「面白かったな、木暮っ」
「はい、今日はホントにありがとうございました」
試合も終わり、空が茜色に染まりだした頃、フィールドで活躍していた天馬達は汗を拭いたりドリンクを飲んだりして休んでいた。傍らで円堂は木暮、春奈、秋は改めて懐かしい友人と話している。選手達もまた久し振りの自由なサッカーの試合をやれて心なしか満足げな表情をしている。
「楽しかったわ〜、またやりたいわね円堂君!」
「ああ、やろう!」
「音無先生もありがとうございました」
久し振りの会話に、木暮も春奈へと握手を求めようと手を差し出してきた。それを見た春奈は「あ、はい…」と、戸惑いながら手を出すが、一瞬固まり「ヒィッ!?」と手を引っ込めた。恐らく10年前の彼の悪戯が今でも忘れられないのだろう。私だって、まだあの蛙の感触がある←
「どうしたんですか?」
「いえ、その…」
そんな彼女に木暮が惚けた笑顔で尋ねて来るが、春奈は目を泳がせていた。そんな彼女を見た悠那は10年前の記憶を蘇らせながら苦笑する。そして、その様子を哀れんように見やった。
『ご愁傷様です春奈ティーチャー…』
「…?」
木暮は思い出したのか、横を向き、右手の拳を口元に持って行き、面白そうに春奈を見る。それをドリンクを飲みながら見ていた。
「うっしっし、悪戯はしないよ」
木暮にからかうように言われ、図星だったのか春奈は顔を赤くする。木暮はまた手を出して、今度は春奈も手を取った。
『ええ…普通そこで悪戯オチでしょっ?!』
「(さっきから何なんだ…)」
訳の分からない事を言い出している悠那を剣城は傍で呆れながらドリンクを口に含んだ。
「面白かったなぁ!!」
「うんっ!!」
「信助の決勝ゴール凄かったよ!!」
「うん!気持ち良かった!!」
大人がそんな会話をしている頃、休憩をしていた天馬と信助は興奮気味に試合の事を話していた。すると、そんな彼等の横から茜が「はい」と、カメラを差し出してきた。
「「ん?」」
視界に入ったカメラのディスプレイを見てみれば、そこにはシュートを打つ時の信助が映っており、良く撮れていた。
「「おぉっ!!」」
『見せて見せて!…っうわ!信助かっこいい!!』
どれほどの物かと天馬の肩から覗いて来た悠那。それに対して天馬は若干顔を染めながらもそれを見やる。
「へぇ、良く撮れてますね」
速水が眼鏡をクイッと上げながら茜のカメラを覗き込んだ。
「後でプリントしてあげる」
「本当ですか!?ありがとうございます!!」
『良いなぁ、私も欲しい…』
「悠那ちゃんのは沢山あるよ」
『あれれえ、何だか恥ずかしいよ』
ていうか、何でそんな沢山撮ってるんですか茜先輩…
信助を写していたディスプレイは次々と悠那の写る写真へと移り変わっていった。必殺技を放っている時や、休憩の時にドリンクを飲んでいる時や、練習をしている時の。かなりの写真が写されており、皆がおお、と感心していく中どんどん恥ずかしさが込み上げてくる。悠那は急いで首と腕を左右に振り否定した。
『私はどっちかって言うと信助の欲しいなぁ、なんて』
「え、僕?!」
『うん。だって可愛いから』
「グスッ…」
だって考えて見てよ、自分の見たって面白くないでしょ?あ、信助は別だよっ
と悠那が念の為付け足して言えば、信助は天馬に慰められる図になっていた。何故だ。
「ねぇねぇ、俺のシュートは?」
「止められたから消した」
ワクワクしながら聞いてきた浜野。一応彼もMFでありなが、シュートを決めようとしていた。だが、そんな彼に対して茜は周りに華が咲くような笑顔で浜野の期待を一刀両断した。
「ぐはあっ」
『…茜先輩って』
「意外とバッサリいきますね」
「あの笑顔が更にエグいよな」
悠那を始め、速水と倉間が肩を落とした浜野を哀れんばかりの顔をして見やる。更に落ち込んでしまった浜野に悠那は膝を折ってツンツンと浜野をつついていた。と、そこで悠那は思い出したように「あ」と声を漏らした。
『シュートと言えば倉間先輩も打ってましたよね?』
「それも消しちゃったんですか?」
「うん。失敗してたし」
必殺技を毎回失敗していた倉間にとって今のこの言葉はかなりのダメージだろう。倉間の心にグサッと何かが刺さり、顔を静かに俯かせた。どうやら悠那は余計な事を言ってしまったらしい。
「……」
『倉間先輩乙ー』
「もういっぺん言ってみろコラァー!!」
『ヒィッ!?』
「待て谷宮!!」
浜野をつつくのを止めて倉間にそう言えば、キレてしまった倉間。傷口をえぐられてしまった倉間は余程悠那の言動が気に食わなかったらしく悠那に追いかけてくる。物凄い面相で追いかけてくる倉間から逃げる為、直ぐに天馬を盾に後ろへと回り込んだ。
「っちょ、ユナ?!」
「退け松風」
「いや、あの…?」
『天馬助けて!』
「ユナのは自業自得でしょっ?!」
そんな様子を呆れながら見る他の部員達。
「久し振りの試合、楽しかったな」
「あぁ、やっぱ良いよな、サッカーは!!」
一乃と青山は改めてそう神童に言った。
「あぁ、取り戻さなくちゃな。この楽しさを」
神童も今日の試合が余程楽しかったのか悠那達を見ながら言った。
「あ、でも悠那ちゃんが倉間君に抱き付いた写真ならあるけど」
「「「Σ何?!」」」
茜のその言葉に神童と霧野もまた反応してしまい、茜の傍へと近付いていく。「ほら」と、茜はカメラを少し弄り、皆に見えるように見せてきた。
『うわあ…』
「!?」
それを改めて見た悠那と倉間は顔をどんどんと赤くしていき、顔を見合わせるなりお互いに背けてしまう。二人の間に妙な空気が漂う中、周りの皆はそんな二人の様子が気に食わなかったのか、不満そうに眉間に皺を寄せていた。
「…倉間」
「何で俺なんだよ?!」
「……」
「お前もか神童」
霧野と神童の疑いの目。そのまま何故か倉間の方に攻撃がいってしまい、悲惨な目に合った倉間だった。
「フンッ、くだらねぇ」
不意に、歩き出す狩屋。
それを横目で見ていた霧野。
「アイツ…もしかしたら…」
去って行く狩屋を見て小さく霧野が呟いた。
…………
………
『守兄さん』
「ん?何だ?」
今日の試合も無事に楽しく終わり、片付けも終わった悠那は円堂に話し掛ける。理由は今日の狩屋の事。
『マサキって一体何者何ですか?』
きっと霧野も気になっているであろう狩屋。今日も霧野の足を踏んだり天馬もまた強いタックルを食らっている。少々乱暴なプレイをしていたが、その分テクニックなどが上手い。今日の試合だって…
そこまで考えた悠那は俯かせた顔を上げて円堂を見上げる。そしてシードじゃないよね…?と、不安げに聞いてみれば、円堂は悠那の頭を優しく撫でてきた。
「お前には話しとくか」
『…?』
円堂はそう静かに笑うと、再び口を開いた。
―狩屋は、実はお日さま園の子なんだ。
―お日さま園…?って、もしかして…
―あぁ、由良と瞳子監督が俺に狩屋を頼んだんだ。
お日さま園とは親に捨てられた子供達などの居場所。つまり、孤児院だ。そこで育ったたという事は…
『守兄さん』
「ん?」
『理由はよく分かんないけどさ、マサキがシードじゃなくて良かったよ』
「あぁ…」
『私、思ったんだよね』
――マサキって、時々怖いけど、蹴るボールは優しいんだよね
「……」
『プレイ。見てて分かった。とても楽しそうにしてるんだ』
悠那はニッと悪戯をするように口角を上げて歯を出しながら笑った。それを見た円堂もまたニヒッと笑い、また悠那の頭を撫でた。
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