「なんだよ、話しって」

ゆったりと頭上に流れるのは小さな雲達。自分の周りには殺風景だが、目線をずらせば雷門の街が見える。そして、そんな自分の目の前には見覚えのある人物――壱片逸仁。
ここは雷門の街外れにある鉄塔。街が見えて当たり前だった。こちらは真剣な話しをしようとここまで来たというのに、逸仁は相変わらずの笑みを見せてきてこちらを見据えている。どういう意味でそんな表情をしているのか、それともあの表情が癖なのか。どちらにせよ、この場に合わない笑みが居心地悪い。これから自分が話そうとしているのが分かっているかのような、あの笑みが気味が悪いのだ。

『化身の事についてです』
「…そろそろ頃合いだと思ってたぜ」

いや、ちょっと遅かったかもしれないな。なんて、逸仁は言った。やはり分かっていた。それを理解した瞬間、若干鳥肌が立った気がした。
ゴクリと唾を飲み込み、彼と目を合わせる。その時に、彼の左耳にしてあった金色のピアスがキラッとこれ見よがしに反射して光った。それが、目に入って少しだけ目を細める。眩しい。確かあのピアスは初めて会った時もしていた気がする。だが、そんな事はどでもいい。彼のピアスの光が自分の顔に当たっているが、こちらの話しには関係ない。
悠那は徐々に口を開いた。

『私は、異常なんでしょうか…化身を二つ持っている事が』

昨日河川敷の所で皆と話し合った事を思い出した。天馬や剣城に異常だと告げられた時、変わらない表情をしてみせたが、正直辛かった。自分は異常なんだと自覚する前に言われたのが。しかも幼馴染みからときた。
あまりそんな事を気にしない悠那だったが、自分も僅かに気にしていた二つの化身の事。何故自分だけ二つしか持っていないんだ。体力だって皆よりは低い位置だ。それならまだ剣城や神童や天馬、もしくは化身が欲しいと言っていた信助の方に移ってほしい。

『何で、私と逸仁さんしか…化身を二つも持っていないんですか』
「…持ちたくなかったか?」
『…最初は化身持てて嬉しかったです。これで私も役に立てるって。でも、フィアンマを扱いきれるかどうか…』

一回しか出した事はない。それでも、辛かった事は覚えている。そして、天馬達が苦しかった事も分かった。それはきっと扱いきれなかった自分の所為でもある。自分の所為で皆に迷惑をかけるのは絶対に嫌だ。
そして、また倒れた時にもう皆とあんな困った顔を見たくない。神童の涙を無駄にしたくない。
分かったのだ。自分が倒れたら誰が一番困るか。自分ではない。仲間が、困るんだ。

『どうして、二つも持ってしまったんでしょうか…もう、皆に迷惑をかけたくないのに』
「…俺ァ、欲張りだと思うねそれは」
『え…?』

欲張り?こう思う事が?皆を困らせたくないと思うのが?
彼が何を言いたいのか分からない。思わず悠那は逸仁の方を見やれば、彼はあの笑みを浮かべておらず、自分を黙って真剣そうな眼差しで見ていた。

『欲張り…?』
「っそ、欲張り。
強くなりたい、そういう気持ちが一番強い程化身てのは生まれやすくなる。それは自分が今、一番何を思っているか。ようするに気持ちの問題だな。お前の場合はチーム一丸を望んだからこそ生まれたんだろ」
『チーム一丸…?』

悠那は思い出した。自分が初めてチエロを出した時の事を。他の化身を見て何度か胸を打ったのを覚えている。そして、初めて出したあの時。確かにチームが一丸となったからこそ、あの化身は生まれた。

「化身にも条件てのがある。きっとお前の化身はチームが一丸となったその瞬間に出せる化身なんだよ」
『でも、じゃあ…フィアンマは…』

もうチーム一丸になっているから、そんな思いはない。それなのに何故フィアンマは現れてしまったのか。
それだけが分からなかった。

「他の思いが強かったんだろうなァ。
例えば、ただただ強くなりたい、とかな」
『あ…』

白恋中との試合の時、この人達に勝ちたいと何度も思っていた。吹雪との約束を果たす為、負傷した足を引き摺ってでも試合を続行した。それはきっと、自分にとってはプレッシャーだったのかもしれない。そんな中で勝ちたい。勝つ為に強くなりたいと思った。それがフィアンマを生み出してしまったのだろう。

「もちろん、足を負傷したのもあるが、二体目ってのは簡単に扱いきれるものじゃない。
なんたって、思いの塊みたいな物だからな。自分が思っている以上に強い思いから生まれた化身」
『強い思いから生まれた…』

という事はだ。ただ強さを求めた結果が、あの悲しい化身だという事なのか。だから自分あが扱いきれないのは当たり前なのだろう。悠那は項垂れた。結局自分が望んでいた強さだったのに、それすらも扱えないとなると自分は相当弱い人間なのだろう。精神的にも体力的にも。

「欲張りなのは、そういう思いがあるのに仲間の迷惑を考えている事だ」
『……』
「仲間だからって、仲間の迷惑を考えるのはおかしいんじゃないか?化身を二つ持ったのは自分の責任。なのに、仲間の心配までするなんて、俺には欲張りにしか聞こえないな」
『…っ』

確かにそうかもしれない。自分が今望んでいる事は強さと仲間に迷惑をかけない事。そんな欲張りがあったから、神童に一度怒られたのかもしれない。もっと仲間を信じろと。頼りきっていると思っていたが、まだまだそうでもなかった訳だ。
改めて実感した悠那。そこまで言われて悠那もやっと理解し、俯かせた顔を上げた。すると、そこには逸仁のあの嘘くさいと言っていい程の笑みが見えた。
自分が今聞かなきゃいけないのは、何故二体も化身を持っているかではない。この逸仁が、どうやって化身を扱っているか、である。もしかしたら、自分も二体化身を扱えるかもしれないのだ。

『逸仁さんは、どうやって二体も化身を扱えるんですか?やっぱり、シードだからですか?』
「ん?まあ…悠那達からしたらそうにしか見えないか…」
『え、違うんですか…?』
「俺だって人間だぜ?いくらシードでも二体は無理だって」

そう言って笑って見せる逸仁。確かにそうだが、自分の目で確かに見せてもらった。フォレスタをちゃんと使いこなしている事を。なのに、それでも無理というのは矛盾さを感じてしまう。

『じゃあ、何で…』
「…じゃあ、俺からクイズだ。この左耳に付いている物は何でしょう?」
『え?えっと…ピアス、ですよね?』
「正解」

疑問を口に出してみれば、逸仁から問題を出されてしまい、またもや話しを反らされてしまった。ピアスがどうしたのだろうか、と首を傾げならも彼の指差すピアスをジッと見る。
綺麗な金色をしたピアス。あまり傷が入っていない所を見ると、大事にされているのだろうか。なんて思っていれば、逸仁がくっくっく、と喉を鳴らして笑い出した。どうしたのだろうか、と逸仁の方へともう一度目を戻せば、口角は上がっているものの彼の眉は垂れ下がっていた。

「じゃあ、このピアスは何故俺の耳に付いているんでしょう?」
『えっと…おしゃれ?』
「ぶー、不正解」

本当に何のクイズなのだろうか、と思いながらも悠那が彼に答えれば今度は不正解と来た。ピアスとはそもそも耳に穴を開けて耳を飾る物。おしゃれとして今の若者は付けている。中学生も規則がある為付けられないが、わざわざ色のないピアスを付けている。あの聖帝も付けている。だが、目の前に居る逸仁はおしゃれの為に付けている訳じゃないらしい。
そんな彼に疑問符を浮かべせていれば、逸仁はニコッと笑った。

「正解は、化身を操れる魔法のアイテム」
『…操れる?』
「っそ。もっと詳しく説明すると、フィフスがシードの為だけに造られたピアスさ。
化身を完璧に操れるように作られていてな。だが、その他に厄介な条件ってのも付いているんだ」
『条件…』

フィフスがシードの為だけに造りだした金色のピアス。今までおしゃれとしてそれを付けているんだと、あまり気にせずにいたがまさかそんな本当に魔法みたいなアイテムだったとは知らなかった。改めて告げられた事実に、思わず自分の視線は彼の耳元でキラキラと輝くピアスを見やる。
だが、そのピアスにはまだ秘密があった。
それは――…

「それは、フィフスの情報を外に公言しないよう罰する機能が付いてるんだ」
『え…』
「例えば、俺が聖帝の事に付いてお前に語るとする。そしたら、このピアスがそれをフィフスの裏切りだと主張してこのピアスを通してバチッと電流流すんだよ」
『!』

平然としながら言っているが初めて聞いた悠那にとっては衝撃の事実だった。そして、それと同時に何故彼が今まで何も語ってくれなかったのかが、ようやく分かったかもしれない。
彼が自分達に何も言ってくれないのは、そのピアスがあるから。全部吐いてしまったら、彼の耳は今頃使えなくなってしまっていただろう。

『外せないんですか…?』
「ああ。外そうとしても必ず電流が流れる仕掛けになってんだよ。結構大変なんだぜ?嘘吐くのは特に問題ないが、口が何回か滑りそうになった事だってあるんだ」
『っ…』

何故だか、彼の笑みが痛々しく見えた。決して逸仁は同情してほしいとか思っていないのだろう。語りたくもなかっただろう。にも関わらず聞いてしまった。彼の事情を。どうしていつも自分は気付くのが遅いのだろう。どうしていつも自分は何も知らないのだろう。仕方がないと思っても、これでは不公平ではないか。

「フィフスもきっと、警戒していたんだろうなァ。俺が情報を外に漏らすんじゃないかってよ。ほら、俺って分類では反フィフスじゃん?」
『どうして、笑ってるんですか…』

どうして、どうして…
彼と言葉を交わす度に思う疑問。こちらは真剣に聞いて、話しているというのに彼はいつも笑みを浮かべている。それが、自分に嘘を吐く為だという事も、情報を外に漏らさない為だという事も今理解しているが、よくもまあここまで笑みを造れるものだ。思わず彼の話しを遮って聞いてしまった。

「笑ってねえと、自分が自分じゃなくなるんだよ」

癖になってしまうほど、自分のいつもの表情は笑みとして飾られているのだ。困難な状態でも、悲しい状態でも、苦しい状態でも、その笑みを浮かばせないと自分が居なくなってしまうのだ。
そんな彼の小さくなった声色を聞いた瞬間、悠那はまた自分はバカな事を聞いたと、後悔した。

「そう、後悔するような顔すんなよ。お前は何も知らなかった。あの松風天馬も、もしかしたら剣城も」
『でも、悔しいです…そこまでする事ないのに…っ』
「…そこまでする事だったんだよ、俺の場合はな」

反フィフスだからこそ、逸仁という存在はフィフスにとっては邪魔な存在であり、だからと言って必要な存在だった。だから今もこうして、耳にピアスを付けたまま彼は自分のやらなければならない事を成し遂げないといけなかった。

「…ちょっと、昔話でもしようか」
『…え、』

不意打ちだった。
逸仁の事情を聞いて自分の事のように悔しがっていた悠那。だが、今の言葉を聞いて思わず声を漏らした。そして、それと同時に吹いてきた風。強くとも弱くもないその風に目を細めながらも彼の方を必死に見やる。
ずっと聞きたかったその言葉。ずっと知りたかった逸仁という人物。なのに関わらず、自分の中に何故か抵抗があった。別に聞きたくない訳じゃない。彼を知りたい。だけど、何故だか抵抗があった。
どうして、急にそんな事を聞いてきたのだろうか。いや、これは疑問形ではなく肯定系だ。自分に選択権がない。きっと、別にいいと言われるのを分かっていたかのように、彼はこちらを見ている。
これから、彼の過去が聞けるのかと。それは嬉しくもあり、苦しくもあった。

「話すぜ。俺の事、話せるだけ全て」

このピアスが許す限りの事を――…

逸仁から明かされた、過去の彼のお話。


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