次の日の休み。
天馬と悠那はジャージに着替えて木枯れ壮を出た。

「信助来るかな…朝の練習…」
『……』

ボールを片手に呟く天馬。いつもは休みの日でも天馬、信助、悠那の三人でサッカーの練習をしていた。もっと上手くなりたい。もっと強くなりたい。先輩に負けないくらいにサッカーの練習を続けてきた。今までは。だが、今は昨日の事もある為、何となく気まずさがあった。信助も居るかどうかも分からない。いや、きっと信助は…そこまで考えて思考を振り払った。悠那の方を見れば、肩を落としているのが分かる。表情もどこか暗い。
来ると信じたい。だけど可能性があまりない。

「ワフッ」
『「…?」』

完全に落ち込みようを見せる悠那に、天馬も肩を落とす。これじゃあまた彼女が自分を責めてしまいそうだ。心配になってきた天馬。その時、二人の間からサスケの鳴き声が聞こえてきた。二人して目線を下げてみれば、サスケはたれ目ながらも勇ましく二人を見上げてきている。それはまるで落ち込む二人に元気づけるかのように。

「ワフッ」
「え?サスケ、お前も?」

暫く見ていれば、再びサスケは鳴いてみせる。どういう意味なのか、悠那が首を傾げる中天馬はサスケが何を伝えたいのかが分かったらしく、少し微笑みながら言ってみせた。

『天馬?』
「サスケもサッカーやるってさ!」
『…は?』

犬がサッカー…?いや、別に悪いっていう訳じゃないけど…サスケ、出来るの…?
嬉しそうにサスケの首輪にリードを付ける天馬の傍らで、悠那は微妙な表情をしながら天馬とサスケの準備を待った。

…………
………

場所は変わり天馬と悠那、そしてサスケは河川敷へと来ていた。
休みにも関わらず、ここは相変わらず人は一人も居なく、こちらとしては練習がしやすくなっていた。信助の姿はもちろんない。天馬はサスケからリードを外し、暫くフィールドを見渡す。表情からしてやはり不安そうだ。

「…じゃあサスケ!練習始めよっか!」
「……」

天馬の言葉に、サスケは返事もせずにいつものように寝っころがった。河川敷までは付いて来るがサッカーはさすがにやらないらしい。

「え、えぇ…」

そんなマイペースなサスケに天馬も拍子抜けた表情をする。サスケは何のために来たのだろうか。散歩のついでか、それとも自分達を心配してか。可能性がるのがどうしても前者の方だ。悠那もまた苦笑の笑みをする。
結局サッカーの練習は二人だけとなった。

天馬と悠那が河川敷で練習している頃、葵もまた自分なりのトレーニングといった所か、河川敷の上で走っていた。実の所、葵は知っていた。天馬達三人が休みの日もこうして練習している事を。
だから、上から見ていて気付いた。

「信助…今日は来なかったんだ…」

いつも居る彼が居ない。
葵は天馬と悠那の姿を見て、もう一人の存在を探してみるがそれは無意味となす。分かっていても探してしまうのはどうしてだろう。
葵は彼等に声をかけるまでもなく、残念そうに声を漏らした。

…………
………

次の日のサッカー部の練習。いつも通りユニフォームに着替え、部室に顔を出してみたがやはり信助、天城、輝の三人の姿は見えなかった。

『はあ…』
「ユナ…」

これで何十回目の溜息だろう。休みの日もこんな調子だった彼女。今日こそ信助と話し合おうと決めていた悠那だったが、どうも今日は空回りが多かったらしく話し合えなかったらしい。さすがにそろそろヤバいと感じた天馬は心配そうに悠那の顔を下から覗く。表情も暗く、肩を落とす彼女を何とかしよう。

「だ、大丈夫だよ!普段はクラスが違うから話せないのは当たり前だし…」
『じゃあ逆に聞くけど、同じクラスメートである天馬さんはどうだったの?』
「うぐ…」

元気づけようと声をかけてみたものの、上手く悠那に通じない。むしろ悠那にジトッと見られてしまう始末だ。さすがの天馬も今日の自分の学校生活を振り返って上手くいってない事は分かる。一緒に行動しようと声をかけるも、信助の行動は意外にも早くって空回り。他の友達からは「西園君と喧嘩したの?」「今日はどうしたの?」と聞かれる始末。信助もまたその質問を受けていたらしく、「知らない」と答えて逃れたらしい。
何も言えなくなってしまった天馬。今度は彼が落ち込む番だったらしく、肩を落とす天馬。そんな天馬を見た悠那はやっぱりな、なんて思いながらも責める訳でもなく、悠那は黙ってただその場に座り込んだ。

『…私だって話そうと機会は作ってるんだよ?今日の体育だって皆より早く着替えてそっちのクラスに行って信助読んだのに理由付けてどっか行くし、休み時間や昼休みだって…』

ははは…まるで私ストーカーみたい、と乾いた笑いを上げながら、床にあったゴミを弄り始める。もはや彼女のテンションは空元気。かなり重症だとその様子を見て分かった天馬もまた苦笑するしかなかった。だが、自分も他人事ではない。信助と同じクラスでさえ話しかけられないのだ。いや、話しかける事は出来るが信助が話しを聞いてくれないだけだが。

『分かってるよ?私も言い方キツかったし、信助の気持ちも考えようとしなかったし…

でも話しくらいは聞いてくれたって…』

ダメだ、俺より落ち込みが尋常じゃないくらいスゴイ。
あれ、気のせいかな…周りにキノコが生えて見える。と、そんな下らない事を思っていれば、部室のドアが開きだした。

「おい誰だよ部室にキノコ生やした奴」
「何故でしょう…雨は降ってないのにジメジメします…」

後から来た部員達が部室に入ってくるなり、倉間と速水の言葉に天馬はやはり苦笑しか出来なかった。

…………
………

鬼道が来た後、すぐに練習が始まった。練習メニューはやはり変わってはおらず、三人欠けたまま練習は続いた。

「三人も来ないなんて、この練習どっかおかしいんじゃないか?」
「……」

水鳥の嫌味たっぷりの言葉を気にも留めずに鬼道はグラウンドを見ながら黙って聞いていた。

「(…帝国のようにはいかないか)」

フィールドで走る選手達を見る。先頭を何人か走っているが、後ろには数人少しだけ遅れている選手達がおり、そのまた後ろにはリタイア寸前の三人の選手達が見える。それを見た瞬間、鬼道はやはり自分の考えた練習法ではダメなのかと改めた。
部活が終わる頃、部室に出なかった三人は再び雷雷軒にきていた。

「ラーメン三つ!」

今日もまた天城の機嫌は悪かった。その原因が鬼道の練習法。相変わらず三人しかまだ練習には出ていない。他の皆は何故だか鬼道の練習に付き合っている。それがまた天城の苛立ちを向上させる訳で、どうも落ち着かない天城。
それが分かっていたのか、輝と信助は黙って天城の愚痴を聞く。

「ああ!苛々するド!こうなったら転校するしかないド!!っな、影山!」
「は、はい…

…えぇ?!」
「(転校…)」

天城のあまりに唐突な発言に、輝は呑まれそうになるも驚愕の表情を浮かべる。その傍らで信助は天城の言葉を頭の中でリピートした。
確かにこのまま転校してしまえば、鬼道から逃げられる。鬼道に気を使ってサッカーしなくて済む。厳しい特訓だってしなくて済む。
そうだ、僕も転校しちゃおう…
そんな思考が頭を過ぎった時だった。何故だかは分からない。だけど、信助のそんな思考を遮るかのように悠那に言われた言葉が不意に頭を過ぎった。

――甘えるなっ!

信助の拳が強く握られた。
怒りや悔しさ…
その二つが混ざり合って、信助にとっても居心地が悪い。

「――嫌なら戦えやいい」
「…!」
「っな!?戦うだド!?」
「ぼ、僕じゃあ…」

不意に、店主がそう言いだした。その言葉に天城はまた一瞬だけキレたように輝の方を向く。あまりの迫力に輝は自分が言ったんじゃないと弁解しようとした。だが、

「そうだ、フィフスセクターから本当のサッカーを取り戻すんだド…

ここで逃げたらまた前みたいに戻っちまうド!」

天城は思い出した。今までフィフスセクターに思い知らされた苦しみを。そして、それと同時に仲間と改めて思い知らされたサッカーの楽しさを。最近は革命とやらでサッカーを思い切り出来ている所為か、そんな苦しみはどこかへ置いて行ってしまった。だからこそ、サッカーに苦しむという事を忘れていたのだ。あの苦しみはもう嫌だ。また前みたいは思いは嫌だ。そう考えた瞬間、天城は立ち上がった。

「よーっし、戦ってやるド!!

っな!?」

と、視線を輝に向ける天城。
そんな彼に輝は目を見開かせながら天城を見上げる。そして、それと同時に輝の脳内に浮かんだのは天城が鬼道に勝負をしかけている場面。輝の顔は徐々に青くなっていった。

「ええ?!戦うってまさか監督と?!」
「はい、ラーメン一丁」

輝が驚きの声を上げれば、目の前にガチャっと置かれたお盆。そちらに目をやれば、ラーメンとサービスのチャーハンが置かれていた。

「あ、またサービス!」
「そうと決まればまずは腹ごしらえだド!」

「ッフ」

天城が自分の考えを改めて気合を入れた瞬間、雷雷軒の店主である飛鷹は静かに笑って見せた。

「いただきまーす!」
「信助、お前はどうするド?」
「僕は…」

戻りません…
信助は天城の問いに小さく呟いた。

…………
………

「信助、まだ帰ってなかったね…」
『うん…』

「…!」

帰り道、部活が終わった後に悠那、天馬、葵で信助の家に向かっていた。行ったはいいものの、その本人はまだ家に帰っていなかったのだ。その会話を信助は、偶然にも聞いてしまい思わず自分の身を電柱に隠す。普段伸びない身長を恨むが、今日だけは自分の身長に感謝した。

「このまま練習に出てこないのかな…」
「信助はきっと戻ってくるよっ」

「っえ…?」

不安げな葵に対し天馬は何も根拠のない事を言い出した。そんな天馬の言葉に、葵と悠那どころか電柱に隠れていた信助も思わず驚愕の表情になった。

「なら、どうして家にまで?」
「…伝えたかったんだ、俺の気持ち…
俺、信助とサッカーしたいって…」
『私も、信助とサッカーがしたい…』

「!」

信助は悠那の言葉にもまた驚愕の表情をする。昨日、自分の腕を掴んで怒鳴った悠那。正直な所、あんな悠那を見たのは初めて見た。いや、自分が悠那の事をあまり知らなかったからかもしれない。何も知らない。クラスも違うから、天馬みたく一緒に住んでいる訳じゃないから。剣城や天馬みたく悠那の幼馴染という訳じゃないから。
でも、悠那は自分の事を分かっていたような口調だった。だから、それが悔しくって悠那の事も無視してしまった。
てっきり、自分は悠那に嫌われたかと思っていた。

『私、ああいう時上手く伝えられないから、あんな言い方しか出来なかったけど…やっぱりサッカーは皆とやらないとどんな壁も、乗り越えられないし、楽しくないから…』

「悠那…」

じゃあ…あの時僕を怒鳴ったのは僕の為…?
それを理解した時にはもう遅く、天馬達はもう行ってしまっている。天馬達の背中を見た瞬間、何故だか酷い罪悪感を感じてしまい、信助の小さな体ではもう抑えきれない。何かに押しつぶされたみたいに喉の部分が苦しくって、目頭も熱くなってくる。ああ、なんて自分は酷い事をしてきたのだろう。僕を気にかけてくれている天馬や葵を無視して、一生懸命自分と話し合おうと、隣のクラスから飛んできた悠那を話す事なんかないと無視してたなんて。

「ごめん…ごめんね…悠那、天馬…っ」

自分に残されたのは後悔。もう少し二人の話しを聞いていれば、自分はこんなにも苦しまずに済んだ。天馬や悠那も、苦しまなくて済んだ。
信助は大粒の涙を零しながら、誰に言う訳でもなくひたすら天馬と悠那に謝った。

…………
………



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