翌日。
天馬と悠那はいつものように河川敷でサッカーの練習をしていた。だが、昨日と同じく信助は現れてくれなかった。それでも信助が来ると信じて陽が暮れるまで練習を続けていた。
だが、やはり信助は顔を見せてはくれなかった。

『はあぁ…』
「悠那ちゃん…」
『輝…キミは戻ってきてくれるよね…?』
「え?あ、その…」

登校日。完全に信助との交流が減った悠那は今にもキノコを生やさんばかりに深いため息を吐いた。そんな彼女に心配そうに輝が声をかければ悠那の思わぬ発言。私の癒し〜…と輝の髪の毛をモフモフと手で弄り回す悠那。これはかなり参っているかもしれない。輝は若干、モジモジとやり場のない羞恥を感じながら顔を赤くしていく。
戻りたい。やっと憧れの雷門でサッカーが出来るようになったというのにこんな仕打ちはごめんだ。だがしかし、天城が鬼道と戦いだすと言い出してきたので、乱闘はなるべく避けたいと輝は思っていた。

「…信助君と話したんですか?」
『…話そうとはしてるんんだ、でも…』

そこまで言うと、悠那は輝の髪を弄るのを止めて自分の机の上にうつ伏せ寝してしまう。それを見て上手くいっていない、と輝はすぐに分かった。それもそうだろう。むしろう上手くいっていたら今彼女はこうして悩んではいない。どうしたものか、と輝が視線を外した時だった。

「…ん?」

「Σ!?」

と不意に、輝が目線を教室のドアの方に移した時、D組の中を怪しそうに見渡す小さな影が。
水色のバンダナ。多分この学校の中で一番小さい身長。動物の耳みたいな髪の毛。
信助が教室の中を見ながらソワソワとしていた。そんな信助と目があった瞬間、信助は肩を跳ねて焦るように廊下を走り去ってしまった。何故彼がこの教室わざわざ来たのだろう。その事は聞かれなくとも輝にはちゃんと分かっていた。
どうやら、この問題は早くも解決しそうだ。輝はそう思いながらもう一度悠那に目を移した。

「大丈夫だよ」
『え…?』
「悠那ちゃんの思いは、ちゃんと信助君に伝わってるよ」
『?』

悠那は信助が来ていた事を見ていなかったのか、輝の言っている事が分からなかった。だが、不思議とそれは悠那にとって安心出来るものであり、悠那が感じていた不安は少しだけ薄れていた。

「悠那ー?輝くーん?もう直ぐ授業始まるよ〜」

次移動教室なんだから5分前行動!と環の手には次の授業に必要な物がる。それを二人に見せながら焦るように言う。周りを見れば、教室には二人以外誰も居ず、二人は急いで教材を持ち環と共に走って行った。

「悠那…」

信助は走り去った悠那を見て眉を下げながら呟いた。

…………
………

そして放課後。
グラウンドにはマネージャー達と天馬、剣城、錦、悠那の四人だけとなっていた。

『あれ、キャプテン達が居ない…』

もしかして、ついに先輩達も部活をボイコットになってしまったのだろうか、と悠那は体を解しながら思った。まあ、神童達に限ってそんな事はないとは思うが。

『信助と天城先輩、輝の次はキャプテン達?日に日に減っていってサッカー部は本当に大丈夫なの?

今度は京介だったりしてえ〜』
「……」

ドカッ

『う゛!?』
「黙って体解してろ。誰がボイコットするかアホ」
『バカの次はアホ?!』

悠那がふざけ半分で剣城をからかえば、剣城からの鉄拳。あまりの痛さに悶えていれば、アホと言われる始末。段々幼馴染である悠那の扱いが酷いものとなっているのはきっと気のせいだ。だが、剣城には冗談が通じないのだろう。
すると、自分達の会話に第三者が入ってきた。

「そうだよ!剣城はそんな事しないよユナ!」
「…松風」

体を解し終えたのか、天馬がこちらに来て悠那にそう言う。そんな天馬の発言に少しだけ目を見開かせた剣城。どうやら天馬にも冗談が通じなくなってしまったのか、彼の目は真剣そのもの。深刻な雰囲気の中でやはり冗談はやり過ぎたかと思い始めた悠那は少し焦りながら手を前で振った。

『じ、冗談だって…』

冗談なら言うな。剣城の心の中のツッコミ。
だが、そんな剣城の思いも虚しく……

「どっちかって言うとそんな事させる方だよ」
『なーる』
「……」

ドカッ!!

『「いっだあー!?」』
「今のは二人が悪い」

天馬のボケに悠那が納得すれば、剣城から本日二度目(天馬は初めて)の鉄拳を食らう二人。痛そうに頭を抑える二人に対して、葵は呆れるように言った。

『何だよ〜冗談なのに〜』
「冗談が通じないな〜剣城はー」
「そうか今度はロストエンジェルが食らいたいか」
『「めっそうもございません」』

というか悠那はともかく松風、お前はそんなキャラだったか…?さっきまでの落ち込みようはどこにいったんだよ。
頭を抑えこむ二人に色々と言いたかった剣城だった。
ブーブー言いながらも、二人は体を解していく。そんな彼等をマネージャー達は見守っていた。

「神サマ達、遅い…」
「来ねえんじゃないか?監督があんなんだし」

水鳥達もそう考えていたのか軽く呟く。やはりあの練習は自分達にとって無理があったのか。そう思った時だった。
どこからか複数の走ってくる足音が聞こえてきた。それを聞いた瞬間、悠那と天馬は顔を見合わせて頷いた。

『天馬…!』
「うん!」

足音の正体がすぐに分かった瞬間、この場の空気は自然と軽くなった。そして目線は必然と土手の上へ。
そこには、いつもの不安そうな顔ではなく、勇ましい、男の子の真っ直ぐと前を向いた顔があった。

「練習の厳しさなんて、サッカーが出来ない辛さに比べたらちっぽけな事っ」
「円堂監督は、俺達の心に革命の芽を出させてくれた。でも、それを育てるのは俺達のは俺達自身!」

土手の上で三国と神童がそう言った。確かに練習は厳しいがサッカーが出来ないよりかはいくつかはマシだろう。どうやら、神童達もまた鬼道に不満を抱いていたが何らかのお蔭で再び前を向く事が出来たらしい。悠那も思わず、神童の言葉に目を見開いた。
ああ、どこかで見た事があると思ったけど…

『デジャヴだね京介』
「他に思った事がるだろ」
『あるあるある!!あるからその物騒な手をしまいなさい!めっ!』
「……」

悠那のボケに剣城は冷静につっこむ。剣城が拳を抑えたのを見て、悠那は一息を吐いた。

『何かさ、変わったんだなって…』

初めてこのサッカー部の人達と会った時と同じようで違うその姿に、悠那は思わず目を細めた。どこかで見た事がある光景。それはいつぞやの入学式の日。自分は丁度彼等と同じ土手の上に居たから直ぐには気付かなかったけど、天馬達から見たらこんな光景だったのだろう。

「おう!ドデカくなって驚かせてやるぜよ!」
『「はい!」』

錦の言葉に天馬と悠那は嬉しそうに返事をした。
その時だった。

「うおぉぉおおっ!!戦うド!戦うド!たったかうド!!」

え、誰と?

突然グラウンドに響く雄叫び。口調で誰か分かった一同はそちらの方を向く。
向けば、輝を脇に抱えて走ってくる天城の姿があった。

「戦うって…」

「練習最後までやりきって、鬼道監督を見返してやるド!な、影山!」
「え、あ、はい…

はあ…(良かったあ…てっきり鬼道監督と戦うのかと…)」

天城の勢いに乗せられてきた輝。どうやら彼等もまた何らかのお蔭で雷門サッカーを続けてくれる事を選んでくれた。天城の事で色々悩んでいただろう輝は天城の脇の中で安堵の息を吐いた。

「…後は信助だけか」

天城と輝が戻ってきたのを見て、神童は周りを見渡す。だが、信助の姿は未だに見えない。てっきり天城と輝と一緒に居ると思われたが、どうやら違ったらしい。信助の姿が見えないと分かった瞬間、再び不安が襲い掛かる悠那。

「信助は来ます!必ず!!」
「だドも…あの様子じゃ…」

来るのは難しいだろう。その場に居た数人はそう思っていた。だが、その可能性は少なくとも天馬は信じていた。

「信じてるんです!俺!」
『…天馬、』

天馬の自身のある笑顔を見た悠那は少しだけ疑いの眼差しを向ける。天馬と葵、悠那の以外の人達はあの日の帰りに起こった出来事を。その出来事を起こしたのは紛れもない悠那。だからこそどうしても疑わざるをえなくって、不安も消えてはくれない。
すると、こちらを向いた天馬と目が合った。

「ねっ、ユナ」
『!』

まさか、自分に振られるとは思ってなかった。不意打ちを食らった悠那は天馬の言葉にただただ目を見開かせる。それと同時に、土手の方を見上げる。先輩達の方ではない。信助が現れそうな所を見上げたのだ。

『――うんっ』

信助を信じよう。
悠那は少しだけ微笑み、土手を見上げた。

「…はあっ…はあっ!」

『!』

僅かだが、違う方向から少し荒く息遣いをする誰かがこちらへ近づいてくる。その誰かは直ぐに分かった。

「天馬!悠那!」
『「信助!」』

肩で息を整えながら、土手の下で自分が来た事を嬉しそうに見上げる天馬と悠那を見た。
まさか本当に来るとは思ってもみなかった。結局信助とはちゃんと話せていなくって、あれ以来のままだった。なのに、信助は何故いきなりここに来たのか。もはや理由なんてどうでもいい。信助が来てくれた。それ以上に嬉しい事はない。

「僕も…僕も天馬と悠那とサッカーしたい!!」
「うん!」
『信助…!』

信助が自分とサッカーしたいと言ってくれた。
喧嘩をしたにも関わらず、信助は悠那ともサッカーがしたいと言ってくれた。

「サッカーが好きなんだ!天馬と悠那や先輩達とプレイするようになってもっと好きになった!!」

だから、

「だから、サッカーから逃げない!!鬼道監督からも!!」

信助の真っ直ぐな瞳にはもう迷いはない。悠那は今にも零れそうな涙を必死に堪えて、自分もまた真っ直ぐに信助を見上げた。
ここまで来ると不安がっていた自分がバカみたいに思えてくる。あんなにも凛々しく立っている信助を疑うなんて。天馬を疑うなんて。
これで雷門のメンバーは揃った。あとは鬼道を待つだけ。そんな事が頭を過ぎった瞬間だった。鬼道と春奈が学校から現れ、その場に緊張が走った。

「新しい練習メニューを発表する。

一人一人個別の練習メニューだ」

そう言われ、次々とそれぞれに渡される紙切れ。そこにはそれぞれ違う事が書かれたメニューだった。

「え〜、今までより種類が増えてる…」
「回数が減ったのもあるが、これでは…」
「厳しいな…」

それぞれ先輩達の言葉を聞いて、悠那もまた自分に渡された紙切れを見ながら隣に居た剣城の練習メニューをこっそり覗き見た。
悠那の腹筋は40回。それに比べ、剣城の腹筋は50回と書いてあった。確かにメニューはそれぞれ違うらしい。もちろん、悠那のメニューにも剣城の回数を超すものもあった。それを見比べるたびに苦笑していれば、剣城に鉄拳を食らう。これで三回目だ。
ちくちょう、これからこのメニューやらなきゃいけないのに余計な体力使いやがって…←お前の所為だ。

「鬼道監督。練習を全てクリアしたら、話しを聞いて頂けますか?
雷門サッカー部のこれからについて」

練習メニューに一通り目を通した神童は鬼道に近づいてそう尋ねる。さすがの鬼道も断る事はせずに黙って頷いて見せた。

「走るの苦手なんだド…!」

走るのが苦手な天城は他のメニューが減った代わりに増え、

「腹筋もだっちゅーの…!」

腹筋が苦手な浜野はバランスの時間が減った代わりに回数が増え、

「でも、絶対にやり遂げる…!」

輝に至っては、全てが増えていた。

…………
………


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