部活も終わり、悠那と天馬と剣城は珍しく一緒に帰っていた。
天城の事もあり、部活内はぎこちなかったが皆はいつも通りのプレイを出来たと思える。輝も天城を心配してか、部活が終わった瞬間に早く帰っていた。
途中雨が降りだしたが、もう晴れている。濡れた傘をしまい、若干濡れているコンクリートの上を三人は歩いていた。何故この三人が一緒に帰っているのか。彼等の進んでいる道はとある場所に向かっていた。
それは…

『優一さん元気かな〜』

そう、剣城の兄である優一に会いに行く為。本当は剣城だけで行くと言っていたが、悠那が自分も行くとしつこく、挙句の果てには天馬も行くと聞かない。だから彼等は三人でいるのだった。
楽しそうに呟く悠那を真ん中に、天馬と剣城はそんな彼女を見て優しく見守る。そこで剣城はたまにはいいのかもしれないと、考え始めた。そう思うのは何となく気恥ずかしかったが、これは兄さんの為だと必死に思い込んだ。
不意に、剣城の脳裏には今朝の練習の時の二人のやり取りを思い出した。

「…今朝、何の話してたんだ?」
「今朝…?ああ、あれね。あれは…」

思わず聞いてしまった。きっとこの事を聞いてしまったらこの和やかな空気は変わってしまうと思っていた。だけど、それでも剣城は気になった。悠那が自分の知らない間に傷ついたのではないかと。少し前までの自分なら全く気にもしなかっただろう。むしろその逆の事を考えていた。嘲笑すら出来る。いつから自分は悠那に対してこんなにも過保護みたいになっていたのだろうか。
すると、今まで自分達の一歩先を歩いていた悠那が足を止めた。それを見て、天馬も小さく「ユナ…」と呟き、彼女を心配そうに見やる。

『京介と天馬には…ちゃんと整理が付いたら話そうと思ってた。私自身が分からないままだと余計に混乱させちゃうから』

だって、二人は大切な幼馴染みなんだから。とこちらを振り返って笑う悠那。
それを見た瞬間、剣城はまた自分はバカな事を言ったなと思えた。しかも、天馬もまたあまり彼女の事を知らされていないらしい。そう理解出来た時、理不尽だが“良かった”と安堵している自分が居た。
自分より彼女の事を知っている天馬を、どこか羨ましいと何でどうしてと、妬んでいた。そこで自分はやはり彼女に対して過保護なんだと思い知らされた。やはり、自分は彼女の事が――…
彼女も彼女なりに混乱しているのだろう。その証拠に彼女の手は強く握りしめられている。

「うん、待ってるよユナ!」
「お前が話したくなった時に聞いてやる」
『うわっ、京介えらそー』

とニヤニヤしながら剣城の事を冷やかす悠那。そんな彼女を見た剣城は呆気に捕らわれるも直ぐに平然を保ちだし、うるせえと自分より低い位置にある彼女の頭を鷲掴みする。
そして、そのままわしゃわしゃと彼女の髪を乱すかのように撫でた。
そんな彼の行為に、天馬も悠那も呆然とするしかなかった。

『京介が…』
「撫でてる…」
「な、何だよ…」

予想外だと言わんばかりに天馬と悠那は顔を見合わせる。そんな二人を見た剣城は悠那の頭から手を離して怯んだように一歩下がった。
悠那は乱れた髪を元に戻しながらもう一度剣城を見やる。すると、そこにはまだ分かっていないような顔をしてこちらを見ている剣城の顔。そんな間抜けそうな表情にもう一度天馬と顔を見合わせてプッと吹いた。

『なんか京介らしくないよっ、ていうか今のお兄さんみたい!』
「確かに!剣城って結構面倒見良さそうだし!」
『今度から京介お兄ちゃんって呼んであげよっか!』
「っな!?」

ここでようやく自分が今彼女に何をしたのか分かった。だが、だからと言ってここまで笑われるものなのだろうか。目の前で可笑しそうに笑っている二人を見て剣城の頬は真っ赤になっていく。色白な彼にとって、それはすごく目立つ事でそれを見た二人は更に「照れてる!」と笑いだす。そこで剣城はやはり連れて来るんじゃなかったと後悔した。
今怒鳴ってもこの二人には意味がない。剣城は笑ってる二人を置いてそそくさと先を歩いて行く。

『あ、待ってよ京介!』
「付いてくるな」
「笑って悪かったって!剣城ー!」

そこから二人は病院に着くまでずっと剣城に謝っていた。

…………
………

315号室に着いた時、そこには誰も居なかった。その理由はこの時間帯の時は優一のリハビリの時間だったから。
まあ、その事を知らなかった悠那は「優一さんが居ないよお!!」と涙目になりながら言っていたが。丁度廊下を通った看護婦に事情を説明してもらってスゴイ羞恥を感じていた。今度は悠那の方が顔を赤くしており、天馬は病院の中にも関わらず腹を抱えて笑い、剣城もまたざまあみろと言わんばかりに鼻で笑っていた。
そんなこんなで今度は悠那が拗ねており、天馬が必死に謝っていた。

「ごめんって!」
『知らない』
「だって、ユナが可愛かったからっ」
『っな…!?』

プククッとニヤけながら言う天馬は説得力がない。ないにも関わらず悠那の頬は先程よりも赤くなっていく。前も思った事があるが、天馬はどこでそんな口説き文句を覚えてきたのだろうか。天真爛漫な彼は、純粋な彼は、実は黒いんじゃないか?と思考が駆け巡ってきた。
だが、彼はきっと天然でこういう事を言っているのだろう。天然って怖い。

『あ、ああ…!京介!優一さん居たよ!』
「(逸らされた…)」

看護婦にどこでリハビリをしているのかを聞いてそこへ向かった三人。
天馬からの視線を外し、自分の視界に映った優一の姿を見逃さなかった悠那は直ぐにそう剣城に言い、彼の肩をバシバシと叩く。いきなり叩かれた剣城は嫌そうに顔を歪ませるものの、直ぐに視線を優一に向ける。
天馬も見習い、そちらへと視線をやった。場所は運動ルーム。そこには男の看護師に見守られながら必死に動かなくなった足で歩こうとしている優一の姿があった。

『ほら、京介行ってきて』
「っな…」
「そうだよ、お兄さんの近くに行ってあげなよ」
「…ああ、」

天馬と悠那に背中を押され、剣城は運動ルームに足を一歩入れてしまう。何をするんだと言わんばかりにこちらを振り返ってきたが、二人の言葉に剣城は直ぐに返事を返し中へと入って行った。
優一は剣城の姿を見るなり、苦痛そうだった表情をいつもの優しい表情に戻して笑みを浮かばせる。そんな兄の姿を見た剣城は少しだけ表情を曇らせたが、彼もまた優しそうな表情を浮かばせて見せた。
目の前で写る兄弟の姿。悠那は最初こそ嬉しそうに見ていたが、徐々に表情を曇らせた。

『(私にも、兄妹が居たらこんな感じだったのだろうか…)』

逸仁の話しを不意に思い出してしまった。
少し前の自分だったら、この光景を黙って喜んでいた筈なのに、今はこればかりだ。兄妹が居る証拠はない。いや、あるがこれが本物という事をそう簡単に信じられる訳もない。だが、居ないという根拠も今になってはなくなってしまった。

「くっ…」
「兄さん…!」
「…弟が頑張っているんだ、俺も負けてはいられないっ!」
「!」

リハビリに再開しだした優一。だが、やはり苦痛だったのか、一歩一歩歩く度に顔を歪ませる。そんな兄の姿に剣城は心配そうに声をかけるも、兄は剣城がまた謝って来ないようそう告げた。その言葉が今の剣城の心にどれだけ響いたのか。それは剣城には分からない事だが、彼の表情を見て、もう自分を思いつめていない事に気付いた。
今は、それだけで十分だった。

「良かったな、剣城。ね、ユナ」
『……』
「ユナ…?」
『ねえ、天馬』
「?」

そんな兄弟の姿を見た天馬は嬉しそうに呟いた後、自分の隣に居る悠那にそう声をかけた。だが、悠那は天馬の方を向かずにただ黙って兄弟の姿を見ている。そんな彼女を見た天馬は不思議そうに彼女を呼べば、今度は返答があった。

『私に本当のお兄さんが居たら、あんな風になれたかな』
「ユナ…」
『何でもいいんだ。兄妹って形なら。
お互いを思いやっている京介達みたいな関係でも、総介さんと快彦君達みたいな喧嘩関係でも、信頼しあっている春奈姉さん達みたいな関係でも』

もし、自分にお兄さんが居たのなら、あんな風に笑っていられるのだろうか。
そう小さく語る悠那の表情は不思議と穏やかだった。悲しさを感じているんじゃない。確かに悠那はあの剣城兄弟を見て笑っている。良かったねと、喜んでいるんだ。

「どこのきょうだいだって、皆そうだよ」

俺には兄弟なんて居ないけど、確かに隣に居る女の子とも兄弟みたいに思っている。たまにそれが虚しいと感じる事もあるが、ちゃんとした家族なんだ。
そう悠那に言えば、クスッと小さく笑って「そうだねっ」と返した。
暫く、彼等の姿を見ていたが兄弟水入らず。天馬と悠那はその場から離れた。

…………
………



prevnext


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -