月山国光との試合後、夕暮れに染まる雷門中に一人の女性が訪れた。彼女の足は迷わず旧サッカー部室へ向かい、真っ二つに割れた木製の看板を懐かしむような目をしながら指先で撫でた。
「もういらしてたんですか?お待たせしました、瞳子監督」
円堂に名前を呼ばれた女性。眼鏡をかけた女性の名は吉良瞳子。
10年前、エイリア学園との戦いで雷門中を率いて戦った女性監督である瞳子。10年前とは違い、彼女は眼鏡をかけて、より雰囲気が柔らかくなったように見える。
「ごめんなさいね、円堂君。狩屋君の事いきなり頼んじゃって」
「あ、いえ。アイツみたいなサッカー好きは大歓迎ですよ。
…口は悪いけど、蹴るボールは優しいんです。ボールから優しさが伝わって来るんです。悠那の言ってた通り」
「え、悠那ちゃんが?」
「はい。悠那もかなり成長しててビックリしましたよ」
円堂の言葉に、瞳子は驚いたように微笑んだ。
自分が悠那と出会ったのは僅か3歳の頃だった気がする。小さくて呂律もあまり回っていなかった覚えがあり、孤児院の子供達を思い出した事だってある。ヒロト達もこの子を見て動揺していたのも覚えている。
そんな懐かしい思い出に浸りながら、瞳子は直ぐに円堂に狩屋の事を話し始めた。
「…あの子がお日さま園に来たのは、11歳の時だった」
――あの子の親は、騙されて会社を倒産に追い込まれたの。
それが原因で人を信じられなくなって、誰とも溶け込めずにいた。
でもサッカーだけは好きみたいで、いつも一人でボールを蹴っていたわ。
「アイツなら大丈夫です。狩屋には支えてくれる仲間が居ますから」
「えぇ…それが雷門だものね」
二人は静かに旧部室を見上げる。新しい部室も、この旧部室も円堂にとってはスタート時点に立っている。円堂は昔でも今でもサッカーが好きで、皆のキャプテン。
お日さま園には狩屋君と同じくらいの思いをしている子達は沢山いる。そして瞳子には、まだやる事があった。
****
「ただいま、サスケ」
『ここが私と天馬が住んでるアパートだよ』
「へえ…」
天馬が真っ直ぐにサスケの元に行き、撫で始める。悠那は隣に居る狩屋に軽く説明。
「お帰りなさい」
『「ただいま」』
サスケを撫でる天馬を見ていれば、直ぐにアパートのドアが開いて中から秋が出て来て、天馬と悠那に言ってきたので二人は秋を見て挨拶を返した。
「あら、新しいお友達?」
天馬から目線を外して秋が悠那と信助の間に居る狩屋の方を見た。どうやら見た事のない人物に驚いたのか、少しだけ目を見開かせる。だが、直ぐに状況を理解したのか狩屋に向けて笑みを浮かばせた。
「狩屋マサキ君ね!」
「はい」
「天馬と悠那ちゃんから聞いてるわぁ」
「一緒に勝ったお祝いしようと思ってさ」
だが、一年一同だけ。
だが剣城はこういう事が嫌なのか、誘っても来なかった。というより、兄である優一に今回の試合の報告をしに行ったのだろう。そんな兄弟の様子に水を刺す訳にもいかず、今回は剣城は抜き。いきなりの事だったが、事情を説明すれば秋は「そう」と分かってくれた。
「っさ、上がって上がって」
「お邪魔しますっ」
秋の許可も得られる事が出来た一年一同は直ぐに天馬の部屋へと上がって行った。
…………
………
「そしたらキャプテンがボール取ってさ!」
『あれはスゴかったよね!』
「うんうん!完璧抜かれたと思ったもん!」
「そう?私はキャプテンなら止めてくれると思ったわっ」
天馬の部屋に行けば、秋が用意してくれた苺たっぷりのケーキを食べながら今日の話を反省しながらしていた。三人が興奮する中、葵は当たり前でしょっとでも言うような素晴らしいドヤ顔でケーキを一口口に含む。そんな葵の言葉に、「えぇ〜、またぁ〜」と疑いの眼差しを葵に浴びさせる天馬達。それを見ていた狩屋は呆れるような眼差しを彼等に向けてケーキを口に含んだ。
「コイツ等、いつもこうやって連んでるのかよ…」
「狩屋君、もうちょっとどう?」
「あぁ、頂きますっ」
狩屋はケーキの無くなった皿を持って秋にケーキのおかわりを貰いに立った。
「もっともっと練習して、キャプテン達みたいにならないとなあ」
「じゃあ僕も頑張って必殺技作ろ!」
『必殺技?』
信助は顔を俯かせ、少し考える素振りを見せる。
訳を聞けば、DFなのに“ぶっとびジャンプ”だけで、DFの必殺技持ってないからとの事。そう言って落ち込む姿がどこか以前の悠那とデジャヴになり、悠那は励まそうとうなり声を上げた。
『でも使い方次第でDF技になるんじゃない?』
「でも基本的にはシュートだし…何より高いパスが来ないと出来ないでしょ?」
『ああ、確かに…』
毎回上げてるといつか取られてしまう。悠那の励ましは虚しくも無意味となってしまい、悠那もまた落ち込むように肩を落とす。
「DFの必殺技かあ…」
「どうせなら、二人技作ったらどうよ」
ケーキを装って貰った狩屋。元の場所に戻って座ってくるなり、狩屋が面白そうに言い出してきた。
「二人技?」
と、狩屋の言う事に信助は今一ピンと来ない様子で天馬と顔を見合わせる。どうやら二人技の意味が分かっていないらしい。
『要するに連携必殺技』
「例えば天馬君が信助君を蹴り上げるとかさ」
「俺が信助を蹴り上げる…」
――天馬!
――えいっ!
――うわぁぁ!とぉうっ!!やったぁ!!
何か可愛いな←
「「それ良いよ!!」」
「Σんぐっ!?」
狩屋の言う通りに、頭の中で悠那と同じく想像していた二人は顔を輝かせて狩屋に顔を思いっ切り近付かせてきた。
『(危ない…)』
「それなら信助のジャンプ力がもっと活かせるし!」
「うん!」
「そうと決まれば早速明日から練習ね!」
「あぁ!」
「うん!」
「…そんな事出来る訳ないだろ、バーカ」
『じゃあ何で言ったのさ…』
狩屋は自分で提案した事をバカにするかのように、くわえていたフォークを取り、ケーキを再び食べ始める。そんな気ままな狩屋を見て悠那は苦笑の笑みを浮かばせながら自分もまたケーキを一口口に含んだ。
「ねねっ名前は何にする?天馬が蹴り上げるから“そよかぜジャンプ”とか!」
「え〜ダメだよそんな普通なの」
「ムッ!」
その天馬の言葉で葵は少しムッと来たのか顔を歪める。天馬の名前を決める基準はよく分からないが、普通ではない事は確か。葵もさの必殺技を考えただけではあったが、天馬はあまり気に入らなかったらしい。狩屋もまた傍で「それ普通じゃねぇだろ…」と呟いている。
「じゃあ、“ロケットジャンプ”とか」
「それもなあ…」
「“ロケットディフェンス”は?」
「今一かなぁ…」
「じゃあどんなのが良いのよぉ…」
信助と葵の意見に天馬は納得いかないらしい。
「うーん…狩屋とユナはどう思う?」
『「俺?/私?」』
狩屋はケーキを食べて続け、悠那は心の中で時々突っ込みながら考えていれば、天馬から話しを振られてしまった。すると、悠那よりも先に狩屋が唸り声を上げだして、その結果を聞こうと待つ。
「ん〜…ドカーンって飛ぶから…“ドカーンジャンプ”とか!」
…………。
『「「「だっさあー!!
あはははははっ!!」」」』
暫くの沈黙。だがしかし、遂にその狩屋のニックネームのセンスに耐えられなくなってしまい、顔を見合わせた四人は溜まらず大声を上げて笑いし出した。
「お、お前等が言えって言ったんだろ!?」
狩屋は恥ずかしさの余り、立ち上がり、真っ赤になりながら苺が刺さったフォークを四人に向けた。
だから危ないって。
「でも“ドカーンジャンプ”って…!」
「それは無いよねぇ〜!」
「無い無い無い、絶対無い!」
「うぅ…」
『よくそれで“ハンターズネット”名乗ったね!』
あのネーミングは格好良いのに!と悠那が笑いながら言えば、天馬達はうんうん、と頷く。盛大になる笑い声。狩屋は黙って赤い顔で悠那を睨みつけた。
「笑うな!そう言う悠那は何か良いのあるのかよ!?」
「あ、そうだ!ユナどう?」
笑いが少し収まり、悠那の番になった。
『ん〜…プッ…』
「あ、今思い出し笑いしただろ!」
『し、して、な…っ、』
「明らかに笑うの我慢してるじゃんか!!」
『ゴホンッ…じゃあ〜』
「(スルー…)」
『“風切りジャンプ”とか!』
「「「“風切りジャンプ”?」」」
『風を切るようなジャンプだと相手も流石に耐えられないかなぁって…』
「中々良いかも!」
「やっと天馬のお気に召すものが来たわね」
「じゃあ候補に入れとこうよ!」
こうして賑やかに騒いだまま時間は過ぎて行った。
…………
………
「入部希望者?」
翌日の放課後、部室に入部希望者だと言う男の子を悠那が連れて来た。その少年はどこかふんわりと柔らかい感じで、癒し系とでも言えば当てはまるよう子だった。
「はい!サッカー部に入りたいんです!!」
「おっ!中々元気が良いじゃないか」
『…っ、』
「…悠那?」
仲間が増える事は喜ばしい事なのに少年の隣に居る悠那は少しだが、不安そうにしていた。
「名前は?」
「輝です!」
「輝君ね。名字は?」
『……』
「名字…それは…あの、その…あ、あの…えぇっと…あのあの…」
春奈の質問に悠那は肩を震わせ、輝は焦った様子で顔を引きつってしまった。皆もそんな彼を不思議そうに見やる。
『……』
バシッ
「うっ!悠那ちゃん…」
『言いなよ…』
悠那の背中を叩く。輝が悠那の方を見れば、彼女は眉をハの字にしながら輝を優しく微笑んでいた。
大丈夫、何か言われたら私がカバーするから。
「っ!
…影山です!影山輝です!!」
悠那にそう言われ、輝は泳がせていた目線を円堂達に戻し、意を決したように名字を言い放った。
その様子に神童達は再び輝に向かって微笑んだ。
だが、
パサッ
「「?」」
『……』
輝の名字を聞いた瞬間、輝の目の前に居た大人陣は時が止まったみたいに固まりだした。春奈に至っては抱えていたバインダーを手から落としてしまう始末。それ以外の人達はどうしたのかと大人陣を不思議そうに見やる。あの鬼道でさえ口を開けて呆気に取られていたのだ。驚くのも無理はないだろう。
だが、一番この状態で驚いているのは意外にもこの大人達の方だった。
「か、影山ぁ?!」
円堂の驚きの声は部室中に響いた。
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