一同は輝をサッカー部に迎えた後、直ぐに練習に入った。輝の実力は今の所悠那しか知らない。そんな彼を先輩に混ざらせてドリブル練習をさせていた。そんな彼を他の一年生達はどれくらい出来るかを定めようとしていた。だがその時、まるで輝はボールに遊ばれてるみたいにあちこちに飛ばしていた。
「っ!ぅあっ!?…ぅおぁあ!…でやぁ!…うぉっ?!」
「「……」」
「確かに初心者だね…」
見ててこちらも恥ずかしくなるとはこの事を示すのだろうかと、信助は剣城の横に居る悠那をそっと見た。
目を悠那に移せば、顔こそ笑顔を作っているがどことなく引きつって見える。それどころか冷や汗が半端なく彼女の額やら頬やらを滑っていくではないか。
『あれれ〜…』
おかしいなあ…初心者とは言え、二ヶ月の経験はある筈なのに、と悠那が思うものの目の前で繰り広げられている光景はとてもそうと思えなかった。
グイッ
『い、痛い!』
「誰が実力あるって」
『っちょ、たんまたんま!』
剣城は目の前の光景を見ながら若干イライラしながら左手で悠那の頬を引っ張り出してくる。その痛さの余り悠那は涙目だった。
『でも、実力は確かだよ!!』
「…はあ、」
『!?』
悠那の言葉に、剣城はもう一度輝を見やるが、やはり先程と変わらない様子。剣城は呆れるように溜め息を吐きだし、悠那の頬から手を離す。あれのどこが確かなのだろうか。誰がどこからどう見ても初心者丸出しだった。
「…あれじゃあ戦力にもなりそうもないな」
剣城はそう言って右手にボールを持ち、一人行ってしまう。そんな彼の背中を見送った後、信助は頬を抑える悠那に目線をやった。
「大丈夫?」
『痛い…』
私嘘言ってない…
悠那はすっかり赤くなってしまった頬をさすった。目線を少しだけ上げてみれば、悠那はいつの間にか部員達の殆どの疑いの眼差しを浴びる羽目に。
居たたまれない気分になってしまった悠那は「グスッ…」と鼻を鳴らした。すると、輝の蹴っていたボールが地面に座ってい観ていた狩屋の元へ転がって来た。
「あぁ、すみません!」
「なぁにやってんだよ、ドリブルん時はボールだけをしっかり見るんだよ。でないと真っ直ぐ走れないだろ?」
っあ、珍しい…あのマサキが良い笑顔でアドバイスをしてる。って、でもあれ…?何か足りないような。
「あぁ!成る程!そうですね!ありがとうございます!!」
狩屋のアドバイスを疑わずに輝はお礼を言ってまた練習を再開しだす。確かに、先程よりかは真っ直ぐ走れているが、ずっとボールを見ている。
「よし!次…」
「あ!」
「ん?…っ?!」
「でがぁ!?」
ゴンッ!!
かなり痛そうな音が響いた。悠那は気付いた。輝の走る先にゴールポストがあった事を。近くにいた神童と三国もまた驚くように輝の目の前を見ていた。輝は前を見ていなかったが為、ゴールポストに思いっ切り額をぶつけてしまった。
「いだい…」
「大丈夫か!?」
慌てて駆け寄る三国。不意に笑い声が聞こえた。
「あっはははははは!!」
狩屋は輝の間抜けな行動を見て余程面白かったのか、その場で腹を抱えて地面に転がって爆笑していた。
『マーサーキー!!』
「ははははっ!!」
「狩屋!お前またやったな!」
悠那はマサキに一回怒鳴ってから直ぐに輝の元に走って行く。一人笑う狩屋に霧野もまた怒鳴りつけた。これではもう狩屋の保護者みたいだ。
「くぅぅ…」
『(子犬?!)ひ、輝くん。ドリブルする時には前を見なきゃダメだよ?』
「下を向いていたら周りが見えないだろ?」
「あぁぁ!成る程!そうですね…!」
若干涙声になりながらも輝は額を抑えて悠那と霧野のアドバイスに納得をした。
「教えるだけ無駄でしょ、どーせ使えねぇ奴なんだし」
『輝くん舐めちゃダメだよマサキ。輝くんはすんごく飲み込みが良いんだから』
「どーだか(何あんな必死になってんだし)」
悠那の言葉に狩屋以外の一同は同時に顔を見合わせる。悠那に褒められた輝は照れたように顔を赤くしながら、ボールを抱えた。
『輝くん!マサキにぎゃふんって言わせてあげなよ!』
「え、えと…もう一度やってみます!」
とりあえずtake3となった。すると、今度は先程の二回よりは全く違う動きになっていた。ちゃんと前を見ながらドリブルを完璧にこなしている。
悠那の言う通りに。
「え?!」
「ドリブル、出来てるじゃないか…!」
「スゴいな!悠那の言った通り…飲み込み早いんだ!」
先程とは違い、輝はちゃんとしたドリブルが出来るようになっている。スゴい飲み込みの早さ。
『だーから言ったじゃん、だーから言ったじゃんっ』
「威張るな」
『ちぇ…』
輝のドリブルを横目に悠那が胸を張って言えば、剣城に不機嫌そうに言われる。そんな彼の態度に悠那は頬を膨らませながら輝を再び見やった。
「へぇ…よし!打って来い!影山!」
「えぇ?!」
「シュートだよ!シュート!」
「シュートって…」
輝はドリブルを上手くやりながら器用に周りまで見る。初心者にしてはかなりの出来栄えだ。シュートしろと言われた輝は直ぐ近くに居た倉間を見た。倉間は正に三国に向かってシュートを放とうとしている。
「!…シュートはこうやってこう!!」
輝は倉間を見た後、見よう見真似でシュートを三国に向かって打った。
ズズズッ…
「「「「!!」」」」
三国の手の中で暫く回るボール。その威力がスゴかったのか、三国のグローブからは焦げたように煙が出ている。狩屋でさえ呆気に捕らわれていた。
『ナイス輝くん!』
「あ、ありがとう!」
「悠那の言う通りだな…
やるじゃないか、影山!」
「本当ですか!?」
三国に褒められた輝は目を輝かせる。これで彼も一人前の雷門サッカー部の選手だ。
『で、誰が戦力にならないって?』
「お前もう黙ってろ」
『あだ!』
悠那は剣城に近付いていき、顔をニヤニヤさせながら言えば、次には剣城にでこピンを食らってしまった。
「輝!もう一度打ってみろ!」
「え?あ…はい」
円堂の声に輝が頷けば三国は軽くボールを輝の方へ転がす。輝はそれを取ろうとしたが、ボールは輝の足の下を通り過ぎて行く。
「あれ?」
「あ」
「やーっぱ初心者じゃん」
『マサキはネーミングの初心者だけどね』
「うっ…今は関係ないだろ?!」
『べー』
そんな様子をベンチの方で見ていた神童が目を細めた。
「…いつの間にか、随分部員が増えたな」
「あぁ、一時はサッカー部が無くなりかけたのに…」
今までセカンドからサッカーをやりたいと入部してきた生徒達は居たが、今のサッカーがどうしても嫌で仕方なくなって辞めたり、成績が上がらないと嘆いて辞められたり。ファーストになってもキツいのは変わりなくて、サッカーをやっている気になれなかった。
だが、今はどうだろう?昔とは違って全くキツくない。辛くない。苦しくない。悲しくない。いや、サッカーに寧ろこう感じるなんておかしな事なんだろう。そんな当たり前の事を思い出させてくれたのは紛れもない天馬達。そんな彼等の力のお陰でこの前までは敵だった剣城も仲間に。転入生の狩屋や勇気を出してサッカー部に入ってくれた輝も仲間になってくれた。
じゃれ合っている一年生達は何だか、
「何だか、俺達の一年の時を見てるみたいだ」
「アイツが…錦がいた頃の俺達を」
「あぁ」
この昔より変わったサッカー部を彼に、見せてやりたい。そして、彼と一緒にサッカーをやりたい。
神童と霧野はそんな想いを抱きながら、まだじゃれ合っている一年生達に練習しろと注意しに行った。
…………
………
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