俺がシードになったきっかけ。
きっと、他の奴等からしたら俺の理由はふざけてるとしか思えないって言っていい程かもしれない。他のシードはちゃんとした理由があってフィフスに忠誠を誓っていると思う。あの剣城だってそうだ。
だけど、俺にとってはそれだけの理由でこの約二年間、シードとして耐えられた。

「俺がシードになったきっかけ…その理由は俺の“ともだち”だったんだよ」
『友達…?』
「そう、友達。
俺の友達は中一の頃、シードをやっていたんだ」
『…え、』

まあそれを知ったのも俺が中学一年の冬頃だった。きっと、いやその前からずっとあいつはシードをやっていただろうな。そう例えるなら小学生の頃からとか、ずっと。元々あいつは生まれた時から体が弱かったらしいが、シードになったおかげでかなり体力がついていたらしい。何でも、優秀なお医者さんが治したとか、厳しいけどリハビリやら特訓やらで。

『(状況は違うけど、優一さんみたいだ)』

とある事件で足を怪我してしまった優一と、今逸仁から語られるその友達はどこか似ている。
どこがどうとか聞かれてしまえば答えにくいが、何となく似ているのだ。
もしかして、逸仁さんはその友達の病を治す為に京介みたいな道を歩んだのでは?そう一瞬悠那の頭の中を過った。だが、そんな彼女の思考は逸仁によって直ぐ違う物だとされた。

「っま、あいつは「どうせ長生きさせられているだけだ」とか言って愚痴ってたけど」

あいつの病気はそう簡単に治るものじゃない。いくら優秀な医者に頼んだところで病は完全に治る訳じゃなかった。いくら体を弄られて苦しい状態を抜け出してもどうせはまた苦しい思いをするんだ。だから、いつもその友達は「長生きさせられている」と口癖のように言っていた。

「そん時思った。ああ、コイツ誰よりも命の重さを知ってるって」

自分がどれだけ死にそうなくらいの苦しい思いして、また医者がその友達に手を加えればまた嘘みたいに元気に動けるようになってまた苦しくなる、その繰り返しだ。
あいつは小さい時からずっとそんな思いをしていた。

「だからだろうな。誰よりも明るくて元気がよくって、しつこかったんだろうな」
『しつこい…?』
「っそ。結構しつけえ性格してたんだよ。そいつ」

それは、俺が中一に上がった頃の話し。その時の俺はどこか冷めていて、本当にお前小学生卒業したてか?と自分でも思うくらいに仏頂面してて誰に対しても相手をしなかった。
いつも通りに家を出て、いつも通りに学校に行って、いつも通り授業を受けて、いつも通りに家に帰る。
それが普通の学生ならではの平日の過ごし方だ。全てがいつも通りになっており退屈だった。
いつも通りな故、自分が最初に見ていたあの輝かしい毎日は今ではモノクロが走ったみたいに色褪せていた。
つまらない。そう、つまらないんだ。
何か、何か刺激がほしかった。こんな他の奴等みたいに平和ボケみたいな間抜けな顔になりたくない。
テストだってそうだ。毎回やる度に、何故かテストの問題を見る度に答えが浮かんでくる。だからいつも自分のテスト用紙は三桁満点にして戻ってくる。
つまらない。何もかも分かってしまうから。

もう、いっその事死んでしまおうか?

こんなに世の中がつまらないとは思っていなかった。中学生の自分でも、そんな事を考えていた。
それはもう重症というばかりに。
だけど、死ねなかった。死ぬのが怖いんじゃない。やっぱり生きたいって思った訳でもない。
自分に負けてしまう感じがして、気分が悪かったのだ。

「そんな事ずっと思ってたからだろうな。だから俺は教室の中に居ても一人だけ浮いてた」

それもそうだろう。誰に対しても冷めた態度を取っていれば誰だって相手にしたくもないし、関わりたくないだろう。俺は自ら他人に向けて壁を作っていた。その方が誰かと絡むより一人で居る方が楽だった。

「けど、一人だけその壁を物ともしない奴が居たんだよ」
『その友達、ですか?』
「そうそう」

キミっていつも暇そうな顔してるよね、なんて。
席替えというのをやって、隣になった奴がその友達――上村裕弥。
上村だけが唯一俺に話しかけてきた生徒だった。いつも明るくて周りにも友達が結構居て、俺とは間反対な存在だった。

「サッカーが好きで、いつもサッカーの話してんの」

上村はサッカー部に入部した。他のサッカー部員はあまり楽しそうじゃねえのに、上村だけ何故かいつも楽しそうだった。何で他のサッカー部員達はあんなに楽しそうじゃないのか。何で上村はあんなに笑っていられるのか。

「そん時の俺は、サッカーに興味なかったし、フィフスの事すら知らなかった」

だから、今のサッカー部の抱えている事が分からなかった。
つまり、上村の事も分からなかった。他の奴等は分かりやすいって程表情に出てるってのに、そいつだけはいつも笑顔で表情を他人に読ませなかった。

「何でいつも笑顔なんだ、って聞いてみた。そしたら、

“僕の人生っていつ死ぬかも分からないから、毎日笑ってるんだ。じゃなきゃ笑ってこの世とお別れ出来ないだろ?”だってよ」
『笑顔…』

世の中には、沢山の笑顔があるんだなと、この時改めて分かった。
嬉しくて笑顔を浮かべる人、笑ってなきゃ自分が自分じゃいられないと浮かべる人、明日も笑えるように、明日も生きていけるように、いつお別れ出来てもいいように笑顔を浮かべる人。
その上村さんという人は後者だった。自然と、悠那の視界は霞んだ。
上村という人は辛い人生を送っていた筈なのに、笑顔を絶やさずに生きていた。それだけなのにかなり自分の心臓を痛くさせてくる。とても上村という人がシードをやっているなんて思えない。

「そう言った次の日、あいつは死んだ」
『…え』

一瞬、自分の見ていた光景がゆっくりに見えた。死んだ?誰が?上村さんという人が?何で?
思わず零れそうになった涙を拭うのを忘れてしまい、黙って逸仁を見上げる。涙で霞んで見える中、彼は切なげに既に茜色に染まった空を見上げた。彼の背景として見える鉄塔から見える夕日やら雷門商店街は綺麗だ。それは円堂が教えてくれた事。なのに、今となってはあまり綺麗と思えずむしろ虚しいと感じてしまった。

「学校の屋上からの飛び降り自殺だった。
病気で死んだんじゃない。あいつは自ら命を絶ったんだ」
『どう、して…』

病気で亡くなってしまったのならあまり言いたくはないが仕方ない事。だが、自殺となると話しは別だ。確かに上村という人はシードだったかもしれないが、生かされていたかもしれない。だけど何故彼は自ら命を…?
そう疑問だけが悠那の脳内で渦巻いていた。

「俺ァ、原因を探った。何故あいつが死ななきゃならなかったのか。何故あいつが死んじまったのか。そしたら、俺の所に上村の物だと思われる遺品が届いた」

それが、これ。と悠那の目の前に出されたのは、いつぞや自分に見せられたであろうライセンスカード。確かこのカードを使って色々とやっていたと聞いた。それがどうしたのだろうか、とあまり働かない頭でカードから逸仁に目を移せば、やっと今の言葉の意味が分かった。
これが、上村の遺品。ライセンスカード。

「本来、ライセンスは違法となる行為をすることを許可すること、あるいはその許可を証する書面のことを言う。
そして、俺ァこのカードを使ってシードになって今まで上村がこれで何をしてきたのか、何がしたかったのかを必死になって探った」

今まで人の事を知りたいと思った事はなかった。なのに、今の自分は上村裕弥という人物を知りたいと本気で思った。よく分からない奴だからこそ、知りたかった。

「そして、今まで疑問に思ってた事がみるみる暴かれていった。
まず一つ、あいつは僅か三歳の内に両親と別れて暮らしておばあさんと暮らしていた。それは何故か、病が酷かったからだ。そして、そんな状態の上村を引き取ったのが聖帝イシドシュウジ。
そして、二つ目。あいつの病はフィフスの手により一時的に治された。体が楽になった上村はシードをやる事を決意した。
三つ目、死んだ理由がシードの無茶なやり方に体も精神も付いていけなくなった上村は自殺を計った」
『…!』

淡々と語り継がれる逸仁の友達である上村裕弥の過去。そして、逸仁のシードになったきっかけ。逸仁がシードになったきっかけは思っていたよりも重く、辛く、そして強い絆から生まれた物だった。
逸仁は三年間、フィフスと戦ってきて友達の死因を探ってきた。自分は友達の為にここまで出来るだろうか?いや、出来ないかもしれない。そんな自分を最低だと罵倒されてもいい。逸仁もそうだが、その友達である上村はもっと辛かったに違いない。恩を仇で返されたみたいだ。
すると、三つ目で逸仁は一度口を閉じて、目を閉じる。どうしたのだろうか、と疑問を抱える前に逸仁は再び目を開けて右手の親指だけ折ってみせた。

「四つ目、あいつがシードになった理由は二つあった。一つはフィフスへの恩返しの為、そしてもう一つは…

たった一人の妹の為」
『妹…?』

上村という人には妹が居たのか、と悠那はそう感心していた。フィフスの為とはいえ、妹の為にも上村という人はシードになっていたのか。そんな事を考えていれば、目の前の逸仁は再び口を紡ぎまた口を開いた。

「最初は上村もフィフスに従うのは嫌だったらしい。あいつ結構真面目だから、八百長みたいな真似は出来なかったんだろうな。だが、そのフィフスは条件を出してきた。

“妹がどうなってもいいのか”ってな」
『酷い…』

上村は知っていた。自分の家族がまた増えていた事に。顔も合わせた事は結局なかったらしいが、自分にとってはたった一人の家族、兄妹なのだ。例え相手も自分もお互いに知らなくても人質として扱われたら誰も逆らえないに決まっている。その心理を、フィフスは利用したのだ。

「俺がフィフスが許せないって言った理由、何となく分かったろ」

そう言って、こちらを振り向く逸仁の笑顔。この笑顔はきっと、上村という人物と同じ表情なんだ。理由こそ違うが、この笑顔は上村からきた物。
この性格もまた、上村から来たものだ。
逸仁はきっと、利用された事が許せなくてシードとして今も動いているんだ。いつぞや病院で出会った時に自分に告げた逸仁の言葉。あの時こそその意味は分からなかったが、今となれば分かる。それは、友達と友達の妹を利用した事に怒りが芽生えた逸仁の精一杯の気持ちだったのだ。



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