女の人の声。その声が聞こえた瞬間、太陽少年の様子が一変し、表情を引きつらせた。どうかしたのだろうか、と声が聞こえた方へと視線をやる。
すると、そこにはバインダーを手に、紫色の髪を後ろでお団子にした看護師が太陽少年を鋭い目で見ていた。

「――冬花さん!」
『冬花、姉さん…?』
「え?え?」

そう、それは確かに本人そのものだった。確かに髪型も変わり、大人になっていた所為か最初こそ分からなかったが、彼女は10年前にイナズマジャパンのマネージャーとして選手達を支えてきた久遠冬花だった。
太陽少年の後に続いて口に出せば、天馬は不思議がるように首を傾げる。それは冬花と呼ばれた看護師も同じだったようで、太陽少年を見た後に悠那へと目をやった。

「あら、あなた…」
『お久しぶりです!』
「え、何?知り合い?」
『うん。昔ちょっとお世話になって』

太陽少年もまた、先程の引きつった顔を戻しそちらに興味を示しだす。そんな彼に悠那は軽く説明をし、再び冬花に向き合った。すると、冬花は笑みを浮かべバインダーを片手に、悠那の頭を撫で始める。悠那にとってはもう、これが当たり前になってきていた。だから、されるがままに撫でられる。嬉しいし、別に抵抗もないのだ。
そして、何より冬花に撫でられるのが一番嬉しかったりする。

「大きくなったわね。あれからもう10年か…」
「へえ、そんな前から知り合いなんだっじゃあ運命の再会ってとこ?」
「…太陽君、また病室を抜け出したのね」
「え、今の話題からいきなりそっちに行く!?」

いきなりの話題転換に、太陽少年は再び顔を引きつらせる。そういえば、彼の事を冬花は“太陽君”と呼んでいたが、彼の名前なのだろうか。それとも自分と同じ思考を持った人からどんどん伝わって“太陽君”と名付けられたのだろうか。そんな事を考えるも、太陽少年の様子を見てプッと笑って見せる。どうやら彼は何も言わず病室を抜け出してきたらしい。その証拠にこの冷や汗に引きつった顔。これを見て笑わざるをえない。
今にも彼を叱りつけようとする冬花を見てか、太陽少年は苦笑しながら何故か悠那の背後へと回り彼女の影に隠れようとする。おかげで冬花の目線は悠那の方にもきた。

「太陽君!」
『ふ、冬花姉さん、落ち着いて…!』
「そうそう落ち着いて落ち着いてっ」
『あなたが一番の元凶だって分かって言ってるんですか!?』
「まあまあ」

このやろう、人を上手く盾代わりも使いやがって、と内心愚痴りだす悠那。何故こっちに来るんだ太陽少年。
私の影に隠れたって火に油を注いでいるようなもんだぞ少年。

「だって、寝てばっかで退屈なんだよっ」
「病室に戻るのよっ!」
「やーだよっ」

いつの間にやら、太陽少年は悠那の背後から近くにあった木に自分の身を隠すように顔だけ出す。
冬花も困ったような表情をさせている。お調子者というか、自分のペースを常に通常運転している。

「退院してサッカー出来るようになったら、一緒にプレーしようよっ」
「うんっ」
『もちろんっ』
「次の試合、勝ってくれよ。応援する。じゃあねっ天馬に悠那!」
「またねっ!」

離れた所から天馬と悠那に別れを告げる太陽少年。
約束を交わして、去っていく太陽少年。元気そうに冬花から逃げていく少年を見て、やはり病人服を着ていてもまるで入院するような患者に見えず、天馬も悠那自然と普通に接してしまう。
だが、そこで疑問が生まれた。

「ん?俺、自分の名前言ってたっけ?」
『ああ、そういえば…自己紹介したっけ?』

自然と交わした挨拶だったから直ぐには気付けなかったものの、彼は自分達の名前を知っているような口調でいた。天馬と悠那はそこで顔を見合わせて首を傾げる。まあ何であれ、彼との約束を果たす為、今度の試合も必ず勝たねばならない。
すると、近くに居た冬花が呆れたように小さく溜め息を吐いた。

「しょうがないわね…ごめんなさいっ、迷惑かけてしまって」
「い、いえ!全然っ」

迷惑と言っていい程迷惑をかけられていない。いや、確かに押し倒されたし、さっきも盾にされたし…やはり許すまじ太陽少年。とは思うもののさすがに冬花の表情をこれ以上曇らせたくないし、何より応援された身だ。何も言うまい。
すると、冬花は安心したように笑みを見せてきた。

「あのお、すごく元気に見えましたけど…本当に病気なんですか?」
『サッカーも普通に出来てましたよ?』
「ええ。雨宮太陽君と言って、今検査入院しているの」

これは驚いた。まさか彼の名前が本当に太陽だったとは。太陽みたいな人ではなく太陽そのものだったのか。どうりで太陽と呼ばれていても違和感がなかった筈だ。
そんな事はどうでも良く、どうやら彼は検査入院という訳で重い怪我とか病気で入院しているらしい。そこで二人は彼が何故あんなに軽く動けたのか分かった。

「検査入院…って事はそんなに重い病気じゃないんだ!良かった、太陽って言うのかあ」
『結構彼にあった名前だよね』
「うんっ」

これならいつか一緒にサッカーが出来る日は近いと思われる。そう近い内に。何故だかは分からないが、そんな気がしたのだ。天馬と太陽という先程の少年が走った先を暫く見やる。もちろん、そこにはもうあの太陽の姿が無い訳だが、嬉しそうに見ていた。
そんな二人がその方向を見ている中、冬花はどこか切なそうに、その先を見ていた。

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