天馬と悠那がボールを奪おうと信助の足元にあるボールへと順番ずつ伸ばしていく。信助もまた二人に奪われまいと粘っている。やる気は三人にはちゃんとある。だが、中々信助からは気という気を感じられない。むしろ数分こうしているが、彼はどこか疲れたような表情が浮かんでている。何時間もやっていないというのに今日の信助の様子はおかしい。
そんな彼を見て、天馬が口を開いた。

「どう信助?化身出てくる感じする?」
「化身かどうか分からないけど、
ちょっと体重い、かも…っ!」
「そりゃあ、あんだけ食べれりゃなあ…」
『食べ過ぎたね、信助…』

動きが鈍かったのはどうやら先程おにぎりを食べ過ぎたからだったらしく、よたよたしている。そんな彼を見た瞬間、悠那は気が抜けたような声を出す。信助がふら付いた隙を見た天馬はその隙を突いて信助からボールを奪った。
その場で膝を付きながら天馬の方へと目を向ける二人。天馬は信助から奪ったボールを持ちながらドリブルをしてくる。一度はゴールに向かっていくと思われたがそうではなく、ちゃんとこちらへと戻ってきた。

「来い信助!!」
「よーっし!だあっ!!」

完全に彼等のやる気に負けてしまった。置いてかれた悠那茫然としながらまた奪い合いをしようとする彼等を見ていたが、これは自分も負けられないと信助の後に続いた。
天馬が信助に向かってボールを蹴り上げる。それを見た信助と悠那はほぼ同じタイミングでジャンプをした。
ジャンプ力は互角か、だが一番ボールに近かった信助の方が有利。もう少しでボールを頭で受け止める。
その時だった。

ッバ!!

『「っ?」』
「あっ」

ボールを取ろうとした瞬間、二人の目の前に人が飛び出してきた。もう少ししたらこの人にぶつかってしまうだろう。自分より少し長いウェーブのかかった髪を靡かせて自分達よりも早く地面へと着地してみせたその人物。
信助と悠那は訳も分からずその人物に続いて着地した。ボールを奪った人物はそのボールに片足を乗せてこちらを見やる。そこで、その人物が自分達のよく知っている人物だと分かり近付いて行く。

「キャプテン!」
『何で先輩が…』
「どうしたんですか?一緒に練習を?」

練習をするに至ってはこの服装。明らかに私服だろう。こんな格好でサッカーの練習する程神童も考えていないだろう。ボールは奪われてしまったが。すると、こちらの様子を見ていた葵もまた神童に近付いてくる。

「いや、お前達に伝えたい事があってな」
「え、伝えたい事、ですか?」
「とても素晴らしい事だ」
『「「?」」』

伝えたい事が素晴らしい事と言われても三人には全く分からず、三人して顔を見合わせる。

「気になるねえ、もったい付けてないで早く言いなよ」

その神童の話しに水鳥や茜も気になったのか、わざわざこちらまで歩み寄ってくる。
別に自分達以外に聞かれてもいい話しなのだろう。神童は何も言わずに再び三人に向き直った。

「今、天河原中と万能坂中のキャプテンから連絡があった。
俺達の試合を見てる内に、サッカーって熱いものだって思い出した
って言うんだ」
「えっ」

神童は、天馬に向けてボールを軽く蹴り返す。返された天馬はそのボールを受け止めると、神童の話しを静かに聞いた。
天河原中のキャプテンは確かあの喜多という人であり、万能坂中のキャプテンと言えば磯崎という人だった気がする。正直あの時の事はあまりいい思い出がない為、思い出したくもないが、神童の口から告げられた事実に思わず目を見開かせた。
サッカーへの思いを思い出したという事は、あの西野空という人達も思い出したという事に繋がる。それが、悠那にとってはかなり嬉しく感じるものだった。

「本当ですか!?」
「すごい事になってきたねえ!」
「雷門のサッカー、追い風が吹いたみたいっ」
「「うんっ!」」

本当に嬉しい。かつて敵として戦ってきた人達が、今になっては追い風を吹かせてくれているのだ。
あの頃では考えられない事が、今では信じられない事になっている。自分達のやってきた事は間違ってはいなかった。

「ていうか、サッカーって元々熱いスポーツなのに」
「そうだよ熱いんだよっ。サッカーは熱くなきゃな!」

茜の当たり前という言葉に、水鳥も便乗して茜の肩を組みながらそう言う。そう、サッカーは元々他のスポーツ同様熱くなれるものなのだ。今はフィフスセクターに縛られて、サッカーに対して熱くなれるのは何も知らないただの傍観者側の人間だけ。今や選手もチームの監督もサッカーに対して冷めてしまっているのだ。

「…円堂監督も、どこかで俺達の試合を観てくれていますよね」
「あったりまえだろ、見てない訳ないさ」
「そうですよね。今頃どうしてるのかな」
「僕、会いたいよ…」

空を見上げるなりそう呟く天馬。白恋戦が終わったその次の日から姿を消した円堂。今はもう自分達の監督として鬼道が居るが、円堂の存在は偉大だった。誰も彼の目的を知らない。本当は彼に監督としてではなくても一緒に居てほしかった。そんな思いがあった所為か、信助は寂しそうに呟く。
そして、それが神童にも移ったのか、少しだけ顔を俯かせる。

「俺だって、革命に向かって戦う俺達のサッカーを、今一番円堂監督に見てほしい」
「革命という名の風っ」
「ああ。そしてその風を吹かせたのは、天馬と悠那。お前達だ」
「俺と、ユナが?」
『私達?』

神童の視線が天馬と悠那に来て、思わず二人は目を見開く。自分達が一体何をしたのだろうか?と、疑問符を浮かばせながらお互いに顔を見合わせる。

「そうだよ!二人共ずっと言ってたよね!“何とかなる!”“大丈夫!”って!何とかなっちゃったよ!」
「そう、なのかな?」
『そう、なんじゃない?』
「そうなんだよ!」

興奮気味に言う小さな彼の言葉は異様に自分達にとっては大きく聞こえてしまい、何となく照れ臭くなってしまう。天馬が悠那に聞けば、悠那もまた照れ臭そうに言う。二人はこういう時に限って消極的なのだろう。だからだろうか、この中でいや、学校の中で一番小さな信助が偉大に見えてしまう。友達にここまで褒められると、元々照れ臭かったのにまた照れてしまう。
だが、ここで信助の興奮が解ける筈もなかった。

「僕さあ、こう思うんだ。雷門って風がビューッて吹き抜けた後には、対戦したチームの心に小さな熱血の火が灯るんだ!」
「その火は全国大会に入ってもっともっと熱く燃えてるっ」
「茜さんの言う通りです!この風は止まらないねえ!」
「うっわ〜決めちゃってるう!」
「えへへっ」

それは確かに最初は小さな火だったかもしれない。いや、むしろ火さえも最初は付いていなかった。だが、天馬と悠那という存在がマッチ程の小さな火を起こして、雷門へと火を起こした。この時点ではまだ焚き火しか出来ない程の炎だったかもしれない。
けど、今は違う。二人の風がその炎を消さない程度に揺らし味方どころか戦ってきた相手にも燃え移して見せたのだ。
目の前で信助が興奮しているのを見て、天馬と悠那は再び顔を見合わせてふと、お互いに笑みを浮かべた。その拍子に、二人の髪をそよ風が小さく揺らした。

そう、この風はずっと吹き続けている。

『(あの日から、ずっと――…)』

全ては入学式のあの日から始まったんだ。
憧れの雷門サッカー部。でも、中学サッカー界はフィフスセクターという管理組織に支配されていた。
雷門を潰す為にやってきた黒の騎士団。そして、シードと呼ばれるフィフスセクターの監視者――剣城京介。勝負を挑まれファーストであるキャプテン達が黒の騎士団と試合をしたが、前半だけでも分かる圧倒的な攻撃。雷門はボロボロにされてしまったのだ。

「あの時、天馬と悠那がボールをキープし続けたのは、敵の攻撃から皆を守る為だったんだよね?」
『あはは…結局奪われちゃったけどね』

何年かぶりに再会した京介は別人のようになっていた。それもそうだろう。だって自分が最後に見たのは僅か五歳の頃だったのだから。
自分の知らない京介。そんな彼の背後から現れたのは化身と呼ばれる物。化身から放たれたボールはそれはもう必殺シュートみたいに痛かったものだ。
正直怖かった。だけど、諦めたくなくて、自分達は神童に僅かな希望を託した。

「俺は、コイツ等に会うまでフィフスセクターに従うのがいつの間にか当たり前になっていた。
でも、本当は許せなかった。こんなサッカーは違うって」

神童の涙が神聖なグラウンドの上に零れた。
その突如に現れたのが、奏者マエストロ。

「俺が化身を出せたのは、二人のサッカーが二人の言葉が、俺の心を揺さぶったからなんだ」
「僕も、あの試合は衝撃だった。フィフスセクターがサッカーの全てを管理してるなんて、知らなかったから」

グラウンドには入っていなかったものの、観客席で黒の騎士団と雷門の試合を観ていた信助。彼もまた今のサッカーに衝撃を受けた一人だった。

「俺、雷門でサッカーやるのすっごく楽しみにしてたのに、沢山の先輩達が辞めてしまった…」
『そして、残ったのは9人。キャプテンは私達に“もう来るな”って言ってた』

黒の騎士団との試合も何とか無事に終わった。だけど、元々居た水森達は怖いなど理由を付けて辞めていってしまった。それでも、サッカー部は何とか廃部にならなくて済んだ。
そして、自分達一年生にサッカー部に入るチャンスを得た。あの入部テスト。

「でも、雷門に入ってサッカーやるの夢だったから」
『うんっ私も、雷門に入って守兄さんの守ってきたサッカーをやりたかったから』

入部テストでは先輩達の厳しいテストを何度でも挑戦し続けた。何度転ばされようが、何度無駄だと言われようが、三人は諦めなかった。勝負は実際関係ない。自分達の能力などを確かめさせる為のテストだったから。でも、人数不足だからと言って生半可な気持ちではやっていなかった。
それが久遠監督には伝わったのか、一年生三人はこうして仲良くあのテストをクリアする事が出来た。

「こうして、俺と信助と悠那は入部を認められた」

それから間もなく、栄都学園との練習試合が行われた。
始めから勝ち負けと点数の決められた試合を練習試合でしなきゃいけないなんて、最初は全然知らなかった一年生達。
奪う事が出来たであろうボールを逃し、避けられたであろうスライディングも避けず、交わされなかったであろう相手のドリブルもスルー。

「俺は許せなかった。こんなのサッカーじゃないって」
『本当のサッカーを知っているからこそ、そんなサッカーは見たくなかった』

キャプテン、キャプテン!と何度もボールを奪っては天馬と悠那は彼にパスを出した。元々学問専門だった中学校だったから奪うのは安易だった。だが、そのボールを神童は中々受け取ってくれなかった。きっと、これを受け取ってしまったら、自分のしてきた事が全て水の泡になってしまうから。
それでも、二人は彼にしつこ過ぎる程パスを出した。

「フィフスセクターの指示に逆らったあのゴール。久遠監督が責任を取って辞めさせられてしまい、俺達は事の重大さを思い知らされた」

神童が二人のパスを受け止めてそれをそのまま栄都学園のゴールに入れた。だけど、それは久遠監督が雷門の監督を辞めるきっかけであり、神童は更に自分を追い込んだ。

「でも、久遠監督の後任としてやってきたのは、円堂監督だった」
「そこで、悠那が円堂監督と面識があったのが分かったんだよねっ」
『私もまさか守兄さんが監督になるなんて思ってもみなかった』

重い雰囲気を漂わせていた部員達もその人物の登場に驚いていた。それもそうだろう、彼は世界にも行きサッカーの歴史に名を残したのだから。
そんな彼は雷門の監督となり、監督となった初日から部員達に指示したのは“河川敷に来る事”。
その理由が学校のグラウンドじゃ見えない物が見えるかもしれない、との事。そして、その理由がまた驚く事に“勝つ為”だという事だった。それを聞き、乗り気じゃなかった先輩達は河川敷には行かず、一年生達だけで河川敷に集まったのだった。
結局は先輩達や剣城もその場に来てシュートを一本ずつ打っていった。

そして、特訓の本当の目的は“皆がここに居る”だった。

「円堂監督が、俺達に本当のサッカーを取り戻す勇気をくれた」
「天馬と悠那が吹かせた風に、円堂監督はもっと大きな力を与えてくれた。
一緒には居なくとも、円堂監督は皆の気持ちの支えになってくれている」
「はいっ、勝ち続ける事で俺達と円堂監督は繋がってるって

俺、思ってますっ」


最初はどこか寂しさもあって、中々円堂の行動を受け入れる事が出来なかった雷門の皆。
だけど、考え方を一つ変えれば自分達はまたフィフスに立ち向かって行ける。むしろ、円堂と再会した時、わっと驚かせてやるとさえ思えていた。
天馬は足元にあったボールに向かって足で思い切り蹴とばした。天馬によって蹴られたそのボールは一度もバウンドせずに、その先にあったゴールネットを揺らしたのであった。

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