目の前にはもう見慣れてしまったであろうアパート。自分の隣には先程から苦痛の声を上げて耳を抑える先輩。辺りは茜色を保っている空。
悠那と逸仁は今、木枯れ荘というアパートに来ていた。その理由がこの耳元でまだバチバチッとピアスが電流を流して逸仁の耳を傷めつけている事。ただ痛めつけているだけならまだ大丈夫だったらしいが、さすがに血が出てしまうと処置に困る。何より見ていてこちらも痛々しく見えてしまう。だから、木枯れ荘に来た。

『あの、まだバチバチ言ってんですけど…大丈夫ですか?』
「んー…感覚が麻痺ってきたかもなァ」
『それ大丈夫じゃないですね』

血が出ていた部分は悠那の持っていたハンカチで抑えいる。ハンカチはどれだけ血で濡れているのだろうか。そして自分は何度ハンカチを血で濡らせば気が済むんだ。このハンカチは自分で洗おう。
などと頭の中で考えながら悠那は逸仁の数歩先を歩いていき木枯らし荘の扉を右に引いた。

『ただいまー』
「っあ、お帰りユナ!ちょうど秋ネエが夕飯作り終えた所だったんだよ」
『じゃあベストタイミングっ』

ラッキー、と指パッチンしながら奥の廊下から現れた天馬と言葉を交わす。そんなやり取りをしていれば、キッチンの方から顔だけをこちらに見せてきた秋がこちらに向かって笑みを浮かべてきた。

「お帰り悠那ちゃんっ、手洗ってきてね」
『あ、うん。その前に救急箱ない?』
「救急箱?またどこか怪我したの?」
『あ、いや…てかまたって…』
「悠那ちゃんは天馬より怪我する確率が多いから」
『だ、大丈夫だって!』
「ユナの大丈夫はあんま充てにならないよ」
『やかまし』

何なんだこのコントは。そんなに自分は怪我をしてきたのか、と改めて自分の怪我っぷりを恨んだ。
まあそんな事はどうでも良く、と悠那は自分の後ろに怪我人が居る事なので秋に救急箱を持ってきて貰うと、後ろで随分待たせているであろう逸仁に振り返った。

『逸仁さんとりあえず入ってきてください』
「お前等結構楽しそうだな…」

玄関の方で言葉を交わせば、逸仁は苦笑じみた笑みで木枯らし荘の中へと入ってきた。
そんな彼の登場を見た天馬は目を見開き、秋もまた面識のない人物に疑問符を浮かべていた。

「逸仁さん!?」
「うっス、松風天馬君」

最初は目を見開いたものの、直ぐに笑みを浮かべる天馬。直ぐに天馬は悠那の立っている位置まで歩み寄ってきて、逸仁を見上げる。確か天馬と逸仁が最後に顔を見合わせたのは白恋中との試合の時だ。そういえば、中学に上がってあんな怪我したのはあの時が初めてかもしれない。

「悠那ちゃんのお友達?」
「まあそんな所ッス」
『私じゃなくって、この人が怪我を…』

と自分より前に立たせて逸仁もまた観念したようにハンカチで抑えていた耳を秋と天馬に見せる。ハンカチを外した瞬間、ハンカチには少し逸仁の血が付いており、逸仁の耳には未だにバチバチッと電流が逸仁の耳を傷めつけている。それはついに逸仁の耳の感覚を奪っており、麻痺までもをさせているではないか。
手を添えたいが、その電流は触った瞬間に関電してしいまう可能性がある。
また痛そうに歪む顔に天馬と秋はまた目を見開いた。

「どうしたんですかこれ!」
「大変…!」

と、秋がその傷をよく見ようと逸仁の顔を両手で添えて逸仁の耳を見る。そんな秋の行動に逸仁は頬を若干染めるもバチッと電流が流れた瞬間、痛みに悶えてしまう。どうやら感覚が麻痺しているとはいえ、痛みはまだ襲ってくるのだ。

『あの、とりあえず私の部屋に…』
「すまねえな…」

スリッパを取り出し、逸仁に差し出して中に入るよう言う。逸仁もまたそのスリッパに履き替えて木枯らし荘の中へと入っていく。悠那も秋から救急箱を受け取り自分の部屋へと逸仁に案内をする。
そんな二人の様子を見ていた天馬は不安げな表情になりながら、天馬もまた悠那の部屋へと乗り込んだ。

…………
………

『とりあえず、ピアスが外せない以上どうする事も出来ないんで綿を付けとくしかないんですけど…』
「いや、これだけで十分だ。さんきゅ」

天馬の部屋とはまた似ている部屋。だが、女の子の部屋をしておりそこら辺にぬいぐるみやら小物やらが置いてあり、綺麗に整頓がされている。
そんな部屋に消毒の匂いが漂っていた。それなりに消毒を染み込ませたその綿を逸仁の耳に付けるだけ。血は先程よりも引いてはきているが、やはり電流はまだ流れ込んでいる。よくもまあこれで今まで話しが出来たものだ。自分だったらきっと痛みに悶えているだろう。綺麗に見えるピアスも触れれば電流。まるでバラの法則みたいだ。
触れるに触れられない、何故なら棘が付いているのだから。

「あの、そのピアスって一体…」
『あ、それはー…そのー…』
「いいよ、別に話しても…っま、俺の口からじゃもう言えねえけど…」

天馬もまた悠那の部屋の中に入っており、逸仁の怪我の具合を見ながら二人の会話から度々出てくるそのピアスの事が気になっていた。普段あまり耳は怪我するような場所じゃないが為、天馬も気になっていたのだろう。そして、何よりピアスが外せないという意味の分からない理由でちゃんと手当が出来ないという事もまた天馬の頭の中を疑問符で埋めた。
天馬もそんな深入りするつもりはなかったのか、話したくないのならと自分から見を引いている。

『あの…私の口から言える事じゃないと思うから、このピアスの事だけでも話すよ』

いくら逸仁から話してもいいという許可を得たとしても、自分ではない他人の過去をそう易々と言える訳がない。そう考えた悠那は何故ピアスが外せないのか、何故逸仁が話せる立場なのかを出来るだけ詳しく話した。
このピアスはフィフスの人間である証拠。そして、それを外に漏らす事がないよう公言されそうになれば電流が流れる仕組みになっている。そして、逸仁が何故耳を負傷しているのか。それは、先程まで悠那に自分がシードになった経緯を話していた事により出来たものであると。

「逸仁さんがシードになった経緯…」
「悪いな、松風天馬君。今の俺にゃあ、もう話せる事は限られてるんだ」

この電流は明日になれば少しは収まる筈だけど、天馬君に話せるようになっているのかは分からない。そう告げると、逸仁は天馬の頭に手を伸ばしてわしゃわしゃっと撫でる。いきなりの事で驚くように目を見開くが、天馬は直ぐに逸仁を真っ直ぐに見た。

「いえ!俺は逸仁さんがどういう理由でシードになったか分かりません。でも、逸仁さんはサッカー好きなんですよね?」
「……」

――サッカー一緒にやろうぜ!逸仁!

ああ、俺はこの笑顔を知っている。コイツじゃないけど、知っているんだ。眩しくてけどそれでいて弱弱しい…そう例えるなら、木漏れ日のような日差し。小さな光なんだ。
そんな笑顔で、俺にそう誘ってきたのは間違いなく上村だったんだ。

「そうさなァ、結構好きになれたかもしんねえ」

今までサッカーを好きになった事なんてなかった。楽しいと感じた事もなかった。そりゃあ小さな頃に何回かサッカーで遊んだ事はあったが、そんな思いすらも忘れるくらいにシードとして動いてきた。サッカーも嫌いになりかけていた。サッカーをして、良かった思いをする事なんて無かった。
けど、今なら少しでも好きになれたと、言える気がした。
だからこそ、俺はこの思いを忘れちゃいけねえ。上村の思いを、上村との約束を守らなきゃいけねえ。

「なら、俺は逸仁さんのその気持ちを信じます!」
「…っは、何つーかお前さ…単純っ、面白いわ」

やはりこの天馬という人物と悠那という人物はよく似ている。似ているが、全く似ていない。

「なるほど、フィフスの奴等がお前等の事を“鏡”って言うのも無理ないな」
『「鏡?」』
「そう、鏡。っま、鏡って言うより合わせ鏡みたいな感じか?」

それは僅か数か月前の事。
剣城が雷門中の入学式の日に雷門サッカー部を潰そうとしたあの日。黒木の報告書に“鏡みたいに似ている選手が居た”と書かれていたらしい。聖帝は直ぐに目を付けた、その二人。だが、それは黒木から広まった訳じゃない。雷門と試合をしたあの選手達が「気持ち悪い程に似た性格をした人物が二人居た」と噂をしていた。
そこからだ。シードの間にその名が広まったのは。

「俺も実際会ってみたいと思ったね。“そよ風みたいな少年”と“気まぐれな風みたいな少女”に」

松風天馬と谷宮悠那にはたくさんの異名があった。
鏡やら、鏡の片割れやら、二つの風――そよ風と気まぐれな風、そして合わせ鏡。

「俺達の知らない所で…」
『喜んでいいのか、悲しんでいいのか…』

逸仁の話しを聞いた二人は直ぐにお互いの顔を見合わせる。お互いの瞳に写る自分。そんなに自分達は似ているのだろうか。そして、そんな噂が広まっているなんて思ってもみなかった。
数秒見合わせていた二人は段々気まずくなってきたのか、ふいっと顔を反らして天馬は頭を掻き悠那は頬を指で掻く。
恥ずかしいのか、気まずいのか、喜んでいるのか、虚しいのか。どう感じても彼等の噂はやはりあっていた。
似ている、だけど似ていない。こういう照れ隠しの仕方も似ているようで似ていない。

「――胸張ってりゃァいいんじゃないか?」

少なくとも元シードの奴らは、お前等を認めている。
この俺も、恥ずかしながら羨ましいと思ってんだかよ。




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