「やっぱ木戸川は強いなあ」
「皆、ちゃんと水分取ってね!」
「後半頑張ってね!」
「うん!」

前半戦、フィールドで活躍した選手達は、乾いた喉を潤しながら先程までの試合の事を振り返っていた。
一乃と青山の話しは若干違っていたが、確かに木戸川は強くなっていた。去年よりも。
三年生達もまた、その事を話していた。

「すまん。守りきれなかった…」
「気にするな。キーパーまで持ち込ませた時点で俺達のミスだ」

肩を落として落ち込む三国にドリンクを飲みながら励ます車田。ミスとは言え、さすがに前半戦で二点は痛い。電光掲示板は相変わらず木戸川の方だけ点数を付けている。
後半戦頑張らなくては、なんて思っていれば二人の横を珍しく肩を落とす錦が通った。そんな彼の様子がおかしかったのか、二人はそこで会話を止めてしまい錦の方を見る。鬼道もまた錦のその様子を気にするように見やる。

『…はあ、』
「ユナ?」
『!…あ、な、何?天馬』

様子がおかしいと言えば悠那もまた、前半戦の時もベンチの方で顔を俯かせていた。非常に珍しい。確かにベンチで試合を見守るのは彼女にとっては久しい感覚なのかもしれない。だけど、試合の様子を挙動不審になりながら見るのは初めてだった。特にピッチダウンが始まる時の様子が。そんな悠那に天馬は片手にボトルを持ちながら声をかければ、どもりながら返事をされた。
…やっぱりおかしい。

「何って、後半はユナも出るんでしょ?アップしないの?」
『す、するよ…後で…』

と悠那は天馬に言うが、一向にベンチから立ち上がる様子はない。休憩とはいえそんなにこの時間は長くはないのだ。天馬は首を傾げながら悠那を見下げる。

「気にするな松風。それより自分がまずどうしなきゃいけないか考えろ」
「あ、は、はい。分かりました…」

不意に横から聞こえた鬼道の声。天馬は鬼道の言葉に、悠那を心配するのを一旦止めてドリンクを置きに戻った。

『ありがとうございます。有人兄さん』
「…松風には話していないのか」
『カナヅチの事は、さすがに言いにくくって…』
「そうか」

言いにくいのも確かだが、恥ずかしいというのも残念ながらある。何しろ自分のカナヅチは体質などではないのだ。どちらかと言うとトラウマがある方。泳げないのも、トラウマがあって中々泳ぐ機会がない。だから、カナヅチと言われてもおかしくない。

小さい頃に家族と一緒に海へ出かけた時に不覚にも足を攣ってしまい、そのまま溺れて衰弱しそうになったのは覚えている。
その事を知っているのは旧雷門メンバー達だった。そして不動や綱海にバカにされ笑われたのもちゃんと覚えている。確かそこからだ。自分が他人に泳げない事を言わなくなったのは。

『(私、この試合大丈夫かな…)』

不安は募るばかりだった。


雷門がそんな話題で話している中、木戸化のベンチでもまた一部の選手が深刻そうな表情をしていた。

「兄さん、何勝手な事してるんだよ!」
「いいだろ、点入れたんだから…退けっ」
「っ…」

やっぱりな、自分がこんな事を言っても聞く耳持たずだった。馬の耳に念仏とはまさに自分の兄の為にある諺なんじゃないか?化身も一応馬だし、と快彦は思い始めた。

「監督」
「ん?」

今の兄弟の様子を見て、言う決心が付いたのか貴志部はアフロディに話しかけてきた。

「後半、総介を外した方が…あいつが居たらせっかく纏まっているチームがまたバラバラに…」

前半での総介のプレイを思い出す。自分の指示も聞かずに雷門のゴールにシュートした。結果的には良かったのかもしれないが、やはり納得できない。これではまたチームがバラバラになってしまうだろう。
あのまま放って置けばフリープレイをしてしまい、何の為にアフロディと約束をしたのかが分からない。その約束も水の泡となるだろう。
また、二つのグループに分かれてしまったら、今度こそ修復が不可能になってしまう。それだけは避けないと、と貴志部はそう言いたいのだろう。

「いや、このままでいく」

だが、アフロディの答えは即答であった。何故そこまで総介に拘るのだろうか。アフロディの考える事が益々わからなくなってきた貴志部。追及してもどうせ遠回しに伝えてくるか、言ってくれないの二択しかない。こちらには選択権がないのだ。

「けど、このままでは…」

納得が出来ない貴志部。もちろん貴志部は総介が嫌いだからとか苦手だからとかで言っている訳ではない。本当は一緒にプレイをしたいのだが、彼に気がない限りチームメイトもそれを望めないのだ。

「雷門を甘く見てはいけない。追い込まれれば追い込まれる程、それが新たな力となり更なる成長を遂げる」

それが雷門サッカー。
それは10年経っても変わらない強さだという事を、アフロディは改めて感じていた。

「そしてそのサッカーは、今の彼等にも受け継がれている。この試合、必ず総介の力が必要になってくる」
「ですが、監督…」

それとこれとは話しが別なのでは?と貴志部は感じた。
確かに彼等は去年より強くなったと感じられる。だが、去年はまるでそんな事がなかったかのように感じる。本気の試合だったのに、

「それに、全員で勝ち取ってこその勝利。そして、本当の勝利を勝ち取った時にこそ、キミ達の進むべき道は見える」
「俺達の、進むべき道…」

アフロディの言いたい事が徐々に伝わったのか、貴志部は考えを改めた。それを見たアフロディは黙って頷いてみせる。

「はい」

貴志部の表情から、迷いが消えた気がした。


「…(あん時わしがシュートをしちょれば…)」

先程から水分補給を全く取っていない錦。ただ黙ってその場に胡坐をかいて座っていた。そんな彼が気になるが皆が話しかけない所を見て一人で考えさせてやろうとしているのだろう、皆はグループになって話していた。そんな彼を鬼道は黙って見やる。

「ちゅーか、とにかく動き回ってマークを外さないとなあ」
「だよなあ…」

カツン、カツン…

「「?」」
「誰?」
「さあ?」

それぞれが休憩やら体を解したりしていれば、どこからか誰かの足音が響く。見上げてみれば、白いスーツに白い靴、白い帽子を身に纏った男性が居た。
髪の色とグラサンを抜かせば全体的に“白”がベースのシンプルそうに見えるが目立っており、そしてダンディーな男性が錦の前で止まった。

「錦」
「?…Σ!?し、師匠!?」
「師匠?」

ボーっと試合の時の自分を振り返っていた錦に白い男性が声をかければ、錦は瞬時に姿勢を胡坐から正座に直してその人物を見上げた。

『(今の声…)』

聞いた事があるような…
悠那はそう感じたと同時に目線を自分の膝からそっと上に上げた。それと同時に白い男性はかけていたグラサンを外し、視線を鬼道に移した。

「久しぶりだな、鬼道。悠那」

10年前に比べ、かなり大人になったがどことなくその人物を感じた鬼道と春奈と悠那。そしてアフロディにとってもまた懐かしい存在である――…

「染岡!」
「染岡さん!」
『…竜吾兄さん?』

「染岡…?」

染岡竜吾。
10年前、見事日本代表になったストライカーである染岡である。今は確かイタリアに居る筈。だが、こうして再会出来たのは嬉しい限りだ。最初は驚愕の表情を浮かべていた鬼道も春奈も表情を明るくしていき、悠那もまた頬を緩める。

「元気そうじゃねえか悠那」
『竜吾兄さんこそ』
「まーな」

染岡は、少し嫌味っぽく悠那に言って見せれば悠那もまた悪戯をするみたいに笑みを浮かばせながら答えた。
一方、天馬と信助は目を輝かせながら染岡を見上げた。

「そ、染岡さんってあの伝説の雷門イレブンの!?」
「ああ、そうよ」
「「うわあっ!!」」

天馬達の騒ぎようを見て、ああ染岡竜吾もまた鬼道達みたく有名人なんだと改めて感じられた。もう大スターだね、と悠那は内心苦笑する。天馬と信助は染岡みたく世界に行った人達を見ると必ず目をキラキラと輝かせるものだから段々読めてきている。染岡は短い返事をした後、足元にあったボールに目をやった。

「ちょっと借りるぞ」

ボールを足で上手く蹴り上げて持つ。その細かな動きが今でも出来るとはやはり染岡はサッカーをし続けている様子が分かる。それがまた嬉しくなってしまう。すると、ボールを持ち上げた後、染岡はポケットから赤いマジックペンを取り出し、何やらボールに何か書き始めた。

「え?」
「ボールに落書き?」
『んないい大人がそんな事する訳ないじゃん。サインとかじゃね?』

と、ニヤニヤしながら言えば、無言で染岡に見られてしまった。どうやらあの目は違うと言いたいのだろう、悠那が謝るまでジッと見ていた。(それでも手を動かしていた事に心の中で拍手を送った)
お前、さっきまでのスランプはどうしたと言わんばかりに鬼道も悠那を呆れながら見やる。

「何してんだ?」
「よしっ、

錦!」
「っ!」

水鳥が声に出したと同時に何かを書き終えたのか、急に声を上げた染岡。そして、有無を言わさず錦にそのボールを渡す。そのボールをよくよく見れば、そこには白い面に赤いマジックで描かれたであろう赤い丸い跡が付いていた。
錦はそれを見て何をしなきゃいけないのか分かったのか、黙って立ち上がった。

「…そうだなあ。あの木に蹴ってみろ」

錦が立ち上がったのを見ると、染岡は次に周り見渡す。すると、自分が探していたものが見つかったのかそれを指差して指示を出す。そちらを見ると水の上に突き出している中心に渦を巻いた一本の木。あれをどうするのだろうか、と思いながら錦の次の行動を黙って見た。

「……っ!」

錦は染岡の言葉にしばらくその指差された木を見やる。そして、決心したのかボールを染岡の指示出された木の渦に向かって蹴りだした。

バシッ!!

錦が蹴ったボールには赤いマジックで描かれた丸。それは木の渦の中心に当たっており赤い丸の跡が付いていた。跳ね返ってきたボールはそのまま染岡の方に戻ってきて、見事片手でキャッチしてみせる。
当たる確率が低いにも関わらず、錦は簡単に当てて見せた。

「言われた通りの練習はこなしたみたいだな」
『(練習…?)』

錦はイタリアから日本に戻ってきたと同時に染岡に試練を任されたのだろう。それが今のこれ。
きっと成功するまでに何回もやって何回も蹴っていたのだろう。こうして見れば一発でやり遂げて見せたが、かなり練習した筈。
錦は自分の苦手な物があれば、直ぐに克服してみせた。今回も、きっと。
自分とは、違って…

――助けて…

『……』
「…(言った通りの練習…?

っ!…染岡はイタリアのプロリーグで活躍しているが、そういう事だったか…)」

鬼道は思い出していた。
部活帰り、体もかなり疲れているだろうに、錦は人があまり立ち寄らない場所で必死にボールを蹴っていた事を。小さな青い丸に向けて赤いマジックで印付けたボールを蹴っていた、あの練習を。自分が見た時は青い丸には当たらず、惜しい所に赤い印が付いていた。だが、今ではそんな面影がなかったみたいにちゃんとあの渦に当たっている。
鬼道はあれが染岡の与えた試練だと分かった瞬間、小さく笑みを浮かべた。

「錦。お前ならもう大丈夫だっ、あとお前に足りない物は…

ズバリ飯だ!!」
「…はい!」

…………
………

「やっぱ、師匠の握り飯は最高ぜよ!」
「そうかそうかっ!」

染岡の持ってきた包み。その中には海苔など巻いていない握り飯ことおにぎりだった。それをその場で広げだし、美味しそうに食べ始める錦。そんな彼を満足そうに見やる染岡。そして、離れた場所には唖然とその光景を見やる他の部員達。

「訳分かんねえ」

全くだ。いきなり現れたと思ったらボールに印を付けてそれを当てろと指示を出して、次には飯ときた。
彼等の関係性は何となく分かったが、どうも付いていけない。

「お、そうだ。悠那!」
『…?』
「ちょっと来い!」
『う、うん…』

何故自分が今呼ばれたのか、理解出来なかったが行くしかない。悠那は部員達の視線を痛い程感じながらも、震える足を進ませて行った。
試合は止まっているというのに、ピッチダウンが起こるんじゃないかという不安があり、どうもハーフタイムでも気が引けない。

「やっぱりな」
『?』

そんな不安を感じながら染岡の近くまできた悠那。すると、染岡は彼女の様子を見るなり、そう呟いた。
悠那は未だに分からずに頭の中に疑問符を浮かばせる。

「(こそっ)トラウマの事話してないんだろ」
『…!』

悠那は目を見開いた。自分に話しがあるのだとは思っていたが、まさかそんな事を言われるなんて思っていなかった。だが、染岡は周りを気にしてくれていたのか小声で言ってくれた。だから後ろに離れている天馬達には聞かれていない。…恐らく。
これはこれで都合がいいが、どちらにせよ自分には逃れられない問題だった。

『恥ずかしい、から…』
「ははっ、お前も女だなっ。
言わなくてもいい。ただ、苦手を克服するんだ。怖いと思ってやらいつまで経っても克服出来ないんだぞ?」
『それは分かってる!でも、』

それぐらい自分が一番分かっているんだ。他人よりも、ずっと。嫌な部分は他の人達よりも分かっている筈なんだ。だからこそ、染岡に言われて少しだけ苛立っている自分が居た。声を荒げてしまったが、内容は聞こえていないだろうか。染岡が全て悪い訳じゃない。むしろ正しい事を言っていると思う。だけど、それに腹立っている自分が居て、嫌になってしまう。
だけど、分かってほしい。怖いんだ。そりゃもうここから逃げ出してしまいたいぐらいにだ。何故ピッチダウンというシステムを作ったのか、もはや忌々しい。

トラウマという物はそう簡単に消える物ではない。悠那は顔を俯かせて、横目で自分達の下に居る海の水を睨みつけた。

「―怖いから諦めるんか?」
『…錦兄さん』

いつの間に食べ終えたのか、手に付いた米粒を食べながら会話に入ってきた。そうか、天馬達には聞こえていないけど、近くに居た錦には今のやり取りは聞こえていたんだ。という事は自分がカナヅチが分かってしまう。ああ、また自分は笑われるんだ。なんて思えたが、錦は敢えてあまり触れてこなかった。

「おまんはそれで良いのか?この試合でおまんが活躍出来なかった理由をこのフィールドの所為にするんか?」
『そ、それは…』

したく、ない…
サッカーのフィールドは、サッカーのフィールドに変わりない。例え、時間が来ると竜巻が現れるフィールドでも、フィールド全体が氷漬けにされていても、そこは自分達が輝けるフィールドなのだから。
このフィールドだって、

「おまんなら大丈夫きにっ」

どこからそんな自信が出てくるのだろうか。錦だってさっきまで落ち込んでいたというのに。いや、そんな彼だからこそ不思議とそんな気がしてきたのだろう。
それが証拠に、自分の心拍数は平常を取戻し、震えも止んできている。
大丈夫、大丈夫…

絶対に大丈夫!!

「何話してきたの?」
『ん?内緒っ』

錦と染岡との話しを終えた悠那の表情は何となくスッキリとしていた。声を上げていたのが見えたので少しだけ心配だったらしく、天馬が控えめに聞いてくる。だが、悠那はそんな天馬に今日一番の笑みを浮かばせてそう答えた。
そんな二人のやり取りを見ていた鬼道はフッと小さく笑ってみせた。

「…後半は悠那と浜野は交代、ポジションを変えていくぞ!!」

「っ!」

…………
………



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