いつも通りに始まった午後の練習。
三国先輩が持っていたボールを浜野先輩に向かって大きく弧を描かせながら投げた。ボールを胸で受け取った浜野先輩。そのまま上がって行けば、「今だ!」と輝が止めに入る。だがしかし、浜野先輩は輝を軽く交わしてみせた。
浜野先輩を止められなかった輝。あーあ、と浜野先輩の背中を見送る輝に相手の動きを考えろと天城先輩が注意する。するとどうだろう。輝は天城先輩に言われた通り、再び浜野先輩を止めようと追いかける。余裕綽々の浜野先輩。
だが、輝は先程とは違い、今度は止めて見せた。唖然とする浜野先輩と天城先輩。輝は次に倉間先輩にパスを回す。車田先輩のスライディングを交わし、速水先輩にパスを回した。
前よりも先輩達がかっこよく見えるのは気のせいじゃない気がする。これも有人兄さん、鬼道監督のおかげかもしれない。

そんな彼等の様子をじいっと見ているのは紛れもない悠那。
剣城と輝を抜かした一年生。悠那を含む一年生達はグラウンドの隅っこでとある練習をしていた。

『私もまともな練習がしたいなあ…』
「ユナー!早くしてよー!」
「次は悠那の番だろ〜…」
『もう10回やったのか…』

グラウンドでサッカーの練習をしている輝達を見ながら呟けば、不意に後ろから天馬と狩屋の声が。
振り向いてみれば視界に天馬達の姿が見えたと共に見えた大量のボール達。それを見るなりはあ…と悠那は十分に溜めた息をわざとらしく吐いて見せて降ろしていた腰を浮かせる。やる気が起きない。今日こそダルイと感じる事は無いだろう。なんて思いながら重い足を引き摺り狩屋から後は頼んだと、ボールを渡された。後は頼まれた自分の番。この“番”というのは、信助と天馬の二人技を10回ずつ狩屋と交代しながら協力するという事。

『で、どうなの?必殺技の調子は』
「「……

何とかなるさ!!」」
『なんねえよ!!』

勢い付けて手に持っていたボールを地面に思い切り地面に叩き付けた。ボールはトンットンッ、と跳ねながらヘラッと笑って見せる天馬と信助の方へ転がっていく。さすがの二人もそれを見てヤバいと感じたのかその表情のまま冷や汗を垂らす。

『もう何回やってると思ってんだよ…こちとらやっとまともにサッカーが出来るようになったと思ったのに練習に付き合え?マサキが居るから良いじゃんかあー!!』
「だって一人だと疲れ……じゃなかった、友達だろ?俺達」
『っあー!今疲れるって言おうとしたー!』
「「どうどう…」」

ヒートアップしていく悠那を天馬と信助が何とか止めに入る。友達だろと言っているがどうも今の言葉は狩屋の言葉は棒読みにしか聞こえないのは恐らく気のせいではないだろう。
悠那を止めに入る二人だが、元凶はこの二人なのだ。

「そんな事言ってさ、本当は天馬君と信助君が二人技をやるのが羨ましいだけなんでしょ?」

狩屋を睨みつける悠那の肩が上下に揺れた。天馬と信助が狩屋の言葉を聞き、悠那の方を見た。すると彼女は茫然と目を見開かせて数回パチパチと瞬きをして見せる。そして、狩屋の言葉を理解した瞬間、リンゴみたいに赤くなっていく悠那の頬。自分の顔に熱が上がっていくのが嫌でも分かってしまった悠那は悔しそうに狩屋を再び睨みつけた。この反応を見る限りどうやら図星らしい。

『ああそうですよ!!羨ましいですよ!!二人技私だってやりたいですよ!!
って事で京介!一緒に二人技作ろっ!!』
「誰がやるか」
『……』

何気なくグラウンドで練習をしているであろう剣城に言えばまさかの即答。バッサリと自分の申し出を一刀両断にした幼馴染みに何も返す事が出来ずに、ただグスッ…と両手で自分の顔を抑えながら鼻を鳴らす。さすがの狩屋もそれを見て同情したのか、黙って悠那の頭を撫でた。
こちらも元凶は狩屋である。

『なんか最近京介が冷たいんだよね…何でかな』
「照れてんだよ」
『…は?』

ドカッと、剣城がいきなりボールを狩屋に向けて蹴ってきた。もちろん狩屋は持ち前の運動神経でギリギリそのボールから避けていたが、悠那の目の前を横切ったボールの威力は必殺シュートじゃなかったもののかなりの威力はあった。その証拠に自分の髪はそのボールが起こした風で揺れている。悠那は今、自分の命の危機を悟った。

「口を動かしてる暇があったら練習しろ」
『「「「へーい」」」』
「……」

ロストエンジェルを無償に打ちたくなった剣城だった。

『んじゃ、いっくよ〜』
「今度こそ!」
「おお!」

バシュッ!

天馬と信助が向き合って走り出し、悠那がボールを蹴り上げる。信助が高くジャンプして体をひねらせながら向きを変える。そして天馬もまた信助が着地する所に仰向けになった。信助の足の裏に合わせて天馬の足の裏が重なる。

「ドッカーン!」
「ジャ―――ンプ!」

本来だったらこの時に信助が先程よりも高く跳ぶ筈。なのだが、それは成功しなかったらしく逆に天馬の方が高く跳んでしまう羽目になった。直ぐに地面に追突した信助。(スゴイ音共に)
その後に高く跳んでしまった天馬が時間差で地面に追突。(やはりこちらもスゴイ音がした。)

「うわっ!あ、ああ…」
『ちょっ!二人共!?首だけ取れるとかマジ勘弁だからね?!あるいは顔だけ地面の中とか!!』
「や、二人共普通に首繋がってるそ顔も埋まってないから」
『え…?』

ドスッ…

と、同じタイミングで下半身が投げ出され、大の字になる二人の体。狩屋の言う通り二人の首はくっついており、地面にも埋まっていない。

『…息ぴったり!』
「「そっち?!」」

すっごいよ今の!と悠那がお腹を抱えながらあはははっと豪快に笑い声を上げながら言う。そんな悠那を見た三人は彼女の笑いのツボとキャラが分からなくなっていた。

「こっちはまだまだみたいね…」
「大体名前が悪いんだろ?ドッカーンジャンプなんて誰が付けたんだ?」

ベンチで暫くグラウンドで練習する輝達を見ていた葵達。スゴイ音共に自分達の目はいつの間にか天馬達の方にいっており、呆れ顔を見せる。水鳥が呆れながら両手を大きく広げて表現してみせる。
その言葉にはさすがの春奈も苦笑の表情を浮かべ、茜もまた口元に手を当てて小さく笑った。

「ふぇっくし!
…風邪かな…?」
『…フッ』
「なんかムカつくんだけど今の」

不評の話題がマネージャー達が狩屋のくしゃみを誘い出す。鼻を擦ってみせる狩屋を見た悠那はクールに笑って見せた。クール(笑)なんて、ふざけていればこちらを睨んでくる狩屋。それもそうだろう。彼女は自分自身クールに笑っていると思っているのだが、傍から見たら笑いを我慢しているようにしか見えないのだ。
そんな彼女を見た狩屋はムカついたのか、悠那に近づいて行き彼女の両頬を引っ張り出した。

『い、いはい…』
「変な顔ー」
『なんはと?!』
「ユナー!早くしてよー!!」
『ぶはっ…マサキに言ってよ!!』

何で私ばかり…と、狩屋の手から何とか解放された悠那はそう嘆きながらそこら辺に転がっていたボールを拾い上げる。傍らでは少しだけスッキリしたように笑みを見せる狩屋がいる。自分は思った事を顔に出しただけなのにこれは酷いではないか。なんて内心拗ねながらも蹴る準備をした。

「クスッ…」
「? どうかしたのか?」

一年がそんなほのぼのといつものような光景、というよりそんな光景させつつあるコントをやっているのを見ながら、皆の練習を見ていた神童は静かに笑って見せた。そんな神童が不思議だったのか、傍に居た霧野が声をかけた。

「ちょっと、思い出しただけだ」
「思い出した?」

神童は霧野を横目で見たあと、直ぐに皆の方を向ける。霧野は神童が何を考えているのかが分からず、未だに疑問符を自分の中に抱く。
そんな霧野を見てか、それとも自分が思うだけで抑えられなくなったのか、神童は再び口を開いた。

「ついこの前まで、俺達はいつも、モヤモヤしたものを抱えていた。
好きなサッカーをやっていても、どこか割り切れないものがあった」

そこで神童は再び霧野の方を向いた。表情はいつもの笑み。でもどこか楽しそうに笑っている。霧野を見た後、霧野からどこか別の方へと目だけを移した。すると、今の笑みは更に弧を描いた。
まるで、小さい子供が面白い物を見つけたような、そんな笑みみたいに。

「でも、あいつ等が入ってきて、全て変わった…」
「…?」

神童の言う“あいつ等”。
霧野は神童の見ている人物達を見た。

「「うわあっ…う、うう…!?わあっ?!」」
『うわっ?!大丈夫?』
「あっははは!!」

確かに、変わった。その光景を見た瞬間、霧野は神童の言葉に共感した。
彼の見ていた先には必殺技を完成させると必死に頑張る一年生達。
ボール無しで二人が足裏を合わせている。どうやら、ボールを使うのはこれを完璧にするまでお預けなのだろう。だがしかし、合わせるのはいいのだがどうもバランスが取れなかったのか失敗してしまっていた。地面に仰向けになっている天馬。下で必死に上に居る信助をどうにか支えようとしているのが分かった。だが、やはりバランスの問題。いよいよ信助を支えられなくなってしまった天馬は足をふら付かせた。信助もまたフラフラしだした足場に耐えられずに後ろに倒れてしまい、天馬の顔の上に信助の後頭部が当たってしまった。心配する悠那に二人の失敗を笑う狩屋。
そんな光景を見た霧野は呆れるように苦笑する。神童もまた静かに笑って見せた。

「色々あったけど、」

――ここにはサッカーは、無い!!
一年生の入部テスト。

――始めから点数まで決まってるなんて…そんなのサッカーじゃない!!
――お前に何が分かる!!
――私はおかしいとは思っていません。おかしいんですよ、この試合。
栄都戦でのもめ事。

――俺、栄都戦の一点って、すっごく大事な一点だと思います!
――…! 大事な一点…
天馬が神童の家に来た時。

――私、待ってます。神童先輩とサッカーしたいから。
屋上での悠那の言葉。

――俺達からサッカーを奪うような真似するな!!
――奪うなんて…俺はただ、本物のサッカーを…
倉間のサッカーが好きだからこその怒り。

――辞めるって本気なのか?!
――ああ、もう付き合いきれない。
南沢の離脱。

――俺が雷門に戻ってきた理由…それはフィフスセクターからを倒す為だ。
円堂が監督としてサッカーを守りにきた事。
他にも、他にもたくさんあった。

自分達がこんなたくさんの出来事に合っていなかったら、今頃どうなっていただろうか?まだ逃げ続けていただろうか?何を思って、何に傷ついて、何の為に練習してきたのか。当時は自分の目標すら見つける事が出来なかった自分達が、今こうして皆と笑って、真剣になって、熱くなってサッカーをしているじゃないか。

「今は革命という目標に向かって、皆の心が一つになってる…

…霧野」
「ん?」

やっと見つけた、自分の、自分達の目標。
10年と少し、待たせてしまった本当のサッカー。念願のサッカーが自分達はこうしてやる事が出来ている。
神童は改めて感じる嬉しさに歯痒さを感じながら、霧野の方をまた向き直った。
一度失われた笑顔。笑う事をしたくなかった神童。
だけど、今だから笑える。今だから言える。

「いいな、サッカーって」
「神童…ああ!」

改めて実感したサッカーの楽しさ。改めて自分はサッカーが大好きだと分かった。もう、自分にもサッカーにも嘘は吐かない。失って初めて気づいた自分達だからこそもう忘れてはいけない。嘘を吐いてはいけないのだ。
そう告げる神童を見た霧野もまた、改めて実感したらしく自信を持って頷いてみせた。

「足が止まってるド!」
「「はい!!」」

そんな時、天城の声掛けが二人の間に入ってきた。そうだ、今はまだ練習中。皆が動いている中、神童と霧野が喋っていれば誰だって気づくだろう。サッカーについて話し合うのは構わないが、自分達は少しだけ喋りすぎたようだ。
ああ、やっぱりサッカーはこうでなくちゃ。
二人はそんな下らない事を考えながら急いで練習に集中しだした。



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