頭の中は未だに混乱してて、直ぐにはやっぱり受け入れがたかった。今まで自分の過ごしてきた日常が、裏ではこんな悲しい事が起こっていたなんて。
想像もしていなかった。そして、そんな事を知らなかった自分の無知さに嘲笑さえ出来た。
自分が京介と優一とサッカーしていた時も、今までイタリアでフィディオと出会った時も、円堂達と知り合った時も、日本に戻って天馬と葵と仲良くなった時も。
自分が笑っていられたのは、全て上村裕弥――いや、谷宮裕弥が顔も知らない妹である自分の為に動いていた。それを知らずに、自分はヘラヘラと笑い、顔も知らない兄は毎日を作り上げた笑顔と共に苦しんでいたのだ。

『……っ』

あの後、もう眠いやと言った天馬が部屋に戻っていき、逸仁さんもまたそんな天馬に付いていくように私の部屋を出た。この時間帯は天馬も私も起きている時間。きっと天馬なりに気を使ったのだろう。目を擦る素振りまで見せて本当に天馬は純粋なんだと思えた。逸仁さんもそんな天馬に乗ったのだろう。私は気が付かないふりをして二人が部屋を出ようとするのを見送る。
二人には気を使わせてしまった。特に天馬。
天馬は訳の分からない私達のやり取りを耳にしてしまい、状況があまり掴めないまま私に気を使わせてしまった。
そして、それ以上何も聞かずに眠いと一言言ってこの場を立ち去った。これが天馬の優しさなのだ。
涙で視界が霞んでいく。自分も今日は天馬の優しさに甘えて寝よう。この手に残されたカードとピアス。
それをもう一度見た後、私はベッドへと潜り込んだ。

…………
………

『「え、帰っちゃったの?」』

思わず天馬と声を合わせて言った。誰がと聞かれればご察しの通り、あの壱片逸仁の事。
いつもと同じ時間に起きて制服に着替えて朝食を食べようとすれば、天馬が焦ったような驚いたようなそんな表情で自分の部屋から出てきて悠那と秋に「逸仁さんは?」と聞いてきた。確か逸仁は天馬の部屋で寝た筈だ。それなのに、今は天馬しか部屋から出てこない。おかしいな、と疑問符を浮かばせていれば事情を知っていた秋が「帰っちゃったわよ」と告げた。

「ええ。耳もすっかり治ったらしくて、自分の役目は終えたからって」
『役目…』

それはつまり、自分にあの過去の出来事とあのカードとピアスを授ける事。
逸仁は上村との約束を果たしたが為、自分達に何も言わずに去ってしまった。
今まで分からなかった事が昨日で一つの線として繋がった。そして、自分の事も。今改めて思い返しても、逸仁という人物は不思議な人だ。
おかげで、今の自分の頭の中はまだ混乱している。
自分には二つ離れた兄が居て、そのくせお互いに顔も知らなくて、でもその兄は妹である自分を守ってくれてて、でも自分の限界を感じた兄であろう上村裕弥は自殺した。そして、その裕弥の友人であった逸仁が彼のやりたかった事を受け継いで、自分の目の前に現れた。
知らなかった。自分がヘラヘラしている中、こんなにも苦労している人間が居たなんて。

「ユナ…また会えるよ!よく分かんないけど、俺ユナの事まだよく分かってなかったんだね」
『天馬…それは私自身そうだよ』

自分の事すら未だに分かっていなかったのだから。そう告げる悠那は苦笑気味に自分の前髪をくしゃっと掴む。その姿が天馬にはどう見えていたのか、天馬は悠那の頭にそっと手を伸ばして自分より背の低い位置にある彼女の頭を撫でた。
そんな彼の行為に、悠那は前髪を掴むのを止めてそっと天馬の方へと目線を上げる。彼女の大きな瞳に写ったのは、天馬の真剣そうだが強い眼差し。不器用ながらも自分の頭を撫でているのは紛れもない天馬の暖かな手の平だった。

「ユナは約束したよね、もう無理はしない、一人で背負わない、俺を…皆を頼るって」
『うん…』
「俺も無理強いはしないけど、ユナの苦しんでる姿見るのは嫌なんだ。俺達は仲間でしょ?迷惑かけてよ」

ね?と首を少し傾けてこちらの様子を伺う天馬。そこで、悠那は気付いた。
ああ、そうか。自分は今まで天馬に、仲間である皆に迷惑をかけたくないばかりに悩み続けていたが、それが皆にとってはどこか一線を引かれているみたいだったんだ。自分達は頼られていないと思っていたんだ。自分では頼っているとばかり思っていたが、皆からしたら頼られていないようにしか見えなかったんだ。
迷惑をかけてこそ、仲間である証拠なのか。
それは確かに躊躇もあるし、度が過ぎるのもいけないが、一人で悩むよりも皆で悩んだ方がいいんだ。

『ありがと天馬』

そう笑みを浮かばせながら言ってみせれば、天馬は満足したように頬を緩ませて笑った。
天馬は、気付いていないかもしれないけど。これでも結構私は頼っているつもりなんだよ。
小学校の頃も、天馬のおかげで楽しかったし友達も増えた。サッカーも好きでいられた。
天馬には感謝しきれない程、頼っているんだ。

「っさ、お喋りはここまでにして、早く朝食食べてね二人共っ」
「あ、そうだった!学校学校!」
『ごめんね秋姉さん!急いで食べるから!』

いつもよりかは早く起きていた為、まだ間に合う時間だが天馬と悠那はパジャマ姿から制服に着替えてテーブルに置かれていた自分達の朝食を急いで口に含んだ。
そんな彼等の姿を見た秋は呆然とするも、直ぐに小さく笑みを浮かべて二人の傍にあった椅子に座り、微笑ましく見守った。

『「行ってきます!」』
「行ってらっしゃい」

いつもと同じ光景。
だけど今だけは、秋にとっていつもよりも輝かしく見えてしまった。
確かに天馬と悠那は似ている。まるで合わせ鏡みたいに。だけど、これはれっきとした二人の個性なのだ。
そんな似ている二人の背中が、輝かしかったのだ。


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