どこかで聞いた事のある話しだった。
それはまだ自分が小学生の頃、テレビのニュースでやっていた。

“中学校で自殺を計った生徒が!?”そんな感じのニュースだった。学校名は覚えていないが、確かにその事件は二年前の事だった。
もしかしたら、その生徒が上村という人物だったかもしれない。

『どうして、いきなりこの話しを…?』

ずっと気にかかっていた事。自分自身の事を話してくれるのは誰だって嬉しい。それだけ信頼されているという事だし、もしかしたらこの人の為になれるかもしれないからだ。だがしかし、逸仁みたいな性格の人は相当な信頼が必要だ。何せ、彼は誰も頼らずに今まで一人で戦ってきているから。
それが、三、四回出会った自分に話すなんて珍しいというよりありえないのだ。おずおずとそんな事を聞いてみれば、逸仁は鳩が豆鉄砲食らったかのような表情をし、直ぐに真剣な表情に戻した。

「俺、月山国光に居る前は木戸川に居たんだよ」
『え?って事は総介さんや貴志部さん、快彦君と同じ…』
「っお、よく知ってんじゃん」

さすが一回戦ってただけあるな。なんて茶化されながら笑って見せる逸仁。

「総介達は皆俺の後輩。この間久しぶりに会ってきたよ」
『そうなんですか…』
「そん時、監督であるアフロディさんに言われたんだよ。
“他人の事を知ってて自分の事を明かさないなんて、不公平じゃないかい?”ってよ」
『照美兄さんが…』

その時、俺ァ今まで勘違いしてたかもしれない。今まで俺の過去とか知りたがる大人達はかなり居た。だが、その理由は俺の事を利用したいが為に聞いているんだって。
だから、あのアフロディって監督にそう言われた時は唖然としたね。あんな事言う大人は初めてだ。

「上村が死んだのも、俺がシードとして動き始めたのも木戸川だった。
少し前の俺だったら嫌な思い出しかない所だったから来たくなかったけど、今の俺なら大丈夫かなと思ってさ」

行ってみたら案の定、総介達には喧嘩売られた。
だけどそれも仕方ない事だし、今更アイツ等に向かって謝れる訳でもない。謝ってしまったら自分のしてきた事を拒絶するみたいになるし、何よりアイツ等を裏切った事を認めてしまう。いや、裏切った事には変わりないだろう。

「俺は一度として、木戸川の為にフィフスの為に動いた事はなかったからよ」

だから恨まれようとも、仕方ないとも思えた。
そう言うと、逸仁は自分の前髪をくしゃっと掴んだ。情けなくなってしまったのだろうか。自分がこれしか言えない事を、これしか行動に起こせない事を、誰かを悲しませる事しか出来ない自分を。
どんな思いで今までを過ごしてきたのか、彼の心は表情に出ていないだけで、ボロボロだった。

「結局、アイツ等には何も言えなかった。このピアスがあるし、何より自分の学校でそんな事件があったなんて教えたくなかった。それに、俺のやらなきゃいけない事も」

そこで、悠那は思い出した。確か月山国光との試合が終わったあの時、雷門の皆に向かって自分がシードだと告げ、シードになった理由を曖昧ながらも伝えてくれた。それが“やらなきゃいけない事”。
前までの自分だったら意味が分からず頭を悩ませていたが、今なら少しだけ分かったかもしれない。

『上村さんの妹の為…?』
「…それもあるな。けど、もう一つあったんだよ」

と、そこで先程ポケットにしまったであろうライセンスカードをまた取り出した。悠那の物より少しだけデザインがシンプルになっている。裕弥のたった一つの遺品であり、逸仁も相当大切に使っていたのだろう。悠那が使っていたカードよりも多少ボロボロだが、自分のよりもキラキラ輝いているみたいだ。剣城から貰ったあの折り鶴みたいに。すると、もう一つのポケットからまた違う物を取り出した。金色に輝くそれ。それは、逸仁の耳にしているピアスとよく似ていた。
それらがどうかしたのだろうか、とそれを見ていれば逸仁は一度そのカードとピアスを力強く握った後、悠那の前へと差し出してきた。

『え…?』
「お前にやる」
『はい…?』

自分は何回頭の中に疑問符を浮かばせれば気が済むのだろうか。いや、この逸仁という人物はどれだけ自分に疑問符を浮かばせるんだ。こちらへ向かって差し出されたカードとピアス。
その逸仁の手にある物と逸仁を見比べていれば、逸仁はんー、と唸った後カードとピアスをまた自分の位置に戻した。

「上村がシードってのは話したな?」
『は、はい…』
「上村がカードを俺に託したのも」
『はい…』
「言い忘れてたけど、あいつ体弱い癖に化身使いだったの」

その言葉にまた目を見開いた。シードでも化身を持っていない人は居る。その例が海王学園の人達だ。海王の人達は浪川、井出、湾田以外の選手達は使えない。上村という人物は体が弱いと聞いたので化身を持っているイメージがなかった。体が弱いにも関わらず上村は化身を持っていたらしい。

『体が弱いのに、何で…』
「さァな、才能だろ。あいつ一応運動神経良かったし」
『で、でも…そんな状態じゃあ…化身なんて操れないんじゃ…』
「操れたんだよ。このピアスのおかげで」
『…あ』

そういえば、逸仁は最初に説明してくれた。そのピアスで二体目の化身を操れる事が出来ると。いや、そのピアスは二体目とか関係なしに操れるのだろう。
だが、その代わりにフィフスの事を外に漏らしてはいけないとされている。もし、上村がそのピアスをしていて化身を出していたとしたら納得が出来る。体の弱い上村でも操れるし、あまり負担にもならないだろう。それに、フィフスの事を友達である逸仁に話せなかったのも頷ける。

「っま、このピアスは俺がフィフスに内緒で手に入れたんだけど」

つまり、それも上村の遺品。

『でも、何でそれを私に…』

問題はそれだ。逸仁は上村と友達だから持っていても問題ないが、上村と無関係な自分に渡されても宝の持ち腐れになるだろう。確かにピアスがあれば扱えないだろうと思っていたフィアンマもコントロール出来るだろう。だがしかし、フィアンマは二度と使わないと円堂と約束したのだ。
簡単にフィアンマを使う事も、このピアスを受け取る事も出来ない。それに、何故ライセンスカードを差し出されたのだろうか。

「っつ…」
『逸仁さん?』
「ん?ああ、悪い悪い…ちょっと喋り過ぎたかもな…」
『何が…

…っ!』

急に表情を歪ませる逸仁。何かに耐えてるように見える。一体彼に何が起こったのだろうかと、視線を外せば何度かチラつく逸仁の耳元で光るピアス。そちらの方を見てみれば、再びチカッと光ったそれ。最初は反射して光って見えるのだとあまり気にしないようにしていたが、それはどうやら違ったらしい。
静電気が流れるように見えるピアス。電流が走っていたのだ。再びまたチカッと光る。逸仁の耳元は既に赤く腫れていた。

『耳が…!』
「平気だって…っつ…」
『どこが平気なんですか!…まさか、今まで我慢してたんじゃ、』
「最初はあんま気になんなかったんだけどな…」
『っちょ!じゃあ今までの話しちゃいけないって事になりますよね?!何やってんですか!!
うああ!またバチッて!バチッて!』
「いや、落ち着けよ」
『病院!いや、この場合は耳鼻科ですかね?!』
「いやだから落ち着こう!?何で電流流されてる俺よりお前が一番焦ってんの?!」

いつの間に出したのか、両手に持つ携帯をガタガタと震えながら逸仁の方を見る悠那。逸仁も自分の耳を押さえながら呆れるように悠那を見やる。何故彼女がここまで焦りの声を上げているのかが全く分からない。確かに耳に電流というのは痛いが、こんなに焦る程じゃない。確かに最初はあまり痛くなくて電流の強さが増しているのか、ついに顔を歪ませているがここまで焦る程でもない。

『焦りますよ!だって耳から血が出てるんですよ!?』
「血…?」

悠那に言われて、逸仁はそこで気付く。自分が触れていた耳からそっと手を離してその手を改めて見てみる。すると、そこには少量だが、確かに赤い液体が自分の手に付いている。電流には慣れてきたと思っていたが、初めて耳から血が出たかもしれない。それ程まで自分は必死だったのか、それとも痛みに気付かない程に話し込んでいたのか。
何しろこの痛みは初めてだ。

『早く病院に…!』
「いや、いい…病院に送られると色々と不便だ…っ」
『え?』

そう不便なのだ。今まで何度かこうして耳を傷めた事がある。その度に黒木って奴が聖帝に突き出したり、シードにとっては地獄の楽園であるあの孤島に連れ込まれた事があった。しかも病院なんて位置情報の分かってしまう所に行ってしまったら、今回はこのくらいの痛さで来た。またあの孤島に送られるに決まっている。
あんな狂っている場所に閉じ込められてたまるか。まさか、自分の過去、いや上村の過去を話しただけでこんなにもピアスが罰を与えてくるなんて思ってもみなかった。

「ちょっくら、匿って貰ってもいいかい?」
『はい?』

話しはそれからだ、そう告げた逸仁の表情は酷く怯えているように見えた。




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