「…今のは」

もう一つの“化身”…?
ギャラリーから悠那を見守っていた逸仁。怪我で負傷している悠那を心配しながら見ていたらまさか彼女から化身が現れる象徴である藍色の靄が現れたのだ。大空聖チエロではない別の化身。
重くて、それでいて自分の中が熱くなる感じ。自分が実は風邪を引いているんじゃないか、と思うくらいのだるさ。

「ヤバいな…」

逸仁は額を抑えながら苦しそうに顔を険しくする。一瞬だったのにも関わらずこうも苦しくなっている。頭痛までもが襲いかかる中、逸仁は黙って悠那を見やる。
そんな事を考えていれば、いつの間にか悠那は白咲と1対1となっていた。

『決めてやる!』
「――キミにそんな事出来るのかい?」
『!』

「何…?」

迫られているというのに、余裕の笑みを浮かばせている白咲。それが負け惜しみか、自分に自身があるのか。だが、そんな白咲の言葉に神童は疑問を感じていた。そんな様子を見た白咲はニヤリと笑ってみせる。

「知らされていないのかい?谷宮ちゃんは―――…」
『黙って下さい!』
「おや、」

今にも悠那の負傷の事を言われそうになってしまう。そんな白咲の言葉を悠那は言わせまいと必死の声で叫んだ。叫ぶも体力は減り続けている。悠那は辛そうにしながらも自分の足がもつまで、ゴール前まで上がって来る。

――お願い…私の足!もう少しだけもって!!

悠那がそう願った時だった。

――モヤッ…

悠那の背後から再びあの時の靄。それは彼女自身の化身だろうが、ジョットじゃない化身を感じていた。

『はぁぁああっ!!

“大炎聖フィアンマ”』
「「「「「!?」」」」」

悠那の靄から現れたのはチエロとは違う、いや間逆の化身が現れた。口角は上がっていない。そして、男の化身。
フィアンマ。
チエロが自分達に有利にしてくれるのなら、フィアンマは自分達にまるで鉄槌を下すかのような力を持っている。
だからだろうか、

「くっ…!」

何つー圧力だ…立っているのがやっとだ…!
化身を使える人達。その人達には何かが伝わってきていたのか神童、天馬、剣城、錦、雪村は苦しそうに表情を歪めだす。それどころか片膝を地面に付け出した。怪我をした訳ではない。もちろん、それは神童達には分かっていた。だからこそ、彼等にも何故自分達はこうも苦しく感じるのか。化身を持っていない浜野は近くに居た神童に焦ったように近寄った。

「おい!神童、天馬!どうしたんだ?!」
「っ…分からないが、急に、何かに押し潰されるように…体中が熱い…っ」
「何言ってんだよ…?剣城どころか雪村って奴も…」

剣城に近付いて肩を貸す倉間もまた、彼等の様子に疑問を抱く。錦もまた、苦しそうにしており、雪村の方へと目線をやれば、彼もまた味方に肩を貸されながら立とうとしている。彼等の身に一体何が起こったのか。
押し潰されると言うが、神童や剣城の肩を支えてみるも重いという感覚はない。
熱いと言うが、寧ろこのフィールドのおかげで冷えている。
益々理解出来なかった。

「もう一つの化身だと?!」
「…っ、これが悠那のもう一つの化身…!」

もちろん、ギャラリーに居る逸仁もまた化身使いであるので辛そうにしている。

「化身を、扱い切れていないのか…?!」

逸仁は苦しそうにも悠那の化身を見た。

「どういう事だ…?」
「悠那…」

鬼道は信じられないと言わんばかりに口を開け、円堂もまた心配そうに悠那を見やる。

『決めてやる…』
「!」

先程同じような台詞を聞いた。だが、先程よりも小さく呟かれただけなのに、今の方が迫力があるのを感じるのはどうしてだろうか。今にも逃げ出してしまいたくなるのは、どうしてだろうか。だがしかし、白咲はどうしても動く事が出来なかった。

『“ガイアストーム”!!』

悠那がボールを左足で蹴れば、紫色の炎の狐がボールに纏い、炎の道を作っていく。それは、チエロの“ウーラノス”と正反対の技…氷のフィールドは、その熱さ故に少し溶けてしまい、潤いが増していた。

「“クリスタルバリア”!!」

白咲は必死の抵抗で自身の必殺技を繰り出す。
だが…

ピチャッ…

「!?」

氷で出来たクリスタルバリア。悠那の炎で出来た必殺技を抑えきれなかったのか、徐々に溶け出して行った。
そして…

「うわぁぁああ!!」

ピィ―――ッ!!

《ゴール!!雷門遂に逆転!!》

ピッピッピ―――ッ!!

《おーっと!ここで試合終了のホイッスルだあ!!雷門は谷宮の化身シュートが決まり、勝利となったあ!!》

『はぁっ…はぁっ…!』

き、決まった…!
自分のシュートが決まって雷門が勝利した。氷のフィールドは溶けてしまい、試合前よりも綺麗に見える。得点版を見た後、悠那は白恋の方に目線をやった。そこには試合に負けたのに嬉しそうに笑っている雪村の姿がある。

「吹雪先輩…これが、アナタの言っていたサッカーなんですね…」

雪村の言葉は、悠那の耳にはちゃんと届いていた。

『良かった…』

…………
………

「サッカー、また一緒にやろうな。雪村」
「吹雪先輩…」

雪村と吹雪はお互い分かち合えたのか、握手をしている。悠那はそれをベンチに戻る際に優しく微笑んで見せた。
すると、いつも見ていた視界がいつもと霞がかかってくる。

『…あれ、』

疲れたのかな、目の前が霞んで見える。なんだか足も、フラついてきている、ような…
頭の中もかなり働かなくなっていく中、悠那の周りには天馬達が集まってきていた。

「ユナ!スゴかったね!あの化身!」
「というか二体も持ってたんだ化身!」

天馬と信助からの悠那に対する尊敬の言葉。周りに集まってきていた神童達もまた良かった、スゴかった、と言ってみせる。
言われるだけ言われているが、全く悠那の耳には届いていない。だから、何も答えられないし、寧ろ自分は声を出せるのかすら分からなくなってきている。体中もまだ熱いし、まるで風邪を引いているみたいだ。

「――お前、どうして化身を二体持ってるんだ」
「「「「え?」」」」

何も返答無しの悠那を知ってか知らずか、盛り上がっている雷門達に剣城の言葉が静かに響く。そんな彼の言葉に皆は不思議そうに剣城の方を見やる。声色からして何やら張り詰めた感じがする。案の定顔を険しくしていた。
その理由が何なのか、それは剣城自身にしか分からない事。

「化身は、一人一体しか持てない筈だ」
「「「「っえ?!」」」」
『……』

剣城から思わぬ発言。確かに今までに見てきた中で、化身を二つ使う者は一人として居なかった。今までも疑問としても持たなかった。
皆が驚いている中、悠那は目を剣城に向けたまま何も喋らない。開けている目もどこか覚束ない。それどころか、息も上がっていっているではないか。明らかに悠那の様子がおかしい事に気付いた。

「…そう言えば、ユナどうして靄、出したままなの…?」

悠那の背中からはまだ化身を出す時に現れる靄が溢れ出している。悠那もまたその靄を抑えようともしない。
そんな悠那の肩を天馬が軽く叩いた時だった。

ドサッ…

「「「「悠那(ユナ/ちゃん)?!」」」」

軽く肩に触れただけだった。
それだけの筈なのに、悠那はその場に壊れたおもちゃみたく倒れてしまった。
息もそれと同時に荒くなりだしている。何が起こったのか全く理解が出来ずに、呆然と立ち尽くしていれば悠那は左足を抑えながら息を肩でしだす。やっとの事で皆は焦るように必死で悠那の名前を呼んだ。

「―――退けっ!」

そんな時、不意に皆の背後から聞いた事のあるような声が強く響いた。



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