…それから暫くして春奈と鬼道が部室を出て行き、部員とマネージャー達が部室に残る事になった。天馬と悠那の頭の中には今までの円堂との思い出がリピートされていた。
必殺技の特訓に付き合ってくれた時や、家で夕飯を誘ってくれた時。
…他にも沢山ある。円堂は天馬や悠那だけではない。円堂の存在は全員の心の励ましになる程偉大だったのだ。悠那はとりあえず、自分の投げつけた鞄に教科書を入れる。
すると、長かった沈黙を神童が破った。
「円堂監督は、フィフスセクターと戦う勇気をくれた…俺達の、支えだった…っ」
「神童…」
「俺達三年が卒業する前に、一緒に革命をやり遂げたかった…!」
「円堂監督のもとで、本当のサッカーが出来ると思ってたのに…!」
「くっ…」
途中から入ってきた一乃や青山もまた、円堂の人の良さは理解出来ている。そんな空気の中、剣城は平然とした表情でいた。
「居ないものはしょうがない」
『……』
剣城の現実じみた言葉。だがそれは皆が皆分かっている事。分かっているからこそ、今の皆にとってそれは怒りを買う事になった。
「!何だド!?」
「悲しめば帰って来るとでも?」
剣城がそう言われれば、全員は再び黙り込む。
「剣城!」
「止めろ!」
剣城に怒りをぶつけようとする天城を車田が止めた。仲間同士喧嘩して、それこそ意味がない。
「おうおう何だあ、この雰囲気!」
そんな空気に錦は勇敢にも明るく声を上げてきた。
「もっと楽しくやろうぜよ!」
『(楽しく…?)』
「のう神童!」
錦は神童の隣にどかっと座る。しかし神童もまだ気持ちは沈んだままだった。そんな中、悠那は筆箱を掴んだまま錦の言葉を頭の中で繰り返す。
だが、反応のない神童に錦が追求しようとした。
「悠那!おまんもそう思うじゃろ?」
錦は次に視界に入って来た悠那に向かって声を掛けてくる。だが、やはり反応がない。水鳥はお気楽な錦を見て眉間に皺を寄せた。
「何だ何だ何だあ?悄げててもしょうがないじゃろ?」
これが錦にとっての励ましだと思われるが、今の空気では逆効果。つかつかと錦のほぼ正面に立ち、錦がそれに気付いたのと同時に水鳥は足を少し上げて錦の足向けて思いっ切り下ろした。
「うおっ!?」
「ッチ」
慌ててそれを避けた錦に水鳥は悔しそうに舌打ちをする。
「鈍感。成長してねーなあ錦」
「水鳥の足癖の悪さものう」
軽い調子で笑いながら言う錦。こんな状況でも水鳥をからかえる錦はスゴいと思う。
「何だと?」
これぞ正に火に油と言った所か。水鳥は錦の挑発に乗ってしまい、何度も足を当てようとするが錦はひょいひょいと避けていく。それでも空気は変わらない。天馬はチラッとホーリーロードのポスターに目を向けた。
「(雷門なのに、雷門じゃないみたいだ…)」
円堂がそれ程の大きな存在だったのか、分かっていたのに自分でも少し驚いている。
それに、さっきのユナ…
普段は頭に来ても、物を投げる事はしない。物が入っている鞄を投げつけるなどもっての他だ。あんなに取り乱した悠那は初めて見たかもしれない。
『(もし…)』
私が守兄さんの事を信じて、今の状況を乗り越えれば守兄さんは褒めてくれるだろうか…?私が今より強くなったら、守兄さんは喜んでくれるだろうか…?
そういえば、私今まで守兄さんに恩返ししてないな…サッカーが楽しいって教えてくれたし、一緒に練習付き合ってくれたし…
他にも、沢山…
守兄さん、今の革命が終わったら、一緒にサッカーやりたいね。
『楽しく、か…』
確かに、サッカーは楽しくやらないと楽しくない。
「っお!悠那、気付いたか!」
『おわっ!?』
バラッ…
ああ…やってしまった。
錦が急に自分の頭に腕を乗せてくる。どうやら水鳥から何とか逃げ切ったらしい。いきなりの事に悠那はビックリし過ぎて、中身の入った鞄を落としてしまう。チャックは開いたまま。もちろん中に入っていた物々は再び床に散らばってしまった。
「お、おう!すまんきに!」
『い、いえ…』
錦は慌てて悠那の鞄から出てしまった教科書などを拾い始め、悠那もまた再び拾い集めた。
「(気付いた?)」
剣城は訳の分からない言葉に、ロッカーに身を預けながら、教科書などを拾う錦と悠那を何も言わず黙って見つめた。
…………
………
そして、次の日。
午後練習から鬼道は初めて練習に顔を出した。
「今日から練習メニューを変更する」
鬼道は鬼道なりのメニューを作ったのか、そう言い出した。一方、皆は円堂が監督を止めた事が大分ショックだったらしく、顔を俯かせていた。
「(やっぱり円堂監督、居ないんだ…)」
監督を止めるとは聞いていたが、まさか学校も止めていたとはまたかなりのショックだった。だが、鬼道はそんな中でも容赦なく練習内容を言っていく。
「悠那、もう足は大丈夫なんだな」
『は、はい…』
「そうか。では、まずは腕立て伏せからだ」
「腕立て伏せ…?」
鬼道の発表した練習内容は今までとは全く違った。腕立て伏せから始まり、スクワット、腹筋。
「この練習メニュー…」
「ボール使ってない…」
「ああ…サッカーの練習だってのにな」
マネージャーも暫くして気付き始めた。鬼道の練習はボールを使わないものだった。春奈も葵達と同じような事を感じたのか、不安そうに鬼道を見ていた。
次は陸上用のハードルを出して、それを飛び越えるというジャンプの練習。連続で跳ぶ事により、疲れが足に負担がかかってしまう。なので少しやっただけで休憩する人も出てきた。
「…西園!お前は倍の高さを飛べ」
一人だけ悠々と跳んでいた信助。そんな信助に鬼道の指示が通った。その指示に信助は不思議そうに跳ぶのを止めて、鬼道の方を見やる。
「何で?僕だけ?」
鬼道の言われた通りにハードルを倍の高さにした信助。だがやはり理由がよく分からないまま首を傾げていた。
「サッカー部を辞めて欲しいんじゃないの?」
「え?」
呆然とする信助に汗を拭きながら、茶々を入れる狩屋。信助はそれを疑いながらもどこか疑ってしまう自分がいて、鬼道をまた見やる。
『うわあ、信助のハードル高っ…』
悠那は信助のハードルを見ながら、静かにそう呟いた。
その次はタイヤを引きずって走る。普通に走るよりも重りがある分、かなりキツい。その中でも平然と走る天城。天城の力があればタイヤ一つなど同と言う事は無いだろう。
「天城!三倍に増やせ!」
という事は天城にはタイヤが三つ。ただでさえ一つだけでも重たいというのに三つに増やされたのだ。天城のペースは落ちてしまい、皆と平等に走っている。
『このやり方…』
どこか、帝国に似てるなぁ…いや、実際にやった事は無いけど基礎体力を付ける事は帝国はかなり力を入れていたらしいし。悠那は息切れをしながら天城の増やされたタイヤを見る。すると、隣を走っていた天馬と目が合った。眉を下げている以上まだ怪我の事を心配しているのだろう。
「ユナ、大丈夫?」
『大丈夫大丈夫!
…っう、お腹…!』
「大丈夫?!」
『力緩めたら縄がお腹に食い込んだ…』
「ぐは…っ!」
顔を青くしていく悠那。更に心配しだす天馬は大丈夫かを聞くが、彼女の言葉に天馬のお腹を緩めてしまう。
自分と同じ立場になったであろう天馬を見るなり、これはかなり力がいるなあ…と、走りながら実感した悠那だった。
その次は三角の台の上にそれぞれ板を乗せてバランスを保つ練習。バランスをとるのは浜野の得意分野だったらしく、あまりフラついてない。“なみのりピエロ”が使えるのも頷けた。
「浜野!下をボールに変えろ!」
今度は浜野に指示が渡った。言われた通り下をボールに変える。暫くは危なっかしくバランスを保っていたが…
「おわあっ!!」
その後直ぐ、綺麗に転んでしまった。
そして最後はグラウンドの周りをひたすら走るものだった。皆は二列に並び、走って行く。
「…谷宮!お前は列から外れ、今のスピードを上げて走れ!」
『え、』
悠那はまさか自分に来るとは思っていなかったらしく、走りながら鬼道を見る。
「!監督、悠那は怪我が治って来る寸前なんです!今スピード上げたら…」
「それは谷宮が言ったのか?」
「いえ、そうじゃ…」
神童が走るのを止めて、鬼道に抗議する。神童は列の先頭なので自然と皆も止まりだす。だが、鬼道は意見を変えようとしないのか「早く走れ」と指示を出す。
「監督…!」
『キャプテン、私は大丈夫ですよ』
「悠那…」
霧野も悠那の怪我が心配なのか、顔を曇らせた。いや、皆が心配そうにしていたが…それとは逆に悠那は表情を明るくした。
『大丈夫です』
そう告げ、列から外れてさっきよりスピードを上げて走り出した。残された部員達は納得が行かないように列になってまた走り出した。
…………
………
prev|next