時間的にも暗くなってきた頃、木枯らし荘にはまだ逸仁は痛む耳を抑え込んでいた。
先程よりも電流の流れが遅くなってきている。それが証拠に血も流れてきていない。だが、痛む事には変わりなかった。
そんな逸仁を見て、秋は「今夜は泊っていきなさい」と逸仁に言い、逸仁は天馬の部屋で泊っていく事になった。それを聞いた天馬はそれはもう心底嬉しそうに逸仁にどうやったら上手くなるかや、南沢が元気かを今から聞いていた。まあ、南沢先輩のくだりに対しては「ムカつく程に元気だよ」と嫌味っぽく言っていた。そして、相変わらず内申書がどうのこうのと前よりはマシだが言っているらしいが。

「っお、そろそろ治ってきたな」
「本当ですかっ?良かったあ…」
『あとは血が止まるだけですねっ』

痛みがなくなってきた事と、電流が段々止んできた事を口に出せば天馬と悠那の安堵の息。
和やかな空気だったとはいえ、逸仁の痛みを紛らわす為に話し込んでいたのだ。どうやら、その効果があったかは知らないがようやく逸仁の耳の痛みは引いたらしい。
安心する二人を見て、逸仁は拍子抜いた顔をするもフッと直ぐに笑みを浮かべ両手を二人の頭に乗せた。

「あんがとよ、心配してくれて」
「あ、いえ…痛む逸仁さんに出来る事はこれくらいしか出来ませんし…」
『それに、ここまで痛くさせたの私の所為だし…』

確かに逸仁の事を知りたいとは思ったが、こんな結末を求めていた訳じゃなかった。簡単に人の過去に深入りするのはよくない。
肩を落とす悠那に、逸仁は二人の頭から手を離して悠那の肩に自分の手を置く。

「いいか。これは俺が自分で選んだ道だし、俺が言いたかったら言っただけだ。お前の所為でもないし、ましてやこのフィフスの所為でもない」
『……』

返答も出来ずにただ顔を俯かせる悠那。確かに話し始めたのは紛れもない逸仁だ。自分はそれを聞いていただけ。けど、もう少し彼のピアスの意味とピアスの罰が発動している事に気付いていればこんなに痛まずに済んだ事だろう。

「これは、俺が俺自身に下した罰。いや、上村が俺に与えた罰だ。
いつまでも他人を信じられず、自分を隠して上村の代わりになろうとかそんな事ばっか思っていたからこんな道しか選べずに居た。
けど、あのアフロディさんや総介の言葉で目が覚めた、かもしれない」
「アフロディと総介…さん?って…」

天馬はこの話しの内容には付いていけていなく、一人で疑問符を浮かべていれば逸仁が話しを一度区切って「俺、前までは木戸川だったの」と天馬に教えた。そこで何とか納得した天馬はこれ以上自分は逸仁の話しの邪魔はせずに黙っていようと口を固く閉ざした。

「まだ、話しの途中だったな」
『逸仁さん…?』

まさか、まだ話すつもりなんじゃあ…と不安に駆られた。また彼があの口であの時の話しの続きをしようとしているんじゃないか。そしたら、やっと電流も耳の痛みも治まったというのに意味がない。
思わず逸仁の方へ視線を上げれば肩にあった逸仁の手がまた自分の頭に移動した。
心配するな、俺なら大丈夫。
そう目で言っていた。

「お前には、隠していた事があった。隠し過ぎて、どれを順番に話せば良かったのか俺でも混乱してたし、言ってもいいのかとも悩んだ」

だけど、もうそれは止める。と逸仁はそう告げて、真っ直ぐに悠那を見た。
そして、次に彼の口から出たのは――…

「お前には…悠那には兄貴が居るんだよ」
『…え、』

その言葉に、悠那どころか傍で聞いていた天馬も思考が止まった。だけど、知らず知らずの内に悠那の大きな目は徐々に開かれていき、唇も震えながら開けていく。間違いなく彼女は動揺していた。
自分の予想していた通りの反応に、逸仁は自分に嫌気がさした。本当は上村はこんな事を望んでいなかっただろう。何も知らずに彼女には生きていてほしかっただろう。けど、それでは深入りしてしまった逸仁にとっては吐き気がする程気分が悪かった。

『何、言ってるんですか!嫌だなあ、逸仁さん!私今まで一人っ子としてこの13年間過ごしてたんですよ?そんな事――…』
「信じられねえよな、何せ俺は今まで嘘を数えきれない程ついてきた。
けどな、これだけはどうしても信じてくれ。そんでもって、その上村がお前の兄貴なんだよ」
『う、嘘だ…』

違う、嘘なんかじゃない。いや、嘘だ。嘘に決まってる。逸仁さんは冗談がきつい。いくらこの緊迫した空気を変えようったってこれは無理矢理すぎる。
お願いだ、嘘だと信じさせて。こんな、こんな結末を待ってたんじゃないって、信じさせて。

「上村は、お前が生まれてきた時に病が発病して早くも親と離ればなれになった。暫くは谷宮裕弥として生きてきたが、苗字を上村という自分のおばあちゃんの苗字に変えて今までシードとして動いてきた。
妹の為に、フィフスの為に苗字を捨てたんだ」

そして、上村が今までやりたかった事。それは妹にこのカードを託す事だった。
最初は逸仁の元に辿り着いたこのカード。上村の事実を確かめていれば、上村は逸仁に自分の代わりに妹を守り、このカードを渡してほしいと頼んできたのだ。
もう自分の役割は遂げようとしている。上村の妹である悠那に、このカードとピアスを授けよう。
上村の過去は全て妹の為だった。逸仁の自己解釈では、上村は自分の体がフィフスの訓練やらに付いていけないと分かっていたのか自分に任せたのだろう、と考えていた。
あとは、悠那がどう出るかによる。ゴクッと逸仁は静かに生唾を飲み込んだ。天馬もまた異様な緊張感を黙って悠那の方を見やる。

「ユナ…」

悠那はただ黙って差し出された逸仁の手の上にあるカードとピアスを見やる。
天馬や逸仁も緊張感を漂わせているが、一番緊張しているのは悠那本人だった。今日逸仁からたくさんの事実を話され、頭の中が整理出来ていない内に自分に答えを求めてきたのだ。上村という人物が本当に自分の兄なのかすらも分からないのに、分かっていないのにこんな大事な遺品を貰う訳にはいかない。
それは今まで辛い事があっても耳が痛くなっても構わないと言っていた逸仁にも、顔も知らぬ妹の為に自殺を計った上村裕弥にも、今この場でどういう状況か分かっていない天馬にも悪い。
自分は今、どう答えればいいのかすら分からない。

『わ、私は…っ、分かりません…
そのカードとピアスを貰ってもいいのかも、全ての話しを信じていいのかも、疑ってもいいのかも…』

自分では分からない。
そう告げると、悠那の目からは小さな雫が流れてきた。瞬きをしなくとも流れてくる彼女の涙に、悠那自身も天馬もそして逸仁も目を見開いた。
別に悲しくない。いや、きっとそれもあるだろう。悲しくて、寂しくて、訳が分からなくて、嬉しくて、信じたくて、疑いたくて。矛盾した気持ちが脳裏を刺激して思考をダメにしている。頭が上手く回らないと人間というのはどうも脆く作られているらしい。いや、それとも悠那がただ単に弱かったのかもしれない。

『何で…泣いてんの私…』

もう分からない。

「わ、悪い…やっぱりこの話しすんの早かったか…っつ」

ふと、自分の視界からカードとピアスが消えた。不思議に思い視線を上げると同時に聞こえてきたのはバチッという静電気のような音。ああ、まただ。また逸仁のピアスが自分を主張している。きっと今の話しも話しちゃいけない内容だったんだ。
痛みに顔を歪ませている逸仁を暫く見ていれば、逸仁は苦笑しながら耳を抑えた。

「大丈夫だ」
『……』

辛い筈なのに、痛い筈なのに、逸仁さんはこうして笑顔を向けてくる。
大丈夫だと言っているが、もう耳は限界まで来ているのだ。せっかく血も止まったのにまた流す事になってしまうなんて。
今、自分が出さなきゃ。ここまでしてくれているのに、逸仁さんはこの時が来るのを待って、今まで我慢してきたんだ。自分の優柔不断さに嘲笑すら出来る。
悠那は一度震えている唇を強く噛み締めて落ち着いた所で、もう一度逸仁へと視線を合わせた。

『あの、貰います。カードとピアス』

信じられないのなら、信じれるように自分が努力すればいいじゃないか。訳が分からないのなら、自分で調べればいいじゃないか。疑いたいのなら、たくさん疑えばいいじゃないか。
悠那の目は真っ直ぐと逸仁にいっており、逸仁はその目に思わず目を見開かせた。
彼女の目は涙を流した所為か、多少潤んでいたがどこか勇ましさを感じており自分を見据えている。
そんな彼女の目を見た逸仁は開けた口を閉じ、ふっと口角を上げた。

「無理しなくていいんだぜ?」
『いえ、無理とか関係なしに。貰います』

と、逸仁の手元にまだあったカードとピアスを受け取り、それを黙ってジッと見やる悠那。
それを見て、傍で心配そうに見ていた天馬も小さく微笑んで見せた。

…………
………



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