平日。
休みを挟んだ悠那と天馬が学校に行けば、環達クラスメイトが一気に悠那の周りへと集まって来る。理由は言わずもがな悠那が試合前に負ってしまった怪我。どうやら、怪我の事は先生を通してクラスメートには知られてしまったらしい。皆の形相に天馬もまた思わず後ずさった。

「悠那!アンタ怪我したって本当?!」
「痛くない…?」
「無茶しすぎだろ…」
『だ、大丈夫だよ。怪我は治って来てるし、もうサッカーの練習だって出来るし…』

集まって来た殆どのクラスメートに怪我についての質問を攻めされる悠那。かなり勢いがあるが、彼女達もまた悠那を心配しての事。それは分かっているのだが、隣に居た天馬もまた冷や汗を垂らしながらその様子を見ていた。
環は悠那の今の大丈夫という言葉を聞くなり、盛大の溜め息を吐いた。

「本当に?」
『ほ、本当だよ』
「ふ〜ん…」
『な、何…』

環は疑いの目を悠那に向けて、暫く悠那の左足を見る。包帯をしている様子は見当たらない。それが完全に治った証拠なのか、ただ単にしてこなかっただけなのか。それはやはり彼女の靴下を脱がさなければならない。

「はあ。っま、いっか…彼氏君、悠那の事頼むよ」
「「「「彼氏?!」」」」
「彼氏…!?」
『違うって言ってるでしょー!?』

環の思わぬ発言に周りに居た男子達が一気に天馬を見やる。完全に信じ込んでしまった彼等に天馬は顔を赤くしいき、悠那は環に顔を赤くしながら必死にも否定していた。そんな騒がしい朝。

…………
………

「悠那、足の具合はどうだ?」
『守兄さん、うん大丈夫大丈夫!』

朝練習。悠那がスパイクの紐を結び直していると、後ろから円堂の声。その質問に、悠那は左足を地面に軽く叩き付けながらニコッと笑ってみせた。
足に地面を叩き付けられるぐらいなら、簡単な練習ぐらいは出来るだろう。円堂もまた安心したように小さく笑みを浮かばせる。

『休み中サッカー禁止されてたから退屈だった』
「そっか、良かったな」
『…?』

ふと相槌をする時、一瞬。一瞬だったけど円堂の表情が、曇るようになる。だが、そんなのは気にならなくなるくらいの笑みを見せられてしまう。とは言ったものの、やはり違和感を感じるのは事実である。しばらく、そんな円堂を見上げていればその悠那の視線に気付いたのか、円堂は再び悠那へと視線を下げた。

「ん?」
『あ…いや、何でもない…』

気付けばいつもの円堂。
先程のは、きっと見間違い――…

『(疲れてんのかな?)』

監督って色々と大変そうだし。
なんてそんな事を思いながらも、悠那は皆が待つフィールドへと向かって行った。

……そして、“それ”を言われたのは午後練習の後だった。
円堂は部員全員を部室に集めた。一体何を話すのだろう。ただ、今朝の円堂を見てから悠那はどこか不安げにしていた。

「皆、すまない。
俺は雷門を出て行く」

暫くの沈黙の中、円堂の言葉がよく響いた。

『え…』

「何でですか!?」

まさか、円堂がこんな事を言う日が来るなんて思ってもみなかった。理解出来ない。いきなり告げられた言葉に、天馬達は驚愕の表情しか出来ない。
それはもちろん、悠那も同じようで――…

『待ってよ…』

「雷門の監督は、鬼道に引き継いでもらう」
「そんな…」

『待っててば…』

余りに突然過ぎて、頭の中は整理が追い付かない。円堂は天馬の質問には答えず、円堂は必要な事だけを言った。そして、踵を返すなり部室を出ようとする。
足が動かない天馬達。そんな中、棒立ち状態を抜け出した悠那は机の上に置いてあった自分の鞄を掴んだ。

『待ってって言ってるじゃん!!!!』

自分の鞄を掴んだ瞬間、誰のか分からないロッカーに投げつけた。バンッ!と音をたて、ぶつかった衝撃で鞄の中身が飛び出し、物がそこら中に散らばる。静まり返る部室。驚きの表情で悠那を見る部員達と春奈。きっと余所から見たら気が狂った人みたく見られるだろう。だが、こうでもしなくては円堂は止まってくれない。円堂は悠那が読んだ通り歩むのを止め、振り返る。混乱状態で泣きそうな悠那の頭の上に手を置き、そっと自分の胸へと近付けた。悠那の額が円堂の胸板にあたる。

「悠那、俺と約束してくれ」
『…?』
「フィアンマを使わないで欲しい」
『え…』

円堂はそれだけ言い「またな」と、悠那の後頭部をポンポンッと優しく叩いた。見上げてみれば、そこには苦しそうな表情をしている円堂と目が合う。

――何で、そんな表情してんの…私、どうすれば良いか分かんないじゃんか…守兄さんのこんな顔してるとこ、初めて見た。
守兄さん…

円堂は数回悠那の頭を撫でた後、再び踵を返してしまい部室から出て行ってしまう。

「監督!」「監督!」

神童を始め霧野、三国、一乃、青山…ほぼ全員が円堂を呼ぶが、円堂はもうこちらを振り向く事はなかった。

別に、鬼道が監督って言うのが不満な訳じゃない。円堂が決めた事なら仕方無いとも思う。ただ、何も言わず理由も言わず、ただ監督を降りると言われても、小学校を卒業したばかりの悠那の頭が直ぐに理解しろと言われても無理な話なのだ。

『……』

“またな”って何…?
悠那はいつの間にか握っていた拳を更に強く握り締めた。


…………
………



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