「いよいよ、木戸川との一戦か…」
「去年の雪辱、晴らしてやるド!」
「……」

相手よりも早く来ていた雷門は木戸川を待つ為、先にライナーへと乗っていた。中に漂う空気は決して軽いものでもかなり重いものでもなかった。ただ、緊張している、という事は毎回の事になってきていた。三年生なんて去年負けた所為か、いつも以上にやる気が溢れている。去年とは違いない今年は三年生にとって最後の試合。一試合一試合、抜け目がなかった。
それに比べ、天馬と信助は…

「今度はどんなスタジアムかな?待ち遠しいね!」
「うん!」
『二人共、勝負より先に思う事がスタジアムって…』

こちらは緊張と言うよりワクワクが勝っていた。これも彼等なりの緊張なのだと思うが、あまりにこの場に似合わない空気をそこだけ漂わせているのだ。まあ、そのおかげで悠那の中にあった緊張が少しだけ薄れた気がした。そして、それと同時に思うのはどこのスタジアムで戦う事になるのか。楽しみにはしているものの、氷のスタジアムやら巨大扇風機のスタジアムという例があるので嫌な予感しかしていない。
一生懸命練習してきたはいいが、これでは普通にプレイが出来ない。よくもまあ、あのスタジアムで承知が出たものだ。
そんな下らない事が頭を過った時だった。
向かい側の扉がウィーンッと開いた。

「退けよ!」
「っ!」
『「「?」」』

開いたと同時に鋭い声がライナーの中に響く。自分達の目線も自然とそちらに行ってしまい、言った本人であろう人物を見やる。そこに居たのは、バラバラになったきっかけを作ったであろう二人の兄弟。滝総介と滝快彦だった。総介に無理矢理退かされ、睨みつける快彦。さすがにここでは喧嘩出来ないと思ったのか、快彦は何か言いたそうにするか直ぐに引き下がり、悠那の目の前に座った。
まさか自分の目の前に座るとは思っていなかった悠那。快彦は座るなり顔を俯かせていた。

『(この人達が滝兄弟…)』

この快彦という少年とあの総介と話してみたい、そんな衝動が悠那に襲った。別に兄弟が珍しいという訳じゃない。ただ、少しだけ気になっただけ。なんて自分で誰に言う訳でもなく内心言っていれば、目の前に座った快彦が不意に顔を上げた。そして、目が合ってしまった。
お互いに目を見開く。まさか目が合うとは思っていなかった。きっとそれは快彦もそう思っただろう。目が合った瞬間、気まずそうに目を宙に泳がしている。これで自分と同い年なのだろうか、どうも可愛く見えてしまう。まるで信助や輝を見ているみたいで、自分の中にあった悪戯心が溢れ出してくる。再び目が合う快彦と悠那。
それを見た瞬間、悠那は彼にも緊張を解してもらおうと笑みを浮かばせた。その瞬間、快彦はまた目を見開いた。そして、少しだけ頬を赤らめた後、快彦もまたぎこちなく笑みを浮かべてくれた。どうやら彼の緊張は解れたみたいだ。

悠那と快彦がそんな事をしている中、ライナーには木戸川の選手達がたくさん入り込んできていた。その中の一人、神童にとって一番心配していたであろう人物が乗ってきた。二年生ながらも木戸川のキャプテンを務めている彼。確か名前は、貴志部大河。
貴志部はこちらを見ている神童に気付いたのか、改めて自分も目を合わせる。
そして、今の状況からは考えられない程の勇ましい目をさせた。

「!(…何だあの顔は…?迷いどころか、この一戦に賭けるあの強い思い…)」

さすがの神童も分からなかった。確か、今の木戸川は荒れていると聞いていた。その証拠にあの兄弟も仲が悪そうにしている。普通なら不安そうにしている筈なのだが、貴志部は神童の予想を越していた。どうしてそんな状態であんな表情が出来たのか。
その答えが分かるのは、今から始まる試合で明らかとなるだろう。
選手達は皆ライナーに乗り込んだ。あとは、相手の監督が乗ればこのライナーは試合会場へと向かう。いよいよ試合か、と皆が緊張しかけた時だった。

「「…っな?!/え?!」」
『どうしたんですか?』

急に驚きの声を上げだした春奈と鬼道。そんな二人を不思議に思った悠那は二人に声をかける。だが、反応がない。普段そんな驚いても声を上げない鬼道もどこか一点を見て固まっている。仕方なく悠那は二人が見ている方へと顔を向けた。

『え…?』

その瞬間、自分もまた鬼道や春奈みたいに動きが止まった。
思考も止まってしまい、まるで“彼”に時間を止められたんじゃないかと自分の感覚を疑った。だけど自分はちゃんと動いている。息をするのを忘れがちになってしまうが、何とか開いた口で酸素を吸う。
いや、まさか…

「アフロディ?!」

まさか、だった。
目線の先に居たのはホーリーライナーに乗ろうとしている男性。金髪の長い髪は右側にまとめて縛られており、かなり薄い水色のメッシュを入れている。そんな髪の中、栄える色が彼の赤い瞳。アフロディ。本名は亜風炉照美。鬼道や春奈、悠那にとっては懐かしい人物だった。
鬼道もまだ彼を自分の予想していた人物だと分かると席から立ち上がり、名前を出す。
あまりの行為に、天馬達もまた驚いた様子で鬼道の方見やる。

「「「「?」」」」
「アフロディ?」

驚く三人の中、他の皆は木戸川の監督が誰か知らなかったらしく疑問符を浮かばせる。
そんな彼等に春奈は茫然としながらも開いていた口で、説明した。

「雷門中と戦った事もある最高のプレイヤーよ…」
『しかも自称神って言ってもおかしくない…強力なプレイヤー…』
「「え?!」」

付け加えに悠那もまた説明すれば、信助と天馬は目を見開かせながらもう一度アフロディと呼ばれた男性へと目を向ける。
ホーリーライナーへと乗り込んだ時、彼の背後から見えた光が深くにも輝いて見えてしまい、思わず10年前の彼の姿とダブって見えたのはここだけ話し。
ホーリーライナーがスタジアムに向かう中、やはり中は相変わらず静かだった。

「(何故だ?何故お前がここに…お前もフィフスセクターによる管理が必要だと思っているのか…?)」
「……」
『(もう何が何だか分かんないよ〜…!)』

もう色々な事がごちゃ混ぜになっていき、心の中で目を渦にしながら頭を掻きまくる悠那だった。

…………
………

「――俺、滝快彦」

皆がユニフォームに着替えて、並んで歩いて行けば、隣に並んでいた木戸川の方から声が聞こえた。思わずそちらに目をやれば、そこには先程自分と目が合ったあの男の子、滝快彦がこちらを見上げていた。目線を見る限り自分に自己紹介をしているのだろう。

『あ、えっと…私は谷宮悠那。今日はよろしくね』
「よろしく悠那さん!」

まさかのさん付けで言われた。私の事を二年生か三年生だと思ったのだろうか?あまり慣れていないさん付けだったので自分には違和感しか覚えなかった。だが、こうして話しかけてくれたのは正直嬉しい。今までまともに話しかけてくれた人物は居ない。これから試合だからという事で馴れ馴れしく敵同士話すのもあれだが、快彦君はそんなのに構わず話しかけてくれたのだ。やはり、雰囲気からして輝や信助みたいで話しやすい。どもってしまったが。

「――ッフン、試合前なのに何敵同士話してんだよ」

ふと、こちらへと向けて文句を言う人物が。声からして前の方から。そちらを見てみれば、嘲笑するような笑みでこちらを見やる快彦の兄である総介が。どうやら今のやり取りを聞いていたらしい。これはヤバいな、と悠那が思った矢先、快彦が悠那より前に出て総介に突っかかった。

「兄さんには関係ないだろ?!」
「っま、お前は試合に出られないから意味ねえよな」
「っ!」

今にも殴りかかりそうな勢いの快彦。だが、そんな弟に対して総介は余裕そうな表情をしてこちらを見ている。声を張り上げた快彦を合図に、皆の視線がその兄弟の方へと向けられた。

『よ、快彦君…!落ち着いて…っ』
「…うん、」

良かった、何とか兄弟喧嘩は起こらなさそうだ。快彦の怒りを抑えた感じの様子が少し申し訳なかった。
だけど、自分も総介に何も言い返せない身。天馬達もまた快彦の事を心配するように見やり、貴志部もまた嘲笑する総介を見た後、顔を俯かせる快彦とそんな彼を心配する悠那を見ていた。
試合前からのちょっとしたトラブル。だが、それは何とか酷くならなくて済んだ。

カツン…コツン…

自分達の歩く足音。
足応えからして、コンクリートや氷ではない。木製で造られた物だと理解した。今回はまともなフィールドなのだろう、と少ないながらの希望を抱きながら自分の足を一歩一歩踏み出していく。数歩歩いた所だった。目の前から光が見えた。出口だ。そう思ったと同時に気付いた。出口に近付く度に匂ってくる海みたいな独特の香りと、ギャラリーに居るお客さんの歓声。
あと少し…あと少しで今日のフィールドが分かる。

そんな思いで、暗い場所から光のある明るい場所に出た時だった。

「「!?」」
「「え?!」」
『うっそやん〜…』

《ホーリーロード三回戦!!雷門対木戸川清修!!
試合会場はウォーターワールドスタジアムだあっ!!》

周りを見渡せば自分達が立っていたのは木製で出来た橋と、フィールド以外は全て海の水であろう。
こんな所で試合をやるのか、と思った瞬間血の気が引いてきた。

「「「「ええ―――っ!?」」」」
「これが、今度のスタジアム…」
『お、落ちたりしないよねえ…?』
「わ、分かんないけど…大丈夫じゃない?」

あまりの事に驚くも、悠那は橋に付いている柵から身を出す勢いで橋の下を覗こうとする。覗いたら覗いたで、そこには今の自分の姿を映す水面。それを見た瞬間、ここも海の水があると実感した。段々不安になってきた悠那は天馬に問いかける。だが、自分達はここに来たばかりでフィールドの仕掛けを知らない。だから、無い事を望んで天馬は曖昧な返事を返した。

「ビクってる割に、身は乗り出すんだな」
『は、はははは…』

狩屋の言葉に思わず自分のした行動を思い出す。思い出した瞬間、悠那は静かに柵から離れた。

「行こう」

驚く選手達の中、照美は表情一つ変えずに直ぐ皆に指示を出した。
それを聞いた瞬間、木戸川は雷門より先に自分達のベンチであろう場所まで歩き出す。

「行くぞ」

動き出した照美を見た後、鬼道もまた遅れながらもそう静かに指示を出し、天馬達もまた歩き出した。

…………
………

ドンッドンッ

「思ったよりしっかりしてるド」
「氷に比べりゃ楽勝ッスね」

自分達のチームのベンチまできた雷門。ベンチに付くなり、天城は足場はどれくらい良いものなのかを確かめるべく全体重を片足に込めて叩き落とす。少しその場は揺れたが、落ちる事もなくまるで船みたいにバランスが良かった。それを見て浜野もまた足場が覚束なかった氷よりはマシだと言う。

「(ウォーターワールドスタジアム…どんな仕掛けがしてあるんだ?)」

足場を確認している選手達を横目にしながらもフィールド全体を見渡す。今までのフィールドからして何らかの仕掛けがあったのは確か。普通のフィールドならわざわざ海の上に作らなくても良い筈。ここでしか出来ないような仕掛けが必ずある。足場もわざとしっかりさせているようだとすれば…?
すると、自分の視界に一人の選手が写った。

『(だ、大丈夫大丈夫…いや、やっぱり全然だいじょばない…!)』

先程から体を硬直させて板から見える海の水を見やる少女。周りが体を解しているというのに彼女は一体何をやっているのやら。その姿はあまりにも不審であり、思わず溜め息が出そうになる。だが、それを抑えて彼女の様子を黙って見やった。

皆はこのフィールドは楽勝楽勝と言って安心するように体を解しているけど、自分にとってはかなり楽勝じゃないと思えた。いくら板はしっかりとしているだろうが、少しは振動して揺れたのだ。それがあただけで気持ち悪くて心拍数まで上がっていく。
怖い、怖くてたまらない。カナヅチにとってはそれはもう血の気が引きまくっているのだ。
いや、実際は落ちたりはしないだろうが、もしもという事を考えてしまう。

「……」

はあ…と溜めた息を吐く悠那。内心では自分と戦っていたらしく、それが疲れたのかベンチに来て座り込む。そんな悠那を見た鬼道は何かを考えるかのように自分の手元にある選手の表を見た。

「(大丈夫だ。これなら繋ぎ目を気にしないでドリブルが出来るっ)」

天馬もまた自分の足場にあるボールを足で転がしながら浜野や天城みたくプレイに問題ないか確かめていた。

「――…先発メンバーを発表する!」

その鬼道の合図に、車田と悠那の表情に不安と緊張が走った。

「FW:剣城、倉間。MF:神童、浜野、錦、松風。DF:西園、狩屋、車田、霧野」
「「!」」
『(ホッ…)』

鬼道に呼ばれた車田は一度俯いて見せたが、直ぐに目を見開かせ安心したように笑みを浮かべた。一方、名前を呼ばれなかった天城は唖然と言わんばかりに口を開けていた。悠那は呼ばれなかったにも関わらず、安心したように胸を撫で下ろしている。

「GK:三国。以上だ」

最後にGKを言った鬼道はそれだけ言い、ベンチに座りだす。

「外されたド…外されたド…」
「(天城…)」

「残念だったね、ユナ…一緒にプレイ出来なくて…」
『な、なな何で?だって人数が増えたんだがら外されるのは当たり前だよ!』

うんうんっと頷きながら頭を掻く悠那。おまけに空元気とも思われる笑い声を上げている。そんな彼女に天馬は一瞬違和感を感じていたが、試合が始まるという事で何も聞かなかった。

…………
………



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