周りは既に陽が落ち掛け、空は橙色に染まっていた。今までの練習の疲れも出て来たのか、どんどんペースが落ちていき、もう列どころじゃなくなっている。悠那もまた、最初よりスピードが落ちているものの、皆を抜かすというのは守っていた。特に走るのが苦手の天城のペースダウン激しい。
そんな天城を悠那は心配しつつも、抜かしその後に天馬と速水が抜かして行く。

「ぜえっ、もう、何、周、走ったド…?」
「ちゅーか、疲れすぎて、もう歩けないっ、ス…」

浜野はその二人を追い掛けるように天城を抜かす。
鬼道はそれをただジッとみていた。そんな中、天城がとうとうゴール前で地面に倒れ込んでしまう。

「走れないド…!」
「あ、天城先輩!」

天城はぜぇっぜぇっと息を切らせてぐったりと倒れていた。天城より少し走っていた信助、神童、剣城が走り寄る。

「監督!」
「続けるんだ」

信助は鬼道を見るも、鬼道は間髪入れずに指示を出した。

「…分かりました」

鬼道の言葉に流石の剣城も驚いていた。だが、これ以上言っても無駄だと分かった神童と剣城は仕方なしに指示に従い、走るのを再開させる。少し遅れて信助もまた走り出した。

「(兄さん…)」

春奈は兄の意図が分からず、困惑した表情で鬼道を見る。
その後も今度は休みなしでずっと走り続け、日は落ちて空は暗くなっていた。グラウンドにある外灯も点き始めた。
とうとう浜野は輝の隣で倒れ、信助もその場に座り込んでしまう。天城は再び先程と同じようにゴール前で倒れ込んだ。

「まっことやり応えがあるぜよ…!」

やっとの事でノルマをクリアした天馬達も限界が来てしまい、残りは悠那だけとなる。数分前、鬼道に“指示があるまで走り続ける事”を指示され、悠那は左手を痛む腰にあてながらも走り続ける。ベンチの前では激しく息を切らす天馬、車田、三国。剣城でさえ片膝を付いて肩を上下に動かして息をしていた。

「…練習は以上とする」

鬼道はそう告げ、その場から早々に立ち去って行った。

『え…終わっ、たの…?』

悠那は立ち去る鬼道を見て、走るのを止めた。そしてそれと同時に倒れ込んだ。

「ユナ!」
『はっ、はっ、はっ…』

喋れない程脈が早いのか、駆け寄って来た葵を虚ろな瞳で見やる。

「大丈夫…?」
『ぜ、全然、だいじょば、ない…』

暫くこうしてたい…とでも言うように半開きの目を星が散らばっている夜空に向けた。これは沢山眠れそうだ。

「あ…タオル濡らしてこよっか?」
『お願〜い…』

そう言えば、葵はタオルを濡らしに行く。悠那もまた呼吸を十分に整えてから、ベンチへと覚束ない足取りになりながらも向かった。

「ユナ、顔、真っ赤…」
『そう、言う、天馬こ、そ…』

「可愛い女の子でも見つけたか」と乾いた笑いを出しながら天馬をからかえば、天馬は何故かムッと顔をしかめる。

「はい、ユナ」
『ありがとう…葵』

葵にお礼をして、冷たいタオルを自分の熱を帯びた顔へと付ける。どれくらい自分の体の体温は上がっていたのか、タオルを付けた瞬間顔の体温が低くなっていくのが分かった。

「何か…納得いかないド…!」
「これが、鬼道監督のやり方なのか…?」

天城や三国を始め、殆どの人達は練習メニューに納得いってない様子。春奈はそんな鬼道の後を追い掛けて行く。

『気持ち〜…』

悠那はそんな話を聞きながらその場に座り、頭だけ上に向けてタオルを顔に付けたまま呟いた。明日もきっとこんな感じなんだろうな、なんてそんな事を思いながら息を整えた。

…………
………

そしてその次の日。
その日も昨日と同じ練習内容だった。昨日と同じ様に空が赤くなる頃、信助は他の人よりも高いハードルで跳んでいたが、躓いて転んでしまった。

『信助…!』
「鬼道監督、信助君はもう限界です」
「西園がそう言ったのか?」
「いいえ、でも…!」
「続けるんだ」

信助は鬼道の言葉に悔しそうに顔を歪ませながら立ち上がった。

『信助…』
「大丈夫…」

信助は顔を俯かせながら、再びハードルを飛び越え始めた。そして暗くなり、皆がヘトヘトになって誰も立てなくなっていた。

「今日は以上だ」
「っ…!」

そんな中、また鬼道はそう言い去って行ってしまう。

「もう我慢出来ないド!!」
「落ち着け、まだ二日目だ」

着替え終わった部室で天城がロッカーに鞄を投げつけた。悠那とはまた違った怒りだった。

「明日も同じに決まってるド!!」

車田の宥めも虚しく、天城は声を荒げていた。
静まり返る部室に信助が何かを決めたのか、顔をしかめている。

「…僕、明日から練習に出ません!」
『え…』
「信助本気…?!」
「うんっ」
「俺もだド!なあ、影山。お前もこんな練習、嫌だド?」

そう言って天城は輝の肩を掴み、そう言った。もはや今の天城は先輩特有の脅しみたいになっている。

「えぇ?!」

もちろん休む気が無かった輝は顔をひきつらせて、返答に困っていた。

「天城さん!」
「止めても無駄だド!」
「ぼ、ぼぼぼ、僕は…!あのお…!」

神童の制止も聞かず、輝を連れて部室を出て行ってしまった。その後に信助も出て行った。

『……』
「あ、信助!」

二人の行動を見て、何故だか…自分の中がブツリと切れた気がした。
だけど、その原因が分からない。ただ、心臓部分がどうにもムカムカして、気持ちが悪くて、今にも誰かに八つ当たりをしそうになってしまう。

「ユナ、信助を追い掛けよう!」
『…ん』

そんな変な感情を感じながら自分の鞄を持ち上げ、天馬と後から来た葵とで信助を追い掛けた。

…………
………

「信助!」
『…信助、』

信助が一人歩く姿を見て、天馬と悠那が後ろから声を掛けた。しかし信助はやはり立ち止まろうとしない。むしろ、こちらの話しを聞く気もないだろう。

「あの練習、鬼道監督には考えがあるんじゃないかな…

サッカーの事はサッカーが教えてくれる」

天馬は優しく信助を説得しようとした。悠那も隣で頷いてみせる。ただし、頷くだけで喋ろうとはしない。だが、これでもちゃんと信助の事を心配しているのだ。

「鬼道監督が考えてる事も…だから、続けてみよう!」

そこで、信助がようやく立ち止まり、こちらへと振り返ってきた。やっと話し合えるな、と思ったその時だった。

「嫌だ!!」
「え?」
『……』

信助の完全拒否の言葉に天馬は訳が分からずに目を見開かせ、悠那は黙ったまま信助の目を見やる。

「僕は一生懸命練習してた!でも、鬼道監督は…

…っ!」

ああ…

信助の目尻には涙がうっすらと浮かんでいる。信助も信助で、いっぱいいっぱいなのだろう。

「信助は、鬼道監督に認められたいからサッカーするの?」
「…天馬は良いよ、鬼道監督から嫌がらせされてないし、それに、天馬も悠那も化身が使える」

何か、自分が何でイライラしてんのか…

分かったわ…

「二人になんか僕の気持ちが分かる訳ない!!」
「信助!」

ガシッ!

「!」
「ユナ…?」
『……』

悠那は走り去ってしまう信助の腕を素早く掴んだ。悠那は相変わらず黙っていたが、目はちゃんと信助の方を真っ直ぐに見ていた。
抵抗する信助。だが、それでも悠那は信助の腕を掴む手を離さなかった。

「離してよ悠那!」
『…るな、』
「え…?」

『甘えるなっ!!』

「「「…!!」」」

悠那は顔を俯かせながらそう叫んだ。そんな悠那に信助も勿論、天馬と葵も驚いていた。

「ユナ…」
「…悠那に…何が分かるのさ…!」
『分かんないよ信助が考えてる事なんて、言ってくれないと分かんないっ!』

だから今、信助の本音を聞いて、呆れた!!

悠那は信助の腕を掴みながらそう言った。腕を握る手に自然と力が入る。

『練習がキツいから?有人兄さんが無茶ぶりするから?それが理由なら、そんなのただの言い訳じゃん!

認めて貰う為に練習してるなら、それは間違ってる!自分の限界が来たら部活に来ないなんて…

誰かに、甘えてるだけじゃんか!!』

悠那はそう怒鳴りつけ、信助を見た。信助は目を見開かせながら悠那を見上げた。

バッ!!

『!』
「悠那なんか、もう知らない!!」

こちらを見上げてきた信助の目には涙が沢山溜まっており、悠那もまたそんな信助を見た瞬間、怯んでしまう。完全な不意打ち。腕を掴む手が緩んだ。信助はそんな悠那の手を振り払い、そう吐き捨て走り去ってしまった。



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