悠那の声が聞こえたところで、審判の人は胸骨圧迫を止める。
それと同時に悠那の口から飲み込んでしまったであろう海水が滑り落ちてきた。

『ぅえ…うぅ…ゲホッ…』

滴り落ちると共に悠那は上半身を起こして、直ぐに口から飲み込んでしまった海水を吐きだした。

「そうだ、ゆっくりでいい。飲んでしまった海水を吐きだしなさい」
『うっ…ぅえっ…』

全て吐き出したのか、肩を大きく揺らしながら酸素を吸い込んだ。
辛そうに息をする彼女を見た葵と茜は落ち着くように、悠那の背中を擦りだす。

『あ、れ…私…』

顔を上げた悠那は目を細くしながら周りを見渡す。周りを見れば、皆が皆安堵の息を吐いていた。あれ、何だかこの光景を見るのはこれで二回目だ。と、いう事はだ。自分はまた皆に迷惑をかけた事になる。
というか、何で自分はここに居るんだ。確か、自分は溺れかけていた筈だ。
そう思った時だった。

ドスッ!!

後頭部から、誰かが殴ったような痛みがきた。

『いたっ?!』
「てめえ…何回落ちたら気が済むんだ…ああ?」
『ひいっ!?』

振り向いてみれば、すごい形相で拳を握りしめる総介の姿。拳を見る限り自分を殴ったのは総介らしい。彼の優しそうな笑みはどこへやら、今ではあの時と同じ形相でこちらを睨みつけている。正直怖い。悠那は自然と顔を下に向けた。

『す、すみません…』
「チッ…」
『(舌打ちされた…)』

これは許されたのか許されていないのか分からない返答だが、恐らくはまだ許されていないのだろう。悠那は落ち込んだ。すると、目の前に白いタオルが遮る。不思議そうに顔を見上げれば、今度は総介ではない人が悠那にタオルを差し出していた。

「良かったら使って」
「助かって良かったよ」
『…!』

総介とは違って優しい口調でタオルを差し出してきたのは貴志部。その隣にはあの快彦が居る。悠那は戸惑いながらもその差し出されたタオルを受け取る。冷え過ぎたのか、タオルに触れた瞬間温かい物が伝わってきた。肌触りもいい。思わずタオルに顔を埋める。微かに嗅いだ事のない匂いが香りが自分の中にあった不安が一気に消え去った。

《ここで大会委員から今のピッチダウンの説明が届きました!

何々?先程のピッチダウンは係員のミスで起こったものらしいです!どうやら確認するのを忘れていたらしいです!》
「迷惑な話だぜ」

倉間のその言葉に、全員頷いた。被害を受けた自分達。溺れていた人が居たが、怪我がなくて済んだものの、この調子でここの設備は大丈夫なのだろうか。
一方、その溺れかけていた悠那はこの場に合わないくしゃみをしていたが…

「…戻るぞ貴志部、快彦」
「ああ、そうだな」
「うん」
『あ、あの…タオル…』
「ああ、あげるよ。それで濡れた体拭いて」

と、紳士的な笑みを浮かべて言う貴志部と無邪気そうに笑う快彦。きっぱりと言われたものだから悠那は素直にそれを聞くしかなかった。

「大丈夫か谷宮」
『はい。監督、竜吾兄さん、錦兄さん助けてくれてありがとうございます』
「気にするな」

多分、有人兄さん達服が濡れてるから助けてくれたんだと思う。錦兄さんも、さっきよりも結構濡れてるからきっと。
自分もよく生きていられたな。なんていうゴキブリ並みの生命力。なんて、自分で自分を貶していれば、傍に居た霧野が自分の肩に手を置いてきた。(直ぐに離されたけど…)

「どうして直ぐに上がってこなかったんだ」
『(ギクッ)あ、あはははは〜…』
「笑って誤魔化すな!」

霧野の問いに笑って誤魔化そうとすれば、今度は狩屋に両頬を抓られてしまった。これでは言えるものも言えない。というか言う気なんて更々ないし、何より先程みたいに笑われるのがオチだ。というか、さっきまで溺れかけている人を見て笑ってた奴等に言うもんか。

「谷宮はカナヅチを持っていたからな」
「「「「は?!」」」」
『何で言っちゃうの?!』

というか、もう少し優しく抓ってほしいんですけどマサキ。なんてどうでもいい事を心配する悠那。狩屋に抓られていた両頬は鏡を見なくてもきっと赤くなっているであろう。女子に容赦ない攻撃を仕掛けてきた狩屋を内心恨んでいた。

「カナヅチ…」
「お前…運動神経いい癖に泳ぐのは無理なのか…?」
『…だから嫌だったんですよ、皆に言うのは…今回だけは見逃して下さい』
「昔バカにされたからなあ…っ」

神童が茫然とするように呟き、水鳥が拍子抜けた表情でこちらを見下げてくる。そう、自分のイメージは運動神経がいい事である。昔から言われていたのだ。無理でも自覚してしまう。これを世間では運動バカというのだろうか。
皆が唖然としながら自分を見下げる中、染岡は口元に手を当てて笑うのを我慢していた。

『竜吾兄さんまで笑った…!もういいよ!皆笑いたきゃ笑えよ!どうせ私はカナヅチですよー』

完全に拗ねてしまった悠那。さっきまで溺れかけていた割にはかなり元気そうにしている。すると、悠那のその言葉を合図に、水鳥と倉間、おまけに狩屋が笑い出した。くそう、別に悔しくねえし!!←

「バッカだなあ!カナヅチなんて可愛いもんじゃないかっ!」
『“可愛い”?』
「うん、可愛い」
『茜先輩まで…!!』

茜先輩まで私をバカにした…!
大体カナヅチなんて可愛いものじゃない。どちらかと言うとダサいの間違いだ。それに、さっき溺れかけていた時の事は絶対に忘れないからな。(←根に持っている)

「そういう女子こそ、男子は守りたくなる。だろ?」
『は?』
「「「「Σ?!」」」」

いきなり何を言い出すんだこの人は。と思いながら皆の様子を横目で伺ってみれば、さっきまで笑っていた倉間先輩とマサキが止まった。そして徐々に頬を赤くしていく。それを見た瞬間、自分の頬も熱を帯びていくのが分かった。
てか、私守られる程弱くない…!筈…うん。
…ま、まあとりあえず…

『へっくしょん!』

ズビッと鼻から垂れてきそうな鼻水を吸った。「もう少し女らしいくしゃみしろよ」と霧野先輩に言われたが、これだけはどうしても無理だ。よく漫画とかアニメとかで「くしゅんっ」と可愛らしいヒロインを見かけるが、あれでは絶対にスッキリしないと思う。

「一応病院いきますか?」
『い、いえ!もう大丈夫です!鼻の奥が痛いけど…はい、大丈夫です!』
「そ、そうですか」

審判もまた彼女の元気さに思わず苦笑の表情を浮かべる。
まだ心配そうにしている様子を見せるが、本人自体が大丈夫そうだったのでこれ以上は何も言わなかった。

「っさ、戻るぞ」
「「「「はい!!」」」」
『へっくしょん!』
「「「「……」」」」

色々と台無しである。

…………
………



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