辺りが真っ赤に染まる頃、雷門のグラウンドには選手達の倒れている姿や息を切らして何かに励むような姿が見える。

「はあっ、はあで、はあっ
…終わったあー!!全メニュー達成!!」

走るのを止めた天馬。しかし、紙に書いてあった事を全て成し遂げた天馬の体は殆ど疲労の所為で歩くのも覚束ない。ついに天馬の足はもつれてしまい、天馬は重力に従って地べたに転がるように倒れ込んだ。天馬の言葉に神童も「俺達もだ」と答えた。周りを見渡せば神童達もまたその場に座り込んでいる。もはや息をするのでさえ困難になってきている皆。
天城もまた今終わったらしくそのまま倒れ込む。
この場で座っていないのは…

西園信助。

彼だけとなった。
彼の残されたメニューは固定された重そうなタイヤにゴムロープを結び付け、更に自分のお腹にも巻き付ける。そんな状態のまま離れた場所にある赤いコーンに触るだけ。簡単そうに見えるが、信助も今までのメニューをこなしている。体力があまりない中で、かなりキツいだろう。

「最後の一回…」

ベンチで見守っていたマネージャーである葵達の顔も緊張が走った。信助は触ろうと頑張って小さな体を引っ張るが、ゴムの力が強い所為か、それとも自分の体力がなくなって来ている所為か、ゴムの力により戻されてしまう。

「っ、負けるもんか!!」

だが、戻されても信助は前みたいに諦めなかった。転んでも直ぐに足に力を入れて立ち上がり、再び千切れるくらい手を伸ばし走り出す。

「うおぉぉおおっ!!僕はサッカーが好きだ!」

絶対に諦めりもんか。そんな思いで走り出す信助。走れば、ロープは信助のお腹を締め付けるように張っていき食い込んでくる。伸ばした腕もまた外れてしまうくらいに伸ばし続けている。正直な所痛い。そりゃあもう痛い。だけど、そんな事で根を上げられない。何故ならこれよりも痛い体験をしたのだから。天馬と悠那を無視した事。二人の言いたい事は本当はよく分かっていた。だけど、やっぱり二人はどこか自分より特別に見えてしまって、疎ましかった。だから、二人の話しを無視し続けた。だけど、必ず浮かんでしまうのは二人の悲しそうな表情。それがまた自分の心臓を痛めた。大切な親友を傷つけてしまった。ああ、痛い。自分が痛いと思うと同時に分かったのは二人も同じく痛みを感じているから。
そんな思いはもうしたくない。例えこの足が悲鳴を上げたとしても、例えタイヤの方に引き戻されようとも、例え誰かが止めに入ろうとも、絶対に触ってみせる。

「頑張れ信助!」
『信助なら大丈夫!』

「皆と…!」

天馬と悠那の声に応えようと千切れそうなを伸ばす。一歩一歩自分の足を動かす度に痛むお腹。一度手は空気を掴んだが、最後の力を振り絞って直ぐにコーンの先端を掴んだ。

「やったー!」

そう喜ぶと共に、手の掴む力や足の力が抜けのか、信助の小さな体はゴムの力によりタイヤの方まで戻されてしまった。

『「やった!」』
「「「「よっしゃあ!!」」」」

信助の様子を黙って見ていた天馬と悠那。彼の成功を見た瞬間二人は嬉しそうに顔を見合わせてハイタッチをする。パンッという乾いた音と共に他の部員達もまた嬉しそうに笑った。

「全員やりきったド!!」

皆は鬼道から受け取った練習メニューを全てやり遂げた。皆は直ぐに立ち上がり、ベンチでこちらの様子を見ていた鬼道の方へ集まり黙って彼を見上げる。練習前と比べ自分達の顔やユニフォームは泥だらけ。疲労もあったが、どこかすっきりとした表情になっている。そんな彼等と比べ鬼道は練習前と相変わらずの無表情な顔で、部員全員を見ている。

「きっと悔しさで声も出ないんだド」
「…そうでしょうか」

天城の言う事がもしそうだとしたらかなりの悪役だ。だが、皆は自然とそうは思わなかった。何故なら彼は円堂に監督を託された身。どんな目的かは分からないが、練習前に約束してくれた。雷門のこれからの話しの事を。だから自分達は待とう。彼の口から語られる事実を。この練習の意味を。
暫くの沈黙の後だった。剣城が何かに気付いたのか、自分の足元に落ちていた紙切れを二枚拾い上げ、それを見比べる。

「…そういう事か」
「剣城?」
『?』

静かなこの場では剣城の言葉は皆に届いていた。何故彼が声を上げたのか、不思議だった神童は剣城に思わず声を掛ける。剣城は紙から目線を外し、神童に目をやった。

「新しい練習メニューは、俺達がやり遂げられる限界ギリギリの量です」
「!?」
「そうか、そんなメニューを作れるという事は…」

神童が最後まで言わなくともそこで、部員達は鬼道の目的がなんとなく気付いた。

「鬼道監督は、全員の能力を把握している。一見無茶を言ってるようだが、それぞれの最大の力を引き出そうとしている」
『じゃあ、あんなメニューをやらせたのは皆の限界を知る為…?』

悠那が首を傾げながら剣城に聞けば、静かに頷いて見せる。さすがは10年前のゲームメイカーを名乗っていただけはある。しかも、まだ生きていたのだ。天才ゲームメイカーが。

「なんて人だ…あの厳しい練習は全員の限界を調べ、個別の練習メニューを作り上げる為だったのか…」

こう納得はしているものの、皆の表情を見る限りかなり驚いているのは明白。
いつも彼等の練習を見ていたマネージャーである葵も「そうなんですか?!」と半信半疑になりながら傍に居た春奈に聞く。春奈もまた最初は驚いた。選手達に無理をさせているのではないか。だけど知ってしまった。自分の休む時間を減らしてまで選手達のデータを分析したり、彼等にあった練習法を見つけている事を。そして、いつの間にか自分よりも選手達の事を分かっていた。
自分の兄は自分が想像していたよりも雷門の事を一番に考えている。昔も今も。そして、これからも。きっと鬼道は顧問である自分よりも雷門の事を考えていたのだろう。春奈は葵の言葉に静かに頷いてみせた。

「雷門の強さは、それぞれ必殺技や得意なプレイがある事。
そして弱さは基礎体力」
「基礎体力…?」

鬼道の言う基礎体力がどんなものか、天馬は今一ピンと来ないのか、眉を下げている。

「筋力、瞬発力、持久力など全ての基礎となる体力の事だ。必殺技や得意なプレイに頼りすぎるのは良くない。通用したい場合があるからだ。
その時に役に立つ物こそ基礎体力だ」

――はあ…俺さあ、皆の良い所しか見えないんだよな、ははっ…て事でやっぱり監督は鬼道、お前しかいない。

「(円堂、お前も気付いていたんだな。雷門がどうすれば強くなれるか…)」

自分に監督を託してどこかへと行ってしまった自分の親友である円堂。彼もまたどうしたら今の雷門が強くなるのか気付いていた。だからこそ、皆に甘い自分では監督を成し遂げられない。だから円堂は考えた。自分よりも知識があり、誰にでも厳しく、誰よりも雷門を思っている鬼道に監督を託す事を。
鬼道もまた完璧な人間ではない。だから、自分の考えに疑問を持った。自分だけ焦ってはダメだ。そう教えてくれたのはまさしく飛鷹である。

「じゃあ、僕だけ厳しく感じたのも…」
「…西園は自分で限界を決めてしまう所がある。気付いたな?」
「はい!」

悠那や天馬のお陰で。
信助は思い出していた。鬼道が自分や天城に対して厳しくしていた事を。だけど、今。ようやくその意味が分かった。だけど、それは自分の事を思ってくれていた天馬や悠那のおかげなのだ。

「ありがとうございました、監督。
改めて宜しくお願いします!」
「「「「宜しくお願いします」」」」

目的が分かった今、神童がそう言って頭を下げれば後から皆もそう言って頭を下げる。今の鬼道を誰が監督じゃないと言えるだろうか。もはや、監督らしい監督になっているではないか。鬼道も円堂も、自分達の事を思って、雷門を思ってしている事。自分達にとってはもう、最高の監督になっていた。
何はともあれ、部活内に起こった事は一件落着。
後は…

…………
………

翌日の河川敷。
悠那は天馬と共に、サッカーの練習をしていた。
ベンチの側にはやはりサスケの姿。暫く二人のパス練習を見ていると、サスケは何かの気配に気付いたのか、サスケはそちらを向きだす。
その時だった。

「天馬ー!悠那ー!」

サスケが向いたと同時に、河川敷に声が響き渡った。それが直ぐに誰のか分かった二人は、ボールを蹴るのを止めて直ぐにそちらを向いた。

『「信助!」』

こちらに向かって腕を大きく振ってみせる小さな、だけど大きくなった信助の姿。呼ばれた信助はいつものように階段を降りて、こちらへと駆け寄って来る。

「悠那!パス!!」
『!…うん!いっくよー!!』
「あ!させないぞっ!!」

信助の言葉に、悠那は一瞬目を見開かせるものの、直ぐに笑顔に戻し自分の足元にあったボールを信助の方へと蹴り上げた。蹴られたボールはまるで空に大きく弧を描くように曲がり綺麗に信助の方に向かう。それを胸で受け止めた信助は足でボールを踏みつける。
そして、

「…ごめん」

気まずさ故に、信助は顔を俯かせながらも二人に言った。今まで中々言いたくても言えなくて、心の中で何回も謝ってきた。だけど、今日はちゃんと言おう。そんな思いで二人に会いにきた。
聞こえたかな?なんて、思った矢先だった。

「ん?何か言った?」
『どうしたの?』

信助の言葉が上手く聞き取れなかった悠那と天馬。
二人に向けて放たれた言葉は、いらないと言わんばかりに風に流されていったのだ。唖然とする信助。だけど、それでも良いかと思った。

「ううん!何も!」
『そっか!』

きっと二人に伝わっていても、二人はこう言うだろう。


「全然気にしてないよ」


「いっくよー!天馬!悠那!」

またいつも通りの日常に戻った今日。
河川敷で走っていた葵もまた三人でサッカーをしているのを見て小さく笑みを浮かべた。


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