こうして今の状況となった。
「影山って…」
「まさか…」
「…はい」
輝は顔を俯かせてしまう。もちろん、それは気まずさで顔が上げられなくなっているから。目線の先を輝から円堂へと移せば、やはり驚いた様子で肩を落とす輝を見やっていた。何故なら彼の名字に聞き覚えがあるから。何故なら彼の名字を持つ人物を知っているから。
その事を知ったか、輝は顔を俯かせながらも自分の名字の訳を目の前の大人達に話した。
「影山零治は…僕の叔父です…」
「!」
更に驚くように目を見開く大人達。開けた口も塞がらずに輝を見やる。“影山”という名字は探せば必ず何人か出てくるが、まさか自分達の知っている方の影山だとは。
さて、ここまでは良い。守兄さん達がどう出るか、が問題なのだ。
「兄さん…」
円堂と春奈は同時に鬼道の方を向く。悠那も自然と鬼道を見上げた。影山と言えば、一番鎖に繋がれていたような男、鬼道有人。今まで彼が一番影山を恨み、そして尊敬してきたのだ。
目線を鬼道に移せば、表情は穏やかなものになっていた。
「そうか…」
きっと、彼の頭の中では影山と過ごした思い出が蘇っているのだろう。殆ど苦かった思い出だが、ちゃんと影山のサッカー好きもまた覚えている。
「ちゅーか、“影山零治”って誰っスか?」
「知らないド」
悠那が黙っていたのはこれが原因という事は円堂達はこれを聞いて直ぐに分かった。だがしかし、10年前の事件の事をあまり知らない浜野達には何の話しかは分かってはおらず、黙ってそのやり取りを見ている。
「だが何故隠そうとした?」
「あ…それは…」
急に表情を堅くしてこちらを見上げる輝にそう尋ねる。完全にドモってしまった輝は視線を床に移してモジモジとしだす。その様子を見て、輝は今追い込まれている事が分かった。
『有人兄さん、分かってあげて?おじさんがした事は幼かった私でも直ぐに分かった事件だし…』
「悠那ちゃん…叔父は、雷門サッカー部に、色々ご迷惑をお掛けしたと、聞いています…」
だから、名前を言うと入部は許されないと思った…
悠那が助け舟を出せば、少しだけ勇気が湧いたのか輝は悠那に話したように事情を話した。
「やっぱりダメですよね!…っ、」
『…!』
だが、輝は俯かせた顔を上げるなり無理矢理笑顔を作って笑いだす。そしてまた表情を沈めた。そんな彼の言葉を聞いた瞬間、悠那は輝の方をバッと見た。今にもここから逃げ出しそうな輝。
ダメだよ逃げちゃ!そう言うよりも先に輝は大人達に向けて頭を下げた。
「じゃあ、お騒がせしました…」
「!、ちょっと…」
そう言って輝は一礼して踵を返す。
「待て!」
パシッ
円堂の言葉と共に悠那の手が輝の腕を掴まれる。
それが輝の足を止め、不意に振り向かせた。輝が振り向いた瞬間、自分の目に映ったのは悠那の困ったような笑顔。そんな表情になりながらも、悠那は輝に笑いかけた。
「…え?」
もちろん、輝は驚いた。何故彼女はこんな表情をしているのだろう。どうして自分なんかの手首を掴んでいるんだろう。どうして、こんな自分を止めたのだろう。
訳が分からないまま、輝は悠那を見やる。すると、振り向いたのを見て円堂は悠那と輝に近付いて来た。
「影山輝。サッカー好きか?」
「!」
今度は円堂が真っ直ぐに輝を見る。輝は先程悠那と同じような事を聞かれ、再び驚いた顔をした。そしてまだ腕を掴む悠那の方を見る。
『さっき言ったよね?』
それと同じ事を言えば良いんだよ。自分の気持ちを言えば良い。その彼女の言葉に輝は悠那の瞳を見た後、考える為頭を俯かせた。
そして――…
「……はい!」
頭を上げた輝は意を決し、円堂にしっかりと応えた。
「だったら迷う事はない」
「確かに、影山零治が雷門サッカー部にした事は許される事ではない。
だが…本当は心からサッカーを愛していた。俺達と同じくらいにな」
その言葉に鬼道の隣にいた春奈もまた微笑み、悠那も力強く頷いて見せた。
「何も恥じる事はない」
「え?」
「あの人が行き着けなかった所まで、お前が行ってみせるんだ」
「影山輝、今日からお前は雷門サッカー部の一員だ!」
その言葉に輝は徐々に曇っていた顔を明るくさせて、嬉しそうに目を輝かせていた。
「ありがとうございます!!」
『輝くん、良かったね』
「悠那ちゃんのお陰だよ!ありがとう!」
良かった、輝くんの表情がいつもの笑顔になった。やはり作り笑いより輝いて見える。守兄さんや有人兄さんが信じられなかった訳ではなかったが、どこか不安になっている自分が居た。だけど、やはり輝くんがこのサッカー部に入部してくれたのが何より嬉しい。
今まで気付かなかったけど、輝くんとじっくり話せば結構よく話す子なんだと思った。性格は結構明るいし、今まで敬語を使われていたから今タメを聞けて何故か嬉しかった。すると、輝くんは急に天馬達の方を向きだした。
「影山輝です!宜しくお願いします!」
「こっちこそ宜しく輝!」
「宜しくね!」
輝がペコッとお辞儀をしながら挨拶をすれば、天馬と信助が嬉しそうに返す。狩屋に続き、一年生がまたサッカー部に入ってくれたのが余程嬉しかったらしい。
うんうん、と悠那が頷きながら輝を見ていれば、一人だけ皆と離れた場所に居た剣城が眉間に皺を寄せながらこちらを見てきた。
「で?どれくらいサッカー出来るんだ?」
「(ギクッ)…どのくらいと言われても…」
『(何か京介怖っ)』
悠那と輝がニコニコして和んでいると、物凄く恐ろしい睨みで輝を見ていた。輝は痛い所を突かれ、再び悠那を見やる。どうやらまた助け舟を出して欲しいらしく、目をあちこちにやっている。
『言いな…』
「…ボールを蹴り始めてまだ二ヶ月なので…」
「「えぇ?!」」
「自分じゃ良く分かりません!」
「たった二ヶ月ですか!?」
輝の思わぬ発言に天馬と信助は驚きの声を上げ、速水は信じられないとでも言うように声を上げる。これにはさすがの悠那も隣で乾いた笑いを出すしかなかった。
「なぁんだ、初心者かよ」
「誰だって最初は初心者だぞ」
「へへっ」
狩屋の台詞に霧野に軽く突っ込めば、狩屋は軽く笑った。その様子を見れば、もうあのような事が起きる事は無いだろう。
「あぁでも、ドリブルで駆け抜けたり、カッコ良くシュートを決める、そんな選手になりたいです!」
「うんうん!」
霧野と狩屋の様子を見て頬を緩めていれば、傍に居た輝が大袈裟に言えば、天馬も同意するように大きく頷く。
『輝くんはスゴい運動神経良いんだから直ぐになれるよ!』
「あ、ありがとう」
ボールを蹴り始めて二カ月の輝に何の根拠があって言っているのか。悠那がここまで輝を褒める意味が分からない。彼女は彼を買いかぶりし過ぎなのではないか?だが、今の言葉で輝は照れるように頬を染めていた。
これで何人かの眉間に皺が寄っただろう。
…………
………
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