「“重機兵バロン”が破られた…」
「チッ…」
「くっ…

!…監督、」

いきなり後半に入って調子を取り戻した錦。それどころか雷門もまた調子がよくなってきている。そんな錦に自分の化身が破られた。その事に自分でも驚いていたのか、ゴールに入っているボールを唖然とした目で見る硬山。総介もまた一点取られた事に対して舌打ちをして、貴志部も悔しそうに見た後、ベンチでこちらを見ているであろうアフロディへと目をやった。追いつかれた事により悔しがる木戸川に対し、監督であるアフロディはただ笑みを浮かべるだけだった。

「これでこそ、雷門」
「どういう事ですか?」

アフロディの呟きが聞こえていたのか、ベンチに座っていた鬼怒川が聞き返す。だが、アフロディはそれには答えず、フィールドを見たまま黙って笑うだけだった。

「これでいい」

「(…まだ何か策を用意しているというのか…アフロディ)」

まだ余裕そうなアフロディの様子を鬼道は、警戒の眼差しで見ていた。

…………
………

2-2の同点、勝利を手にするのは果たして木戸川か雷門か。
ただ、前半と比べて雷門は錦の活躍により流れを自分達の方へとつかせていた。

「スゴイわ錦君!」
「やったやった!」
「これで同点っ」
「何だよ、いけそうじゃないか!」

同点になった所を見て、春奈やマネージャー達も喜び合って声を上げた。

「おい、これひょっとして…」
「ああ!」

そして、ベンチで座っていた青山と一乃。試合に出られないものの、同点に追いついた事はやはり嬉しかったのか、自分の事のように二人も喜んでいた。

「錦先輩!」
「さすがだな」
『かっこよかったです!』
「これがわしの実力ぜよ!」

天馬、神童、悠那が改めて錦をそう言えば錦は胸を張りながらも嬉しそうに笑みを浮かばせた。
すると、錦は悠那に近付いていき、彼女の背丈に合わせるように屈む。

「悠那、フィールドには慣れたか?」
『え?ま、まあ…』

周りには聞こえないような声のトーンで悠那に尋ねる錦。その問いに悠那は一瞬目を見開かせる。少しだけ周りを気にするように目を泳がせた後、曖昧な返事を返した。それを見た錦は満足そうに頷き、悠那の頭をガシガシッと撫でた。その意味が分からなかったのか、悠那は疑問符を浮かばせながらも自分のポジションへと戻っていった。

「流れはこちらに向いている!一気にいくぞ!」
「「「「おお!!」」」」

「…チッ…調子に乗りやがって…」

変に仲間意識を持つ雷門に、総介はまた舌打ちをしながら吊り上った目で睨みつける。
同点を取ったから調子に乗っている奴が、自分に挑発を送ってるようにしか見えない。何が仲間だ。くだらない。どうせ、信じたって裏切られるがオチだ。
アイツみたいにな…

「まだ同点だ。焦るな」
「焦る?雷門なんて俺の鉄騎兵ナイトで叩き潰すだけだ」

完全に頭に血が上っている総介。それは口調や雰囲気で何となく分かる。言葉こそ落ち着いているものの、内心かなり焦っているに違いない。貴志部が念の為忠告をしてみるが、総介はやはりここでも聞く耳持たず。

「落ち着け。今の雷門は勢いに乗っている。チームで力を合わせて抑えるんだ」
「いいから早くボールを寄越せ!」
「……」

もう一度総介に忠告するが、どうやら何を言っても彼には無駄だと分かったのか、それを見た貴志部は顔を横に振った後、隣に居た河宮と顔を合わせるなり頷き合った。

ピ―――ッ!!

木戸川からのキックオフで試合開始。
貴志部はホイッスルと共に河宮にボールを渡し、総介には振り返る事もせずにそのまま上がっていく。そんな彼等を見た総介は彼等がしようとしているか分かった瞬間、眉間に皺を寄せた。

「…俺にボールを渡さないつもりか!?」

「河宮!」
「和泉!」

バッ!!

「「!?」」

自分を置いて上がり出す木戸川。自分にパスが来ないのが気に食わなかったのか、総介は直ぐに上がるスピードを上げて河宮から和泉に渡る筈だったボールをカットした。
ボールは総介に渡った。

「「総介!?」」
「いくぜ!雷門!!」
「おいでなすったぜよ!」

ボールを味方から奪うように貰った総介。雷門陣内へ入り込んでくる彼に錦と天馬がボールを奪おうと目の前に立ち塞がった。

「うおぉぉおおっ!!」

「スゴイ迫力…」
「危機迫るってやつだな…!」

今にも化身を出しそうな程の雄叫びを上げてこちらへと上がってくる総介。
彼が前半より落ち着きがないように見えるのはきっと気のせいではない筈だ。

「総介!和泉!“ゴッドトライアングル”だ!!」
「分かった!」

だが、彼にボールが渡ってしまったのなら仕方ない。貴志部は必至に自分の立てた作戦を変え、和泉と総介に指示を出す。自分達の目の前に総介は走っている。貴志部と和泉も並んで走っている。だから、今すぐにでもこの必殺技は打てる筈だ。だが、その指示は総介に聞こえていないのか、それともただ単に彼が無視をしているのか。総介はそのまま天馬達に突っ込んで行こうとしていた。

「っ…総介!!」

自分の呼ぶ声も無視し天馬達に突っ込んで行く。なんて無謀なんだ。だが、総介は勢いだけで天馬達を抜いこうとする。

「邪魔だあ!」

錦と天馬からボールを奪われずにキープするとはかなりの実力。だが、ここで再びこのフィールドの特徴であるピッチダウンが発生された。

ザッパァァアアッ!!

「!」

しかもまた総介の目の前で。雷門側にとってはそれでゴールを守られたという意味でもあり、こちらからのキックオフとなるので問題はない。だが、裏を返せばこちらも不利な状態にもなる。ボールを落としてしまった総介は水に浮かぶボールをただ黙って悔しそうに見ていた。
ピッチダウンがなければ今頃シュートを決められたというのに。次から次へと、自分を腹立たせる事が積み重なっていく。

「チッ…」
「焦るなと言った筈だ!!」
「一人でサッカーしてるつもりか」

『……』

あの二人が言いたい事は何となく、というよりかなり分かる。だが、自分にはどうしても総介の気持ちが分からない訳じゃなかった。
最初は木戸川のペースで、気持ちよくシュートを決めていたのだ。それが、後半になってから錦に一気に点を縮められ、同点にまでされてしまう。彼は焦っている。木戸川が負けるんじゃないか、というそんな焦り。彼はフィフス派。だからこそ負けたくない。革命を起こしている雷門に。木戸川のチームを分離させた雷門に。
総介はそんな二人の言葉を聞いている傍らで、水に浮いているボールを見るのを止めて振り返った。

「木戸川清修で一番決定力があるのは俺だ!勝ちたければ俺をサポートしろ!!」
「何だと?!」

これでは売り言葉に買い言葉。総介の苛立ちは木戸川からでは無いものの、やはりどこにぶつければいいか分からずに仲間に八つ当たりをしてしまった。和泉は総介の言い草が気に食わなかったらしく、貴志部と共に睨みつける。それもそうだろう。誰だって勝手なプレイをされた挙句に相手にボールを渡すような行動をされ、更に自分勝手な事を言われたら腹が立つ。
ああ…これでは仲間をなくすだけじゃないか。

「なんか揉めてる」
「っま、雷門としては喜ぶとこだけどな」
「そうかな…?」

仲間割れはやはりまだ続いていた。小さな傷跡がまだ残っていたのだ。そしてその傷跡から今は罅が入っている。少しずつ少しずつ、いつ壊れてもおかしくない状態になっている。そんな彼等の様子を見ていた葵は水鳥みたいに素直に喜べばいいのか分からなかった。
そして、それは悠那も同じだった。

『んー…』

貴志部さん達の言いたい事も分かるし、同意も出来る。だが、総介さんの言う事も少しは分かった。だけど、お互いがお互いに、理解しあわないとそれは意味がないようにも見える。それがどれほど難しい事かも自分も理解している身だ。
やはり悠那はどこか変な所で考え込んでいた。

「兄さん…」

そんな彼の様子を不安そうにベンチで座って見ていた弟の快彦は何かを決心したように、近くに立っていたアフロディに声をかけた。

「監督、兄さんを下げて下さい」

それが一番、快彦にとって最もな判断だった。自分は兄みたいに力がある訳じゃなく、あの悠那みたいに自分も一年だがフィールドにも立てない。自分の兄には休憩の時でしか言えない存在だが、ベンチから何を言うのかは自由だ。

「…兄さんは確かにスゴイ。でも、このまま自分勝手なプレイを続けたら木戸川清修がバラバラになってしまいます」

自分の兄の実力なんて最初から分かっていた。だが、分かっていたからこそどうなってしまうか分かってしまったのだ。だからこそ自分達がせっかくアフロディのおかげでチームワークが纏まっているというのに、兄の所為でまた崩れてしまうのは嫌だ。
…自分の唯一尊敬する兄だからこそ、自分の目標にしている兄だかろこそ、嫌だったのだ。

「…よし、選手交代だ」

快彦の言いたい事は十分に監督に伝わった。アフロディは少しだけ考え込んだ後、考えた結果選手交代ときた。快彦は、自分のした事に後悔はしてなかった。兄には申し訳ないけど、チームの為にも兄の為にも誰かが言わなければならなかったのだ。顔を俯かせ、アフロディの次の指示を待った。

「河宮に代わって…

…滝快彦!」
「…え?」

その判断には快彦も驚いた。
何故なら、自分はホーリーロードが始まってあまり、というより全く活躍していなかったからだ。先輩達の練習相手程度に今まで練習してきた。どうせ、自分は実力があまりないから出られないと決めつけていたから。
なのに自分より実力がある一年の河宮と何故代わる必要があるのだ。信じられない…

「快彦。皆に伝えてきてほし事があるんだ」

その言葉の意味は、よく分からなかった。
だけど、きっと今の自分達にとっては意味のある言葉なんだ。そう思って、自分はベンチから立ち上がった。

…………
………

ピッチダウンされたフィールドが元に戻る間、快彦はフィールドの外で自分と交代する河宮を待った。今の交代に意外そうに見る木戸川の選手達。貴志部もまたその一人だった。

「快彦…?」
「どういうつもりだ?」

総介はニヒルを浮かばせながら、実の弟である快彦を横目で見ながら呟いた。
それはこちらの台詞だ、と快彦は内心兄に悪態をつきながらこちらに来た河宮と交代する。初めてホーリーロードのフィールドに立つが、まさかこのフィールドが初とは何ともまあ妙な感じだ。フィールドの中へ入って行った快彦はポジションに付くより先に、貴志部達の方へ向かった。

「キャプテン、監督からの指示です」
「次の攻略か?」
「はい」

跳沢がそう聞けば、快彦は頷いて貴志部を見上げる。

「“今この瞬間、誰にシュートを打たせればいいか、自分を誤魔化さずにプレイしろ”

…と」
「!…それだけ?」

それは攻略というのか、と言わんばかりに跳沢はベンチに居るアフロディへと目線をやる。それだけの指示で自分達の戦略になるのだろうか?ますます監督の意図が読めなくなっていく選手達。不安は募っていくばかりだった。

「…それで十分だ」

最初こそ訳が分からなかったが、貴志部はその言葉の意味をちゃんと理解したのか、快彦に向けて小さく微笑みかけた。だが、その様子を見てそうでも良さそうな調子で総介は鼻で笑ってみせた。

「バカバカしい」
「兄さん、これは監督の指示だ!!」

いくら総介でも監督の言う事は聞いてくれるだろう。ここで引いてくれれば、の話しだが。
彼がこんなにも捻くれ始めたのはいつの事だろうか。自分がこの木戸川に入学した時にはもうこんな風になってしまっていた。いや、それよりももっと前。そう例えば一年前とか。他の人が言うには雷門に現れた“鏡”の子達の所為と聞いたが、どうも違う気がしてならない。
快彦の予想はぴたりと当たった。総介は引くどころか、快彦へと絡んできた。

「どうかな?木戸川清修が負ければ、聖帝選挙は革命派に働く。

お前は雷門の勝利を願ってるんじゃないのか?」

ああそうさ。こんなサッカーするなら、革命を起こしている雷門を応援するさ。だけど、それとこれとは話しが違う。
今、それを言う時なんだ。自分の気持ちを、兄に伝えなきゃいけないんだ。

「革命の為にわざと負けたらフィフスセクターのサッカーと同じじゃないか!!

俺はこの試合に勝ちたい。勝って、俺達なりの答えを見つけたいんだ!!」

今までずっとこれを思ってきた。もう、革命とかどうでもいい。俺はこの試合に、雷門に勝ちたい。それだけだったんだ。

「…俺は俺のプレイをフィフスセクターにアピールするだけだ。

邪魔は許さない」

どうして、兄さんはこれしか言わなくなったのだろうか。
快彦はそれ以上何も言えずに、ただ黙って兄の背中を見た。



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