誰かが傷付くのを見るのが嫌だ。
見てしまうと自分の心臓が酷く痛くなってしまい、吐き気まで覚えてしまうから。
でも自分自身なら別にいい。だって傷付くのは自分だけだし、悲しくならないから。

…本当に、そうなのかな…?

『ん…』

自分はどれだけ意識を失っていたのだろう。意識があったのすら曖昧だ。寒さだけは感じられる。重たくなっている自分の瞼を頑張って力を入れて上げればさっきまで見ていた筈の光。きっとこれは太陽に照らされて輝いている氷の光なんだろう。眩し過ぎてまた瞼を閉じかけたが、それを踏ん張って目を開けた。
開けたら開けたで、次に見えたのは天馬と葵、雷門の皆がこちらを眉をハの字にしながら覗いてきていた。

「ユナ!」
「心配したのよバカユナ!」

天馬と葵が涙を流しながら頬を濡らしている。よく見たら信助も泣いている。剣城もらしくない表情でこちらを見下げている。先輩達もまた最初表情を曇らせていたが、徐々に安心したようにそれぞれ笑みを浮かばせていった。
まだ冴えない頭の中で、悠那は状況を理解しようとする。が、どうしても分からない。そんな時、自分の足に違和感を覚えた。
怪我した方の足。全く痛くない。いや、少しは痛いが試合中の時の痛みではなくなっていた。
腕に力を入れて体を起こしてみれば、そこには真っ白い包帯を巻かれた自分の足。

そうか、バレたのか。もはや焦る事すら忘れてしまっている。

「気がついたか」
『…逸仁さん』

足を見ていれば、足のその前に口角を上げながらこちらを見ている逸仁が。やはり、疲れている所為か全くと言っていい程驚けない。だが状況が追い付けていないのは確か。驚けないとは言ったものの、やはり逸仁の登場にも皆の表情にも理解出来ない。
まるで赤ん坊みたいだ。もちろん赤ん坊の時の事なんて覚えていないけど。

「良かった…な、神童」
「……」
「神童?」

悠那が起きたのを見て、霧野が安心したように隣に居る神童に話しかける。だが、神童は皆が安心した表情をしている中、黙ったまま答えようとしない。そんな彼に霧野は疑問を感じる中、神童は最後まで霧野の言葉に振り向く事なく悠那に歩み寄っていく。

「お、おい神童?」
『…?』

悠那を見下げる神童。見上げてみれば表情は険しいもの神童の目には涙が堪っていた。

『え…せんぱ――…』
「バカ野郎!!」

そんな神童に戸惑いながら悠那が声を上げた時だった。神童の普段の様子から思わぬ言葉を聞いた。皆もまたそんな彼に驚いたのか、目を見開いた。いつも一緒にいた霧野ですら驚愕の表情を浮かべている。

「どうしたんだ、神童…!」

三国が落ち着けと言わんばかりに神童の肩へ手を置くが、神童はそれを振り払い、再び悠那を見下げる。

「何で怪我した事を早く言わなかった!
もう少しでお前は…お前は、サッカーが出来なくなってたかもしれないんだぞ!?」

三国の言葉を無視し、神童は悠那を涙を流しながら怒鳴る。さすがの三年生達も仲間である二年生達や一年生達も神童を止めようとする者はいなかった。

「言ったよな…?この革命が終わったら俺達と楽しいサッカーをやろうって…
あれは、嘘だったのか?それとも、そう思ってたのは俺だけで、お前はそうでも無かったのか?!」
『…っ』
「おい神童!言い過ぎだぞ…お前らしくない」

神童の言葉に悠那の怯む顔を見て霧野もさすがに神童の肩に手を乗せて制止府を掛ける。だが、やはり今の神童はそれでは収まらなく、三国にしたみたいに霧野の手もまた振り払った。

「そんなに俺は…俺達は頼りないか…?お前の今守りたい物は何だ?守りたい物の為に足を無くしても良いのか?!お前の足を無くしたら…この革命が終わっても、世界中のサッカー好きが嬉しがっても、俺達は?悠那と一緒にサッカーをしたいのに、悠那が一緒にサッカーが出来なかったら、

革命を起こしたって…
本当のサッカーが戻って来たって…

俺達は全く嬉しくないんだよっ!!」

涙。
天馬と葵、信助みたいな安堵感を感じさせるような涙じゃない。神童の涙は悔しみや悲しみ、そして苦しみが混ざったどうしようもなくてそれが形となって涙になったのだ。
その涙を見た瞬間、悠那は再び心臓が痛くなるのが分かった。
怒られたからじゃない。ましてや悲しいからでもない。

バカな自分の為に怒ってくれている。自分の為に泣いてくれている。それが、嬉しかったのだ。

二人の間に沈黙が流れ始める。だがそれを、黙っていた悠那が破った。

『…私、守りたい物の為なら、足を壊しても構わないと思ってたんです』
「「「「!?」」」」

悠那の言葉に皆は驚愕の表情を浮かべる。

『…でも、本当に自分の足が壊れると思ったら…皆とサッカーが出来なくなると思ったら…

怖くなったんです…』

悠那は今にも泣きそうな声を出しながらも、自分の思っていた事をこの場に居る皆に話していった。
そして、とうとう溜まっていた物が溢れ出してきたのか、悠那の目からは大粒の涙達が流れだしてきていた。

『皆と、サッカー…やりたい…っ』

――ピチャッ…

「「「「!?」」」」

悠那の拳の上に真っ赤な雫ではない。透明な雫が零れ落ちた。それには流石に驚いたのか、神童も思わず目を見開かせた。

『ぅっ…』

泣いている。
それは悔しさから出来た涙なのか、自分の非力さから出来た涙なのか。
どちらも違う。
これはただ純粋に、楽しいサッカーがやりたいという想いが涙になったのだ。

「悠那、ごめんなさいは?」

悠那に近付き、浜野は優しく手を悠那の頭に置き、優しく撫でてみせる。そして、なるべく優しい口調で言った。
悠那もまたその口調にまた何かが切れたのか涙をさっきより溢れ出していく。
そして…

『ごめん、なさい…っ、』

その言葉に、皆は優しそうな笑みを悠那に向けた。きっと天馬達が彼女にずっと望んでいた言葉。
皆のその笑みを見た瞬間、それと同時に溢れ出て来る涙。拭おう拭おうとしてもその涙は止むどころか流れるばかりで、

「ほら、タオル使えよ」

目の前に真っ白なタオルが逸仁から渡される。手で拭いきれないのならタオルで拭おう。悠那はタオルを受け取った瞬間、直ぐに顔を埋めた。

私の足が壊れようとも、守りたいモノの為ならば…
ずっとそう思ってた。だけどそれは、きっと…私が強い子だっていう言い訳だったかもしれない。
“ごめんなさい…”その言葉が、今素直に言えた。

「俺こそ済まない…その、泣かすつもりは…っ」

そう弁解をしようとすれば、神童の目からまた涙が堪って行った。

「おいおい、お前まで泣くかよ?」
「だ、って…女子を泣かせて…!」
「ばぁーか、コイツには良い薬だろ?俺達を信頼する」
「倉間君、臭いです台詞」
「俺もそう思った〜」
「お前等ぁー!」
「何じゃ何じゃ!泣く位なら笑え笑え〜!」
「お前は少し空気を読め!!」
「俺もこの位の怪我でヘマ言ったら駄目だな!」
「でも無茶は駄目だド。今回は天馬が上手くやってくれたから勝てたモノだド」
「確かに、天馬がゴールを守るのは不安だからな」
「ひ、酷いですよ先輩達…!」
「まぁ、確かにそうだよな〜」
「狩屋まで…」
「まぁまぁ」
「まぁ天馬にしちゃあ今回は頑張ったわよね〜」
「まさか化身で蹴り返すとは思いませんでしたよ!」
「天馬君、写真あるよ」
「本当ですか?!」
「おっ、浜野が転んだ時のヤツもあるぞ?」
「な?!」

と、悠那の目の前で明るいであろう話題が繰り広げられている。きっと彼等は自分を元気付けてくれているのだ。
目の前に繰り広げられる光景に悠那の涙はいつの間にか止んでおり、その代わり彼女に笑顔が出来た。偽りのない彼女の笑顔。

「なあ、悠那…お前には頼れる仲間がこんなに居るんだ。お前も少しずつで良いからあいつ等を頼ってもいいんじゃないか?」
『はい…』
「悠那ちゃん、」
『士郎兄さん…』

涙をタオルで拭っていれば、今度は吹雪が声を掛けてくる。その隣には雪村も居た。

「白恋を救ってくれて、ありがとう」
「石の事は俺から謝る…済まない…」
『雪村さん…』

雪村は顔を俯かせながら申し訳無さそうに言った。

『雪村さん』
「…?」

皆の視線が悠那に集まった。だが、悠那は構わないと口を開いた。

『私はもう大丈夫です』

誰かが傷付くのを見るのが嫌だ。
見てしまうと自分の心臓が酷く痛くなってしまい、吐き気まで覚えてしまうから。
でも自分自身なら別にいい。だって傷付くのは自分だけだし、悲しくならないから。
だけど、それは違った。自分が傷付けば、必ず悲しむ人が居てくれる。泣いてくれる人が居てくれる。叱ってくれる人が居てくれる。それは何故?それは仲間だから。だからもう大丈夫。確かに足は痛いけど、確かに石という人物は憎たらしいけど、それ以上に仲間から思われている事が嬉しかったのだ。

「雪村、行くぞ」
「あ、あぁ…じゃあ…」
『はいっ』

悠那の笑みを見た雪村は唖然とするも自分の中に抱えてきた責任が無くなり、体中が軽くなるのが分かった。仲間に呼ばれた雪村。皆は去って行く雪村の背を見送った。

『拓人先輩』
「あ、な、何だ?」
『あの、叱ってくれて、ありがとうございました』
「え…?」

悠那の言葉の意味が分からない神童は、浜野と霧野に背中をさすられながら涙を拭いていた。悠那は鼻を啜り、目を赤くしながら神童に微笑んだ。

『革命、一緒に頑張りましょうね!』
「!…あぁ、」

悠那の笑顔を見て神童は涙を拭き、力強く頷いて見せた。

「おい、ユナ」
『ん?』

神童と話していれば、剣城が悠那に話しかけてくる。悠那はいつもの様子で剣城に振り向いた。

「もう、俺の前であんな事言うなよ」
『!…うん、言わないよ。もう…』

だって私は、サッカーも仲間も大好きだからね。
そう言えば、剣城はフッと笑って見せた。きっと、悠那が倒れた時に優一とダブったのだろう。
だが、もうそんな事は無い。悠那には本当の信頼を知ったのだから。

…………
………

「何だよ、話って」

円堂は吹雪と話す為に誰もいない通路に二人は居た。吹雪は真剣な顔で円堂に話した。

「…な、何だって…?!」


「――どうした、わざわざ呼び出すなんて」

空が紅から黒に変わる頃、鬼道は円堂に鉄塔広場に呼ばれた。

「…頼みがあるんだ」
「頼み?」
「俺は、雷門の監督を下りる。鬼道、代わりに雷門の監督を引き受けてくれ」
「!何を言ってるんだ、円堂!」

円堂の余りにも突然な頼みに、鬼道は直ぐに承知は出さなかった。

「フィフスセクターの本当の目的は、サッカーを管理する事だけでは無いかもしれない」
「何だと…?」
「まだハッキリした訳じゃ無い。逸仁の言ってた事も気になる…調べてみたいんだ。今、雷門を任せられるのはお前しかいない!

頼む、鬼道…」
「お前…」

そんな会話があった事を知ってるのは、鬼道と円堂の他にはいなかった…


etc………



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