行ってるからねー!!」
『……』

ああ、また天馬に先に行かれてしまった…と、悠那は悔しい思いをしながら久遠に抱えられている神童とそれを心配そうに見上げる霧野の後に春奈に腕を引かれる悠那が保健室へと向かって行った。

…………
………



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