「大丈夫か悠那?」
『はあっ、はあっ、はあっ!』

もはや言葉すらも出なくなってしまったのか、悠那はただただ自分の左足を抑えて、涙目になりながら肩で息をしている。その尋常じゃない苦しみ方に、一同は焦るばかりだった。だが逸仁はそんな悠那を黙ってベンチに寝かせた。

「ユナ…」
「……」

逸仁は悠那の目に自分の手を置き、落ち着かせるようにする。すると、先程よりかは息も静まっていくのが分かる。だが、息が上がっている以上まだ苦しそうにしていた。

「もう試合も終わった…リラックスして、化身をゆっくり戻すんだ」
『はあ…はあ…はあ…』

逸仁に言われた通り、悠那は靄を自分の体の中に戻そうとする。すると靄は先程よりもどんどんと小さくなっていき、やがて全て悠那の中へと戻っていった。
それを見て逸仁は手を退け、悠那を見やる。
悠那は目を瞑っており、眠っている。
苦しさもなくなったようだ。

「…はあ」
「ユナは…ユナは大丈夫なんですか?」
「ああ。大分精神的にダメージがあるが、休めば大丈夫だ」

逸仁の言葉に安心すれば良いのか分からず、皆は黙って眠る悠那を見る。

「で、何故悠那が化身を二体持っているか、という話だったな」
「「「「!!」」」」

先程の話を聞いていたのか、逸仁は悠那から目を離し次には皆と向き合う形になった。

「昔、フィフスセクターはシードの奴らに化身を二体持たせようと厳しい特訓をさせていた。
だが…それは全員失敗に終わっている。

…その事は俺も聞いた」

「厳しい特訓…?」
「想像も出来ない程の特訓らしい」
「…それって、死ぬ程…?」
「多分な…」

そう言う剣城の言葉に、逸仁は状況を物ともしない程の笑みを浮かばせる。「プッ」という声を上げては剣城達に怪訝そうな表情をされてしまう。

「想像も出来ないのに何故死ぬ程なんて想像出来る?」

知ったような口をきくな。先程の笑みはどこへやら。逸仁から放たれた言葉は酷く厳しいもの。それを聞いた剣城は申し訳無さそうな表情を浮かべて「すまない」と謝った。もちろん、逸仁は謝って欲しいとも言ってはいないし、剣城も謝る必要はどこにもない。だが、謝ってしまった。逸仁がそうさせた。
剣城の発言にどうやら逸仁自身を不快にさせる部分があったのだろう。ヘラヘラしているイメージが強かった逸仁。それが今ではかなりキレている。そんな逸仁は悠那に目をやったあと、また直ぐにあの笑みを浮かばせる。

「言っとくが、コイツがもう一つの化身があったのは元々だぜ?」
「…え?」
「俺も化身を二つ持ってんだよ。大森聖フォレスタはニ体目」

その逸仁の言葉に皆は目を見開きながら逸仁を見た。逸仁もまた二体目を持っている。しかもそれをこの前の試合で使っていたとなるとは。剣城も目を見開かせる。
…異例者が、二人

「化身を二つ持つという事は、相当な体力を持つという事になる」

現に化身は人の体力を奪い、具現化する事が出来る。それをもう一つ持っているとなれば、体力も相当に奪われる事になる。

「だから悠那は二つ目を出し、戻す時…体力が何かに奪われ戻しずらくなっていた」
「何かって…

…!?」

逸仁の言葉に神童は疑問を持ちながら、眠る悠那に目線をやった。すると、悠那の左足を見て目をこれでもか、というくらいに見開かせた。そんな神童を見て皆もまた続き、皆も視線を悠那にやる。悠那の体の一部を見て、皆もまた神童のように目を見開かせていった。

「…!?」
「大変!救急箱!」

皆が焦るのも無理はない。悠那の左足のスパイクが、どんどんと赤くなっていたのだ。
そこからは少しずつ血の雫が垂れており、そしてその真下には血の水溜まりが出来ている。それを見た瞬間、葵は口元に手を当てるなり必死に叫ぶのを堪える。左足だけ、真っ赤に染まっており真っ赤な水溜まりは怪我の酷さを十分にその場に居る人達に訴えかけていた。

「その怪我!?」
「知ってるのかい?」
「…っ、」

彼女がこの怪我をした理由は知っている。いや、きっとアイツがここまでにさせたんだ。興奮気味に声を上げれば、今度は皆の視線が雪村に集まってくる。吹雪が何か知っていそうな雪村にそう聞けば、雪村はそこで黙り込んでしまう。白恋のベンチを睨むように見やる。視線の先を辿っていけば、あの石の姿が…

「アイツが…この子の左足を…」
「何?!」
「いくらシードだからって、ここまでするのかよ?!」

悠那は血を出してるんだぞ!?なのに何であんな平気そうな顔をしてるんだっ!!
完全に頭に血が上った水鳥は今にも石に突っかかりそうになるが、浜野と速水に制止府をかけられ、渋々引き下がる。
だが、水鳥の言いたい事は皆にも痛い程分かった。

「…俺が、ちゃんとしてれば…」
「雪村…」

「落ち着け」

逸仁は春奈が持って来た救急箱から包帯を出して、悠那の左足を手で持ち上げる。だらんとした悠那の足。試合中ずっとこんな感じで彼女の体を支えてきていたのだ。壊れてしまいそうな彼女の足。それはスパイクを脱がそうとしなくとも、靴下を下げなくとも、自分が直接手で触れた瞬間に分かった。

「悠那がこのくらいで済んで良かった」
「良かっただと!?」
「俺の話を聞け!!」

水鳥が逸仁の襟首を持ちながら言えば逸仁からの怒鳴り声。その声に水鳥は一瞬怯みながらも渋々離した。いくら水鳥でもいざ男の子に怒鳴られると怯むらしい。

「これより酷かった人は足を失う状態だった」
「「「「!!」」」」

逸仁の言葉に皆は改めて寒気がしてくるのを感じる。化身を一体出すだけでも脈は上がりだし、体力も余計に消耗してしまうのだ。化身は力がある分、こちらはかなり辛い。化身を扱える天馬達だからこそ、それは理解出来た。

「この怪我…恐らく試合前に出来たモンだな…」

悠那の靴下をゆっくりと下ろしていけば、恐らく真っ白だっただろうハンカチが見えた。だが、そのハンカチはその跡を残す事なく真っ赤に染まっており、また血を吸い切れていなかったのか、数量の血が足を赤く染めている。
彼女のその足が見えた瞬間、葵と茜はそれを見たく無かったのか顔を背けだす。男子と水鳥、大人組はやはりそれが平気なのか、顔を歪ませながらも黙って見ている。逸仁もまた歪ませながらも黙って包帯を巻いていく。

「お疲れ、悠那」

その言葉と共に、包帯が巻き終わった。
赤かった彼女の足は真っ白な包帯が巻かれており、綺麗になっている。ちゃんとした彼女の素足だった。

「……」
「神童…?」

逸仁が悠那に手当てしている中、神童は悠那の左足を睨むように見やる。そんな神童が珍しかったのか、霧野は小さく呟いた。

「(もしかして、試合前…足を抑えてたのって…)」

信助は思い出した。試合前、自分達が並んでいる時悠那が足を抑えていた事を。虫が居たと言っていたが、あれはやはり嘘だったのだ。

「(俺が、ちゃんとしてれば…)」

雪村は責任を感じていた。石が彼女の足を踏んだのは、監督もまたフィフスから来た人物。フィフスのサッカーのやり方は知っていた筈なのに、自分の知識無さの所為で彼女がこんな負傷をさせてしまった。

「(縁を立てた時に痛そうにしてたのって…)」

霧野は思い出した。フィールド攻略の時、悠那がスパイクの縁を立てた瞬間痛そうにしていた事を。

「(僕との約束の所為で…)」

吹雪もまた責任を感じていた。自分と雪村、そして白恋の皆を助ける為に約束した事を。

「(石って奴の言ってた事はこの事だったのか…!)」

剣城は石が試合中に言っていた台詞を思い出していた。あれが三国に向けてではなく悠那の事だったとは。気付いた時には遅かったが。
それぞれ思い当たる事があったのか、心の中で悔いていた。

「俺が悠那の様子に気が付いてれば…」
「言うな円堂…俺も気付けなかった身だ」
「円堂監督や鬼道コーチが気付かないなんて…」

相当なポーカーフェイスだ――…

『ん…』

そんな事を話していれば、悠那の閉ざされていた目がゆっくりと開かれていった。


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