「あぁ〜んむりっ」

大きな口を開けて自分の両手よりでかいそのおにぎりを一口含む信助。
それを同じ大きさのおにぎりを片手に天馬と悠那は呆気に捕らわれるように見ていた。
今日は学生なら誰でも喜ぶ休日。外に行って遊ぶ人達や家の中でぬくぬくと体を休める人達が居る中、試合を勝ち抜いた雷門の生徒である天馬と悠那、信助は河川敷へと来ていた。そしてマネージャー達もまたお弁当を三人の為に作ってきて彼等を休ませる。

「はあ〜…よく食べるなあ…」
「へへぇ、腹が減っては戦は出来ぬ!僕だって強くなりたいもんね!」

そう言わざるをえない彼に対して天馬が呟けば、よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに信助は言った。どうやら彼は強くなりたいが故におにぎりを沢山食べているらしい。
強くなれるのは個人差なので文句があっても言えないが、おにぎりを食べただけで果たして本当に強くなれるのだろうか。なんて思っても彼の様子を見て言える筈もなくもぐもぐとおにぎりを口に含む悠那。

「いやあ〜、これだけ食ってくれりゃあ作った甲斐があったってもんだ」

運動部で育ちざ盛りの彼等にとってはこの量を食べるのが当たり前なのだろう。だが、信助の食べる量は天馬や悠那にとっては異常なものである。

「三人共、美味しい?」
「はい!」
「すっごく美味しいです!」
『うんうんっ』

茜のその問いかけに信助は元気よく答え、天馬は残ったおにぎりを一口で食べて感想を言う。悠那は口におにぎりを含んでいた為、口が開けない。代わりに天馬の意見に同意するように頷いて見せた。
そんな彼等の感想を聞いた水鳥は嬉しそうに頷く。

「正直でよろしい!さあどんどん食べろ!」

水鳥がまだ数個おにぎりが残っているお弁当を三人の前にズイッと差し出してくる。彼女はまだ食べさせるつもりなのだろうか。その量と水鳥の勢いに思わず顔を引きつらせる天馬と悠那。お腹をさすっている所を見て、胃袋に限界がきたのだろう。

「ああ、でももうお腹いっぱいで…」
『私もちょっと…』

と、二人が断れば傍に居た信助が差し出されたお弁当へと手を伸ばしてきた。そんな彼を見て思わず冷や汗を垂らす。今日の信助はやけに食べ物に対して積極的である。殆どその手が伸ばす先にはおにぎりがあるのだが。

「もう10個目よ?食べ過ぎなんじゃない?」

唖然としながらも信助に言う葵。そう、信助は今手に取ったおにぎりで10個目となるのだ。天馬と悠那は胃袋に入って4、5個。+おかずも合わせればかなり腹に溜まるのだ。にも関わらず信助は何故か練習でやる気を出す時みたいな顔つきで手に取ったおにぎりを食べ始める。自分達よりも小柄な体型の割にはよく食べられるものだ、と悠那は感心しながら葵に貰ったお茶を飲もうとする。
すると、信助から意外な言葉を聞いてしまった。

「大丈夫!これ全部エネルギーにして、僕今から化身出すんだ!」
「「「「ええー?!」」」」
『ぶふぉっ!』
「うわっ、ユナ汚い…」
『すみませぬ』
「ちゃんと謝ってよ…」

信助の思わぬ発言に四人が驚く中、ユナは含んでいたお茶を見事に噴き出してしまった。そりゃもう清々しい程に。そして、その噴き出されたお茶は見事天馬にかかってしまった。んもうっ!と、葵からタオルを貰い彼女にかけられたお茶を拭いていく天馬。

『てか化身っていつから隠語になったの?』
「隠語?」
『え?信助後で出すんでしょ?化身。トイレ行って』

と言った瞬間、水鳥と葵に後頭部を殴られた。最初は分からなかったものの、後から悠那の言いたい事を理解した信助と天馬は「ああ…」と声を漏らしながら悠那を見て苦笑の表情を浮かばせる。若干危ない方へ行きそうになった彼女を止めた水鳥は改めて信助へと向き直った。

「あんたマジ?化身っておにぎり食えば出せるもんなのか?」
「あむ……出ない」
「……;」

水鳥の言う事を真に受けたのか、茜がお弁当からおにぎりを取り出して自分で食べてみる。当然のように茜の背後からはあの靄は出ない。そんな彼女を見た水鳥は呆れたような表情をさせながら茜を見やる。
そんなんで出せてしまったら誰かがいつぞや行っていた“化身は都市伝説”ではなくなってしまう。とか思いつつも試してみたくなるのが人間という事で、悠那はお腹の限界がきているものの再びおにぎりに手を伸ばす。そして、一口。
あ、やっぱり出ない。

「そういうもんじゃない気が…」

実際に試していた茜と悠那を見て葵は苦笑しながら言う。
まあ、おにぎりで出せてしまったら元も子もない。さすがに化身もそれだけで現れる程甘く見られていないだろう。

「染岡さんが錦先輩におにぎり食べさせたら、化身出たじゃないですか!」

若干興奮気味に言う信助。その姿はまるでまだ小さな子供が戦隊物のヒーローに憧れているみたいな瞳をしており、少しばかり母性本能を擽らせてくる。その様子を見た天馬は顔を少し空へと上げてその時の事を思い出す。

「ああ、そういえば…でもあれは、おにぎり食べたから出たってもんじゃないよ」
「うん。ご飯食べて、リラックスした気持ちが本当の力を引き出したって事でしょ?ね、ユナ」
『そうだね。リラックスの仕方は人それぞれ違うから、あれは錦兄さんなりのリラックス法だったんだよ』

尤もな三人の意見に信助は先程までの幼さを感じさせるような瞳を戻し、次には目を勇ましくさせていた。

「でも、フィフスセクターに勝つ為に僕、もっともっと強くなりたいんだ。化身を出せるようになれば、きっと役に立つと思うんだよねっ」

そこで何となく信助が何故化身を出したいかが分かった。さすがの信助も無闇やたらに化身を出したいと言った訳じゃないらしい。化身の力は確かに強い。もう一人化身使いが現れば雷門はもっと強くなるだろう。だが、その代償に持ち主の体力を奪っていく。化身を出し過ぎて体力を失えば戦力にもならなくなってしまうだろう。
フィフスも、革命を起こしている雷門を潰す為に動き続けている。その為には雷門もそれ相当の特訓をして強くならなければならない。
何ともまあ考え方が信助らしいものだった。

「そうだったのか。それでおにぎりを…」
「そうだなあ、あたしも知りたいねえ。おい天馬に悠那。あれどうやって出してんの?」
『「え」』

まさか自分達にこんな質問がくるとは思ってもみなかった。そんな事を聞かれた天馬と悠那は困ったように顔を見合わせる。考え込む天馬を見て、悠那は食べかけのおにぎりを自分のお皿へと置き、自分もまた考えるように唸りだした。

「うん!知りたいですよね!茜さんっ」
「うん、知りたいっ」
「ねえ天馬、悠那。コツがあるなら教えて!」

四人からの期待の眼差しが贈られる天馬と悠那。
だが、自分達の簡単に出来た脳みそでは彼女達に納得のいくような説明が上手く出来ないだろう。それを分かった上で、天馬は口を開いた。

「コツって言われても…俺にもよく分かんないんだよね。何と言うか化身が出る時ってなんかピカーっていうか、カーって熱くなるっていうか…

…ああー、やっぱりよく分からないや、」
『なんかさ、出したいって思ったらいつの間にか出てるんだよね』
「そうそう!」

効果音を入れながらの説明ではやはり信助達には伝わらなかったのか、微妙な表情をしている。そんな彼に悠那が助け舟を出せば天馬に顔を縦に振られて激しく同意された。
そんな二人の様子を見た葵は信じられないと言わんばかりに目を見開いた。

「分かんないけど出せるんだから、化身って不思議よねえ…」

化身を使える人曰く、化身はいつの間にか出てきているもの。化身を出せない人にとってそれは使える人は信じられない事。ただ、そこで新たな疑問が生まれた。

「でも何でだろ?化身を出せる奴と出せない奴と居るじゃん?違いってあんのか?」
「んー。違いと言えば、剣城君はシードで、神サマや天馬君、悠那ちゃんはシードじゃない」

言われてみれば、剣城は元シードだったからこそ化身が使えるようになったものだ。なのに関わらず例に挙げられた三人はシードみたいな特訓などをしないで生み出した。
彼等の違いがこれと言って分からない。むしろこの四人は同じ条件で生み出したのではないか?

「剣城はフィフスセクターで訓練を受けて、化身を出せるようになったけど、俺やキャプテン、ユナはそんな訓練を受けず出せている訳か…化身って何だろう?」
「そういえばユナって化身二つ持ってたわよね?」
『ああ…うん、そうだね。そうなるね』

と、葵に話しを振られた悠那は何ともまあ緊張感のない声を漏らしながら食べかけだったおにぎりを食べ終える。そんなマイペースさには葵も慣れていたがどうも呆れてしまう。
二つ、と言えば思い出されるのは不覚にも白恋中との試合の事。この場に居る人達にとっては正直な所いい思い出がない。もちろん雪村と吹雪が仲良くなった事は嬉しかったが。
確かに悠那はチエロとはまた違うフィアンマを生み出した。

「あの化身が現れた途端、俺すっごく苦しかったのを覚えてる」
「錦先輩やキャプテン、剣城君やあの雪村さんも苦しそうだったよ?」
『え、うそ?!全然知らなかった…ごめん、天馬…』

まさか自分の知らない所でそんな事が起きていたとは思わなかった悠那。しかも影響があったのは化身使いだけじゃないか。どうやらフィアンマという化身は自分がしっかりしないと他の化身使い達に負担をかけるようだ。多分。
実はの裏話に悠那は天馬に今更ながらも謝った。そんな彼女を見た天馬は慌てるように両手を左右に振った。

「そ、そんな!気にしないでよユナ!」
『天馬…』

そんな天馬の優しさに触れるも、やはり罪悪感しか残らない悠那は明日キャプテン達に謝ろうと心中思った。

「あの逸仁さんが言ってたけど、二つ目の化身は扱いにくいの?」
『え?うーん…チエロとは違って体力を少しずつ奪うんじゃなくって、こう…一気に奪われる感覚で…頭が真っ白になりそうでした』

逸仁も言っていた。化身は一体だけでもかなり体力を吸い取られる。だから二体を持つにはそれ相当の覚悟が必要になるだろう。小さな体の中に大きな力を持つ化身が二体。そんな彼女が今改めて思うとすごいと思い知った。

「ん?って事はよ、あの逸仁も二つ持ってるとか言ってたよな?」
『え、そうなんですか?!』
「あれ、言ってなかったっけ?」
『聞いてないよ…』

確か二つ目の化身の話しをしていた時彼女はベンチで眠っていた筈。それならば話を聞いていなくて当たり前だろう。天馬がそう聞けば、悠那は肩を落としながら項垂れる。
そんな彼女を見て、天馬は改めて逸仁が化身の事を説明した時の事を大体説明した。剣城が言った化身を二つ持つ事は異常だという事も。

『異常、か…』
「で、話し戻るけどよ?あの逸仁って奴はどうやって化身二体も操れんだ?」

アイツってなんか嘘くせえから苦手なんだよなあ、と水鳥が渋そうな顔をしながら言う。確かに嘘くさいし、言っている事も何となく嘘くさい。正直な所、逸仁が二体化身を持っているという所で嘘っぽいが、こればかりは分からない。
化身の二体目は一体目よりも力が強く、余程の精神力と体力がないと操れないだろう。一体目で息切れをする自分達に到底扱えない。シードだからって事もありそうだが、息切れ一つもしないなんてありえない。
さすがの皆も、その事は分からなかった。

「訓練を受けて化身を手に入れた人。分からないけど化身を手に入れた人。化身を二つ持つ人。
…化身ってホント不思議…」

葵はここまでの話しをまとめようと一人一人を連想させながら化身の謎を呟くように言っていく。
だが、やはり謎は謎のままだった。
しかも剣城は二つ化身を持つ事を“異常だ”と言っていた。ますます訳が分からないと、頭の中が混乱しそうになった時だった。目の前でおにぎりを食べていた信助が急に立ち上がった。

「僕に任せて!

おにぎり食べてリラックスも出来た!頑張れば僕も出せるようになる!そしたら化身が何か分かるかもしれないよ!」
「よーっし、やってみよう!」

信助の勢いに吊られたのか天馬もまたやる気になっており、置いてあったボールを脇に抱えながら立ち上がりだした。
どうやら、信助のやる気を買ったのだろう。

「考えるより動く!とにかく練習を続ければ、結果はついてくるよね!」

必殺技の練習ならまだ分からなくもないが、今信助が挑戦しようとしているのは化身だ。そんな簡単にはいかないとは思っている。
そういえば自分はどうやって化身を手に入れたのだろうか?キャプテンの家に押しかけて出し方を聞いた。色々とアドバイスは聞いたが、結局は気持ちだと言っていた。
そこで気付いた。自分も出したいという気持ちがあったかこそ今のチエロが出せたに違いない。フィアンマは分からないが、今の信助は何となく前の自分に似ている。
…賭けてみようか、信助の気持ちに。

『天馬!信助!私も参加していいー?』

と、少しお茶が残っているコップを置き、ボールの取り合いを始めようとしていた天馬と信助に聞く。すると二人は元気よく頷いてくれた。
それを見た悠那は急いで脱いであった自分のスパイクを履き、天馬と信助の中に入っていった。

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