試合終了後、木戸川と雷門は再びホーリーライナーに乗り自分達の母校へと戻っていた。
木戸川は、試合前の時より若干スッキリしたように見えて、アフロディもまた嬉しそうにしている。

「っま、一番の驚きを見せてくれたのは総介だよなあ」
「な、何だよ…」

雷門を一番に嫌っていた総介が、あの少女の背中を押したようなもの。それを間近に見ていた跳沢達は驚きと共に彼を少しずつ認めていた。前までは跳沢と和泉も仲が悪かった筈なのに、今にしては総介をネタに笑い合っている。それは総介からしたら腹が立つ事だろうが、どこか嬉しかった。まあ、口が裂けてもこの二人には言えないが。

「俺、あの悠那とまたサッカーしたいです…」
「出来るさ、彼等が革命を成し遂げた時に、もう一度…」

自分と同じ一年生であった悠那。革命が終わった時には自分と友達として思ってくれるだろうか。そんな期待の眼差しをしている快彦に、貴志部は小さく微笑んで言ってみせた。貴志部もまた神童ともう一度サッカーをしたいと願っている。きっと、革命が終わった頃は神童達雷門は今以上に強くなっているに違いない。
それがまた貴志部は喜び、また嫉妬するのだ。

「…おや?」

そんな彼等の会話を聞いていたアフロディは小さく笑みを零しながら足を木戸川清修へと進めていく。
その最中、木戸川のサッカー部の部室へと目を向ければ誰かが立ちすくんでいるのが見えた。一瞬、木戸川の生徒だと思われたが、木戸川の男子の制服は学ラン。だが、今自分の目の前に居る彼の制服はブレザーなのだ。明らかに彼は、他校の者。

「誰だい?」
「……」

「監督?」
「んだよ、立ち止まって…」

不自然な所で止まったアフロディを見て、違和感を感じたのか貴志部が声をかける。だが、反応がない。すると、貴志部に続き総介もまたダルそうに自分達の監督を見上げてみる。すると、彼の見ている視線の先に誰か居るのに気付いた総介はそちらの方を見やる。
そこには、黒髪のブレザー姿の男が居た。
誰だ、コイツはとなった瞬間、彼がこちらを振り返った。

キラッと光ったのは彼の耳に付けているピアス。
その光が目に入ったのか、総介は眩しそうに目を細めるが、必死に彼を見ようとした。
誰だか分からない。だが、次の瞬間木戸川の選手達は彼が一体誰なのか、分かった。

「よう、木戸川のみなさん」

俺の事、覚えてる?

なんて軽い挨拶なんだ、と木戸川の一年生達は思った。片手を上げるなり笑って言う彼。口調からして会った事はあるらしいが、一年達には分からなかった。自分達はこの人に会った事がない。だから、覚えてる?と聞かれても返答しにくいのだ。
だが、二年生と三年生は違った。

「あんたは…!」
「壱片、逸仁…!!」

壱片逸仁。それが、あの人の名前なのか、と理解した。快彦は傍に居た総介を見上げた。すると、そこには試合の時みたいなあの怖い総介が居た。声は上げてない。だが、その周りに居た先輩達はざわざわとざわめく。あの貴志部もまた、声を上げたぐらいだ。
先程まで軽かった空気は、その人物の登場によりただならぬ空気になってしまい、重くなってしまう。一体何者なのだろう、あの人は。
そう考えが過ったと同時に、隣に居た総介がずかずかとその人に向かって歩き出した。

「兄さ――…」
「何であんたがここに居る!!」

ここで、やっと総介が声を上げた。いや、この場合だと荒げたの方が正しいのだろう。逸仁という人物の襟首を掴み取ってそう怒鳴りつける総介。きっと今の自分の声はそれにかき消されてしまったに違いない。
怒っている総介。だが、その様子は先程までの試合の時よりも荒れており、今にもその逸仁という人を殴りそうになっている。その証拠に握りしめられている拳が強くなっている。弟である自分も、正直な所怖い。
にも、関わらず掴まれている逸仁は平然そうに口元だけは笑っていた。まるで、道化師みたいだ。

「何でも何も。元はここ、俺の母校だし。居るのは当たり前だろ?」
「え…?」

だからだろうか、彼がこの学校に居てもあまり違和感を感じなかった。制服だって、声だって顔だって知らない、赤の他人なのに。ここに居てもあまり違和感を感じさせなかった。むしろ、木戸川が彼に合わせているみたいだ。
母校、という事は彼はもう卒業した人なのだろうか。そう思ったが、何故だかそれは違うと言わんばかりに自分の脳が否定した。

「あんたは木戸川を裏切った…あんたの所為で、木戸川はめちゃくちゃだったんだよ!!」
「……」

今にも殴りかかりそうな総介。自分達はその二人のやり取りを止める訳でもなく、ただ様子を見やる。あの監督だってそうだ。まるで何かを考えるように、腕を組んでいる。
逸仁の表情が変わった。上げていた口角を下げて、無表情になりながら総介を見下げている。
そして、逸仁が口を再び開いた。

「…悪かったな、」
「っな…?!」

まるで、その言葉の意味が分かっているみたいで、しかもそれが自分の所為みたいにして総介に謝っている。その様子に、状況が分からない一年生達も周りの皆も驚いて目を見開かせた。
総介もまた、そんな彼の様子に思わず力を入れていた拳を緩めてしまい、襟首を持つ手を離してしまう。乱闘にならなかったのは不幸中の幸いだが、やはり状況が掴めない。

「キャプテン、あの人は一体…」
「え?あ、ああ…そういえば、一年生達は知らないんだっけな…あの人は、」

あの人は、元木戸川のシードなんだ。

****

それは僅か一年前の話し。
俺達が木戸川に入学して、総介がまだフィフスに反対していた頃だった。入部したてだったが、その頃の木戸川もそれなりに上手くいっていた。皆仲が良くって先輩達もまた一年の俺達に優しくしてくれていた。特に、あの逸仁さんがよくしてくれていて、総介もあの人の事を尊敬していた。
総介だけじゃない。俺達だって、尊敬していた。実力はあるし、頭はいいし、自分達の理想していた先輩だったんだ。

だが、ある日の事。

「壱片逸仁君は、今日転校する事になった」
「え、何でですか監督?!」
「…彼にも彼なりの事情があるんだよ」

前の監督が、そう言った。壱片逸仁は今日限りで木戸川を去る事になる。その理由は分からなかった。何せ今まであの人は自分の事をあまり話してくれないから。
それでも信用されていたのはあの人の真っ直ぐな瞳があったから。ショックだった。総介も、俺も皆も、先輩達も。今までたくさんよくしてくれていた恩人でもある人がこうも早く別れなければならないのか、と。唯一の、フィフスを嫌っていた人と。
だが、一番ショックを受けていたのは総介だった。アイツは逸仁さんに認められて色々と教えて貰っていたから。

「っさ、逸仁君。迎えが来てるよ」
「はい」

平然そうに、ここを立ち去ろうとする逸仁さん。どうしてあんなにあっさりとしているのか、きっとそれは俺達がこれ以上傷つかないようにしてくれているんだと、必死に思い込んだ。
最後まで語ってくれなかった。あの人がどこの中学に行くのか。どうして去ってしまうのか。

だけど、俺達は知ってしまった。

いつも通り部活をしていた俺達。ホーリーロードも近いし、相手のチームの情報を多くも知る為にDVDを見ていた。確かその時は、フィフスの指示により勝敗指示が決まっていた。勝つのは木戸川。相手のチームは月山国光。だけど、いつもの癖で皆して見ていた。
月山国光も有名校と言えば有名校。どんな選手が居るのか、気になっていた。
そして、そこで見たのは…

あの逸仁さんが月山国光でエースストライカーとして出場していたのだ。

「逸仁さん、月山国光に行ったんですね」
「ああ、お前達も元気そうじゃん」

嬉しかった。また出会えた事に。確かに驚いたけど、それよりも嬉しかったのだ。出来れば勝敗指示が決まっていない時に戦ってみたかった。
だが、月山国光が彼に送る視線が自分達みたく仲間意識するものじゃなくて、敵視するような目で逸仁さんを見ていたのだ。

「貴殿等は本当に余計な者を送ってきてくれた」

――フィフスに従わないシードなんて役に立たない。

****

「そこで、俺達はようやく気付いた。逸仁さんが元木戸川のシードだったという事を」
「俺達は、騙されたんだよっ」
「そんな事が…」

一通り状況が分かっていない一年生達に説明した貴志部。和泉もまた表情を歪ませながらそう吐き捨てるように言う。全て聞いた一年生達は改めて総介の傍に居る逸仁を見た。確かに明るそうな性格をしてそうだし実力もありそうだ。人も良さそうにも見えるし、シードには見えない。
見えないからこそ、何を考えているか分からない。

「なるほど、キミが壱片逸仁君か。聞いてるよ」
「…あんたは確かアフロディさんだっけ?見たぜ、今日の試合。あんたも面白い事するなあ。わざわざ雷門と同じ立場に立って試合をやろうなんてさ」
「僕は彼等を信じてたからね」
「…っは!」

アフロディの言葉を聞いた瞬間、逸仁はくっくっくと喉で笑うように肩を震わせる。やはり、彼の事が読めない。これは、自分達は嘲笑われているのだろうか。何にせよいい気分はしない。

「いやあ、お前等本当にいい監督持ったじゃん」
「何…?」
「それに、総介もあの鏡の片割れである悠那を助けちゃうとは…」
「うるせえ!あんたには関係ないだろ!!」

はたまた逸仁の襟首を掴みそうになる総介を和泉と跳沢が何とか抑える。顔を真っ赤にさせながら逸仁を睨みつける様子はまるで、一年前の彼等を思い出すようで今になっては居心地が悪かった。
そんな彼等を傍らで逸仁はついに腹を抱えて笑い出していた。

「まあ、この監督のおかげでフィフスに飲み込まれずに済んだんだ。俺からも礼を言うぜ。さんきゅ」
「……なるほど、噂通りだ。
キミはシードにしながらシードらしさがない」
「おーい、俺の礼はスルーか?」
「キミの目的は何だ?」

その発言に、逸仁は開いていた口を閉ざした。かと思えば口角を上げだす。アフロディは目線を彼にやったまま、目を離さない。逸仁は顔を俯かせているにも関わらず不気味そうに笑う表情を止めない。それがどういう意味なのか。
アフロディは聞いていた。壱片逸仁がどういう人物なのか。だがしかし、パっと出の自分にそう易々とシードである壱片逸仁の情報を漏らすフィフスではない。だからアフロディが知っている事は彼がシードらしくないシードという事。彼の目的はきっとあの聖帝にしか分からない。
聖帝に聞けないなら、自分から聞くしかないと考えたアフロディは黙って彼の返答を待つ。それは総介達も気になっていたのか、誰も口を開かずに逸仁の返答を待った。

「知って、どうすんの?あんた」
「どうするも何も…
他人の事を知ってて自分の事を明かさないなんて、不公平じゃないかい?」
「ほへー…こりゃビックリ。そんな事言う人初めてかも」

面白いね、お兄さん。とまた笑う逸仁。それと同時にキラリとピアスが光る。今の話しの中でどこに笑う要素があったのやら。
だが、これで自分達はようやく彼の本性を聞けるのだ。

「俺ァ確かにシード。フィフスはもちろん嫌いだ。今も昔も。汚い事しか出来ないアイツ等がな」
「そんなキミが何故シードに?」
「やりたい事っていうか、やらなきゃならない事があるからだ」
「やらなきゃならない事?」

彼の事だからまた拒むのかと思っていた。だが、彼はあっさりというより少し濁しながら自分の事を話していった。まだ濁している所を見ると、やはりまだ自分達は誤魔化されているのだろう。彼の言うやりたい事は一体何なのか。貴志部が思わず疑問符を浮かばせれば、逸仁はニッコリと笑った。

「っそ。最初は難しい事かと思ったが、意外にも早く終わりそうなんでね」
「内容は教えてくれないのかい?」
「言えないかな」
「…もしかしたら、キミの力になれるかもしれないんだよ。だって、ここにはキミの後輩達が居るじゃないか」

そう、ここには以前まで自分の仲間として戦ってきてくれた総介達が居る。
それを聞いた逸仁は目を総介達にやる。確かに昔より力はあるし、心強そうだ。一年生達も増えているし彼等が再び仲間になってくれれば自分は多少楽になれるだろう。だが、それでは意味がない。

「気持ちはありがたいけど、これは俺自身の問題なんだ。邪魔しないでくれ」
「俺達は邪魔なのかよ」
「…ああ、そうだ。邪魔だ」

「っ…フィフスに飲み込まれるなって言ってた癖に…あんたが一番!!」

――フィフスに飲み込まれるな、総介。

「あんたが一番飲み込まれてんじゃねえかよ!!」

あの日、裏切られた事を忘れた日なんてない。あの日からずっと、フィフスを嫌いになった。
だけど、自画自賛だがそれと同時に強くなっていく俺はフィフスに忠誠を誓おうとした。あの人よりも強くなりたくて。

「…そうかもな、」

そういや、誰かさんにも俺はフィフスなんかに飲み込まれるかよって言った気がするな。
確かに俺はフィフスに一応忠誠を誓ってシードとしてこの木戸川を操っていた。影でこそこそやるなんて、まるでスパイ。ここまでするのはきっと飲み込まれた奴にしか出来ないだろう。
だけど、俺はアイツの為にも、これを成し遂げなければならない。
例え飲み込まれようと、裏切られたと罵倒されても…

「悪いが、お前達は俺に言わせちゃ役立たずなんだよ」
「っ!」
「じゃあ、あんたは何の為に来たんだよ…」

役立たずの自分達が居るこの木戸川に、この男は何の為に来たのだ。それだけが皆の疑問である。また自分達を裏切る為に来たのかと勘違いしていた。今、この話をされるまでは。だからこそ、彼の力になりたい。それなのに、彼はまた自分達を遠ざけようとする。
確かにここは逸仁の母校である。だが、その為にだけ来たというのはどうも嘘くさく感じてしまうのだ。

「何の為も何も、ここは俺の母校だぜ?見に来ただけさ」

そう言って、茜色に染まっている大空を見上げた。
その表情が、先程よりも切なげに見えたのはきっと気のせいなんだ。




prevnext


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -