皆の驚きの声を聞くも、自分は声すらも上げられなくなっていた。

ねえ、嘘でしょ…?
足元から徐々に上がってくる大量の水。鼻を擽るのは先程から匂っていたであろう海独特の匂い。
ピッチダウンは、試合が終わったというのに動いていたのだ。それも不可思議な事に、雷門の選手達が落とされているのだ。

「ぶはっ!」
「皆!大丈夫か?!」
「あ、ああ…」

落ちてしまったであろう、雷門の選手達。天馬を始め、神童、霧野、他の皆も海から顔を出して自分の無事を確認させる。どうやら、自分達は落ちただけで何ともないらしい。直ぐにピッチダウンされていないピッチへと泳いでいきベンチに居た青山達に上げて貰う。

「そいや、悠那は?」
「上がってねえな…」

ビチャッ!

『っは、っは…!ぶはっ…』
「何だ居るじゃん」

ピッチに何とか上がった狩屋がいち早く悠那の事を確認した。皆もその言葉にそちらを見れば、顔だけを水から出して何やら水面を激しく揺らしている悠那を見た。
その姿は随分と彼女らしくなく異様で、彼等は思わずプっと吹いてしまう。

「何だよお前、その動き!!」
「ふざけてないで早く上がれよ…っ」
「ほら、ここまで泳いでこいよ」

水に浸かりながら笑う倉間。若干笑いそうになるのを堪える霧野。彼女に向かって手を差し伸べる一乃。だが、一向に一乃の手を握ろうとしない悠那。むしろそちらまで泳ごうともしていない。普段ふざけたりしている彼女だったが、ここまで粘るのは初めてだ。
やっと、彼女の様子がおかしいと察した神童が、水に浸かる彼女に向けて口を開いた。

「どうした、悠那…お前、それじゃまるで――…」
『…すけ、てっ…た、たすけ…っごほ』

溺れているみたいじゃないか、と言おうとした時だった。彼女が忙しない口調で何やらこちらに訴えかけてくる。もう海に浸かっている人はいない。彼女の声は確かに神童の言葉を遮ったが、水が跳ねる音やらで中々聞こえない。
そうしている間にも、どんどん彼女の顔は水の中に入っていく。今、彼女の目に浮かんでいるのは海の水なのか、それとも涙なのか。彼女の表情はどんどん恐怖を感じるような表情になっていき、やがて、彼女の顔は水の中に吸い込まれていった。

「え…ユナ…?」

――たすけて…?

…………
………

ピッチダウンされてしまい、水が溢れてくる。
水は膝から上へ、腰から上へ、胸から上へ…

ゴポッ…

ついに自分の体は、海の中に浸かってしまった。
頼みの綱であった、先輩達やら天馬達に必死に「助けて」と訴えたが、彼等は自分を助けるどころか自分の変な行動に笑っていた。そんな彼等を見て、自分は初めてあの人達を恨んだ。ふざけんな。今ここで溺れているだろうが、と。
確かに自分はカナヅチの事を伝えていないし、彼等が知らないのは仕方ないとも思っている。だが、ここまで溺れていますと主張しているのに誰も気づいてくれないなんてとんだ仕打ちだ。
一生懸命顔だけでも出していた。だけど、それは続かなくって気付けば海の中。

ああ、自分は泳げなかったんだっけ?と改めて実感した。
どうすんのさ、私。いつ上がってくるか分からないピッチダウンで、私の息は続くのだろうか…?

ゴポッ…

うん、知ってるよ。手足を動かしても小さい頃しか泳いだ事がなかったから泳ぎ方を忘れちゃってるから上がり方すら分からない。
意識が朦朧とする中、自分が落ちたであろう所を黙って見た。

ねえ、聞いてよ皆。
私今とても眠たい。

でもね不思議とさ、嫌な気分じゃなかったんだ。
このフィールドに立つ事もやっとだったのに、今になって考えればあのフィールドで走ってたって分かると良かったって思うんだ。
今は息が出来なくて苦しいのに、泳げなくて悔しいのに、

清々しい気分。

周りを見渡せば青ばかり。
空に負けない蒼さだなって思う。本物の海も、こんな風に青いのだろうか。
音も聞こえない。海の中って、水の中って、こんなにも綺麗だったんだ…

遠退いていく意識。
私はその中で、バカだなって思う程水の中を満喫していた。

…………
………

《こ、これはどういう事だあ!?試合が終わったというのにピッチダウンが起こったぞー!?雷門の選手達は大丈夫なのか?!》

意味が分からなかった。
試合は谷宮悠那が化身シュートを打って雷門の勝利で終わった筈なのに、まだピッチダウンが続いていた。

アイツ、俺を見て笑っていた。嘲笑うとかじゃなくて純粋な笑み。
何でそんな笑みをして俺を見たか分からない。そう思っていれば谷宮悠那がこちらに来ようとしてるのか、足をこちらに進めてきた。
だけど、その時に雷門側の方から水が上がった。
試合は終わったばかりだぞ?何でピッチダウンが…

しかも雷門全員、水の中。その中にアイツもいる。俺が助けにいかなくても、アイツは上がってくるだろうと思ってピッチダウンされた場所を見やる。
だが、中々上がってこない。

「ユナ−!!」
「悠那ー!!」

雷門も俺達木戸川も、ギャラリーや審判も実況に固まるしかなかった。

「お、おい…アイツ、上がってこないぞ…?!」

何とか上がってきた雷門達はピッチダウンされた場所の方を唖然としながらも見やる。確か、さっきまでアイツ等は谷宮が溺れているのにも関わらず笑っていた。だが、それはきっとアイツがふざけているようにしか見えなかったから。
あの谷宮もそうだが、ピッチダウンされたフィールドも上がってこない。

「あ、あの…悠那ってもしかして…」

その続きは嫌でも理解出来た。そういえばアイツ、ピッチダウンが起こる度に怯えてたっけ?しかも自分が落っこちそうになれば動かないし。今になっては、異様な溺れ方をしていた。
もしかして、カナヅチなのでは…?

「うそ…?!」

カナヅチは元々泳ぎが出来ない事を言うが、あんな怯えるか…?あの反応は、どちらと言うと

トラウマ

「っ!」
「お、おい…総介?」

ムカつく。何がと聞かれたら別にこれといってない。いや、自分にもよく分からないイライラが襲いかかったのだ。その怒りを抱きながら、俺は雷門の方へと足を進めていく。
そんな俺の行動が気になったかは知らないが、貴志部が俺に声をかけてくるが無視だ。これで俺は何回無視したのかは分からないが。

「おい雷門!!」

そして、いつの間にか俺は声を上げていた。何事だとこちらを振り向く雷門。未だに不安げな表情を崩さないまま俺の方を向いてくるもんだから、また俺のイライラが溜まっていく。

「早く助けに行けよ!仲間だろ!」
「け、けど…そろそろ戻ってくると思うし…」
「んなの待ってられるかよ!!」

試合中とは全く正反対の事を言っている自分が何となく気持ち悪く感じた。鳥肌だって立っている。そんな俺に仲間がどうとか語られたくないと思うが、状況が状況。
怒り任せで上げた俺が雷門に向けてそう言い放つと、雷門の後ろから雷門の監督と後半から居た白スーツの男が歩み寄ってきた。

「俺が行こう」
「俺も行くぜ」
「わしも行くきに!」

スーツを派手に脱ぎ捨てた大人組と、もう一度海の中に入ろうとしている雷門の選手。そのスーツを女の人が拾い上げて不安そうな表情でその人達を見やる。雷門の監督と白スーツの人と錦という奴がザバッと海の中へ潜って行く。どうやら、あの谷宮を助けに向かったらしい。
残された俺達は、潜ってしまった大人組と錦という奴を待つしかなかった。今のところ木戸川に負傷者も居ないし、木戸川だけは戻れる身だった。だが、ここまで言ってしまった以上、戻りにくくなってしまった。

「おい…どうすんだよ…」
「どうするって言われましても…」
「監督も染岡さんも、錦もいっちまったしな…」
「悠那ちゃん…」

潜ってしまった鬼道と染岡を待つしかない雷門。先程まで笑っていた自分達。数分前の自分達を殴りに行きたい。何故、彼女の異変に早く気付かなかったんだと。何故、彼女を助けに行かなかったのだと。
ピッチダウンはさっきから上がる気配がない。

「ユナ…!」

彼等は何も出来ずに、ただ待つしか出来なかった。


…………
………

悠那がカナヅチだという事は唯一監督である鬼道と染岡は知っていた。そして、話しを聞いていた錦ぐらい。錦もきっと、彼女自身の事だから自分からは言えなかったのだろう。だからこそ、錦は今こうして探している。

「(どこだ…悠那…)」

と思った矢先、目の前にはピッチダウンされたフィールドの一部があった。随分深くとフィールドは落ちるものだ。そして、その上には仰向けになって目を閉じている悠那の姿があった。その姿はまるで白恋中の時と似ており、思わず寒気が襲った。
暖かい時期とはいえまだ冷たさを保っている海。そこに潜れば誰だって寒気はするもんだ。だが、鬼道が感じた寒気はそれとは全く違った感覚だ。

鬼道は今過った思考を遮って、染岡と錦の方を見やる。視線が合った二人はコクンッと頷き、フィールドへと潜っていく。息の確認が出来る時間など今の三人にはない。鬼道と染岡は彼女の腕を肩に回し、錦は彼女の背中を押して直ぐに上がり出した。水圧と悠那の重さで上がりにくかったが、自分の足に集中させ必死に足をバタつかせた。


「(ユナ…)」

確かアイツは小さい頃は普通に泳げた筈だ。自分の知る限りは、だけど。だからカナヅチは絶対にありえない。
だが、もし…カナヅチだったら…
剣城の心拍が一気に上昇した、その時だった。

ブクブクッ…

「「「「!」」」」

今まで静かだった水面に、数個の泡が立った。それを見て、上がってきたと直ぐに分かった。

ピチャッ…

「ユナ…!」

次に現れたのは、悠那の水で濡れた顔。そして、続いて鬼道と染岡、錦が顔を見せてくる。
現れた悠那の顔に、皆が安堵の息を吐く。総介もまた安心したように笑みを浮かべて彼女を引き上げようとする。天馬達もまた彼に遅れまいと、悠那を上げようとする。鬼道達は自分達で上がれたのか、春奈達からタオルを貰っていた。

「ユナ!大丈夫?ユナ!」
「水を吸い込みすぎたな…」
「そんな…!」
「この子は大丈夫ですか!?」
「衰弱している…」
「そうですか…」

天馬が声をかける中、審判をしていた人も心配だったのか、悠那に近付いていく。そして、鬼道の判断に審判の人は彼女の手首を掴み、しばらく様子を見る。
何をしているのだろうか、と皆が思った時、審判の人は直ぐに顔を上げてきた。

「助かりますよ」
「「「「え!?」」」」
「私、昔は消防隊やってましたんで。任せて下さい」

審判の人はそう皆に安心するように言い、微笑んで見せる。そして、次に行動を起こしたのは心臓部分に両手を交差させながら強く推していく。世間でいう胸骨圧迫というもの。実際に見るのはこれで初めてだが、されているのが自分の仲間だというのが腑に落ちない。助かるとは言われても、やはり不安は不安なのだ。
どんどん押していけば、少しだけ悠那の指が動いた。
そして…

『っう…』
「「「「!」」」」

下から小さな呻き声が聞こえた。




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