私のクラスには、大人しい子が居る。もちろん、それは今に分かった事じゃない。どこのクラスにだって大人しい子は居る。教室の中では本を読んでいたり、寝ていたりしている。その中で私が一番気になっていた子が一人居た。

教室の窓側に居て、いつも窓の外を見ている男の子。別に異性として気になっている訳ではないが、どこか気になっていた。
みんなはその子の事を名字ではなく“輝くん”と呼んでいる。理由は至って簡単。彼が自分の事をそう呼んでと、言ったから。もちろん私も呼んでいる。輝くんは少し変わっている。クラスの皆が名前を呼ぶ時は普通に接しているのに、私が呼ぶと何故かキョドってしまうのだ。理由は分からない。でも、思えば輝くんの事を全く知らない。名字だって知らない。
だからだろうか、今日先生から配られた名簿を見て思わず目を見開いてしまった。

“影山輝”

それが彼の本名。
何となく…

『輝くん』
「あ、な、何ですか?」

何となく、輝くんが私にだけ挙動不審になるのは分かった。
朝のH.Rが終わった後に何となく声をかけてみれば、やはり挙動不審になる輝くん。名簿を見ていたのか名簿の紙を直ぐにしまってこちらを見やる。もちろん、名簿の紙を隠したところで私にも同じ紙は配られている。輝くんは今、隠しようにも隠せない状態にいるのだ。

「あの…」
『影山って…』

その名字を私の口から出してみれば、輝くんは肩を小さく跳ね返す。ああ、やっぱりそうなんだ、と思い知らされた。
すると、輝くんはやり場を無くした視線を私と合わないように教室へと泳がせたが、何かを決したのかこちらへと視線を戻してきた。

「…放課後、ちょっと良いですか…?」

なるべく、慎重気味に聞いてきた輝くん。真剣そうで、でもどこか不安げの残る眼差しで私を見上げてくる。この教室では話せないのだろう。こちらとしても教室に居る皆にも話しを聞いてほしくない。
私は輝くんの目を見て小さく頷いた。今日は部活の方には遅れると守兄さんと拓人先輩に言っておこう。

…………
………

放課後。
守兄さんや拓人先輩には遅れると言って、天馬にも先に行くよう言っといた。もちろん、何故かと聞かれたけどそんなものは言える筈もなく葵に無理矢理にでも連れて行ってもらい、私は輝くんと屋上に来ていた。
重たい扉を開けてみれば、今日も綺麗な青色をしている空が顔を見せてそよ風が吹いた。

「僕…サッカー部に入部したいんです」

不意打ちだった。目の前に居る輝くんがサッカー部に入部希望してきたのだ。最初は突然過ぎて上手く聞き取れなく「え?」と返してしまう。そんな私に輝くんはもう一度「サッカー部に入部したいんです」と言ってくれた。それに対して少し罪悪感が生まれてしまった。

「でも…やっぱりダメですよねっ」
『え…?』
「影山って名字…知ってるんですよね?」

だから、僕に話しかけたんですよね?と確認するかのようにこちらを振り返ってきた輝くん。“影山”という名字を知ってると聞かれれて「知らない」と言ってしまえば嘘になる。だけども素直に知っているとも今更ながら言いにくい。
つまり、輝くんは自分の名字の人が何をしてきたのか知っており、サッカーを好きだがサッカー部に入りにくくなっているのだろう。自分が入ったらいけない、と思っているに違いない。

『輝くんは…サッカー好き?』
「え…?えと、ボールを蹴り始めて二カ月ですけど、大好き…です…」

少し照れた様子で言ってみせる輝くん。まるでその様子は告白するみたいで、若干微笑ましく見えたが、蹴り始めて二カ月、という所で目を見開かずにはいられなかった。確かにサッカーは好きと言っているが、やり始めたのが自分達みたく遅かったらしい。つまり初心者に近い。
だが、輝くんはただ者じゃない気がしてならない。
何故なら…

バスケ未経験だって言うのに、説明をしただけでバスケ部も顔負けなぐらいに上手くやっていた。いや、バスケ以外もかなり上手かった。
運動神経が優れている。
もしかしたら、サッカーだって…

『よしっ、サッカー部においでよ!』
「え、ええ?!あの、悠那ちゃん?!」

サッカーがやりたいのなら問題ない。輝くんの腕を掴んで屋上から出ようとすれば、輝くんは慌てたように声を上げる。あまりにも慌てている様子だったので、私は歩く足を止めて輝くんに振り返った。
輝くんの方を見てみれば、眉をハの字にしながらこちらを見ていた。

「ど、どうして…」
『え、だってサッカー部に入りたいんでしょ?』

その為に私を屋上に呼び出しに違いない。ただ単に彼はこの話しを持ちかけた訳じゃないだろう。あっけらかんと言ってみせれば、輝くんは「そうですけど、」と小さく呟きながら同意してくれた。その様子を見ると益々私の中で嬉しさが募ってくる。私は輝くんに向き合い、ちゃんと彼の顔を見た。

『輝くんはサッカー好きなんでしょ?』
「…はい」
『なら、それで良いんじゃないかな?』
「…え?」
『サッカーをやるのに、他の理由なんて要らないよ』

だから行こ。と、笑みを浮かばせながら輝くんに言えば、輝くんは一瞬だけ呆気に捕らわれていたが、ちゃんと私の目を見て少しだけ不安そうにうんと、頷いてみせてくれた。

…………
………

『じゃあ、入るね』
「あ、はい…!」

そう言って、ドアの前に立ち、悠那と輝は入っていく。

『こんにちは』
「…!」

悠那が入れば、部室には既に部員達が揃っていた。それを見た輝は顔を強ばらせた。

「あれ?ユナ…その子誰?」
「!」
『入部希望者』

悠那は少しだけ緊張気味にそう言い、輝の背中を円堂の前まで押して行った。

『(お願い…守兄さん…)』

何となく、分かっていた。
幼かった私でも、影山零治のして来た事は直ぐに理解出来ていた。詳しくはあまり覚えていないけど、サッカーで悪い事をしようとしていたのは覚えている。そして、有人兄さん達と和解したのを覚えている。
だけど、輝くんは影山零治が悪い事しかしていないという事しか知らないのだろう。
いや、そうでなくともきっとどこか罪悪感を感じているのかもしれない。
でも、サッカーがやりたい、サッカーが好きだという気持ちは嘘じゃない。だから私にこうして話をしてくれたんだ。なら、私も輝くんの気持ちを理解して協力するべきだ。

だから、お願い。守兄さん…

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