ユニフォームに着替え終えた悠那は今、男子更衣室の前に居た。それは彼等が今使っている場所が雷門の控室であるからだ。女子更衣室で先に着替えていた悠那にとってこれはもう当たり前になっていた。何せ月山国光の時からそうだったから。マネージャー達は仕事があるからと言い、自分を先に控室に向かわせる。
性別関係になってくると、こういう事が面倒くさい。なんて愚痴るものの、こういう事を選んだのは自分自身。選手として活躍する事を選んだのは自分だ。文句なんて言えない。
はあ、と息を吐き床に目を伏せていれば、ふと自分の視界に見覚えのないスパイクを履いた人物が二人並んだ。

「ねえ、キミ」
「俺達とちょっと話さない?」
『…何ですか』

これは新手のナンパか?なんて思いもしたが、自分にナンパしてくる奴なんて早々居ないだろう。自分の男縁の無さに嘲笑すら出来るが、とりあえず目の前に居るコイツ等を何とかしよう。殴られそうになったらとにかく逃げよう。いや、それより喧嘩に強そうな京介の名前を呼ぼうか?なんて、下らない事を考えながら顔を上げてみた。
そして、サアッと顔色を変えた。

『幻影学園の…』
「そう、僕達不知火兄弟。僕は不知火影二」
「俺は不知火幻一」

不知火兄弟。幻影学園で唯一の兄弟だ。一見双子のようにも見えたが、一つ違いの兄弟。兄である幻一と弟の影二。最近の自分はよく兄弟という単語に反応してしまい、この兄弟の事も覚えてしまったのだ。ユニフォームを着ている所を見るともう着替え終えたのだろう。だが、何故わざわざ雷門である自分に話しかけてきたのだろうか。こういうのはあまりよくないんじゃないかとは思うのだが。と、思ってもこの兄弟はあまり気にしていないのかニコニコと表情を変えない。

「キミが“鏡”の片割れかあ…」

赤い髪の方の幻一がそう自分を見るなり呟いた。改めて逸仁の話しを思い出す。そして、本当に逸仁の言っていた噂とやらはあったのかと納得してしまった。この二人は恐らく噂の人物達の見物と言った所だろうか。

「聞いてるよキミ達の事。ムカつくんだよねえ、本当ならその命名は僕達の方が相応しいのに」
「実力もそんな無いのに何でこんなに噂は広がってるんだろうね」
『あ…』

これは世間で言う…

『嫉妬…?』

そう嫉妬に等しいだろう。彼等の言動といい、これはまさしく嫉妬。確かに彼等の方が双子じゃないとはいえ、“鏡”がお似合いだろう。それが兄弟でもない天馬と自分が行動やら発言やらが似ているというだけで鏡やら合わせ鏡やらと名付けられたのだ。納得する人も居ればこの兄弟のように納得出来ない人も居るだろう。
だが、これでようやく自分はライナーに乗っていた時何故あの不知火兄弟に見られていたのか納得出来ていた。
ボソッと言ったつもりだが、この二人には聞こえていたのかフッと笑い出した。

「誰がキミ達なんかに嫉妬なんかするか」
「そうそう。ただ興味があっただけさ」
『はあ…』

よく分からない人達だな。いや、逆に分かりやすいのか?
何にせよ自分と天馬はフィフスに目を付けられてしまった事は明らかだ。逸仁は胸を張っていればいいと言っていたが、これはこれで余計反感を買う事になるだろう。
と、悠那が内心苦笑しながら呟いていれば不知火兄弟の後ろにあった雷門の控室である扉が開いた。

「ユナ?どうしたの?」
『あ、天馬に京介』

扉が開いた瞬間、顔を見せたのは天馬と剣城。どうやらもう着替えたのか、彼等の服装はジャージからユニフォーム姿になっている。不思議そうにこちらを見ていた二人だが、悠那の目の前に居た不知火兄弟を見た瞬間、驚愕の表情を見せた。そして、不知火兄弟もまた雷門の選手が現れたと分かった瞬間、顔を見合わせてフッと小さく笑ってきた。

「キミ達は…」
「幻影学園の…」
「俺は不知火幻一」
「僕は不知火影二だよ。初めまして“鏡の片割れ”さん」
「!」
「鏡の片割れ…?」

二人は悠那から視線を外して後ろを振り返る。そして軽く自己紹介をした後、天馬の方を見てそう呟いた。その単語に聞き覚えがあった天馬ははたまた目を見開きその兄弟を見やる。天馬もまた逸仁の話しが本当だった事に驚いたのだろう。だが、剣城だけはよく分かっていないのか彼等兄弟を余計に警戒するかのように見やる。

「どうしたお前達」

不意に、また後ろの扉が開いた。もう一度そちらを見てみれば、今度は雷門全員の顔が見えた。きっとここが騒がしいから顔を覗かせてきたのだろう。神童がこちらに歩みよってきて、皆はこの兄弟の姿を見た瞬間に驚くように目を見開かせた。

「何故お前達が…」
「噂の“合わせ鏡”さん達を見たくてね」
「試合で見るかもしれないけど、どうせなら挨拶もと思ってね」

だが、そんな事を説明しても今の神童達には話しは通じない。案の定、神童達は更に不思議そうに首を傾げた。本当に何も知らない彼等を見た兄弟は、顔を見合わせるなり兄の幻一は悠那へ、弟の影二は天馬の横へと歩み寄った。

「フィフスの間では結構この子達噂になっててね。似てないようで似ているこの子達を」
「そんなこの子達を僕達は“合わせ鏡”とか色々と呼んでるよ」

“鏡の片割れ”だったり“合わせ鏡”だったり“二つの風”だったり。
ただ似ているというだけでこのいくつもの名前が自分達には名付けられていた。胸を張っていればいいと言われたものの、これはこれでかなりきつい。自分達は完全に目を付けられている証拠に過ぎない。そう説明され意味を理解した神童達は再び目を見開く。

「…確かに、俺もどこかこの二人が似ていると思っていた。そよ風みたいな奴と気まぐれな風みたいな奴。似ているようで、吹く風がどこか違う。そう思わせる二人が」
「俺も、何度か感じていた。言う事は似てるし行動も似てるし。だけど、やっぱりどこかずれている天馬と悠那が」
「鏡…」

神童と霧野の言葉に思わず皆も頷いていた。それは今までの事を振り返れば面白い事に一致するのだ。

そしてそれは、元シードだった剣城もまたそう感じていた。
自分がまだシードだった頃。正直もう思い返したくはないが、それでも二人が似ているという事は感じていた。言葉も行動も思考も似ている二人。このチームが一丸となれたのもこの二人のおかげだ。だけど、いざ言葉を発せれば違う事を言っていて行動もどこかずれている。けど、サッカーが好きでそれを表しているのは分かっていた。
そんな二人を見た瞬間、自分の中の何かが疼いた。もちろん、サッカーに対して素直になる事も入っている。
だけど、もう一つ抱いていた。自分も昔と比べて変わったが、悠那もまた変わってしまったという事。
そう、これは嫉妬。いつの間にか離れていった彼女に、彼女の隣に居る少年に、似ている二人に――…
確かに、似ていたのだ。

「っま、実力は僕達の方が上だけどね」
「せいぜい頑張るといいさ」

そう言うと、その兄弟は悠那と天馬から離れて歩き出す。
言うだけ言って、彼等は去ってしまい天馬と悠那は彼等を見た後お互いに顔を見合わせて苦笑の表情を浮かべた。よく分からない人達だったが、自分達のプレイに影響するような事ではなくて良かった。

「悠那、他に何か言われたか?」
『いえ、今の事を言われただけなんで大丈夫でしたよ』

どうやら彼等は本当に見に来ただけらしい。自分達は見せ物ではないが、少しは胸を張っていてもいいのかもしれない。確かに噂があるみたいで少しだけ怖いが、それでもどこか誇れた。それだけ、自分達はフィフスに影響を受けさせているみたいで。
神童はそれ以上何も聞かずただそうか、と呟くだけだった。

試合は、これからだ。

…………
………

両チームとも、ユニフォームに着替え終え扉の前で並んで待つ。この扉の向こう側は今回のフィールド。ライナーから見えた建物もかなり豪華に作られており、中もかなりの物だった。控室に行く途中はゲームセンターなどがあり、観客の人達はそこで時間を潰していた。そして、扉の前であるここも廊下とはいえいくつか電気が点いており、この廊下を薄暗く照らしている。
サイクロンやウォーターワールドとはまた違う電気の使い方。つまり、今回のフィールドはかなり電気を使っているに違いない。それは今まで立ってきたフィールドとは全く違う、複雑な物とも考えられる。

この答えにいくまでそんな時間はかからなかった。短時間の内に出た自分の考えに悠那は思わず息を呑む。自分はスノーランドスタジアムやウォータワールドスタジアムで散々被害にあってきた。それが今何かのフラグを立てたのか、走馬灯のように駆け巡ってくる。せめて今回ばかりは無事に出来るようにしたい。
妙な緊張が走った時、不意に自分の肩に手を置かれた。それに思わず過剰反応してしまい、肩を震わせる。そして、その手の方を見れば隣に並んでいた天馬の顔が見えた。そうか、これは天馬の手かと納得した。

「ユナ、大丈夫」
『天馬…』

別に自分の体は冷えていないが、置かれた天馬の手は暖かく肩から一気に体中にその暖かさが広がった。これが落ち着いたという証拠なのだろう。自分の感じていた緊張は徐々に解れていく。すると、天馬はニコッと微笑んできた。

「な、剣城」
「?」

ふと、天馬は悠那から視線を外し自分達の目の前に居る剣城に声をかけた。だが、剣城は後ろでのやり取りを聞いていた訳じゃないので、疑問符を浮かべている。

「勝とうな」
「…フッ」

もう一度、剣城にそう声をかければ、剣城はフッと小さく笑みを浮かべた。
そんな彼等のやり取りを見た悠那は徐々に自分の感じていた不安やら緊張は解れていき、いつの間にか自分の頬は緩んでいた。
それを見た天馬は、またニコッと笑いかけると肩から手を離した。

《ホーリーロード全国大会四回戦!雷門中対幻影学園!まもなく選手達の入場です!!》

扉が開いたその先は自分達が立つフィールド。
だけど今回は室内だったらしく、どこか暗い。いや、僅かに小さな灯りはある。だがそれはフィールドを怪しく見せるだけにしか見えなく、電光掲示板もまた怪しく表しているだけだった。

ここが、今回のスタジアムだった。


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