別に信助の言い分は分からない訳じゃない。ただ、どうしても抑えきれなかった自分の中にあった苛々。思わずぶつけてしまい、信助を泣かせてしまった。今まで友達として天馬と一緒に付き合ってきた友情も、今ので崩れてしまったかもしれない。
確かに自分や天馬は化身を使える。必殺技だって十分に使い分けが出来てきている。それが友達である信助は誰よりも嬉しく思い、誰よりも嫉妬してきたかもしれない。悠那と天馬は信助にとって近くて遠い存在となっていたのだろう。

「ユナ…今のはちょっと…」

言いすぎなんじゃ…と走り去ってしまった信助の背中を見た後、今度はこちらへと目線を戻してそう告げる天馬。だったらもっとハッキリ言ってくれれば良いのに。天馬は優しいと思うよ。ボロボロな信助を傷つけまいと優しく話しかけて説得しようとする。だけどそれは相手に舐められる事だってある。ハッキリ言ったら相手がもっと傷つくのは分かっている。でも、だからってこちらが躊躇する必要がどこにある?本気でぶつかってからこそ友達じゃないか。嫌われるのが怖いから優しく言うなんてそんなの卑怯者じゃないか。言い過ぎな事ぐらい自分が一番分かってるんだからもう言わないでくれ。
だけど、天馬の説得も一つの考えとしてはあっているのかもしれない。私なんか苛々をそのまま信助にぶつけたものだからそれもそれで私もまた卑怯者なのかもしれない。

「ユナの言いたい事は分かるよ。今日…っていうか、昨日からの信助のサッカーって無理があったし…」
『ううん…私が悪いんだよ。苛々してたのを信助の所為にしてた。信助に嫌われてもしょうがないよ』

そう、しょうがない。自分が悪いんだからしょうがない。そう言えば、天馬に「違うよ!!」と声を上げられる。何が違うんだ。信助を泣くまで追い込んだのは自分だ。思い詰めていた信助を心配のしの字も見せなかった自分の何が違うというのだ。
もう何も聞く気になれない。もう放って置いてほしい。そんな事が頭を過ぎり、頭痛までもが襲い掛かった。
まだ何か言っている天馬の事を放って置こうと、自分一人だけ帰ろうとした時だった。

「ユナ…

しっかりしなさい!!」

自分の腕が不意に誰かに掴まれ、前に進んでいた足が後ろへと引き戻されられる。地味な痛さが腕に襲い掛かり、痛いなと後ろへ振り返ればそこには眉間に皺を寄せた葵と目が合った。こんな彼女は何度か見た事がある。こういう時の彼女は自分を叱る時の表情と似ている。

「確かに、今の信助にとってはキツかったかもしれない。でも、ユナは悪くない」
『…どうしたの急に』
「だってそうでしょ?ユナは信助の為に怒ったんだから」

遠まわしに説得するより直球に伝える方が相手により伝わりやすい。だけど、その代わりそれは相手を傷つけてしまう事がある。だけど、遠まわしに言ってしまうとお互いに誤解を生んでしまう事があり、お互いに傷ついてしまい修復が遅くなってしまう。
言葉というのは使うのは簡単でとても難しくいもの。
葵の真剣な眼差しを見た瞬間、自分の中で感じていた“信助との絶交”という思考を直ぐに振り払った。

「ユナの事は私から信助に言うから」
『ううん。葵、ありがとう。だけど、』

――自分で伝えたい

『信助も私の大切な仲間。自分の口で伝えなきゃ』

そして、自分の気持ちをちゃんと伝えよう。信助の話しもちゃんと聞こう。ずっとこのままじゃやっぱり嫌だ。
悠那はようやく決心したように、天馬と葵の二人に笑顔を見せた。

……………
………

一方、部室を勢いよく飛び出してきた天城、信助、輝。輝に至っては天城に無理矢理連れて来られたが、中々自分の意見を言えずに一緒に居た。そんな彼等が居る所は、商店街にある雷雷軒というラーメン屋。
夕飯前、という事でそこで苛々を晴らす事となっていた。

「鬼道監督とはやってられないド…!」

部室を出てったとは言っても、やはり自分の中で感じていた苛々は解消出来ずにいる。
唯一苛々を紛らわせてくれるものは店長が野菜などを切っている音。ラーメンの良い匂いがした瞬間、天城達の目の前に自分達が注文したであろうラーメンがお盆に乗せられて顔を見せた。
ラーメンの隣にはチャーハン。チャーハンもまたラーメンに負けずに良い匂いを放っており、食欲をそそってくる。

「ほい、ラーメン一丁」
「チャーハン?ラーメンだけの筈じゃ…」

だがしかし、中学生のお小遣いじゃラーメン一つしか頼めない。輝が不思議そうに疑問を口にする。

「サービスだ」
「ありがとうございます!」
「……」

部活の話しはそこで一旦止まり、自分達の空きまくりのお腹を満たす為、輝と天城は目の前に置かれたラーメンやチャーハンに手を付けていく。
だが、そんな二人を傍に信助は中々その料理に手を付けなかった。先程の事があってか、何故だが食欲が湧かなかった。

天馬と悠那だけは、分かってくれると思ってたのに…
悠那なんか特にだ。悠那は自分の必殺技の特訓の時…自分の事みたくかなり力になってくれた。

信助はそんな事を振り返りながらも、目の前のラーメンを食べ始めた。

…………
………

場所はサッカー棟。もう教師すらもう居ないだろう時間帯に、カツカツとヒールの音が鳴り響いた。その音の向かう先はまだ明かりの付いている監督ルーム。
スゴい形相でそこへ向かうのはサッカー部の顧問である音無春奈。

「私は顧問。選手を守らなきゃ…!」

監督ルームの扉の前に付いた瞬間、春奈は扉をコンコンコンッと叩いて鬼道の許可もなく入っていこうとする。ウィーンという音共に扉は開き、春奈はこちらを見ている鬼道を見ながらズカズカと中に入っていく。
中からは僅かに香るコーヒーの香りがしている。きっと鬼道は部活が終わってもずっとこの状態だったのだろう。床に散らばっているのも選手の為の練習法なのだろう。だが、それは今の春奈には関係ない。これ以上選手達の苦しそうな表情を見たくない。そして、何より鬼道の考えている事を知りたい。

「話しがあるの兄さん。サッカー部をどうするつもり!?

…うあぁっ!っと…もう!危ないじゃないの!」

ここまでは良かった。真実を聞こうと鬼道に近づこうとした瞬間、足元に散らばっていた紙の一枚を春奈は踏んでしまい、思わず転びそうになってしまう。若干自分のペースを失いそうになりながらも、自分が今踏んでしまった紙を拾い上げる。そして、それが何の紙なのか、何が書いてあるのかを確かめる為、紙に書いてある事を頭に乗せていた眼鏡を下ろし、黙読した。

「これって…天馬君のデータ?神童君、倉間君、悠那ちゃん…信助君も…全員分細かく…

兄さん…」

他にも床に散らばっていた紙をそれぞれ拾い集めだし改めて読む。その間も鬼道は気にも止めずにただカタカタとパソコンに何やら入力している。きっとそれもまたこの紙と同じようなものを書いているのだろう。鬼道は全員分のデータをここまで細かく取っていた。この一枚だけでも選手としてはかなり重要なものだろう。

春奈はやっと気付く事が出来た。鬼道はただ選手達に無茶振りをしているのではない。ましてや嫌がらせをしていた訳でもない。こうやってデータを取るのが目的だった。疲れも溜まっているだろうに、コーヒーで眠気やらも吹き飛ばしデータに集中している。それが昨日からやっていると知ったらどれだけ疲労が溜まっている事か。それを表に出さない鬼道もまた相当なポーカーフェイスだ。

そうだ、自分は何を考えていたんだろう。
自分の兄が、鬼道有人が選手を壊そうとする訳がないじゃないか。
疑った自分が、バカだった。

…………
………


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