グラウンドの隅でも分かった天城の声。いや、それだけではない。グラウンドで練習している人達全員の声がこちらに響いてきており、つい目がそちらの方に行ってしまう。一人ひとりのプレイが変わって見えてしまう。これも鬼道のおかげなのだろうか。皆が輝いて見える。思わず自分の役目も忘れてそちらの光景に意識が行ってしまう。悠那はボールを抱えながらボーっと胡坐をかくなり、まるで自分の目にそれを焼き付けるかのように微動だにしなかった。

「悠那ー、聞いてるー?」
『んんー…』
「ねー…」
『ぅんー…』
「……」

だから、狩屋が今まさに声をかけても変な返答しか来ない。こちらを見る気配もしなければ、練習を再開させる気もない彼女に、狩屋もまた呆れるように腰に手を当てる。もはや彼女の行動には怒りを通り越して呆れてしまうようだ。いや、別にウザったいとかそういう意味ではない。彼女だって彼女なりに真剣に考えたりする事はある(天馬曰く) 努力だってしている方だ(信助曰く)
だが、彼女のマイペースさにはたまに呆れてしまうのだ(天馬&信助曰く)
だからこそ、この状況は非常に困っているのだ。完全にこちらを無視をしている彼女はもう使い物になりそうにない。仕方ないから一人で天馬と信助の協力しよう。

「…天馬君、信助君。もう悠那なんか放っといてやろうよー」
「「んー…」」
「……」

なんて、いい友達を演じようとした矢先だった。
最後まで自分を見なかった悠那に拗ねてみせた狩屋。天馬と信助にさっさと練習しようと言わんばかりに振り返れば、彼等もまた悠那みたくグラウンドの光景に目が行っており、返答もまた悠那みたく素っ気ないものだった。
一人項垂れる狩屋だった。

そんな悠那達を夢中にさせる先輩達の練習。
霧野と神童が練習に戻り、止まっていた練習が再び始まりだしている。
ドリブルでボールをキープする倉間。そんな彼の前に立ち塞がったのは、途中入部してきた錦龍馬だった。

「貰ったぜよ!」

『「「!!」」』
「錦先輩だ!」

あの倉間からいとも簡単にボールを奪った錦龍馬。さすがイタリアからの帰国子女と言った所か。二年生と三年生は昔の錦龍馬ではない事を改めて思い知らされた。悠那もまた去年の夏休みに会ったとはいえ、夏休みから今日の間の彼を知らない。今までよりも磨きがかかっており、目が離せなくなってしまう。
成長した所を皆に見せつけた錦。そんな彼に挑もうと、浜野が彼にスライディングをかけた。

「行かせるかあ!」
「今だ!」

浜野のスライディングを見事交わしてみせた錦は、空中で素早く体を捻りそこから体勢を整える。その隙を伺っていた車田。どうやら空中であまり動けない錦を見てチャンスだと思ったのだろう。だが、そんな甘い読みは錦には効かなく、ついに二人を交わしたのだった。

「見た?今の」
「ああ!」
「あの体勢でボールがキープ出来るなんてスゴイよね!」
「うん!」
『さすが錦兄さん!またプレイに磨きがかかってるや!』

アクロバットキープという必殺技も出来て当たり前。今まであんな交わし方をした選手を見た事なかった三人にとっては興奮せずにはいられなかった。
そんな三人の様子を見ていた狩屋。さすがの彼にも限界があった。

「ちょっと三人共!!」
「あ、ごめんごめん!」

ボールの上に片足を乗せて腰に当てる狩屋。自分はあくまで彼等の必殺技の練習相手であり、自分が放置される事はない。手伝ってと頼んだのは天馬達だろうと、内心愚痴を入れていれば、さすがの天馬達も自分達が今しなければならない事を自覚し、お互いに立ち上がって自分の持ち場に戻る。悠那もまた狩屋みたく手伝ってと言われて来ている。なので、悠那は二人より離れた場所に移り、再び先輩達の練習を見やる。
もはや彼等の謝罪が心からの言葉なのか本当に分からなくなってしまった。

「ちぇっ、何だよ人に付き合わせといて…

っお、へーん…(キラーン)」

ちょっとした悪戯心が拗ねる狩屋の中で主張しだし、自分の頭の中で出来た提案という名の悪戯にニヤリと口端を吊り上げた。そんな事をしらない天馬と信助は今か今かと狩屋からのボールを待っていた。
“ちょっとした”お仕置きをお見舞いしてあげよう。

「わー!何だアレすっげえー!(棒読み)」
「「ん?」」
『(ボ――っ)』

不意にグラウンドの方を指差して声を上げる狩屋。かなり棒読みだったが、指差されている所を見てしまうのが人間の本能であり、信助と天馬はそちらの方を見てしまう。だが、悠那はその声すら聞こえていなかったのか、悠那はこちらを見ない。だがそれでいい。どちらにせよ悠那もグラウンドを見ているに越した事はないのだ。
三人がグラウンドを見たのを見て、狩屋はニヤリと不敵に笑みを浮かべる。そして、自分の足の下にあるボールを彼等の間に思い切り蹴り込んだ。

「「うわぁぁああっ!?」」
『え、何?!……

ふごっ!?』

天馬と信助は狩屋の予想通りボールに当たり地面に転ぶ。そしてまだ勢いのあったボールはそのまま悠那の方へと真っ直ぐに向かっていき、悠那にもまた見事顔面にクリーンヒットしたのであった。

『ぁ〜ぅ〜…』

顔面にヒットしてしまった悠那は仰向けに倒れてしまい、受け止めて貰ったボールは静かに悠那の顔から転がっていく。顔面を赤くし、サッカーボールの模様や形を残した悠那は目を渦にしていた。
女子に向かっておまっ…
しかも顔面っておまっ…

「あはっ、ごめんごめんっ」

謝って済むかコノヤロー…
悠那は目を渦にしながらいい悪戯をしたと言わんばかりの狩屋に向かってつっこんだ。
そんなこんなでコントを繰り広げていれば、いつの間にか辺りは赤く染まっており、練習も終わっていた。

…………
………

-男子更衣室-

練習も何とか無事に終わり、部員達はボロボロのユニフォームを脱ぎ、制服にと着替えていた。

「効きますよねえ、鬼道監督の練習メニュー」
「俺もうくったくたあ…」

靴下を脱ぎながら浜野に今日の練習を振り返りながら言う速水。速水の靴下もまた自分の汗でびしょびしょで脱ぐのに苦労した。浜野もまた疲れたと言わんばかりに上に着ていたユニフォームを脱いでみせる。浜野のユニフォームも泥だらけで彼の汗を吸いすぎたのか、ベタベタと張り付いてらしく、脱ぐのが困難そうに見える。

「錦、お前安定感が増したよな?向こう(イタリア)でかなり鍛えられたんだろ」
「いやあ〜、まだまだぜよ!」
「……」

三国の言葉に錦は苦笑しながらも嬉しそうに否定する。あれでまだまだと言っているのだから、イタリアにはかなりの強者が居たに違いない。その会話を車田は学ランのボタンを留めながら黙って聞いている。見るからにどこか思いつめている感じがするが、誰もそんな車田の様子に気づずにいた。

「それじゃあ、お先ぜよ!」

と片手を軽く挙げて鞄を肩あから下げながら自動ドアに向かって歩き出す錦。帰ってしまうと錦の背中を見ながら天馬と信助はお互いに顔を合わせ頷き、錦の後を追った。

「錦先輩!」
「お?」
「イタリアの話し、聞かせてくれませんか?」

帰ってしまいそうな錦を何とか引き留めて天馬がそう質問をした。
内容は言わずもがな錦がこの一年と数か月、イタリアでどんな特訓をしてきたのか、単純な質問だった。

「イタリアのサッカーって、どんな感じなんですか?やっぱり全然違うんですか?!」
「イタリアのサッカー?悠那から聞いとらんのか?」
「「あ」」

錦か言われて改めて思い出す彼女が育ってきた国。そういえば悠那も錦先輩みたく帰国子女だった、と。天馬と信助は声を揃えて自分達は今まで忘れていましたと自分から言ってしまった。

「イタリアに住んでたってのは聞いてたけど…」
「そういえば聞いた事ないや…」
「ん〜…じゃあ代わりに答えてやるぜよ!」
「「ホントですか?!」」
「おお!」

錦は少しだけ考えるような素振りを見せたが、直ぐに二人へと目を向けてそう告げた。それを聞いた天馬と信助は嬉しそうに目を輝かせて、これから錦の口から語られる言葉を耳を澄まして聞く事に。
そして、待っていた言葉は……

「あれは“パスタ”ぜよ!」
「「ぱぁ…パスタ?」」

錦の答えに、呆気に捕らわれる二人。どんな言葉が聞けると、どんな話しが語られると思われたのか。ただ天馬と信助は少なくともこのような答えだったとは予想もしなかった。確かに自分達の耳は“パスタ”と聞き取っていた。耳を澄ましていたのだから間違いはない、筈。だからこそもっと自分達の中に疑問符は溢れ出してくる。
二人は顔を見合わせながら疑問符を浮かべる。

「パスタってあのパスタ?」
「どういう事ですか?」
「っま、よーく考えるぜよっ。あっはーはっはっは!」

意味が分からないと言わんばかりの二人に告げたのはまさかの自問自答。疑問符を浮かばせる二人に左手でピースを作って、まるでアデューと告げるみたくひらっと見せた後、豪快に笑って去って行った。

唖然。

「分からないなら悠那に聞いたらどうだ?」
「「ああ!」」
「って、皆さんは分かったんですか?!」

嵐のように去って行った錦。彼の通った扉を見ながら唖然としていれば、神童からの提案。あまりにもあっさりと神童は提案を出してきたので、天馬はてっきり彼等は今の言葉の意味を理解したのかと驚きながら聞く。
天馬の言葉を聞いた瞬間、二年生三年生達は顔を見合わせる。自然と狩屋と輝、剣城もまた先輩達の方へ目を向ける。そして……

「「「「いや、全く」」」」
「「は、はははは…」」

どうやら、錦の言っていた事は神童達も分かっていなかったらしく皆して声を揃えて言う。
そんな彼等を見た二人は苦笑しか出来ずに、ここは身近に外国のサッカーを経験した悠那に聞く事にした。

…………
………



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